衛星軌道上の不貞腐れプリンセス
「うぎ〜!イヤなのョ〜!イヤイヤなのョ〜〜!!」
「まあまあそこをなんとか……」
「 シーヴァンたちがまた行けばいいじゃ〜ん!! 」
「まあまあそこをなんとか……」
床に寝転がって精いっぱい拒絶の意を示すティセリアを、シーヴァンは半ば強引に引き摺って歩く。
目指すは広間入り口の横、ティセリアの専用騎が鎮座する格納宮ーーそこを繋ぐ転送ポータルだ。
「ティセリア様はトキオが嫌いなのでしょう?」
「うぎ〜!きらい〜!だいきらいぅ〜!!」
シーヴァンは思った。
時緒には悪いがダシにさせて貰おう、と。
「では、ティセリア様直々に出陣して、トキオを負かしてしまえば良いと思いますよ?」
「うゅっ!?」
ティセリアの目の色が変わった。
シーヴァンは見逃さない。チャンスは確実に掴むのだ。
「ティセリア様に敗けたら……トキオの奴恥ずかし過ぎてティセリア様にもう生意気なこと言えませんよ」
「うゅ……!?」
「正直アイツはティセリア様以上に心配の種ですから。もういっそこてんぱんにしてしまって下さい」
シーヴァンは心の中で、時緒に土下座して謝った。
これも、ティセリアに戦争を体験させる為。地球の、猪苗代の素晴らしさを体験させる為なのだ……!
「 でも……イヤなのョ〜!!イナワシロおっかないのョ〜!! 」
しかし、ティセリアは絨毯に爪を立てて不動を決め込んでしまった。
そう来たか。シーヴァンはティセリアの強情ぶりに舌を巻いた。
……だが、ティセリア騎士団筆頭騎士は伊達ではない。
シーヴァンは即座にティセリアの行動対処法を構築する。
「あ、ティセリア様……あそこにドニャえもんが……!」
「え?ドニャえも〜ん!?」
ティセリアに隙が生まれたーー。
最近のティセリアが地球のアニメキャラに執心してることなぞ、シーヴァンは熟知済みなのだ。
「あ、すみません…!見間違いです…!」
「うぴっ!?」
シーヴァンに虚を突かれ、ティセリアはあっという間に絨毯から引き剥がされた。
可哀想だが仕方がない。シーヴァンは心を鬼にして、ティセリアを担いで転送ポータルに入る。
これは、ティセリアの成長に繋がることなのだと、そう自分に言い聞かせる。
「 …………………… 」
シーヴァンに担がれたティセリアは、先程とは打って変わって暴れもせず、ただ黙って、微動だにしなかった。
諦めた訳ではない。シーヴァンの言う事に従った訳ではない。
「 …………………… 」
自分の思ったようにことが進まないので……。
シーヴァンに嘘を吐かれたので……。
完全に不貞腐れたのだ……。
「 …………………… 」
転送ポータルに入り、その身体を光の粒子に変換、転送されるまで。
面白くないティセリアは終始膨れ面だった。
しかし……。
「 うぴゃあぁ〜〜〜〜〜〜!!かっちょいい〜〜〜〜!! 」
格納宮に到着した途端、ティセリアの口から歓喜の雄叫びが迸った。
「エクしゅレイガよりもかっちょいいうゅ〜!! 」
( よしっ…! )
ティセリア様は上手くノッてくれた……!
