雨の日を過ごせば…


「 では……手筈通りに。良いですね……? 」


『 ああ。ティセリアをイナワシロに降ろしてくれ……』





 ****






 六月も半ばの日曜日ーー。


 梅雨へと突入した猪苗代は、今日もしとしとと薄ら寒い小雨が降っていた。


 これでもう、かれこれ一週間連続の雨模様である……。



「 よし!これで完成!! 」

「 よっしゃあ!! 」



 イナワシロ特防隊基地、エクスレイガ格納庫。


 ラヴィーは満足気に笑って、隣の真理子とハイタッチした。背後では千原達整備班が歓喜の雄叫びを上げている。


 ラヴィーが、真理子達が見上げる先には……。



「 【 エクスレイガ砲撃形態バスター】…完成だ…! 」



 更に武骨な姿となったエクスレイガが存在していた。


 四肢を堅牢な装甲で包み、両肩と腰には其々二門の大型大砲キャノンが備わっている。


 背中のミサイルパック、足裏のキャタピラが、エクスレイガの偉丈なシルエットに更なる重厚感を加味していた。



「 時緒の剣戟スタイルに合わないんじゃないか? 」と牧が言うが……。



 真理子はふんすと鼻を鳴らした。



「 時緒の為じゃねえよ。量産型エムレイガのオプション装備を目的に作ったんだ。誰もが時緒みたいじゃねえだろ? 」

「 なるほど 」



 牧が納得したその時、格納庫傍のドアが開いて、日曜新聞を手にした麻生が現れた。



「 でも良かったのかい?ラヴィー君? 」



 麻生の問いに、「なんです?」とラヴィーは首を傾げる。



「バスターユニットに、君のロボットのパーツを使ってしまって……?」

「良いんですよ!」



 笑いながら、ラヴィーは二度頷いた。外の梅雨空とは正反対に、青空のように清々しい笑顔だった。



「どっちみちゴーラグルは修理不能なくらい壊れてましたし……いっそこうして再利用してくれて嬉しいですよ。それに……」



 ラヴィーは通信機を操作して、宙に一枚の写真を映像として投影させる。



 先週、時緒達と一緒に高子沼グリーンランドで遊んだ時の写真だーー。


 頬を赤らめてピースサインをするラヴィーの横には、半目で笑う佳奈美がいた。



「トキオ達には……色々貰いました。昔のしがらみからも抜けさせてくれましたし……」



 恥ずかしそうに苦笑しながら、ラヴィーは真理子を見遣る。



「昨夜、両親と話しました。前まではあまり話せませんでしたが……色々と……」

「どうだった?」

「 二人とも心配してました。そして…" すまなかった "って。兄みたいに僕まで無理するんじゃないかって…怖かったって 」

「 ………… 」

「 僕は今まで一人で何でも出来るって思ってました。…でも違ったんですね 」



「 当たり前だぜ! 」真理子は笑ってラヴィーの肩を軽く叩いた。



「君はまだ若いんだ。その歳で何でも出来たらつまんねえだろうが!」

「 ……ですね!」

「 ……お兄さんの分もいっぱい遊んで、いっぱい学べ。それがお兄さんへの一番の御供養になるってもんさ! 」



 ラヴィーは大きく頷く。


 その背後で、整備班員の何人かが感極まってむせび泣いていた。



「 よし!ラヴィー君の新たな出発を祝して……今度焼き肉行こうぜ焼き肉! 」

「「 え〜!?また焼き肉〜!? 」」

「なんだよ!?祝いっつったら焼き肉だろうが!」



 格納庫内が、真理子やラヴィー達の笑いに包まれる。


 その片隅で、ラジオが淡々とニュースを告げていた。



『非常に強い台風8号は現在、多々良島を暴風域に巻き込みながら北上しています。勢力は衰えることは無く、明後日午前中には特別警戒級の勢力で関東甲信越へと上陸、そのまま、北海道南部から南西部を勢力を保ったまま横断するものと思われます……』






