第三十四章 副会長美香の乱心!激突!!

対抗因子 〜アンチファクター〜




 一般の人々から見れば、は校門の前で突如起きた竜巻にしか見えなかっただろう。


 時緒を中心にごうごうと唸りをあげながら、宙を裂く黒い奔流。


 偶々その流れに触れた木の葉が、ぱっと一瞬で細切れになって、消える。


 その正体は、ただの気圧の変化現象に非ず。



「「受けよ!【風紀・円殺蟷螂陣】!!」」



 縦横無尽に旋回する風紀委員会……否、【影の軍団】の輩に依るものだーー!



「「は・は・は!椎名 時緒!我等の動き、見切れるものかよ!!」」

「「美香様の理想実現の為に……っ!!」」

「「貴様に恨みは無いが……逝ねっ!!」」



 凄まじい速さだ。その上、輩の一人一人が不規則な跳躍を動きに混ぜ込み、動作予測を更に困難なものにしている。


 一般人は勿論、武道に心得がある者でも、見逃す所か認識する事すら難しい速さだった。



「……………」



 そんな中、時緒はすう、と息を吐き、静かに身構える。


 高まる鼓動を懸命に抑えて。


 先程まで目を眩ませていた夕陽も沈みかけて光量が減り、何とか目も慣れてきた。


 猪苗代の大自然で遊ぶことで培った反射神経を持つ時緒は、己が周りを旋回する男達一人一人の気配と動きを、刹那の油断も無く見定める。


 乱れ舞う殺気。


 気配の察知は難しいが…。



「不可能じゃ……ない!」



 時緒の中に、恐怖は微塵も無かった。




 ****




「芽依子さん!椎名くんが…っ!」



 半泣き顔で真琴が芽依子を見遣る。このままでは時緒が酷い目に遭ってしまう。



「大丈夫……!」



 しかし、当の芽依子はその場で腕を組み、口を真一文字に結んで力強い眼差しで時緒を見詰めている。



「時緒くんなら…、今の時緒くんならあの程度の有象無象など!」



 芽依子はいつもは優しげな目を阿修羅の如く見開いて、強気に笑って頷いた。


 その顔には、時緒を心配する気配など微塵も感じられない。


 時緒の勝利を確信している顔だった。



「…………」



 なんて強いひとなのだろう。


 一瞬でも時緒を信じられなかった真琴は己を恥じずにはいられなかった。




 ****




(臨…兵…闘…者…皆…陣…烈…在…前!)



 時緒は心の中で九字を唱えた。かつての師匠、正直まさなおの教えである。


 それは対抗の構えだ。精神を整え、影の軍団などという意味の分からない輩に決して背を向けない意志の表れである。



「旋風!往けいっ!!」

「応っ!!」



 竜巻と化していた男達のうち一人、旋風と呼ばれた男が時緒の死角、背後へと着地する。そして、その豪脚で地を蹴り疾走!



「命までは獲らん!我が一撃で恐怖を植え付け不登校!自主退学にしてくれるっ!!」



 その速さ、常人には視認すること困難!



「ちぇぇああああああッ!!」



 猿叫と共に突き出された旋風の抜き手!その軌道は時緒の頸動脈を確実に補らえた!



「きゃああああああっ!?」



 真琴の哀しい悲鳴と、肉と肉がぶつかり合う音がユニゾンして、黄昏の校舎に木霊する。


 一つに重なる、時緒と旋風の黒い影。


 旋風の無情の手刀が、時緒の頸へと突き刺さって……。



「捉えましたっ!」

「何ッ!?」



 否、突き刺さっていない!


 時緒の背後を狙った旋風の抜き手は、後ろに回した時緒の手によって阻まれていた。


 先刻の肉と肉のぶつかる音は、時緒が旋風の手を掴んだ際に発生した音だったのだ!



「お見事!」

「椎名くん、凄いっ!」



 芽依子と真琴の顔に歓喜が輝く。



「「なっ…!?何だとっ!?」」



 影の軍団達の覆面かおに戦慄が奔る。



「ば、馬鹿な!?」



 死角を取った筈。急所を狙った筈。隙を突いた筈。己に不備は無い。しかし、何故、何故攻撃が止められた!?


 覆面の奥で狼狽える旋風に、時緒は不敵に笑って見せる。内心は腹わた煮え繰り返っていたが……。



「し、椎名 時緒!?貴様っ…背後に目が…!?」

「ある訳ないでしょう!貴方よりも速くて鋭い攻撃を経験したことがあるからです!」



 時緒の脳内で、カウナが白い歯を輝かせてウインクしていた。



「馬鹿な…っ!?この一番槍…この旋風おれの…電光石火の一撃が…!?」

「本当の電光石火は……!!」

「っが!?あああァーーーーっ!?」



 掴んだ腕に血を滾らせ、時緒は旋風を思い切り宙へと投げ飛ばしーーそして自らもアスファルトを力強く蹴って高く跳躍する!



