第三十三章 SOS!狂った生徒会!?

キューピット時緒


「マジかよ…!?」



 佳奈美へ対するラヴィーの反応を時緒から聞いた伊織の第一声が、これである。



『あれは恋だね!』



 あののラヴィーが?


 あの佳奈美に?



 予想だにしなかったまさかのスキャンダル!唖然とする伊織を余所に、携帯端末の中から聞こえる時緒の声は、何処か得意げだ。



『傍目に見ても分かったね!僕は人のそういう恋心ものには敏感なのさ!』

「…………」



 伊織は時緒に心底呆れた。


 何が、恋心には敏感、だ。


 手前に向けられている恋心には一切気づいてない癖に。


 他人にかまけて己が疎かになる。


 それは時緒の長所であり、短所でもあった。



『んんっ!んん〜っ!』



 受話器の向こうから、芽依子の態とらしい咳払いも聞こえる。


 時緒の背後あたりにでもいるのだろう。不機嫌そうだ。



「……で?どうするつもりだよ?」



 ぶっきらぼうな口調を繕って、伊織は時緒に尋ねてみた。


 不器用な恋愛故に精神が不安定になった時緒を家に泊めたり。


 自発的とはいえ、時緒を見守るためにエクスレイガとゴーラグルの戦闘に介入したり。


 今度はラヴィーを家に泊めてもみたり。


 はてさて、今度はどんな珍事に巻き込まれるか。伊織は面白半分の気持ちで時緒の回答を待つ。



『ふっふっふっふ…!』



 勿体ぶったような時緒の含み笑いに、伊織は若干苛々した。





 ****




 そして翌日、六月初日の日曜日。


 澄み渡る快晴だが、正午近くになると会津地方は所によって雷雨があると、NHKの気象予報士が言っていた。


 そんな日。丹野神社入り口の交差点脇にて。



「「「…………」」」



 昨日、時緒から招集を受けた正文、律、そして真琴は三人揃って、どう言えば良いか分からない複雑な顔をしていた。



「「…………」」



 芽依子と伊織が、呆れ返った表情で磐梯山を仰ぐ。



「神宮寺さんと正文と律は初対面だよね!」



 今現在、意気揚々としているのはただ一人。


 時緒だけであった。



「はい!紹介します!ルーリア騎士のラヴィー・ヒィ・カロトさんですっ!」



 アスファルト上の砂利を踏み鳴らしながら時緒が右側に一歩移動すると、



「み、皆さん初めましてっ!ラヴィー・ヒィ・カロトですっ!」



 顔を真赤にしたラヴィーが立っていて、正文達に向かって深々と礼をした。



「こちらこそ……」

「よろしく……」

「ゆっくりしていってください……」



 正文、律、真琴はラヴィーに向かって礼をしながら、引き攣った笑みを浮かべた。


 今のラヴィーは擬態装置を用いて地球人の姿をしている。


 しかし、その格好は……。



「ラヴィーさんよ、なんでタキシードなんか着てるんすか?」



 伊織は首を傾げた。


 通常では、少なくとも地球の常識では、婚礼行事にしか袖を通さないであろうタキシード服を、今のラヴィーは身に纏っていたからだ。



「え!?だって!?」



 ラヴィーは慌てた様子で時緒を見遣る。



「お、女の子に会う時は…地球ではこの格好をするもんだって!トキオが!」

「その通りっ!」



 天を貫かんばかりに、時緒は人差し指を上げる。ハイテンションな時緒に、律が舌打ちをした。



「今日!ラヴィーさんは佳奈美と初めて会います!」

「う、うん!」

「初対面は、最初の衝撃インパクトが大事です!ラヴィーさんの今の姿なら!佳奈美の印象に残ること間違い無し!です!!」



 そう時緒が断言すると、ラヴィーは「な、なるほど!」と目を見開いて頷いた。


 地球人には地球人にしか分からないことがある。取り敢えずラヴィーは時緒を信じることにした。



「流石トキオ!シーヴァンが認めただけはあるね!」

「ふっ!当然です!僕はラヴィーさんの恋のキューピットになる心得があります!大船に乗ったつもりでお任せください!」



 と、時緒は堂々と胸を張る。



「…………」



 期待の眼差しを向けるラヴィーとは反対に……何故だろう?芽依子は時緒をぎゃふんと言わせたい気持ちでいっぱいになった。



「童貞がえっらそうに……!」



 律が再び舌打ちをした。



「ミスター・ラヴィー、気を付けろ。その大船間もなく沈むぞ」



 正文が冷たく苦笑わらう。


 時緒、ラヴィー以外の全員が、時緒の酷いコーディネートにうんざりしていた。




「はぁ…………」



 芽依子は無邪気な笑顔を浮かべる時緒を見て、寂しげな溜め息を吐く。


 どうやら、本当に、かの恋のキューピットとやらは、己へと向けられた恋慕に全く気付いてないようだ。