 ****





「 雨……止まないねぇ 」



 椎名邸の居間ーー。



 窓の外を眺めながらぼんやりと呟く時緒に、芽依子はくすりと笑って「 止みませんねえ……」と、淡々と返した。



「もぅ……時緒くん、さっきからそればっかですねぇ」

「だって暇なんだもんさ。鍛錬も出来やしない!」

「休息も必要ってことですよ 」



 時緒は畳に寝転び、欠伸をしながら芽依子を見遣る。


 今の芽依子はジーンズ姿、赤眼鏡を掛けて真琴から借りた少女漫画雑誌を読んでいた。


 長い髪を三つ編みにした髪型はいつもと違ってーー



 " 可愛い "



 時緒は本気でそう思った。顔が火照るのを感じる。


 今、椎名邸には、時緒の芽依子の二人しかいない。その現実が時緒のどぎまぎに拍車を掛けた。


 緊張するが……このひとときがとても尊い。そうも思った。



「ね、姉さん?あのさ?」

「はい?何です?」



 時緒は気恥ずかしさを紛らわそうとして、芽依子に尋ねてみた。



「 き、筋トレ…もう一セット追加しちゃ駄目? 」



 芽依子は即座に、険しい視線を時緒に向けた。



「 駄目です!もう今日のノルマは達成しましたでしょ?やり過ぎて身体を壊したら元も子もありません!」

「 ……デスヨネ 」



 がっかりした時緒は畳に突っぷす。



「 ……でも読んだらどうです? 」

「 ゔゔっ!? 」

「……今度は机の裏に両面テープで貼り付けてましたね? 」



 時緒は動揺して、畳に頭を思い切りぶつけた。


 恐る恐る顔を上げると、芽依子は悪戯小僧めいた笑顔で見下ろしている。


 ……かなり怖い!



「私夏休みに……磐梯神社律さんのところでアルバイトする事にしたんです。真琴さんや佳奈美さんと一緒に……」

「なんじゃとてっ!?」



 時緒は勢い良く起き上がる!その様は一昔前の発条仕掛け玩具のようだった。


 にやり、芽依子はその笑顔を深く、含みのあるものにした。



「 巫女装束を着たら……真っ先に時緒くんにお見せしますね?勿論真琴さんのも 」

「ヨロシクオネガイシマス!!」



 時緒は土下座して即答した。


 この瞬間、時緒は本能の下僕となった。


 時緒は巫女装束が好きだ。『 萌え 』という奴だ。


 律の巫女姿もよく見るが、時緒にとって律は男友達のような関係なのであまり萌えない。


 しかし、芽依子が着るとなっては話は別だ!


 見たい!絶対見たい!目に焼き付けたい!


 真琴の巫女姿も是非見たい!佳奈美はどうでも良い!


 迸る萌えへの情熱が、時緒の全身を熱く滾らせる!



「…時緒くん…必死ですね…?」

「後悔だけはしたくないんで…!」

「あ…そうですか……」





 芽依子はほんの少しだけ、巫女のアルバイトをすることを後悔した。


 時緒は好きだ。


 大好きだ。



 二人きりのこの時間が堪らなく愛おしく、そして少々気恥ずかしい。


 だが……。


 巫女装束の話になった途端、鼻の穴を広げ、瞳を輝かせる時緒をーー



(気持ち悪い)



 と、思ってしまったからだ。


 時緒には、正文のような度を越した助平にはなって欲しくない。絶対に。絶対に!



(やっぱり時緒くんのエッチな本……全部燃やしてしまおうかしら? )



 白けた瞳で窓の外の雨空を見上げながら、そう思ってしまう、芽依子だった……。





 ****





 ほぼ同時刻。航宙城塞【ニアル・ヴィール 】にてーー。



「 いやだぅーー!!征きたくないうゅーー!!トキオきらいなのョーー!! 」



 玉座にしがみ付いて駄々を捏ねるティセリアに、シーヴァンは傅いた姿のまま、力強く言って聞かせる。



【可愛い子には旅をさせよ】



 地球の諺を思い起こしながら……。




「 貴女様の専用騎〈ヴィール・ツァンド〉は間もなく完成します……! 」

「 うぎ〜〜!せんよーきなんていらないのョ〜!! 」

「 ティセリア様…!私もカウナも、ラヴィーすら敗けました…!!」




 続く

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