 影の軍団。関わりたくない輩だが、攻撃を仕掛けられた以上、火の粉は振り払わねばならない。


 故に時緒は拳を構える。母から受け継いだ会津の血が、体内で昂ぶる!


 大丈夫だ。繰り出すのは簡単だ。自分が粗相をした時にいつも食らっていた。


 旋風とか言われたおかしな男目掛けて!


 母の必殺拳!


 その、見様見真似を!



「【真空・真理子パンチ】!!」




 時緒の拳が、弾丸と化した。


 拳は破裂音を伴って空を砕き裂き、その勢いによって圧縮された空気と共にーー。



 ゴウッッ!!!!!!



 旋風の鳩尾へと、凄まじい爆音と共に炸裂した!



「ぐほあぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」



 声になっていない旋風の断末魔が空をつん裂く。


 時緒の拳の与える衝撃波が旋風の体内で爆ぜて暴れ回り、旋風の身体を更に上空へと押し上げる。



「み、美香さまぁ……ぁ!」



 絞り出すような声を最後に、旋風の意識は、時緒の与えた衝撃によって刈り取られた……。



「むね…………ん」



 旋風は意識を失って幸福であった。


 胃液をぶち撒け、失禁をしながら、慣性を失って落ち葉の如く、校長が毎日手入れをしている芝生へとひらひら落下していく。


 そんな己の情けない醜態を、自己認識しなくて良かったのだから……。




 ****




「ふぅ…っ!」



 かつん、と革靴を鳴らして、時緒は地面へと着地をした。


 制服にこびり付いた土埃を手で払いながら、つい時緒は反省をする。



「母さんのパンチには……到底及ばない威力だったなァ……!」



 見様見真似で繰り出してみたものの、母の拳はもっと速く、もっと重い。


 地の底、それこそ地獄まで頭部が陥没してしまいそうな、真っ直ぐで純粋なパワーだ。


 多分此処に真理子がいたら、馬鹿笑いして時緒をコケにしていただろう。


 未だ未熟。未熟も未熟。



(お前の武腕はその程度か?)



 思わず脳内で腕組みをしながら顰め面をしているシーヴァンを想像し、時緒は独り苦笑してしまった。



「せ、旋風が敗けた!?」

「あ、案ずるな!旋風は我等風紀委員の中では最弱!わ、我ら風紀委員の面汚しよ!」

「否!結構強い方だぞ旋風は!」

「そうだっけ!?」

「しかも旋風は我らの中では唯一の彼女持ちリア充だ!」

「よし!よくやった椎名 時緒!……って違う!」



 影の軍団達が動揺をしだした。どうやら旋風の敗北が相当堪えた様子だ。夕暮れの校舎前で、覆面の男達が右往左往する様は、中々に奇々怪界な光景であった。



「さぁ?次はどちら様が相手ですか?」

「「ぎくっ!?」」



 時緒は颯爽と仁王立つ。怒髪天は未だ収まらない。


 影の軍団こいつらは、芽依子や真琴達との貴重な下校時間を妨害した。


 その罪は、重い。



「「え、ええい!もう一度!【風紀・円殺蟷螂陣】!!」」



 焦燥の面持ちで、再び黒い竜巻と化す黒の軍団の面々!


 しかし時緒は、その動きに先程までの脅威を感じていない。


 見慣れてしまった。時緒の会津志士としての戦闘本能が、彼らの動作の大半を記憶して、分析してしまった。


 時緒は腰を低く屈め、クラウチングスタートの構えを取る。



「参りますっ!!」



 そして時緒は身体全身をばねにして疾駆!一気に加速、加速、そして……加速!



 竜巻の中へと、韋駄天と化した時緒は脇目も振らずに突っ込んでいった。







 ****




 同時刻。



 体育館にて。


 弓道場にて。


 校庭にて。



「演劇部二年、〈大門 刃翼だいもん はつばさ〉…!」


「弓道部二年、〈弓蔵 蛇巳ゆみくら じゃみ〉」


「サッカー部二年、〈加部 號夢丸かべ ごむまる〉っ!!」



「「「美香様の理想実現の為、貴様達には消えて貰う!」」」





 「む?」正文は。


 「は?」律は。


 「はい?」そして伊織は。



 同じ時、別の場所で、時緒達と同様に、其々の敵よくわからないヤツらと、対峙していた……。






 続く

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