第三十九章 イナワシロ・オブ・サマー
半ドン猪苗代ランチタイム
二日前ーー。
猪苗代の空を、ルリアリウム・エネルギーの大爆発が眩く染め上げた!
視界一面を覆う虹色の衝撃波。その凄まじさに、シーヴァン達は茫然と眺めることしか出来なかった。
時緒はどうなった!?ティセリアは!?
やがてーー。
「あっ…!?」
光球の中からルリアリウム・カリバーだけが飛び出す様を、シーヴァン達は目撃する。
カリバーは暗雲の中へと高く高く舞い上がり、その影は、あっという間に消えていった……。
同時に光の衝撃波が徐々に、徐々に、夜闇に紛れるように消滅していきーー
「トキオ……!」
その余韻の中から、エクスレイガが姿を現わした……!
ヴィールツァンドの姿はとうに破滅し、僅かに熔け残った下半身が力無く落下して、天神浜オートキャンプ場の森へと突き刺さった。
「トキオ…!?トキオ!?無事か!?」
シーヴァンの声に応答すること無く、エクスレイガはゆっくりと降下、キャンプ場に着地すると、装甲各所から蒸気を噴いて力無く膝を着いた。
時緒はもう限界だ。
無理も無い、あれほどの膨大なルリアリウム・エネルギーを放出したのだから……。
『シ……シーヴァン…さん 』
カウナの操るゼールヴェイアと、ラヴィーの操るゼラに支えられながら、エクスレイガはガルズヴェードの前に拳を差し出した。
『ちゃ…ちゃんと…連れてきました……!』
そして拳を開いて……エクスレイガは相貌から光を消した。
全機能、停止……。
そのエクスレイガの……拳の中にはーー
「 …………うゅ〜〜〜〜ん…………もう少し食べれる………… 」
ヴィールツァンドの操縦席の残骸にしがみ付いたままのティセリアが、寝息を立てていた。
ティセリアが、帰ってきた……!
安心しきったティセリアの寝顔を見た途端、
「ありがとう……!トキオ……!」
ほんの微かに、涙声の入り混じったシーヴァンの感謝の言葉が、心地よい眠りに落ちようとしていた時緒の鼓膜を優しく撫でた……。
****
そして現在、猪苗代駅ーー。
「ティセリアちゃん、お昼食べた?」
「まだなのョ〜!」
自分の背に乗ったティセリアに時緒が尋ねると、ティセリアは激しく首を横に振った。
「トキオとメーコが帰ってくるまで待ってたのョ!」
「じゃあ一緒にランチタイムだ!」
「うゅっ!」
時緒の肩に顎を乗せながら、ティセリアは快活に頷く。
そんなティセリアを見遣りながら、真琴は芽依子にそっと尋ねた。
「芽依子さん?あの子が?」
「はい。ルーリアのお姫様です」
「椎名くん、随分懐かれてますね…?」
「目を覚ましてからずっとベッタリなんです……」
長い亜麻色の髪を揺らしながら、芽依子はクスリと笑って見せた。
「『約束を守ってくれた!』って……!」
正気を失ったティセリアの駆るヴィールツァンドとの戦いは激戦だったと、学校で時緒は云っていた。
ならば、時緒を見守る芽依子の精神的疲労も尋常ではなかっただろう。
気弱な自分には耐えられないだろうと、真琴はそう思った……。
「…………」
ふと視線を感じた真琴は、前を歩く時緒の背中に目を向ける。
ティセリアがちらちら、興味津々な目色で真琴を見ていた。
「 腹減ったなぁ…?」
「グミ食べたいにゃ」
「お前は三食グミで良いのか……!」
「俺様は会津牛のフィレステーキ…。さっぱりとオニオンソースで……」
真琴だけではない。ティセリアの視線は伊織や佳奈美、律に正文にも次々と移る。
「こんにちは」
「やっほーにゃ!」
真琴と佳奈美が、ティセリアに向かって手を振って見せた。
「う…うゅ……」
すると、当のティセリアは恥ずかしそうに視線を逸らし、時緒の半袖ワイシャツに顔を埋めてしまった。
時緒の背中に顔を埋められるなんて……。真琴はティセリアを羨ましく思ってしまった。
「ごめんなさい、人見知りが激しいんです。でも直ぐ懐くと思いますよ!」
顔を真っ赤にして、芽依子が頭を下げる。
何故芽依子が謝るのか、真琴達には分からなかった。
「…………」
ティセリアが再び真琴達を見た。
「ティセリアちゃん、よろしくね!」
真琴がまた手を振ると、ティセリアは矢張りそっぽを向いたが……小さく手を振り返してくれた。
****
何故ティセリアが猪苗代駅まで来られたのか?
時緒はその答えがようやく理解出来た。
「よっ!お帰り!」
「あら母さん」
時緒達が猪苗代駅を出ると、出入り口の直ぐ右側、バス停横の自販機前で、白いTシャツにジーンズ姿の真理子が、缶の烏龍茶を飲んでいた。
ティセリアを背負った時緒、そして時緒に続く芽依子達を見た真理子は、上機嫌に笑って手を振った。
「
真理子が飲み干した空き缶をひょいと放り投げる。空き缶は高く雲を背負った磐梯山を背景に宙を舞い、ゴミ箱の穴へと音一つ立てずに入った。
「さっさと家帰って飯にしようぜ!
真理子の提案に、真琴達は「でも……」と遠慮がちに目配せをしていたが。
「そいつは良いや!ねぇ?姉さん?」
「はい!皆で食べましょ!」
時緒と芽依子が揃って笑顔で賛同した。
「うゅうゅ! 」とティセリアも首を縦に振る。
そこまで言われたら、断る理由は無い!逆に、断る方が失礼というものだ!
「じゃあ…!」
「「「
真琴、伊織、佳奈美、律、正文は一斉に頭を下げる。
蒼い空。
白い雲。
翠に映える磐梯山。
午前で授業が終わり、和気藹々とした土曜日のお昼は、皆で
「じゃあ時緒ん家にレッツゴーにゃ!」
先陣を切って歩き出す佳奈美に、真理子は呆れ笑いを浮かべた。
「おいコラ佳奈ブンこのヤロー、なんでオメエが仕切んだよ?私ん家だぞコラ!あと通知表見せろ!!」
夏の陽気に気持ちを昂らせながら、時緒達は椎名亭への道を歩く。
高く昇った陽の光に輝く歩道は、見慣れていた筈の帰り道なのに、時緒達には新たに拓かれた冒険の路に見えた。
「うゅ〜!ごはんごはんなのョ〜!イナワシロでごはんなのョ〜!」
背中で歌うティセリアの鼓動が、時緒にはとても心地が良い。
「あ!」
ふと、真理子は立ち止まり、時緒達に向かって人差し指を立てて見せる。
「家着いたらお前ら、ちょい静かにしてろよ!」
「ん?なんで?」
首を傾げる時緒に真理子は苦笑しながら、優しい声色で言った。
「家の客間で、シーヴァン君とカウナ君とラヴィー君爆睡してるから。夜通しの回収作業が終わったんだ、ゆっくり寝かせてやれな……!」
続く
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