負け行く少女はギャー
「惑わす気かッッ!?」
美香は困惑しながらも、変貌した佳奈美目掛け襲い掛かる。
鋭さを増したその
「ふ……ぅっ!」
しかし、佳奈美はリラックスしきった手先で教鞭をいとも容易く受け止める。
次から次へと襲い掛かる教鞭を捌き、受け流し、相殺する。
最低限の挙動で、佳奈美は総てのダメージを
「この……っ!?」悔しさに美香の奥歯が軋む。
自身の渾身の攻撃が、今の佳奈美の前には児戯にも等しかった。
「では……」
「……っ!?」
「次はこちらから参ります……!」
佳奈美は腰を低く屈め、クラウチングスタートの姿勢を取る。
そして、細く伸びた脚で……床を思い切り蹴り跳んだ!
だん!と床を鳴らし、佳奈美は美香へと疾駆。
佳奈美の身体が室内の停滞した空気を斬り裂き、相対する美香の視界を揺らめかせる。
速い!生徒会最速を誇る
美香の目には今の佳奈美を、ぼんやりと揺らめくシルエットでしか視認することが出来なかった。
「こ、このおッッ!?」
美香が教鞭を構え、迎撃の姿勢を取る。
ひゅん!教鞭が空を切る!
しかし、佳奈美が教鞭の餌食になる事は、もう……二度と無かった。
佳奈美は鋭い眼差しで跳ぶ。
嵐の如き恐ろしい教鞭の乱舞、しかし躊躇なく佳奈美は駆け、美香の攻撃を縫うように躱し流す。
「猪苗代忍法……!【
佳奈美は胸元で素早く印を結ぶ……。
すると、佳奈美の姿が、差し込む斜陽の中へと消えた。
光に、その肉体を溶かしたかのように……!
「なっ!?」
驚愕に目を見開きながら、美香はつい動きを止めてしまった。
佳奈美が消えた!どうやって消えた?目の前に居たはずの佳奈美は何処に!?
美香は周囲を睨み回す。
居ない。矢張り居ない。在るのは夕陽に染まる生徒会室ーー美香の聖域ーー。
「こちらですよ」
突如、美香の真上に影が現れ、みるみるうちに人のシルエットを形成した。
「 馬鹿なっ!? 」
佳奈美が出現した!美香の視界を、佳奈美の制服の藍が支配する。一体、何故天井に!?
「このおッッ!?」
「ふっ!」
美香が慌てて上空の佳奈美を狙って教鞭を構えるが……。
「な……っ!?」
恐ろしく早い手刀で、佳奈美は美香の教鞭を打ち払った。
それらは、ほぼ一瞬に等しい出来事だった……。
カツン、と……教鞭が床に落ちて、寂しく転がる……。
「馬鹿…………な…………?」
「残念ながら……
万策尽きた……。
得物の教鞭を失い、美香は脱力して膝を折る。
敗けた……?この、我ら生徒会が……こんな……
この……海老名 美香が……敗けた……!?
「あ……ああああああああああああああああああああああ!!!!」
生徒会室に、美香の絶叫が木霊する!
混乱!絶望!
もう、どうして良いか分からなくなり、意味の無い叫びを上げる美香の前で、佳奈美は静かに印を結ぶ。
「猪苗代忍法…【
高速で打ち出される佳奈美の人差し指、その連撃が美香の全身の秘孔を突き、貫いた!
