第三十二章 戦慄!?佳奈美抹殺司令
誰かがお前を見ているゾ!?
猪苗代町での、エクスレイガとゴーラグルの戦いから、三日後。
澄み切った青空の下、ここ会津若松市は、爽やかな午後の陽光に包まれていた。
先日の大雨が、まるでタチの悪い冗談であったかのようにーー。
来週からは六月。
梅雨前の貴重な晴れ間だと、会津の人々は意気揚々と外へ繰り出す。
布団や洗濯物を干したり。
鶴ヶ城や飯盛山を散策したり。
七日町通りのレトロなカフェを巡り巡ったり。
お天道様の恵みを、皆いっぱいに堪能していた。
「じゃあ律は弓道部に入ったんだ?」
「ああ。椎名は…剣道部…じゃないよな?」
「誘われたけど…断ったよ」
「ほう?」
「僕は特撮研究部に入りたいんだよね」
「お前特撮ヒーロー好きだからなぁ」
会津聖鐘高等学校の廊下。
次の授業で使うプリントを運びながら、律は同じくプリントを抱えた時緒に向かって肩を竦め、苦笑して見せた。
「まぁ良いじゃないかお前は?イナ特の仕事もあるしな」
「伊織はサッカー部、神宮寺さんは読書部、香奈美はラクロス部、正文は薙刀部と演劇部の掛け持ち…。皆ばっちりな部に入れて良かった!」
時緒は肝心な一人を抜かしている。
そう思った律は、時緒へと問うてみた。
「芽依子さんは?何かしら入部するんだろう?」
すると、時緒は神妙な顔になる。
「……新体操部、入りたいって……」
律はぎょっとした。
新体操部。新体操。身体に密着したレオタード姿で、大胆な体勢をする、新体操。
あの芽依子が。あんな肉付きの良い芽依子が、新体操。
「……学園中の男どもがエラいことになるぞ」
芽依子の艶姿を律は想像し、戦慄の表情を作る。
このままでは学園は阿鼻叫喚の坩堝と化してしまう。
顔を青くする律に、時緒は逆に顔を赤くして同意した。
「僕も、心が保ちそうにないから、別の部活勧めてみるさ」
「若干惜しいと思うけど」と、時緒は恥ずかしそうに笑う。
その顔は、恥じらいの中にも精悍さと艶を帯びていた。
色恋をやっと覚え始めた男の顔だと、律の女としての勘が告げる。
「そうだな。うん。私も手伝おう」
こうやって、時緒も……あの時緒も大人になっていくのか。
そう思うと、律は少し寂しく思うのだった。
****
同時刻。一年三組教室。
「ん?ん〜〜?」
真琴の髪を弄りながら、香奈美は何度も何度も首を傾げた。
「香奈ちゃん、どうしたの?」
短めのポニーテールになった真琴が香奈美を見遣ると、香奈美は落ち着かない様子で、周囲をきょろきょろ見回していた。
周囲には昼食を終え、其々思い思いの昼休みを楽しんでいる。
「
「「で、出た〜〜!正文のエースモンスター!!」」
真琴と佳奈美のすぐ側では、正文と伊織がカードゲームに興じ、その様を男子生徒達が歓声を上げて見守っていた。
「ふっ…!これで俺様の勝利は確実だ、伊の字。負け恥を晒すのも辛かろう。
「それは…どうかな?」
「何…ッ!?」
「俺は
「ま、まさか…!」
「そのまさかさ!さあ黄泉がえれ!俺の相棒!【蒼穹の破戒神スサノオカイザー】!!」
「な、なん…だと…!?」
驚愕する正文とは正反対に、伊織は笑みを浮かべる。観客の男子達が、手に汗握る接戦にどよめく。
『昨日、現地時間午後二時、ルーリア銀河帝国皇帝ヨハン・コゥン・ルーリア三世が、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世と会談。二時間ほどの会食を楽しまれました』
教室の前方では、芽依子を中心とした女子生徒達が、教室備え付けのテレビを点けて観ていた。
「ねぇ!ルーリア皇帝って超イケメンだよね!?斎藤さん?」
「…そうですかぁ?三日連続で同じパンツ履いてたり、お風呂そっちのけで妹と一緒にゲームやったり、
「芽依子っち、アンタ皇帝のなんなのさ…?」
テレビに映るルーリア皇帝を観て、芽依子が呆れ切ったような苦笑を浮かべていた。
いつものクラス風景だ。怪しいものは何も無い。
「…………?」
一瞬、窓の外、グラウンドを挟んだ向かいの体育館の屋根で何かが光った気がするが。
カラスか、何かだろう。
気にすることは無い。
真琴は、そう思った。
****
好奇心が旺盛な時緒にとって、学校は、授業は楽しいものであった。
知識を得るのが楽しかった。
芽依子や真琴達との学園生活が楽しかった。
別の地域から来た学友と地元の自慢話をし合うのが楽しかった。
故に、時間は早く過ぎる。気がつけばもう夕方。下校時間だ。
今日も時緒は帰る。
芽依子、真琴、伊織、香奈美、律、正文。
いつもの面子で家路につくのだ。
「あ〜〜!カレー食いてえ!」
靴を履き替えながら伊織が叫ぶと、芽依子が腹をぐうと鳴らした。
「やめてくださいな伊織さん。カレーを思い出しただけで私のお腹は臨戦体勢です!」
芽依子の腹が更なる重低音を奏で、時緒達は申し訳ないと思いつつ、笑った。
「ね、ねぇ椎名くん?」
「はいはい?」
真琴は淑やかな仕草で時緒の側に寄ると、
「椎名くんは今、何が食べたい?」
「僕?僕は……そうだなぁ……」
何を食べたいか?今、何が欲しいか?
