俺様にも作ってちょ?


 先刻、真理子が言った通り、椎名邸に到着した時緒達が客間の戸をそっと静かに開いてみると……。



「「「………………」」」



 カウナとラヴィー、そしてシーヴァンが、畳の上で大の字になって、気持ち良さげな寝息を立てていた……。


 障子に攪拌された陽光に包まれて……。



「…ふごっ!」とラヴィーの身体がびくりと跳ねた。



 三人の周りには、時緒の私物の漫画やホビー雑誌、携帯ゲーム機が転がっていた。寝る前に遊んだのか。


 そんなシーヴァン達を見て、時緒とティセリアは言い様の無い安堵感を覚えた。



「みんなぐーぐーしてるうゅ……」

「よっぽど疲れてたんだ……」

「しーなのョ… 。おこしちゃかわいそーうゅ…」



 自らの口に人差し指を当てて、ティセリアはやや大袈裟な忍び足で廊下を歩いた。


 そんなティセリアが、時緒達には微笑ましい……。



「ティセリアちゃん、良い子だなぁ……」

「それほどでも……」



 何故芽依子が照れるのか、時緒には分からなかった。



 「…………」



 時緒達が居間へと向かう中ーー。



 律は、タオルケットを抱き締めて眠るカウナを見て呆れ顔を浮かべると、そっと呟いた。



「 久しぶりに会えたと思ってみれば……間抜けな面しやがって…… 」



 しかし、安堵の溜め息を吐いた後の律のその唇は、律が無意識のうちに抱いた、母性に満ちた微笑を形成していた。



「……添い寝してやれば良いんだ」



 背後からぼそりと囁いて嗤う正文の尻を思い切り蹴り飛ばすと、律は赤面しながら時緒達の後を追う。


 そんなこと、恥ずかしくて出来るか……!






 ****




「よいしょお!」




 昼食に真理子が作ったのは、卓袱台の八割を占領する巨大なザルに盛られた、冷やし麺の山だった。


 その高さたるや、卓袱台を挟んで時緒と対面していた、尻をさする正文の顔が見えなくなる程。まるで磐梯山だ。



「おっほ…!こいつはすげぇ!!」

「すげえどすばい!!」

「しゅげえどしゅばい!!」



 驚嘆の声をあげる伊織と佳奈美に、そして佳奈美の真似をしてはしゃぐティセリアに、真理子は得意げに鼻を鳴らして見せる。



「製麺所を経営してる知り合いが発注間違えて大量に作っちまったって言うから……割引で買って来たんだ!」



 そう言って、真理子は卓袱台の残り僅かなスペースに具材が盛られたボールやスープの入ったボトルをどんと置いた。


 チャーシューにメンマ、煮卵、刻んだネギや焼き海苔。スープは冷製醤油や冷製味噌、ゴマだれに岩手は盛岡特製冷麺スープまである。



「「 いただきます!! 」」



 時緒達は手を合わせると、一斉に麺の山に箸を突き込み、各々麺を掬い上げる。流石芽依子、一回の取り量が多い。


 子どもは食べ盛りに限る。学生寮の寮母、いや、相撲部屋の女将になった気分の真理子は豪快に笑った。



「 遠慮せずガンガン食え!また茹でるからよ!! 」

「 うゅー!いただきましゅー!! 」



 箸が使えないティセリアもフォークを手に続こうとする。が、すんでの所で真理子に呼び止められた。



「お姫ちゃん!」

「うゅ?」

「食う前に擬態解いちまいな!」

「うぃ〜!」



 ティセリアは一旦フォークを置き、己の腕につけられたリング型の装置に手を翳す。



「うゅ〜!らみぱしゅらみぱしゅうゅゆゆゆ〜!!」



 ティセリアの唱える呪文に意味は無い。ただのアニメの真似である。


 光の粒子がティセリアの身体を纏い、彼女を真の姿へと変えた。


 頭髪は透き通った長い銀髪へと変わり、頭と尻には狐めいた獣耳と尻尾が生えた。まごうこと無き、ルーリア人の姿だ。



「可愛い!」



 真琴がぱちりと手を叩いて感嘆すると、ティセリアは「うひひ…」と照れ笑いをして、再びフォークを手にして麺を掬い取る。



「ティセリアちゃん、つけ麺スープに浸して食べてみて!」

「うゅっ!」

「海苔もあるぞ!」

「うゅっ!」

「チャーシューほら持ってけ持ってけ」

「うゅゆ〜!」



 ティセリアは時緒、伊織、律に勧められたトッピングで見事につけ麺を作り上げ、空腹感の赴くままに麺を啜る。


 魚粉と豚骨の旨味がふんだんに絡まった多加水麺がティセリアの口の中で跳ねた。もちもちとした食感が、ティセリアの食欲を増進させる。



「うぴゃあ〜〜!おいしい〜〜!!」



 あまりの美味しさに、ティセリアは身体を上下に揺らして喜びを再現した。


 ふさふさ尻尾が激しく揺れて、左右に座っていた時緒と芽依子の後頭部を叩く。少し行儀が悪いのかもしれないが、その様は見ていて非常に愛らしく、真理子や真琴は思わず笑ってしまった。


