愛のグミキャンディ…
ラヴィー・ヒィ・カロト。
彼は今、幸福であった。
初めて佳奈美を見た時、その笑顔にラヴィーの心は一瞬で奪われた。
写真の佳奈美は美しかったが、現実の佳奈美はもっと美しい。
常に美を追求している(とか言っている)あの
一目惚れしたというカウナを、ラヴィーはもう馬鹿に出来なかった。
「にゃははー!」
「あ、あはは…は」
伊織の実家である【きむらや】にて、磐梯山を臨む事が出来るテーブル席に、佳奈美とラヴィーは対面して座り、互いに笑い合う。
佳奈美の笑顔は何も思考してないが故の笑顔だったが、ラヴィーは緊張のあまり何を話そうか分からず、混乱してしまいそうな頭を必死に抑えている、苦し紛れの笑顔だった。
話せ、話せ、何かを話せ!
今、ラヴィーは緊張の絶頂にいた。
次期カロト社社長就任に対する重圧なぞ、もうどうでも良い問題だった。
「あ、あの……」
「にゃ?」
ラヴィーは決死の覚悟をして口を開く。
こんな時なんて言えば良い?
どうきっかけを作れば良い?
ラヴィーは思い出す。
先日、時緒から教えて貰った、女性に話しかける際の紳士的常套句を。
「い、
「…………」
佳奈美は目を丸くして、ゆっくりと窓の方へ顔を向ける。
窓の外、猪苗代町の空は、まるで恐怖の大魔王でも降りて来そうな重苦しい暗雲が立ち込めていた。
閃光がきむらやの店内に迸る。
黒いシルエットと化した磐梯山の向こう、裏磐梯、北塩原村の方角に一条の稲光が落ちた。
四、五秒して、雷鳴が重く低く、ラヴィー達の身体を震わせる。
佳奈美は暫く外を眺めた後、餌を前にした猫めいた表情でラヴィーを見つめた。
「ルーリアでは雷鳴っても良い天気なの〜?」
「……ハイ。ソウデス。ソウナンデス……」
肩を震わせ、ラヴィーは俯き頷いた。
この日、ラヴィーは生まれて初めて女性に嘘を吐いた。
ルーリア人でも雷はおっかないのだ。
何故、このような雷鳴轟く天候で『今日は良い天気ですね』などとほざいたのだろうか?ラヴィーは自分で自分を蹴り飛ばしたくなった。
!!!!
「落ちたーーッ!!」
凄まじい閃光と轟音、そして佳奈美の楽しげな絶叫が空気をつん裂き、きむらやの店内照明がふっと消える。
停電がもたらした薄い暗闇が、羞恥に赤く染まるラヴィーの顔を優しく隠してくれた。
****
「自家発電に切り替えるわ!もう少し待っててくれ!正文!手伝え!」
「ふっ!俺様に任せなさーーい……!」
若干焦りを帯びた口調で、伊織は正文を連れて厨房の奥へと消え行く。
食品を取り扱う店だ。停電で冷蔵庫への電力供給が停まり、食材が傷んでしまう事は何としても阻止しなければならない。
今日、伊織の両親は家にいない。きむらやは臨時休業だ。
日曜日に何故か?
今日は伊織の両親、賀太郎と翠の十六回目の結婚記念日だからだ。
今頃、二人は最初のデート場である、いわき市の【スパリゾート・ハワイアンズ(出会った当時は常磐ハワイアンセンターという施設名だった)】で、思い切り羽目を伸ばしているだろう。
故に、今のきむらやは伊織責任の下、時緒達猪苗代仲良し倶楽部の貸切状態なのである。
「う〜〜ん…、上手くいかないなぁ……」
時緒はカウンターに座ってレモネードを飲みながら、テーブルに突っ伏すラヴィーを見遣る。
時緒の思惑なら、ラヴィーの『今日は良い天気ですね』をきっかけに話が弾み、ラヴィーと佳奈美の仲が更に発展する筈だった。
だが、結果は見ての通り。仲が発展するどころか、会話すらままならない状況になっている。
「椎名くん…どうしよう?」
自分を不安げに見つめる真琴に対し、時緒は数秒思考する仕草をしてーー
「大丈夫!」
笑顔と共に、
爽やかな時緒の笑顔に、真琴は、そしてメロンソーダを飲んでいた芽依子は、時緒から顔を背けて、顔を朱に染める。
「まだまだ僕にはラヴィーさんと佳奈美をくっつかせる心得がある!この恋のキューピット!恋愛プロデューサーの椎名 時緒に任せなさ痛ぁぁい!?!?」
突然、律に右肩を殴られ、時緒は情けない悲鳴をあげた。
右肩がじんじんと痛い。酷い。
「何すんのさァ!?律!?」
時緒が涙目で見れば、拳を振りかざした律が、頭から怒りの湯気を出し白目を剥いて睨んでいた。
「私ァな……調子ぶっこいた状態のお前が…イナゴの佃煮の次に大嫌いなんだよォ……!」
時緒は呻いた……。
今の律が醸し出す気迫は、粗相をした時の母真理子のそれと非常によく似ていた。
正直、凄く怖い。
「自分に向けられた恋慕も気付かずに!いいか!?芽依子さんと真琴はお前のことをす、」
「律さん!?それ以上言っちゃ駄目です!ていいますか何故私のことも!?」
「見てれば分かる!!」
「りっちゃん!?駄目!ダメ〜!!」
「は、離せぇーー!?」
焦った芽依子と真琴に口を押さえられ、律は時緒をまるで親の仇の如く睨み付けながらじたばたと暴れ回る。
何故に芽依子と真琴が焦るのか?時緒にはさっぱりわからない。
「と、時緒くん!」
顔を真赤にして律を押さえながら、芽依子は慌てて時緒を見た。
「と、とにかく!次の手があるのでしたら!さっさとやってくださいまし!」
「は、はい!」
時緒は慌てて立ち上がると、ラヴィーに向かってボディーランゲージを送るのだった。
****
「にゃはは!時緒ヘンなのー!!」
「……?」
佳奈美の笑い声にラヴィーが顔を上げると。
「……!……!」
真顔の時緒が、手足をくねくねと動かし、奇妙な踊りを踊っていた。
「…………!」
時緒の動きを、ラヴィーは見覚えがあった。
これは、ラヴィーと時緒が事前に作った、二人にのみ通用するシークレットサインだ!
