012

 相変わらず、昔の3Dゲームみたいな部屋だったが……ハルカの部屋と思うとちょっとときめいてしまった。

 なんたって女の部屋に入ったのって、肉親以外では初めてのことだからな。


 ああ……これが……女子高生の部屋……しかも、女神とまでいわれた美少女声優の……!


 なんて甘酸っぱい思いに浸っていると……突然、目の前にあったダンボールが蠢いたのでビックリしちまった。


 まわりの家具と同じくらいカクカクのせいで、同化して気づかなかったが……よくよく見てみると人間のようだ。


 まるでレゴの人形みてぇだが……デカい瞳と長い髪のテクスチャーで、辛うじてハルカ本人だと推理できた。


 おそらく机らしき所でなんかやってたんだろうが、途中で立ち上がったようだ。

 ハルカは本棚らしき所に歩いていく。


 俺はチャンスだ! とばかりに床に滑り込んで、スカートの中を覗いた。


 3Dゲームでスカートを履いた女が出てきたら、その中を覗こうとするのは至極普通のことだ。

 そう、たとえどんなローポリであっても……!


 俺は、振り返る途中のカメレオンみたいな不審さ丸出しの格好になっていたが、気にしねぇ。


 だってこれは、男の性だ。

 テュリスも「いきもののサガやなぁ」って賛同してくれている。


 全ての思いを乗せて見上げた、ハルカのスカート。


 しかし……そこにあったのは、ただの天井。

 そもそも中身がなく、塞がってやがった。


 ……そりゃそうか、こんだけ低ポリゴンの世界なら、スカートの中なんて作るわけがねぇよな……。


 でも、パンツとまでは言わねぇ、せめて中身がくり抜かれてて、暗闇っぽくなってりゃ……想像力でカバーできるのに……これじゃ、見抜きもできねぇよ。


 俺はハルカの足元で寝転がったまま、恨めしい気持ちでスカートという名の台形の物体を眺めていた。

 その上から、テュリスが覗き込んでくる。


「……どないしてん旦那? 弁当のおかずがトンカツやのうて、ハンペン揚げやったみたいな顔して……」


「なぁ、これをもうちょっと、鮮明というか……先進的なビジュアルにできねぇもんなのか? せめてPS2……いや、初代PSくらいにでもなってくれたら……」


 「見抜きできるのに」という言葉が出かかったが、寸前で飲み込む。


 俺は一縷の望みをかけて尋ねてみたのだが、実のとこあまり答えは期待していなかった。

 どーせこのあたりが話のオチだろうと予想していたのだが、


「いくらでもできるで、その気になればPS3でも4でも5でも、光速船でも」


 天才ハッカーみたいな、実に頼もしい言葉が返ってきた。


「……どうやるんだ!?」


 俺は思わず飛び起きていた。

 光速船ってのはよくわからねぇが、PS4クラスになるんだったら言うことナシじゃねぇか!


「簡単やで、女と仲良うなればええんや」


 妖精は砂金のような粉を散らしつつ、俺の肩に飛来した。


「……はっ? 女って誰だよ?」


 俺は首を捻って肩に視線を落とす。


 鎖骨のあたりにチョコンと立っているテュリス。

 いまだ本棚に向かってモゾモゾやっているレゴ女を、こよりの先っちょみたいなちっこい指で示していた。


「あの女と仲良うなればなるほどこの世界はより鮮明に、現実に近くなっていくやで。

 それに、プライバシー性の高いところほど不鮮明になってまうんやけど、仲良うなってくと最終的にはどこでも見れるようになって……。

 たとえ火の中水の中草の中森の中……風呂の中トイレの中……あのコのスカートの中……キャーッ!?」


 妖精はめくれてもいないスカートを抑える仕草しながら悲鳴をあげる。

 耳の側なのでやかましいことこの上ない。


 俺は即座にバンダナを引き上げ、自室に戻った。


「……ダルい。やめた」


 そのまま床にゴロリと横になる。

 寝転んだ勢いでテュリスは俺の肩から落ち、コロリンと頬に転がった。


「えっ、いやいやいやいや、別にコイツやのうても……女やったら誰でもええんやから、まずは仲良くなりやすい身近なクラスメイトとかでやってみたらええやん」


 俺の頬の上で腹ばいになり、慌てた様子で取り繕いはじめる。


 どうやらコイツは俺にやる気を出させて、女に必死になってほしいようだ。

 見抜きが趣味の俺なら、こういうエサを用意すればすぐ食いつくと思ったんだろう。


 ……そういえばコイツ、初めて会ったときに俺をモテモテ坂とやらに案内するとか言ってたな。


「あ、わかったぞ。

 部屋が覗きたい一心で女と仲良くなろうとするから、自然と鍛えられるってわけか。

 それでもモテモテ坂……女にモテていくって寸法か。

 お前はそれをやらせたいんだな?」


 頬のあたりでピチン、と指を鳴らしたような音がした。


「さすが旦那、察しがええなぁ!