「椎名くんてば…………」



 そう思っているのは、真琴も同様である。



 こんなにも時緒きみを愛しているのに。


 恐ろしい位に時緒は鈍感で、そのくせ、他人の恋路には敏感で……。


 ああ、なんていじらしい子なのだろうか。椎名 時緒という少年は。


 芽依子と真琴の中で燻る恋心を、時緒の存在が囃し立てる。



「ん…?どうしたの?姉さん?」

「!?」



 芽依子は慌てて我に返る。


 顔が熱い。


 最近、時緒は芽依子に対して砕けた口調で接するようになった。


 鍛錬の際は相変わらず敬語だが。



「顔が赤いよ?姉さん?風邪かい?」

「な、なんでもないです!」



 時緒の声が芽依子をくすぐる。


 自分の想いには気づいてはくれないが、それでも、それでも、時緒との距離が近くなっている、ような気がする。


 くすぐったいが、気持ち良い。


 顔の火照りを手で仰いで冷ましながら、芽依子は時緒にばれないようにくすりと笑った。


 そうだ。


 自分よりも、他人を考える。考えてしまう。


 ああ、私は。


 そんな、あの子が好きなのだ。


 芽依子は改めて、自分自身を再確認したのだった。




「…………」



 しかし、そんな芽依子は知らない。



(顔赤くした困り顔の姉さん、うん……可愛いなぁ……)



 困惑した自分を傍目で見遣りながら、時緒が内心どぎまぎしていたことに……。



 ****




「うにゃーー!みんなお待たしーー!!」



 甲高い大声に時緒達は一斉に振り返る。


 国道七号線と磐梯神社を繋ぐ緩やかな坂道を、佳奈美が大手を振りながら走り登っているのが見えた。


 佳奈美は蟹股だ。花も恥じらう女子高生の走り方ではなかった。



「仮面サムライダー観ていたら遅くなっちゃったーー!!」



 がははと大声で笑いながら佳奈美は時緒の二メートル前でスライディング停止すると、その場でくるくる回る。


 その回転に、特に意味は無い。



「別に遅刻してないよ」

「それでそれで!?」



 佳奈美は期待に輝く瞳で時緒を見つめる。



「新しいルーリア騎士さんはどこなの〜?早く会わせてよ〜!」



 掴みはばっちり。


 時緒は心の中でガッツポーズをすると……



「う…うぁ…!本物のカナミ・サンだ…!っか…可愛い…!」



 背後で緊張のあまりがちがちに硬直しているラヴィーを半ば無理やり引っ張り出す。



「佳奈美!こっちがルーリア騎士のラヴィーさんだよ!」



 時緒が改めて紹介する。佳奈美の猫めいた眼差しが、ラヴィーへと移動、集中する。


 ラヴィーの緊張は最高潮へと達した。



「ラ、ラ、ラヴィーでしゅ!カナミしゃん!よ、よろくしゅ!」



 盛大に噛んだラヴィーは、恥ずかしさのあまり顔を赤くして天を仰ぐ。


 その際、擬態装置に手が触れてしまい、装置が解除されてしまった。


 兎めいたラヴィーの耳が現れ、佳奈美の目の前でぴこぴこ跳ねた。



「お〜〜!ラヴィーちゃんの耳可愛い〜〜!!」



 たちまち感激した佳奈美は、ラヴィーの手を握って勢い良く振り回す。



「宜しくねラヴィーちゃん!佳奈美だよ!仲良くしよーね!!」



 佳奈美にされるがまま。


 ラヴィーは引っ張られるように、佳奈美とその場でぐるぐる踊り回る。



「う、うぷ…」



 地球人よりも若干発達したルーリア人三半規管を振り回され、ラヴィーは少々目眩を覚えたが。


 憧れの佳奈美と今、踊っている!


 ラヴィーは今、幸福の絶頂にあった!








「所で……」



 佳奈美はふと、ラヴィーの服装を見遣る。



「なんでラヴィーちゃんはルーリアの服着てないの〜?」

「……へ?」



 ぽっかりと口を開けるラヴィーに、佳奈美は眉をハの字にして苦笑した。



「ルーリアの服かっこいいから見たかったよ。ちょっとがっかりだにゃ〜〜……」

「…………!」



 佳奈美をがっかりさせてしまった。初対面でがっかりさせてしまった。



(ラヴィーさん!このタキシードの方がかっこいいですよ!間違い無しです!この恋のキューピットである僕にお任せください!!)


 二時間前、支度をしていたラヴィーに時緒は断言していた。


 断言していたのに……!



「…………」

「…………」



 話が、違う!


 気まずい表情を浮かべていた時緒を、ラヴィーは恨めしい眼差しで睨んだ。





 やはり失敗こうなったか……。



 焦燥する時緒の背後で、芽依子と真琴は時緒の下手っぷりに、二人揃って苦笑したのだった。




 続く

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