 前歯に海苔を付けながら、ティセリアも大笑い。



「うゅっ!みんなでたべるとおいしーよねー!!」



 全くその通りだ。時緒はそう思い、大きく頷いた。





「……あ」



 ふと、チャーシューを嚥下した正文ははっと顔を上げ、冷麺のキムチを肴に昼ビールを決め込んでいる真理子に尋ねた。


 制服から、かつてを取り出してーー。



「真理子さんよ」

「なんでい?」

「これ、以前カウナモから貰ったヤツなんたが……」



 正文が持つ、鮮やかな群青に輝くルリアリウムを、真理子は箸で摘んだ。



「ほお…、これが正文おめぇの輝きか…、このブルーの輝き…正直オヤジ譲りか……」

「む?親父?」

「いやこっちの話。大事にしろよ?」



 真理子は正文のルリアリウムを暫く面白そうに眺めたのち、首を傾げる正文の掌へと返す。ルリアリウムにキムチが付いていて、正文は僅かに顔をしかめた。



「つー訳で真理子さん」

「つー訳でってどんな訳だよ?」



 群青と臙脂、正文の曇り無い瞳が、上唇にビール泡を付けた真理子を見遣る。



「俺様専用の騎体マシンを作ってくれ」

「…………」



 塩っぱい表情、"何言ってんだコイツ"の表情カオのまま、真理子は正文を睨んで固まった。



「俺様も時の字のエクスレイガみたいなロボが欲しい……!」

「…………」

「俺様ももう十五…大人です。身の程知らずな贅沢は言わない」

「…………」



 しかめっ面の真理子が見つめる中、正文は一回深呼吸をして……。



「全長は五〇メートル、出力一兆馬力、眼と胸からビーム出てパンチ飛び出してジェット機形態とドリルタンク形態とメカライオン形態とメカドラゴン形態に変形出来て……」

「身の程を知ろうぜクソガキ!!」

「へぶすっ!?」



 咄嗟に真理子は渾身の拳骨を、正文の脳天に炸裂させた。



「お前ェ!エクス一騎の建造費に幾ら掛かると思ってやがる!?宇宙巡洋艦八隻分だぞ!?おいそれ造れっかってんだ!? 」

「え!?」



 拳骨に卒倒した正文を部屋の隅に押しやりながら、時緒は真理子の言葉に顔を強張らせた。



「 エクスレイガってそんなに高価たかいの…!? 」



 口元から垂れる麺を啜りもせず、顔面蒼白になって震える時緒に、



「そうですよぉ……」



 芽依子は態とらしい甘声を発しながら、時緒の肩を優しく叩いた。



「それなのに時緒くんは……エクスレイガをいつもいつもパッカンパッカンパッカンパッカン……!お姉ちゃんの心配も知らずにパッカンパッカンパッカンパッカン……!」

「ね……ねえさんてば……悪かったよ……」

「今度からは……ほんのちょっとで良いから気をつけてくださいねぇ?お姉ちゃんを安心させてくださいねぇ?」

「は……はい……」



 時緒は項垂れた。怒気をはらんだ芽依子の微笑が恐ろしくて、直視出来なかった……。


 自分が恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分だった……。




(……待てよ?)



 白眼を剥く正文を眺めながら、真理子はふと考える。



(この正文アホになら……小名浜おなはまに預けてある2号機アレ……使えんじゃね?)



 そう思考を巡らせる真理子の足下でーー



「マちゃフミ……でっかいタンコブうゅ……」



 痙攣し始めた正文を、ティセリアはつけ麺を啜りながら興味津々に眺めた……。



 するとーー。



「…………すっごい良い匂いする…………」



 襖が開いて……寝ぼけ眼のシーヴァンが姿を現した。



「…………お腹空いた」

「我も…………オゥ……リツが居る……」



 欠伸をしながらふらふらと、ラヴィーとカウナもシーヴァンに続いて入って来る。



「シーヴァンたち起きたうゅ!」

「シーヴァンさん達も座って座って!」



 そして、三騎士も手を合わせ、麺の山に箸を伸ばす。


 賑やかな椎名邸の昼御飯。


 夏空の下、時緒達の笑い声、ティセリア達の笑い声、失神した正文の呻きが、猪苗代の夏空に響いていた。




 続く

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