再び、虹は掛かる




 ただ、シーヴァンやリースンを驚かせたかった……それだけだった。



「…………うゅっ!」



 格納宮に通じる廊下に、だれもいないことを確認すると、ティセリアはそそくさと渡り、廊下傍の転送ポータルを操作する。


 そして……。



「エクしゅレイガは、このあたしがぜったいにやっつけるうゅ!」



 転送された格納宮で、自らの専用騎ヴィールツァンド を、ティセリアは今一度見上げる。


 今のうちに騎乗の練習をして、ヴィールツァンドを乗りこなす。


 そしてエクスレイガを討伐すれば、シーヴァンもリースンも……いや、父である皇帝ヨハンも喜んでくれるに違いない。



「うゅ〜!そうしたら、おかしもおもちゃも買いほーだいゅ〜!」



 奮起したティセリアは、勇み足でヴィールツァンド をよじ登り、操縦席のある頭部を目指す。


 そんなティセリアの胸元では、リボンと併せられたアクセサリーとして取り付けられたルリアリウムが……。


 ティセリアのな精神力を汲み取り、強く輝き始めていた……。




 ****




「うわぁ……すっごいな……」

「ヤバいだろう……コレ」

「帰れんのかよ…?」



 時緒、正文、伊織は三人同時に教室から窓の外を見て、そして三人同時に嫌な顔をしたーー。



 会津若松の街は今、暴風雨の真っ只中にあった。



 暴れ狂う風に街路樹は凪ぎ、大粒の雨が窓に叩き付けられて、ばちばちと音が鳴る。


 暗く重い雨雲が風に渦巻き、ガッツポーズをした政治家おっさんの選挙ポスターが天高く巻き上げられて消えていった……。



『昨日未明、本州に上陸した台風8号は、帝都圏に大きな爪痕を残した後、勢力を衰退せず現在栃木県北西部を北上中です。暴風域は栃木県全域、茨城県西南部、福島県中通り、会津地方。特に福島県会津地方は台風本体の進路上にあるため、今日午後から明日の朝まで雨風が更に強くなるものと思われます……』



 芽依子の携帯端末から流れるラジオに、クラスの誰もがーー



「「 うげっ… !?」」



 と、心底嫌そうな呻き声をあげた。


 福島県会津地方。まさに、自分達のいる所じゃないか……!



「朝は大丈夫だったのに……」

「だからよ……」「だべ?」「いやホントに」



 心配そうに呟く真琴に、真琴の髪を梳いていたコギャル三人組が同意の首肯をする。


 因みに現時刻は二時限目ーー。


 一年三組は、担任である小関教諭による現国の授業の予定だったが、緊急の職員会議の為に自習となってしまった。


 恐らく、今後の授業のことだろうと、時緒達は推測する。


 自習とはあるが、勉強をしている者は芽依子や真琴を含みごく稀であり、他の級友達は其々雑務雑談で時間を潰していた。



「はんはん……ここの株買ってみるか……」



 廊下側、最後列の席では、律がぶつぶつ呟きながら金融雑誌を読みふけり。



「 ぐ……ぐへへへへひひひひひ……! 」



 最前列、教卓直前の席では、爆睡中の佳奈美が、不気味な笑い声を轟かせていた。



「あ…………」



 不意に、携帯端末でSNSを開いていた芽依子が顔を曇らせた……。



「……磐越西線が運休まりました」



 磐越西線を使用する猪苗代、郡山、そして喜多方方面の出身者達が一様に……失望に肩を落とした。勿論、時緒達もである。



「 ……割り勘でタクシー使う? 」

「柳津方面、某と美海氏しかいませんゾ……」

「只見線と会津線は未だ止まってないだろう?」

「持ち合わせが……」

「野球部のバス使わせてくれよぅ……」



 どうやって帰れば良い?というか帰れる?


