メイド・イン・猪苗代


 翌日、イナワシロ特防隊基地会議室、午前十時ーー。



 卦院は点灯したペンライトでティセリアの瞳を照らし、二度三度灯を揺らして見せた。


 あまりの眩しさに、ティセリアはしかめっ面で首を振った。



「まぶしーうゅーん……」

「我慢してくれな。よしティセリア、口開けろ?はいあーーーー……」

「あ〜〜……うゅ」



 大きく開いたティセリアの口腔を、卦院はライトで照らす。



「喉の炎症は完治と……。ティセリア、身体になんか変な所はあるか?腹は?」

「すいたうゅ」

「……頭は?」

「かゆいうゅ」



「そういうことじゃねえよ……」卦院は苦笑しながら、カルテに文字を書き込んでいった。


 そして、ティセリアの背後にいた真理子と芽依子にOKサインを出した。



「うん……戦闘の後遺症らしき症状モノは見当たらない。もう大丈夫だ。念の為の解熱剤をあと一週間分出しとく。あと……



 卦院の言葉に、芽依子と真理子は大きく安堵の溜息を吐いた。



「ケイン先生しぇんしぇー!あそびにいっていーい?」

「外で遊ぶんなら帽子はちゃんと被れ。道路に飛び出るなよ?」

「うゅっ!!」



 ティセリアは大きく頷くと、手を振りながら会議室を出て走っていった。



「 エクしゅレイガの基地きちをせんにゅーちょーさなのョ〜〜ォ…… 」



 ティセリアの声と足音が遠ざかっていく。


 すると、卦院は笑みを消し、堅い真顔で真理子を見て言った。



「ティセリアの戦闘時のルリアリウム同調パターンが時緒のものと一致した。前例が少な過ぎるから断言は出来ねえが……」

「やっぱり……ティセリアも?」



 述語が含まれていない芽依子の質問に、卦院は頷いて見せた。



「あの子も臨駆士リアゼイターだ」

「……出発前の検査では、そんな兆候なんて無かったのに」



 芽依子の呟きに、麻生やキャスリン、会議室に居た誰もが黙り込む。ごんごんごんと、旧型のクーラーの稼働音が余計煩く聞こえた。


 芽依子が窓の下を見遣ると、ティセリアは警備員の大迫とお辞儀をし合ってから、意味も無くと駐車場を何周も走り回り始めた。



「精神の世界、ルリアリウムの真髄……最早オカルトの域だぜ」



 真理子が淡々と呟いた。



「自然か……血筋か……何かが引き金か分かったモンじゃねえ。何故臨駆動リアゼイター覚醒ったかなんて考え出したらキリねえや」



 卦院が重く頷くのを見て、真理子は小さく鼻で笑った。



「珍しいな?オカルト嫌いのお前が?」

を見せられたら嫌でも認めざるを得ねえんだよ……!」



 すると卦院はタブレットを操作して、会議室のテレビにグラフを映し出させる。グラフ横には、先週の台風ーー虹色に輝くエクスレイガとヴィールツァンドが対峙するシーンがワイプ画像として投影された。