 仲良うなればなるほど世界が鮮明になっていって、女についてのプライベートな情報も手に入るようになるんやで!

 それを使ってますますモテるっちゅうこっちゃ!

 行きたがってるデートスポットとか、欲しいプレゼントとかバッチリ調べられるやで!」


 絵画でも売りつけてきそうな勢いで熱く語られたが、俺の心にはちっとも響かなかった。

 なんでそんな面倒くさいことをしなきゃいけねぇんだ。


「お前は俺をハーレム王にしてくれるんじゃなかったのかよ?

 でも部屋を覗いてそれを元に媚を売れだなんて、ゼンゼン王様っぽくねぇじゃねぇか。

 ハーレム王なんだったら、女が向こうから寄ってくるんじゃねぇのかよ?」


 ハーレム王といえば、誰もがそういうイメージを持っているだろう。


 食べ放題の回転寿司のように女どもがよりどりみどりで、しかも食ってやったら泣いて喜ばれるようなの。

 誰もが俺に食べられたがっていて、全力でアピールしてくるんだ。


 てっきりそんな力が得られたのかと思ったのに……出てきたのは女のご機嫌取りのための能力だった。


「そんなの、いきなりは無理やって。

 アーサー王かて、いきなりブリタニアを征服したわけやないんやで。

 今の旦那は聖剣を抜いたばっかりの駆け出しや。

 でもチーターの力を駆使していけば、王としての資質が開花してって……ゆくゆくはフランス全土を征服できるのも夢やない……!

 そしてついには数千年後の異国の地で、美少女として聖杯戦争で活躍できるようになるんやでぇ!」


 ……なんか、わかるようなわからんような、妙な例えだな。

 でも、ダルいことに変わりはねぇじゃねぇか。


「でもそうなるためには、女に媚びへつらわなきゃいけねえんだろ?」


「さっきからソレ、やたらと気にしよるなぁ……それって旦那にとって、そんなに嫌なことなん?」


「ああ、嫌だね」


 俺はキッパリと答える。

 ロクに知らない女とコミュニケーションを取らなきゃいけないなんて……いったい何の罰ゲームだよ。


 妖精のヤツは、まずは身近なクラスメイトから……なんて言ってたが、クラスの女と親しかったのは小学校くらいまでだ。

 ある事件がキッカケで、それ以降は全くといっていいほど関わったことがねぇ。


 他人具合でいうと……ハルカ以上かもしれねぇな。

 そんなヤツらのご機嫌取りをしなきゃならないなんて、嫌悪っていうか恐怖に近いものがある。


「でも、何するにしても最初はそんなもんやで?

 優雅に泳ぐ白鳥ほど水の下ではシャカリキになるもんなんや。

 それでも、ある一線をこえるとスワンボートみたいに楽ちんになるさかい、少しだけガマンすれば……」


 テュリスはなおも説き伏せようとしていたが、俺はもうウンザリしていた。


「少しとはいえ嫌なんだよ……そこまでやる気はねぇって。

 それに俺は、ハーレム王になんか大して興味なかったんだ。

 部屋が覗けるんだったらプライベートで弱みを握って、それをネタにしていろいろ脅してやろうと思ったのに……。

 それすらも面倒くせえなんてよ」


 妖精の鱗粉の力とやらのせいか、俺は本音をポロリと漏らしていた。


 だが、もう構うもんか。

 こんだけハッキリ言ってやりゃコイツもあきらめるだろう。


「うわぁ、下衆やなぁ。あ、でもそういうよこしまな使い方がバレたらお仕置きされてまうよ」


 俺は鼻で笑って一蹴する。


「誰にバレて、誰にお仕置きされるっていうんだよ」


愛の神ラブ・ゴッドであるアフロ・ディーテ様や!

 見つかったらヤバいでぇ、最悪、ディーテ様のアフロヘアーの中で終身懲役……!

 軽くても、神獣の力を剥奪されてまうんや!」


「なんだよそりゃ……ま、別に剥奪されてもかまわねぇけどな」


 俺は嘆息しつつ、瞼を閉じる。


 晩メシまでひと寝入りしようかと思ったが……ふとした閃きが走り、再び目を開けた。

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