「……!」
ラヴィーは時緒を見て頷くと、立ち上がって時緒と同様に身体をくねくね動かし、返事のサインを示す。
「にゃはははー!ラヴィーちゃんも面白〜〜い!!」
ラヴィーと時緒を交互に見比べながら、佳奈美さけらけら笑う。
しかし、佳奈美は知らない。
ボディーランゲージを使用して、ラヴィーと時緒が極めて高度な計画をリアルタイムで構築していることに……!
(トキオ!会話が続かないよ!どうしよう!?)
(おまかせくださいラヴィーさん!この場は…プランBでいきましょう!)
(ええ!?いきなり物で釣るのかい!?物を使うのは…ルーリア騎士としてどうかと…)
(ラヴィーさん…!恋イコール戦い!戦いとは時に非情な決断をしなければならない時もあります!)
(それは地球人の戦争での話でしょう?)
(兎にも角にも!今は何としても…如何なる手を使っても佳奈美の信頼を勝ち取るのです!さぁ!さぁ!さぁ!!)
(うぅ…れ、
ラヴィーは自身を落ち着かせる為に一息吐くと、ゆっくりと腰を降ろす。
「にゃ?もうダンスおしまいなの?」
つまらなそうに眉をハの字にする佳奈美にラヴィーは苦笑して見せるとーー
「カナミさん。これ…つまらない物ですが…受け取ってください!」
テーブルに漆黒の布袋を置き、佳奈美の前へと差し出した。
「にゃにゃ?ありがとう!でも何コレ?ルーリアの武器かなんか?」
「違います。開けてみてください」
ラヴィーに言われるがまま、佳奈美は袋を縛り止めていた赤い紐をゆっくりとほどいた。
「にゃーー!グミだーー!!」
袋の中を占める大量のグミキャンディーに、佳奈美は瞳を輝かせた。
イチゴグミ、オレンジグミ、グレープグミ、リンゴグミ、サイダー&コーラグミ、佳奈美の身長よりも伸びるヒモグミ。
高級なジュレ入りピーチグミもある!
「うにゃー!こんなにグミがー!食べたことないやつもあるーー!!」
「カナミさんはそのグミとか言う地球のお菓子が好きなのですね」
「大好きー!」
嬉しさのあまり、佳奈美は顔を綻ばせた。
佳奈美はやがて、その輝く瞳を、満面の笑みを、ラヴィーに向けた。
ラヴィーは天にも昇るような気持ちになった。
佳奈美がグミ好きであることをラヴィーに教えたのは、勿論、時緒である。
「良かった!銀河には様々な果物があります!グミキャンディの製造法はもう学びましたので、いずれ我がカロト社で他惑星の果汁入りグミを製造、販売するつもりです!」
「そうなの!?すご〜〜い!!」
「その際は、是非カナミさんに一番で御試食していただきたく思います!」
「にゃーー!銀河グミ!!ありがとー!!ラヴィーちゃん大好きーー!!」
はしゃぎながら、佳奈美はグミキャンディの袋を開け、グミを一つ取り出して口の中へと放り込んだ。
「にゃにゃーー!おいしーー!!」
ラヴィー・ヒィ・カロト。年齢は地球換算で、十七歳。
彼は今、幸せの絶頂にいた。
佳奈美を物で釣るのは少々気が引けたが……。
結果オーライ。ラヴィーはそう思うことにした。
****
「椎名!上手いな!」
ラヴィーに佳奈美の好物であるグミキャンディの詰め合わせをプレゼントさせる。
この一手には、先程まで怒り心頭だった律も感心した。
「普通は花束を渡すのが定石だろうけど、多分佳奈美は喜ばないだろ?」
「受け取ったは良いが、忘れて帰るのがオチだな」
時緒の言葉に、律、芽依子、真琴は同意の首肯をする。
「カナちゃんには…"猫に小判"だもんね…」
「真琴さん…ここは"豚に真珠"がしっくり来ると思います」
そう言って笑う真琴と芽依子にーー
「「…………」」
時緒と律は開いた口が塞がらない。
この二人、意外と辛辣だ……。
「と、所で?」
気を取り直し、律は時緒を見遣る。
「これでお前のプロデュースは終わりか?」
律の問いに時緒は「いいや」と、笑いながら首を横に振る。
「もう一つ、プランYがあるのさ!」
「プランY?Bの次はCじゃないのか?Yって何だ?」
怪訝そうに眉をひそめる律に意味深な笑顔を浮かべつつ、時緒は携帯端末を取り出し、通話機能を起動させた。
「プランYの…Yの意味とは…!」
数秒間の呼び出し音の後、時緒の端末の受話器からーー
『…………?』
何者かの息遣いが聞こえる。
時緒は、勝利を確信した。
「最後の一手……宜しくお願いします!
『…………!』
受話器の向こうで、ゆきえはやる気に満ち満ちた鼻息を、ふんすと鳴らした。
続く
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