 やがて、グラフに二重螺旋が描かれる。更にその二重螺旋を、おおらかな一つの螺旋が覆っていた。



「先生、これは……? 」



 首を傾げる芽依子に、卦院は白衣の胸ポケットからニンジンスティックの入ったケースを取り出す。卦院は今、禁煙中であった。



「時緒とティセリアの精神波のグラフだ。互いに共鳴し合い、まるで螺旋みたいに見えるヤツだ……」



「 じゃァ 」キャスリンが挙手をした。



「この……周りでグルグルしてるのは……トッキーとティセリアちゃん以外?誰……? 」

「この精神波は……」



 ぱきりと、ニンジンスティックを前歯でへし折りながら、卦院はまるで見た夢を語るように応える。



「時緒でもティセリアでもない……から発せられたもの…… 」



 卦院の返答に、芽依子の、そして真理子の顔が、みるみる青ざめていく……。



「俺は……俺達はこの波形を識ってる。真理子がエクスレイガを造った時にデータとして渡された……」



 認めたくないがーー。卦院は眉間に深い皺を作って、天を仰ぐ真理子を睨んだ。




「これは……沙奈サナの波長だ。沙奈が……





 ****




「カ、カウナさん…!ちゃんと持ってくださいよ…!」

「わ、我は…!ち、力仕事は苦手だ…!こっここここ…こ、腰が…!?腰がァ!?」

「アッーー!?大事な急所トコ挟んだアッーー!!」

「腰が砕けるゥゥーーッ!?」



 エクスレイガ格納庫ーー。


 巨神エクスレイガの膝下で、時緒とカウナは長さ三メートル程の円筒形をしたパーツを持ちながら、苦悶の表情で右往左往していた。



「トキオ…大丈夫か?顔色が紫だぞ…?」

「二人とも何処行ってるのさ!?ホラこっちこっち!!時間無いんだから!!」



 やっとのことで時緒とカウナは、シーヴァンとラヴィーが用意した円盤型の部品に円筒形を取り付けた。がちりと接続の音が鳴る。


 腰をさすりながらうずくまるカウナの横で。股間を抑え苦悶の表情を浮かべながら時緒はラヴィーに問うた。



「ラヴィーさん、何ですかコレ?」

「簡易型の転送装置だよ」

「電送装置?」

「て、ん、そ、う!」



 するとラヴィーはシーヴァンと共に格納庫の備品である箒で、筒内を満遍なく掃いていく。


 シーヴァンは真顔で時緒に説明した。



「転送装置を使う時は、先ず装置内を掃除するのが先決だ。もし小さな虫とかがいると……」

「いると?」

「ぐちゃぐちゃに

「ぅげ…っ!」

「分離することは出来るが……銀河医療保険ホケン適用外だからべらぼうな医療費が掛かるぞ?」



 以前観た海外のSFホラー映画を思い出した時緒は恐怖して身を縮こませた。そんな時緒の仕草に満足したシーヴァンは、意地悪な笑みでラヴィーやシーヴァンに問う。



「訓騎院時代にな……?遅刻して焦ったアシュレア殿下が装置を使って……装置内にいたルーリア虫と融合して……」



 途端、ラヴィーとカウナは大笑いした。



「あの時は大騒ぎだったなぁ……!」

「六本足になった殿下が、壁や天井這い回りながら" たあすけてくれぇー!たあすけてくれぇー!! "って。シーヴァンが虫取り網で捕まえたのであるよな?」

「分離手術が一日遅れてたら……殿下産卵してたな」



 三騎士が揃って無邪気に笑った。時緒は少し疎外感を感じた。



「兎にも角にも!」時緒は少しむっとした表情で三人を見る。



「この転送装置とやらで…ナニするんです?」

「「「あ〜〜……」」」



 思い出話よりも仕事、我に返った三人はジト目の時緒も混ぜていそいそを作業を再開した。





 そして、十分後ーー。



 汗だくの時緒と三騎士達の目の前で、転送装置が甲高い駆動音を立てる。



「よし!全システム正常!シーヴァン!」

「ああ……!」



 シーヴァンはラヴィーに頷いて見せると、自身の通信機に声を掛ける。



「こちらは準備完了。リースン?其方は?」



 すると、シーヴァンの通信機の向こうからーー



『はい!私とコーコ、ちゃんと装置に入りました!宜しくお願いします!!』



 快活そうな少女の声が聞こえた。佳奈美と律を足して二で割ったような声色だと、時緒は思った。



「よし…!ラヴィー、転送装置…起動!」

了解レーゲン!」



 ラヴィーは意気揚々と装置に手をかざす。


 装置の駆動音は更に激しさを増し、筒の中にルリアリウム由縁の粒子光が溢れていく。



「どちら様か来るんです!?」



 格納庫内を満たす眩い光の中、時緒の質問にカウナは得意げな笑顔で大きく頷く。



「我々の仲間…親友。ティセリア様にとっても掛け替えの無い二人だ!」



 カウナが言い終えるや否や、その視線の先、眩い粒子光は徐々に集束して二体のヒト型をぼんやりと形成していきーー



『と、とうちゃくーっ!?』

『地球?地球着いたの!?』



 先刻の若い女の声が、筒の中から聞こえた。


 光が弾け飛ぶ。装置の筒の中には、見知らぬ二人の少女が、驚きの表情で佇んでいた。


 一人は栗鼠めいた巨大な尻尾を携えたボブカットの少女。


 もう一人は鳥の風切羽のような獣耳の、セミロングの少女。


 二人とも、ルーリア人であった。二人が纏うメイド服めいた衣装が時緒をときめかせる。



「ようこ、」「リースン!!コーコ!!」



 "ようこそ猪苗代へ!"



 そう言おうとした時緒の声を、甲高い声が遮った。


 時緒が振り返ると、いつの間にか格納庫に侵入していたティセリアが、歓喜の眼差しで二人の少女を見ていた。何をすればそうなるのか?ティセリアの頭は雑草まみれだった。



「「ティセリア様!!」」

「リースン!コーコォ!!リーしゅンンンン!!」



 ティセリアは一気に疾駆して、両手を広げる少女達、リースンとコーコの間へと飛び込んだ。



「リースン!コーコ!会いたかったのョ〜〜!!」



 まるで頭突きをするような体勢で飛び込んで来たティセリアの頭を、リースンは何度も何度も撫でた。



「ティセリア様…!ああ…!良かった!本当に良かった!!」



 ティセリアの存在を確かめるように、リースンはティセリアの身体をひしと抱き締めて……。



「ふんぬっ!!」



 その瞳を、怒気にぎらつかせた。



「 ティセリア様!!本当に!!本当に!!心配したんですからねッッ!! 」

「「うひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?」」



 迸るリースンの怒号は、当のティセリアはおろか、時緒も狼狽えさせるものだった。


 凄く、怖かった……。





 続く

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