芽依子達と共に校門をくぐって。
時緒はハヤシライスが食べたいと思い、自分を真っ直ぐな視線で見つめてくれる真琴に答えようとした。
その時。
「「「「……っ!?」」」」
時緒、芽依子、律、正文は一斉に振り向く。
視線?
細く、だが、鋭い気迫を感じたからだ。
これはおそらく、敵意?
夜の森の中で、獲物を見つけた捕食者のような。
如何にポジティブに考えても、友好的なものには感じられない、そんな気迫だった。
「…………」
振り向いても誰もいない。
ただ、校舎が薄暗く夕焼けの光に紛れて佇んでいるだけだった。
「何だ?今の?」
「…………」
律の疑問に、時緒は答えることが出来なかった。
****
夕陽の朧気な赤が支配する生徒会室の中に、佇む影が一つ。
会津聖鐘高校生徒会副会長、蛯名 美香である。
美香は窓の縁に身を預け、その冷ややかな瞳で下界を見下ろす。
こつこつ、生徒会室の扉をノックする音が聞こえた。
「良くってよ。お入りなさい……」
扉を見て、美香が応えるとーー
「副会長、失礼します」
静かに扉が開き、小柄の少年が一人、部屋の中へと入って来た。
その手には、最新式のノートパソコンが携えられている。
「田淵 香奈美のデータと、特に交友関係が深い人物達のデータ、ピックアップして来ました」
「ご苦労様、
その画面にはーー。
自転車置き場の屋根を疾走する香奈美の写真を先頭に。
頬を紅に染めた女子生徒数十名に囲まれる弓道着姿の律。
オーバーヘッドキックでサッカーボールをゴールに叩き込む伊織。
楽しそうに図書室の本を整理する真琴。
尻を包む真紅のブルマを指で正しながら、クラウチングスタートの姿勢を取る芽依子。
そんな芽依子を、カメラ小僧となった男子生徒数名と共に、大砲のようなカメラで撮影する正文。
学園に乱入したイノシシを、モップを刀に見立てて撃退する時緒。その脚には泣き顔の校長がしがみついている。
猪苗代仲良し倶楽部の面々の映像であった。
「田淵…香奈美…!」
歯ぎしりをしながら、美香は香奈美の映像を睨む。
細く、冷たく、鋭い、憎悪をはらんだ瞳で。
美香は思い出す。
ゴールデンウィークの日、無礼にも自分へとぶつかった香奈美を。
一年生の分際で、軽薄な口調で話して来た香奈美を。
「許しませんわ…田淵 香奈美!貴女のような下賤な女…我が校に…必要ありませんわ…!」
肩を震わせながら、美香は視線を背後の灰に向けてーー
「灰、他のメンバーに伝えなさい。"予定通り粛清を開始する"と」
灰は、微かに眉をハの字にひそめた。
「宜しいのですか?確かに田淵は学業、素行共に問題の有る生徒ですが、他の者達は…?特に斎藤、平沢、丹野、神宮寺は学年トップクラスの成績優秀者です。……椎名と木村は教師陣からの信頼も厚い優等生です。排除するのは…、」
「
自らの言葉を遮る美香の一声、その冷たさに、灰の背中は一瞬で冷や汗に濡れる。
「灰は"腐った蜜柑"を知っているかしら?」
「く、くさ…?」
「腐った蜜柑を箱に入れて置くとね、腐った蜜柑と密着していた他の蜜柑も…腐敗が早くなるそうよ?」
美香は胸元から教鞭を取り出しーー
「全く以って…汚らわしいですわ!」
ひゅうん!風切り音と共に教鞭を振るい、香奈美や時緒達の映像を、パソコンごと真っ二つにして粉砕した。
「腐り物など私が愛するこの学園に必要ありませんわ。でしょう?灰?」
「は、はい」
美香に気圧された灰は、頷くことしか出来ない。
「賛同してくれるのね?嬉しいわ、灰。大好きよ。使い勝手が良くて……」
パソコンの残骸を踏み躙り、逢う魔が時の灯の中で、美香は妖しく嗤う。
「見てなさい、田淵 香奈美。そしてその仲間達。この私が…蛯名 美香が直々に粛清して差し上げますわ」
美香の嗤い声が、闇と化しつつある校舎内に木霊した。
「この私が……会長が……主水様が作ったこの清浄なる秩序を……守ってみせますわ!」
続く
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