 クラス中が今後の行動模索にざわざわと騒めいた。



「……芽依姉さん?」

「はいはい?」



 時緒が、そっと芽依子に耳打ちをした。



「エクスレイガ発進しちゃ駄目かな?」



 気が遠くなる程の長い英文の和訳をノートに書いていた芽依子が、さっと険しい顔をして時緒を睨んだ。



「何に使うんです…!?」

「エクスレイガで学校の皆を家に帰すのさ…!使ってないコンテナがあったでしょ?それをエクスレイガで持って、皆其々の最寄り駅まで飛んで移送するんですよ……!勿論正体は晒しませんよ……!」



 まさにナイスアイディア!胸を張る時緒に、芽依子は「却下です」と、溜め息と苦笑を混ぜ合わせて応えた。



「何往復するつもりですか…!」

「だ、駄目かしら?イナ特隊のヘリも使って……」

「駄目も何も…この暴風雨じゃ飛べません……!」

「OH……」



 塩っぱい顔で項垂れる時緒に、芽依子はまるで子供をあやす母親のように言い聞かせる。



「時緒くん、その意気や良しですが……想像してみてくださいな?」

「想像の豊かさには心得があります!」

「ただでさえ台風できりきり舞いなのに……いきなり巨大ロボが学校に降りてきたら……」



 その時、携帯端末を携えた正文が時緒と芽依子の会話に割って入った。



「ゆきえちゃんに救援を要請してみたんだが……『今結界張ってて忙しいから来れない。てめーらで何とかしろ』ってよ……。俺様しょんぼり……」



 芽依子は若干、苛立たしげにこめかみをぴくぴく震わせながらーー



「……最近お騒がせの巨大ロボに加え、自称スーパー座敷童子まで飛来したら、どうなりますよ?」

「てんやわんやの大パニックだと思います! 」



「 でしょう? 」したりと微笑んで、芽依子は両手で大きな丸を作った。



 時緒はしばらく考え。


 そして、にやりと笑った。



「台風……厳しい気象条件………………即ち鍛錬!」



 時緒の阿呆らしい連鎖解答に、今度は芽依子が態とらしく項垂れて見せた。



「時緒くん……そう来ましたか……」

「電車が止まっているなら……歩けば良い!猪苗代まで!そうすれば強くなれる!!」

「 強くなる前に死にますよ!」



 ノートを弾き飛ばして立ち上がると、芽依子は勢い良く時緒の唇をつねる。



「んむー!むむむむーー!?」

「そんなお馬鹿さんなこと言う口はこれですか!?これですかっ!! まったく貴方はどれだけ心配させれば気が済むのです!?ええ!?」



 まるでひょっとこかタツノオトシゴか。


 時緒の血色の良い唇は怒る芽依子によってぐねぐねと伸びる。


 その様は、とてもとても滑稽であるが……。



( 仲良しだなぁ………… )



 真琴とっては、とても仲睦まじく、そして、とても羨ましいものであった。




( 私も椎名くんの唇……つねりたいなぁ…… )




 ****




「 えぇ〜〜……と…… 」



 気不味い表情の小関教諭が戻って来たのは、およそ十数分後。



「時緒?その唇どうした?」

「何でもこざいまひぇん……」



 小関教諭は、ぱんぱんに腫れた唇をさする時緒と、不機嫌顔の芽依子を見比べながらーー



「あんま姉ちゃんのこと困らせるな……」



 無精髭を撫でながら小関教諭が面倒臭そうに言うと、周囲から含み笑いが漏れ、時緒と芽依子は揃って赤っ恥をかいた。



「それと……佳奈美!起きろ!」

「ふごっ!?一番三番八番来た!?三連単にゃ!!」

「高校生が学校で競馬の夢見るな!」



 こほんと一咳吐いて、小関教諭は気持ちを整えると、至極真面目な目付きを作って自身の教え子達を見遣った。



「職員会議の結果、本日の授業は中止!勿論部活も!この時間をホームルームとした後、一斉下校となるからな! 」



 落胆の溜め息を吐く教え子達。


 そんなに学校が好きか。小関教諭は少し嬉しく思った。



(はぁ…学食無しですか……)

(椎名くんともう少しいたかったなぁ……)

(俺様の……汗だく体育系部活女子更衣室覗きタイムが……)



 生徒達の真意を、教師は知らない。



 〜〜♪〜〜♪



 すると突如、教室備え付けのテレビが電子アラーム音を奏でると、ひとりでに起動した。



『ご機嫌よう!俺の可愛い生徒ども!!』



 映っていたのは、会津聖鐘高生徒会長の松平 主水まつだいら もんどだった。


 その背後には、副会長の蛯名 美香えびな みかが、神経質な面持ちで立っている。



『主水様、時間がありませんわ』

『わーってるよ!お前らよく聞け!爺!』

『はい!お坊っちゃま!』


 