シーヴァンはティセリアの背後で、喜びのガッツポーズをした。
****
「 ティセリア様、随分とご機嫌でしたよ?」
数時間後。格納宮で瞑想をしていたシーヴァンに声を掛ける者が一人。
ティセリアの侍女、リースンだった。
「
「へえ……!」
「それまでは……ブーたれていたな」
苦笑するシーヴァンの横に立ち、リースンは格納宮で鎮座する
「 これが、ティセリア様の専用騎…? 」
「 そうだ。ヴィールツァンドだ 」
ティセリア専用
ルーリアの女性のような細く、滑らかなボディフレームを、鋭いシルエットをした薄桃色の装甲で覆われた美しく、それでありながら猛々しさを感じる威容。
ティセリアの耳を象った先鋭的な頭部と、騎体各所を飾る金色の装飾は、皇族専用騎である
「……あら?」
リースンが注目したのは、
通常なら尻尾は一本しか無いが、ヴィールツァンドの尻尾は尾てい部の円形状パーツから放射状に四本に分かれていた。
しかも、尻尾一本が其々三つの楔型パーツに分割されている。
「 シーヴァンさん?あの尻尾は? 」
「……あれか?ラヴィーの設計した武器だ。自立操作砲剣【
「ぷぁるかむ?」
兵器然としない名前にリースンは素っ頓狂な顔をして、不理解をシーヴァンにアピールして見せた。
シーヴァンは笑いながら答えてくれた。
「 あの尻尾が本体から分離して、尻尾1本につき3基……計12基の浮遊する剣になる。操作はティセリア様の脳波を基に、プァルカムの人工知能が補助してくれるそうだ 」
「凄い武器ですね 」
「 何でも……ラヴィーがトキオ達と観た地球のロボットアニメからインスパイアされたらしい……」
「……ほんとに地球の人は面白いこと考えますよねぇ」
リースンは、栗鼠めいた巨大な尻尾を揺らしながら、安堵に胸を撫で下ろすような挙動を取った。
「良かった。つまりティセリア様がお一人で御出陣なされても……周りをこのプァルカム達が守ってくれるんですね? 」
「……リースンも、ティセリア様の出陣には反対か? 」
シーヴァンは恐る恐るリースンに尋ねてみた。
リースンはティセリアの身の回りの世話をしている。それこそ、実の妹のように厳しく、優しくティセリアを見守って来たのだ。思う所が有るのだろう。
「いえいえ!ティセリア様の御出陣!大いに賛成です!」
栗色の体毛を生やした耳を立て、快活に笑いながら、リースンはそこそこ発育した胸( メイアリアには程遠い )を張った。
「 そりゃあ!全く心配してないと言ったら嘘になりますよ!でも……」
「む…?」
リースンは微かに頬を染めて、シーヴァンを見つめる。
「 シーヴァンさん……カウナさんもですが、イナワシロでエクスレイガと戦ってから……何だかうきうきして……毎日楽しそうにしてらっしゃるんですよねぇ 」
「 そ、そう……か? 」
恥ずかしそうに芝犬めいた耳を摩るシーヴァンに、リースンは「 はい! 」と元気に頷いた。
「そんなにトキオさんとやらが良い人なのか、イナワシロが美しい所なのか……」
「…………」
両方だ、とシーヴァンはリースンに聞こえない小声で呟いた。
「 もし……ティセリア様がそうなってくれたら、心を豊かにしてくださったら……私リースン・リン・リグンドは侍女冥利に尽きるものと思うんですよ!はい!! 」
嬉しそうにリースンは尻尾を激しく揺らした。
尻尾が整備橋を叩く度に橋がぎしぎし屋左右に揺れて、シーヴァンは些か恐怖に襲われた。
「 あ! 」と、リースンは一声をあげる。
「もし、万が一ティセリア様が捕虜になった時は私も同行させて下さい!」
「む?イナワシロの人達は良い人だ。ティセリア様のお世話くらい……」
「そうじゃなくて!まあ……それもありますが……!」
若干苛やきもきした口調で……。
リースンは、シーヴァンに唇を尖らせて見せた。
「
****
その夜ーー。
リースンは夢を見た。
ティセリアが泣きじゃくりながら、遠くへ。
リースンが呼びかけても、遠くへ、遠くへ。
リースンの手が届かない場所へ泣き去り、消えていく。
そんな、
続く
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