006
俺は、へたりこんでいた身体を起こした。
地べたに座り込んだままあぐらを組み、太ももの上に頬杖をつく。
さぁ、次はコッチの番だ。
「……なぁ、オヤジ、アンタは毎日家に帰ってきて、家で過ごしてただろ……休みの日もずっと家にいた……そんなんで一万人ものガキなんて作れるわけがねぇだろ!
それともなにか? コウノトリが群れをなして運んでくれたのか!? 裏庭のキャベツ畑でせっせと育てたとでも言うのか!?」
ひと息で言い切って、スバリ指摘してやった。
が、オヤジの表情は崩れなかった。
むしろ、面白い冗談だといわんばかりに口を歪めてやがる。
「フッ、この私であれば、それすらも可能だったかもしれんな……だが違う。毎日帰っていた私……あれは、金で雇った私の影武者だ」
「……なに?」
「影武者ではないホンモノの私がこうしてお前と会うのは……五年ぶりか」
「なん……だと……!?」
予想だにしなかった反撃。
衝撃の事実を知らされ、俺は言葉を失ってしまった。
いつも家に帰ってきていたオヤジは、ニセモノだと……!?
ありえねぇ、そんなの……そんな荒唐無稽な話、ありえるわけがねぇ……!
だが……そんなの嘘だ、と突っぱねてやることもできねぇ……!
オヤジの顔をロクに覚えていない俺は、断言するだけの自信がなかった。
しょ、しょうがねぇ……。
この問題はひとまず置いといて、別の方向からボロを出させるしかねぇか……。
「わ……わかった。仮に、仮にそうだとしよう……だったらなぜ、今さら俺に会いにきた?」
俺は即席で考えた質問をぶつけてみる。
五年ぶりだというのなら、余程の理由が出てこなくちゃおかしい。
そう、例えば……行方不明のオフクロが見つかった、とか。
しかしオヤジの口から飛び出したのは、またしても斜め上をいく回答だった。
「……私はお前を、一族の後継者とすることに決めた。
そして十六歳になった誕生日の今日……お前は私の力を受け継ぎ、
……また出たよ。『愛の神』と『チーター』。
最初に黙殺してやったから、その下手な設定はもう出てこねぇかと思ったのに……性懲りもなくまた持ち出してきやがった。
あ……もしかして……このダメオヤジ、今日がエイプリルフールと勘違いしてるんじゃねぇのか?
うん、そうだ……そうに違いねぇ……! そう考えると、ぜんぶ納得がいく……!
最初は飛行船やら大勢の女やらビックリ箱やらでペースを握られちまったが……時期ハズレの五月バカだと思ったらもう怖くねぇぞ。
もうさっさと切り上げて部屋に戻ってもよかったんだが、どうせすることもねぇんだ。
たまの親孝行……はしゃぐオヤジにもう少しだけ付き合ってやるとするか。
「そうか……俺が次の『チーター』に選ばれたのか……きっとスゴい力を持ってるんだろな……でもなんでそんなイイものを俺にくれる気になったんだ?」
「私はチーターの力を用い、多くの愛を得た。
そうして一万人もの子宝に恵まれた私は、もはやチーターの力などなくとも、呼吸をするくらいの簡便さで愛を得ることができるようになった……。
となると、この力を本当に必要としている者……跡を継ぐ者に譲るのが筋というものであろう」
「なるほど、それで跡継ぎとして白羽の矢を立てたのが俺というわけか……それで、どうして俺になったんだ?」
「それは簡単なこと……一万いる我が子のなかで……最大のぼっち、最強の非モテ、スクールカーストの最底辺……掃き溜めにまみれているのが三十郎、お前だったからだ……!」
俺はオヤジの遊びにつきあってやってるつもりだったが、大変失礼なことを言われてついカチンときてしまった。
「な……なんだとぉ!?」
ざわめきのように起こったクスクス笑いをかき消すように声を荒げる。
決して、図星だったわけじゃねぇ……!
「お前のことは、父としてよく知っている。
私ゆずりの性格が災いし、恋人どころか友達ひとりいないことも……!
このままでは、永世童貞になることは火を見るよりも明らか……!
だから私の力を授けたのだ。
チーターの力を使えば、たちまちリア充となり、ゆくゆくは私のように、ハーレムの王になることも夢ではない……!」
永世童貞とまで言われて「俺はまだ本気を出してねぇだけだ!」と言い返そうとしたが、ぐっと飲み込む。
そもそもなんでここまでメタクソに言われなくちゃいけねぇんだ。だんだん本気でハラが立ってきた。
「……ああ、そうかいそうかい、わざわざありがとうよ。で、どうやれば、そのチーターの力とやらを使えるんだ?」
捨て鉢気味に尋ねる。
こんな茶番をいつまでやるんだとイライラしながら。
「仔細は、贈り物から飛び出してきた妖精に尋ねるがいい。妖精はお前の道しるべとなり、必ずやお前をハーレム王へと導いてくれるであろう……!」
『贈り物から飛び出してきた妖精』……?
ビックリ箱に目をやると、スプリングだけが風に揺れていた。
俺の正気を奪ったはずの人形は、いつのまにか消えている。
あれっ? と思ってあたりを見回そうとしたが、顔を横に向けた瞬間に超どアップが飛び込んできた。
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