 ーーその時。


 窓際に席がある時緒や正文が、窓の外……校庭に何やら動く物があるのを傍目に見た。



「 凄ェ!! 」



 大型の観光バスが、校庭へと侵入していく。その数、ざっと十数台。


 黄色いレインコートを着て、教師達と共にバスを先導しているのは、主水の執事、ギャルソン・春清だ。



 テレビ画面の中の主水がにやりと笑う。



実家かいしゃのバスだ!全部持って来た!其々の地区ごと!最寄りの駅まで送ってやる!安心して下校してくれ!! 』



 台風の轟音よりも豪快な生徒達の歓声が、雨に濡れる校舎を、喜びで包んだ。




 ****






 一方その頃。


 イナワシロ特防隊基地。



「 ニアル・ヴィール!ニアル・ヴィール!応答せよ!応答せよ!! 」



 エクスレイガ格納庫に、ラヴィーの緊張した声が響く。


 真理子達が緊張の面持ちで見守る中、ラヴィーは沈黙したままの通信機に叫び続けた。



「 ニアル・ヴィール!シーヴァン!?僕だ!ラヴィーだ!応答してくれ!?シーヴァン!?シーヴァンッ!! 」







 ****





「 な………… 」



 シーヴァンは、目の前で起きている光景が信じられなかった。


 これは、夢ではないのか。




『うぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!』




 管制室から見える格納宮でーー。


 ヴィールツァンドが、暴れていた。


 ティセリアの絶叫を、迸らせてーー!





「操縦席、開きません!ヴィールツァンド側からこちらの信号を拒絶しています!!」

「ルリアリウム・レヴ、尚も出力上昇中!」

「整備士は退避せよ!退避せよ!!」



 管制員達が緊張の面持ちでデバイスを操作するが、状況はちっとも良くはならなかった。



「ティセリア様!?ティセリア様ぁっ!!」



 リースンが管制室と格納宮を隔てる窓を叩いて、ヴィールツァンドへ必死に呼びかけるが……。


 だが……!



『 ぎゃあああああああ!!うぎぃいいいいいいいいいいいっ!! 』




 ヴィールツァンドはその躯体をくねらせながら、格納宮の壁を殴り、蹴り、整備橋をへし折る!


 その姿は、まるで内なる力に苦しみ、のたうち回っているようだった。



「リースン!危ない!!」



 コーコがリースンを窓から引き剥がす。


 次の瞬間ーー!



 ドワォッッ!!!!



「「 きゃああっ!! 」」



 ヴィールツァンドの拳が管制室の壁を殴り、先程までリースンがへばり付いていた窓にひびが入った。



「 何故……ティセリア様が……!?」



 ティセリアが、何故ヴィールツァンドに搭乗している?


 何故?何故?シーヴァンの中で疑問が渦を巻き、シーヴァン自身の動きを鈍らせた。



「シーヴァン卿!記録映像です!」



 目の前に投影される映像にはーー。



『 うゆっ!あたしのせんよーきー! 』



 格納宮へと通ずる廊下を、こそこそと歩くティセリアが映し出されていた。



「ば……」

「ティセリア様ぁぁっ!!」



 馬鹿な……というシーヴァンの呟きを、リースンの悲鳴が搔き消す。


 ティセリアが、自らヴィールツァンドに乗ったのか……?



「ヴィールツァンド……ルリアリウム・エネルギー…ぞ、増大してます……!」

「こ、この出力は……まさか……まさか……!? 」



 管制員達の戦慄の叫び。


 シーヴァンは、更に信じられない光景を目にした……。



「な……んだ……と!?」



 ヴィールツァンドが……。



 ……!



 この虹光ひかりは……!


 シーヴァンは知っていた。体験していた。


 その光はかつて、エクスレイガが、時緒が放った、奇跡の光……!


 ルリアリウムと完全同調可能な者、【臨駆士リアゼイター】だけが発現出来る、驚異の御業……!



「し……思念虹しねんこう……!?」




 やっとの思いで口を開くことの出来たシーヴァンを、リースンを、コーコを……。







『 うぎゅぅあああああああああ!!たおしゅっ!!えくしゅれいがああああ!!たおしゅうううううう!! 』




 ヴィールツァンドから膨らみ溢れた虹色の光は、彼ら全てを飲み込んでーー。




 一層強く閃き……大爆発を起こした……!





 続く

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