011
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5・9・6・3……と、リモコンのチャンネルボタンを押す。
しかし……何かが起こるような気配はなかった。
俺は小さな変化も見逃すまいと、じっとテレビの画面を凝視する。
真っ黒なままの画面には、反射した俺の顔があるだけだ。
壁から抜け出したテュリスが、俺の肩に飛んでくるのが見えた。
「……おい、何も起こらねぇぞ」
尋ねたが、妖精は答えねぇ。
かわりに、笑いを堪えるように頬を膨らませはじめた。
「プッ……ンフッ……テレビやなんて……そんなこと、あるわけないやん……ブフッ……あっさり騙されて、リモコン操作しよった……アホやなぁ……ブフォッ! …………」
次の瞬間、テレビごしに映っていたのは……俺の華麗なる投球フォームだった。
「ちょ……ちょっとふざけただけやん、そ、そないに怒らんでも……」
背を向けた俺に、取りなすように戻ってくるテュリス。
……懲りないやつだ。
しかも二度も叩きつけてやったのにピンピンしてやがる。
「ワイかて、そこまで騙すつもりはなかったんやって、リモコンの暗証番号言うたあたりで気づくと思うたんよ」
5963……そうか、
「それに、可愛いフェアリージョークやんか!
屋上でビックリ箱開けたときもそうやったけど、旦那ってええリアクションするからついもう一度見たくなって……。
でももうせぇへんから、機嫌なおしてや、な?」
妖精はなおも背後でゴチャゴチャ言い訳を続けている。
俺は振り向きざま、のび太ばりのクイックドローで再び殺虫剤を向けた。
「わあ!? マジメにやる! マジメにやるさかい、それだけは堪忍してや! せめてゴキブリ用やなくて、ハエ用にして! じゃなくって、これを身につけてや!」
テュリスはわけのわからない命乞いをしながら、布団でも抱えるようにして丸めた布切れを持ってきた。
受け取って広げてみると……それは、へんな柄のバンダナと指切りグローブだった。
「このヒョウ柄みたいなの……どこかで見た覚えがあるな」
「ヒョウ柄やなくてチーター柄な」
「どっちでもいいよ……で、これが何だってんだよ?」
「愛の神獣、チーターの七つ道具にして初期装備、
『VRバンダナ』と『きせかえグローブ』や。
女の子の部屋を覗くためには、それを身につける必要があるんや」
VR……何? ま、何でもいいか。
それよりも女の部屋を覗くとかって話、まだ生きてんのかよ。
てっきり俺をからかうための方便かと思ってたのに。
心惹かれるネタではあるが、そう簡単には信じねぇぞ。
たて続けにやられるほど俺はバカじゃねぇ。
「……また俺を騙そうとしてんじゃねぇだろうな?」
「今度は嘘やない、ワイを信じてや! 証拠ってわけやないけど、旦那のオトンもつけとったやろ!?」
それで思い出した。
屋上で会ったオヤジがコレと同じ、ヒョウ柄……いや、チータ柄のバンダナとグローブを身につけていたのを。
王様の格好にはやたらと不釣り合いだったから、印象に残ってたんだよな。
「もし、これがウソだったら……猫いらずを無理矢理食わしてやるからな」
俺が凄味をきかせると、妖精はヒィッ!? と震え上がった。
「ね、猫いらずよりも……ワイは妖精なんやから、もっとファンシーに……せめて毒なしの毒リンゴとかにしてや」
「それ、普通のリンゴじゃねぇか」
などとやりとりしつつ、俺はバンダナをハチマキのように額に巻き、手袋をはめる。
見た目はかなりダサいが肌に吸いつくような着け心地で、サイズもピッタリだった。
「よし、それで準備完了や! あとは目ぇつぶって、部屋を覗きたいと思っとった女のことを思い浮かべるんや。そして、バンダナを目のとこまで下げるんやで」
「なんか、ますます胡散くさくなってきたな……」
「まぁまぁ、もう乗りかかった船……いや、棺桶に片足突っ込んで……いやいや、もう先っちょまで挿れとるようなもんやから、ええやん、な?」
だんだん酷くなっていく妖精の例えを聞きながら……俺は、まぁいいか、という気持ちで瞳を閉じる。
秋冬ハルカのことを思い浮かべながら……バンダナに指をかけ、ずり降ろした。
アイマスクのように目を覆うと、なぜか、瞼の裏に光を感じる。
ハッと目を開けると……バンダナの裏地ではなく、知らない部屋の風景が広がっていた。
俺の部屋じゃねぇ……それだけは間違いないと思うんだが、何て言えばいいんだろうな。
……そうだ、昔の3Dゲームみたいな、荒いポリゴンで作られたヤツ。
それを、バーチャルリアリティのゴーグルで覗いている感じと表現するのが一番近いだろうか。
「おっ、ちゃんと『
目の前にテュリスが飛んできた。まわりはカクカクなのに、コイツはいつもと変わりない。
「たしかに『視え』てるが……これが……あのハルカの部屋……?」
見回してみると、ダンボールで作られたようなカクカクの家具たちが置かれている。
テクスチャーはタイル模様みたいに荒いが、辛うじて机やタンス、ベッドの判別がつく。
部屋の三分の一くらいを占めてそうなやたらとデカい本棚が目についたが、棚の中には本らしき区切りの縦線が引かれているだけで、タイトルなどは判読できなかった。
ちなみにどれも感触はなく、触れようとしても幽霊になったみたいに手がすり抜けた。
肌触りだけじゃねぇ、音とニオイも感じとれなかったから……まさに無味無臭の空間といえる。
荒いドットも手伝って、ケミカルさがハンパねぇ。
でも、それでも、よぉーく見てみると、女の部屋っぽい片鱗がある。
たとえばベッドに乗っているデカいぬいぐるみとかだ。巨大ダンボーみたいにしか見えねぇが、多分、クマのぬいぐるみだろう。
俺はおもむろにバンダナを掴み、目隠しを取るように額に押し上げてみる。
すると、いつもの俺の部屋が広がっていた。
なるほど、こうすりゃ元に戻るわけか。
でも、今はそれどころじゃねぇと、床の上で開きっぱなしになっているアニメ雑誌を拾い上げる。
見開きのページには、ハルカの自室の写真と、本人直筆の見取り図があった。
家具の配置とかは、さっき見た3D空間と同じのようだ。
デカい本棚があるのも全く同じ……!
さらに、ある写真に気づく。
「私のボーイフレンド!」というキャプションとともに、ベッドの上で身体ほどもあるクマのぬいぐるみに抱きつくハルカのやつだ。
デカいぬいぐるみがあるもの、同じじゃねぇか……!
「ほ……本当に、ハルカの部屋……なのか?」
口に出してもまだ信じられない。
「だからさっきから言うとるやん」
なぜかテュリスは得意気にしている。
俺は再びバンダナを下げ、ハルカの部屋に戻ってみることにした。
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