「わ……私の……秩序……が……ぁ」
途端に身体中に痛みが奔り、美香は卒倒する。
あの、田淵 佳奈美に、倒された……。
今まで築き上げて来たものが、崩れていく……。
惨めな現実を味わいながら、美香はその全身機能を、一時的に停止させた……。
****
「副会長……哀れな人……。誰よりも愛校心深き故に……」
身体の自由を奪われ跪く美香を、佳奈美は憐憫の目で見つめる……。
「かな…ちゃん?」
そして、そんな佳奈美を、真琴は呆然とした表情で凝視していた。
何時もの佳奈美ではなかった。
何時も馬鹿笑いをしていた佳奈美の
時緒に吊られて観た特撮ヒーロー番組ならば、ここで格好の良い挿入歌が流れただろうなどと、真琴がぼんやりと考えていると……。
「流石佳奈美、僕らの期待を裏切らない」
「屋内での機動力なら俺様達を凌駕するからな。アイツは……」
安堵と疲労が混ざった顔で、時緒と正文が笑い合っていた。
好奇心を抑えられない真琴は我慢出来ず、時緒達に問うてみる。
「し、椎名くん?佳奈ちゃん……どうしちゃったの?」
すると、時緒と正文は、真琴と佳奈美を暫く交互に見比べて、だらしない笑顔を浮かべた。
「そうか!神宮寺さんは初めて見るか!」
「最後にやったのは小五の時だったからな……」
時緒は、真琴を真っ直ぐに見つめてーー
「あれは……
「……………へ?」
思い込み?
予想しなかった時緒の解答に、真琴はその目を点にする。
「あいつ、馬鹿というか……根が素直過ぎるんでな?
正文が解答を引き継いだ。
「簡単に言うと、催眠……自己暗示に掛かり易い。今の佳の字の変貌も、グミを引き金に俺様達が暗示を掛けたんだ」
「平沢くん?何言ってるの……?」
得意げに正文は説明するが、真琴の顔はハテナマークでいっぱいだ。
時緒は苦笑して真琴に言い加える。
「 小二の頃、僕が水鉄砲撃って『ハイ死んだ!』って言ったら……
「は!?」
「 小四の頃、学芸会で木こりの役やらせたら
「 ヒゲ!? 」
「 そして小五の頃は…… 」
時緒は正文と顔を見合わせた。
すると二人の顔が、段々と青ざめていった……。
「 ……言わないでおこう。アレは凄かった…… 」
「 俺様思い出しただけで気分悪くなってきた… …」
小五の頃、佳奈美に何があったのか、時緒達は終ぞ教えてくれなかった。
真琴は少々口惜しく思った。
「つまり……佳奈ちゃんは……頭が良くなるグミを食べて……頭が良くなると思い込んで……?」
「「ホントに頭が良くなった」」
佳奈美の奇天烈な……あまりにも馬鹿馬鹿しい才能に、とうとう真琴は軽い頭痛を覚えた……。
「じゃ、じゃあ佳奈ちゃんはずっとあのままじゃないんだね?」
真琴の問いに、時緒と正文は滑稽にも見える真顔で同時に頷く。
「うん。因みに佳奈美の御先祖様が忍者というのは本当みたい。佳奈美んちで佳奈美のパパさんから巻物見せて貰った」
しょうじきな所、佳奈美が忍者の直系などという話、今の真琴にはどうでも良い。至極どうでも良い。
肝心なのは……。
「 じゃあ椎名くん、平沢くん、お願い…佳奈ちゃんを元に戻してあげて…? 」
「 良いの? 」
「 勿論だよ……。あんな佳奈ちゃん、佳奈ちゃんらしくないよ。佳奈ちゃんはやっぱり……」
" 馬鹿じゃないと…… "
真琴は滑りそうになった口を噤んだ。
「 神宮寺さんの頼みなら早速……正文? 」
「 よっしゃ任せろ。……やい佳の字 」
「 なんでしょう? 」
冷淡な表情の佳奈美に、正文はひょいひょいと講談に上がる落語家めいた歩調で近寄り。
ぱちり!と手を叩く。
「 佳の字。やっぱり
冷たい無表情の佳奈美がぴくりと震えた。
正文は言い続ける……。
「 佳の字よ。
そこまで言うことないじゃん……。
真琴がそう思いながら、佳奈美の様子を伺っていると……。
「う…………うぅ…………」
段々と。段々と……。
切れ長だった佳奈美の目尻が垂れ、きりりと結ばれていた口元がだらしなく緩んでいく。
勿体なかったかも……。
真琴はそんなことも思った。
「…………」
やがて。
「……にゃはは〜〜〜〜!今なんじ〜〜〜〜!?」
何処か懐かしい。
佳奈美の……佳奈美本来の阿呆面が其処に……真琴の目の前に、戻って来た。
続く
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