005

「アハッハッハッハッハッ!」


「みんな見て見て! ボウヤのあの顔!」


「ビックリ箱にあんなにビックリしちゃうなんて、傑作!」


「しかもひっくり返るだなんて、どんだけ肝っ玉ちっちゃいの!」


 こんなに大勢の女から笑われるのは、十六年間生きてきて経験のないことだった。

 百人くらいだったらガキの頃に経験済だが、数千人規模は生まれて初めてのこと……!


「う……うるせえっ! わ、笑うんじゃねえええええええっ!」


 俺は起き上がろうと、手足をばたつかせる。でも腰が抜けて立てない。


 ひっくりかえった亀のようにもがく俺の姿に、女たちはさらに沸く。


 よほどツボだったのか、美しい顔を歪めるほどに大笑いだした。


「ああっ、そんなに笑わせないで! アッハッハッハッハッ!」


「ジタバタしてる! でもゼンゼン立ててないわ!」


「きっと腰が、ぬけちゃったんだよ! ハイハイして、ハイハイ!」


「間抜けな赤ちゃんみたい! もうダメ! アーッハッハッハツ!」


 百人の女にバカにされるのも嫌だったが、十倍ともなると破壊力も段違い……しかも美女となると、いたたまれなさは百倍だ……!


 しかし……女の嘲り笑いって、なんでこんなに心を抉ってくるんだろうな。


 甲高くて耳障りで、鼓膜を貫通したうえに心にグサッ! と刺さる。

 オスとしての価値を否定され、この社会に存在することを拒否されてしまったような感覚。


 それは例えるなら、着替えの途中で地震にあい、パンツのみで女子校の通学路に飛び出したような、たまらない焦燥感に近い。

 しかもパンツは妹のヤツで、玄関の扉はオートロック、地震も実は道路工事の振動でした……っていう最悪のヤツ。


 パンイチ姿を笑われるような、身を焦がすような羞恥に苛まれ、俺はのたうち回る。

 胸が張り裂けそうな感覚に、たまらずどこにか逃げこもうとしたのだが……屋上には何にもねぇ。


 そんなことも気づかずに転げ回っている俺は、完全なるパニック状態。そして完全なるピエロだった。

 バカにしてくださいと言わんばかりの醜態に、さらなる笑いが巻き起こる。


 それは俺の心がまとっていた、一張羅のパンツまで奪い去っていく……高波のようにキチ○イじみた大爆笑だった……!


「ギャーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


「もうだめ、苦し、あんなに情けない男、初めて見た!」


「もしかして、漏らしちゃったんじゃないの!?」


「やめて、言わないで、死んじゃう、笑い死んじゃう!」


 目の端に涙を浮かべ、腹を抱え、座席から転げ落ちんばかりに笑う女、女、女……!


 芋洗いの海ですっぱだかにされ、しかも女の手によって羽交い締めにされているような……人としての尊厳をすべて奪い去られたような絶望……!


 すっかり打ちひしがれた俺は、K-1で敗れた元横綱のように動かずにいた。

 このまま海の藻屑となれたらどんなにいいかと思いながら。


 笑いがピタリと止む。

 ボリュームを下げたというよりも、停止ボタンを押したみたいに、突如として女たちの声が消える。


 荒海のようだった屋上は、奇跡が起きたように静まり返っていた。

 風が吹き抜け、こいのぼりがはためく音だけとなる。


 こ……これだけの数の女が、ピタリと静かになりやがった……。

 どんな手品を使ったのかと顔をあげると、そこには手を突き出したオヤジの姿があった。


 ヒョウ柄のグローブが、やけに目立つが……まさか手をかざすだけで、女たちを黙らせたのか?


「よし、ビックリドッキリしたようだな……これでお前は私の後継者となり、チーターの力を得た」


 オヤジは手を降ろしながら、満足そうに頷いた。


 ……なにが、ビックリドッキリしたようだな……だ!

 ブン殴ってやりてぇ。いいや、アイツを殺して俺も死にてぇ。

 でも、まだ腰が抜けたまんまだ……!


「な……なに言ってやがる……! てっ……てめぇ、ふさげやがって……!」


 俺は這いつくばったまま、虚勢を張るしかなかった。


「……三十郎よ。今こそお前の父の正体を明かそう……」


 しかしオヤジは俺のことなどお構いなしで、一方的に話しはじめる。


「この世にある、数多の愛を統べる神……『愛の神ラブ・ゴッド』……。

 その神に仕える眷属けんぞくこそ、我が家系なのだ。

 神獣チーターを司り、代々、神の力を借りて人々に愛を振りまいてきた。

 私も、そうしてきた……ここにいる女たちはすべて私の妻。

 チーターの力によって、私が創り上げたハーレムだ」


 バラエティ番組の観客のように「ええーっ!?」と合いの手を入れる女ども。


 数千人規模だと声量もハンパない。危うくこっちまで「ええーっ!?」とつられそうになっちまった。


「私はハーレムを創り上げ、たくさんの子供をもうけた。その数、ちょうど一万……! 三十郎、お前もそのひとりだ」


「うっそぉ~!? 一万人の子供!? ああっ、もしかして……三十郎って……!」


 長台詞もピッタリ揃っている女ども。


「そう。私と妻たちの間に生まれた、三十番目の息子……それが三十郎だ……!」


 ……オヤジの口から飛び出したのは、ただのバカ話だった。

 観客の力を借りてスゴイ告白みてぇに装ってはいるが、呆れるほどにバカバカしい話だった。


 あまりにくだらなかったおかげで……逆に俺は冷静になることができた。

 こんなヨタ話など、たった一点指摘するだけで、あっさりと論破することができちまうよ。


 よし、ずっとやられっぱなしだったが……そろそろ反撃といくか。

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