終演( おわ )るな危険
(副会長の気迫が…………消えた…………)
芝生に身を横たえ、時緒から受けたダメージの回復に徹していた灰は、ゆっくりと瞼を開けるーー。
会津の風がーー学園の風が告げている。
副会長が……敗けた。
生徒会は……我々は……敗けた。
田淵 佳奈美とその仲間達に……圧倒的な敗北を喫したのだ……。
「猪苗代の連中……全く……とんだ
灰は溜息として、己が内の熱を吐き捨てる……。
自分でも不思議なくらいに、過去の時緒に対するわだかまりは綺麗に消えていた。
悔しいが、あそこまで完膚無きまで打ちのめされると、何処か清々しい気分になる。否が応でもなってしまうのだ。
「身勝手な」灰は自分を嗤い、突っ伏していた四肢に力を込める。痛みは残ってはいるが、かなり和らいだ。
ゆっくりと灰は立ち上がる。生まれたての子鹿のように。
深呼吸を一つしてみる。不思議と温かい涙が溢れ、灰は些か戸惑った。
ーーその時。
「 こんな時間まで……何をしている? 」
背後から聞こえる、聞き慣れた声に、灰は振り返ることは無く……。
「……生徒会長……」
灰の視界の端で、主水の金髪がなびいていたーー。
「何をしていたと聞いている。お前は……お前達は……」
****
「時緒くん!みんな!!」
風紀委員を全て退けた芽依子が、勢い良く生徒会室の扉を開ける。
背後に気難しい表情の伊織と律を従えてーー。
「お嬢……ほんとに全員一人でやっつけたぜ……」
「私達が居た意味……無かったな」
「どれだけ鬱憤溜まってたんだよ……あの人」
「恐らく椎名関連だろ……全く」
気苦労が多い人……。伊織と律は静かに憐憫の溜め息を吐いた。
…………。
………………。
「芽依姉さん!」
「む……!」
薄闇に沈む部屋の中で、振り向いた時緒と正文の目だけが煌めいていた。
そんな時緒の横ではーー。
「にゃ〜……お腹空いたにゃ……。芽依子ちゃんほどじゃないけど」
「佳奈ちゃん!皆来たよ!もう帰れるからね!」
生欠伸をする佳奈美を、真琴が甲斐甲斐しく世話をしている。
「………」
芽依子は安堵して、今の今まで強張っていた肩の力を抜いた。
皆……無事だった……!
「 時緒くんも、佳奈美さん達も…よく…! 」
芽依子は思わず感涙した。
巻き込まれただけの、訳の分からない事件なのに。
皆無事だ。無事に仲間同士、親友同士、再会出来た。
まるで三国志か水滸伝の登場人物になった気分だ。
芽依子は心底安堵した。
故に……。
「もう……お終いですわ……」
芽依子は、気付くのが少し遅れた。
みしみしと、全身の骨を軋ませながら。
絶望と涙に濡れた
****
「 う、嘘だ…」
時緒は驚愕した。
横を見遣れば、正文も目を見開き、まるで魑魅魍魎にでも遭ったかのように美香を見ていた。
「 何で…動けるんだ…!?この
「 佳の字に秘孔を突かれたんだぞ……!?指一本動かす事も出来ない筈……!?」
正文の言う通りだ。
佳奈美は確実に美香の秘孔を突いていた。体内を流れる電気信号を乱され、美香は指一本動けない筈。
無理矢理にでも動かせば、硬直した筋肉を引き千切るような、想像を絶する激痛が肉体を馳しるだろう。
それなのに美香は、みしみしと骨を軋ませながら、ゆっくり立ち上がって、時緒達を睨み付ける。
"執念"
この二文字が時緒と正文の脳裏に浮かんだ。
今、この
「 蛯名副会長、貴女のやっていることは余りにも荒唐無稽です…… 」
険しい眼差しで、芽依子は静かな声色を取り繕って美香を糾弾する。
「 今すぐに私達を解放してください。さもなくば……」
芽依子は、時緒達を庇うように一歩前へ出て、美香へ向かって拳を掲げた……。
「 ふふ……あはは……っ! 」
しかし、美香は激痛に脂汗を垂らしながら、唇を三日月の形に歪ませ……
「 あああああっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
絶望のままに、金切り声で笑い吼えた。
涙を流し、身を震わせて。
美香は時緒達を嗤い、同時に無様な己を嗤った。
敗北が許せなくて。失敗が認めたくなくて。
美香の
「 お終い!お終いだわ!
心情を吐き出し、吐き出し、吐き出し尽くして。
美香は、濁った硝子色の眼で、時緒達を見つめた。
「 また……この学園は……会津聖鐘は堕ちていく……」
「な、何を…!?」
「 主水様と私が……必死に排除して来た者達が蘇る……。そして……学園はまた混沌に包まれる!二十年前の【猪苗代熱血連合】!【マクベス】!彼等のような羅刹共が跋扈する……暗黒の時代が訪れる……!! 」
「「……っ!?」」
時緒が。
芽依子が。
正文が。
真琴が。
伊織が。
律が。
「美香ちゃん……!」
そして佳奈美が、美香の放つ気迫に圧倒される。
「 私は……御免ですわ……。そんな
美香は自由が利かない身体を強引に動かし、弱々しい歩調で、ベランダへと出るーー。
「ふふ……はははは……」
薄ら寒い会津の山風が、美香を撫でる。
今の美香は、空っぽだった。
己の正義を家族からも、誰からも理解されず。
ただ、尊敬する者の為に……救ってくれた者の為に、秩序に殉じて戦い続けた。
しかし、負けた。
今の美香にとって、許せないのは佳奈美に非ず。
惨めに負けた。
許せない者は、排除する。
だから美香は排除するのだ。
「 主水様……これが私の……生徒会副会長としての……最期の公務で御座います……」
美香はベランダの手すりに身を預け、力強く地を蹴り、自身の身体をベランダの外へと放った。
地上三階から、真下へと……。
敗北した自分が、頭から落ちて、真っ赤に潰れることを望んで……。
何もかも失った自分が……綺麗に消え去ることを望んで……!
「「ーーーーッ!!!!」」
声になっていない叫びを上げ、自分に手を伸ばそうとする時緒達に、美香は哀れみと侮蔑を込めながら、静かに微笑んで見せたのだった……。
「 さようなら。無知なお
続く
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