決めた事だから


「終わったようだね……」



 【平沢庵】館内ラウンジ。


 客に出すコーヒー豆を挽きながら、正直まさなおはロビーのソファーで寛いでいる二十年来の親友へと声を掛けたーー。



「あぁ、少々寿命が縮んだけどね…」



 正直まさなおの方に首を向ながら……。


 男は。


 洋は深い溜息を吐いてみせた。


 中庭の雨濡れた広葉樹が、雲間から射し込む陽光を反射して、ガラス越しに洋の顔を白く照らす。



「今度は現地の天候にも注意するよう、騎士あのこ達にもしっかり言っておかなくちゃ。全く…若い子は歯止めが効かなくて怖い」



 草臥れた愚痴を言う洋に、正直まさなおは安堵の混じった苦笑を浮かべる。



「僕達も昔はあんな感じ……いや、もっとやんちゃをやったろう?」

「それを言うなよ……!」



 洋は乾いた笑い声を上げながら、だらりと項垂れた。


 ロビーに設置された、畳とほぼ同じ大きさの液晶テレビには、泥まみれのエクスレイガとゴーラグルが、イナワシロ特防隊のヘリ数機に吊り上げられている様が生中継で映っていた。



『エクスレイガ&ルーリアロボお手柄!土砂崩れから幼稚園バス救う!!』のテロップと共にーー。



 疲労と安堵の溜め息を吐く洋に、正直は黙って淹れたてのコーヒーを差し出す。


 洋は正直にウインクをして見せてから、コーヒーを静かに啜る。


 微かな甘味の後から突き抜ける、稲妻の如き苦味。


 至福へと至らせる漆黒の秘蜜。



「マサナオのコーヒーは美味いなぁ」

「文ちゃんや真理ちゃんには不評だけどね」

「女の子にはこのときめく渋味が分からないのさ」



 洋は思い出すーー。



(ぅげぇ〜〜!苦いのだわ〜!ヒトの飲み物じゃないのだわ〜!)



 正直まさなおのコーヒーを飲んで顔を顰める、まだ結婚する前の、妻の姿。


 今はもういない、妻の姿。



「それにしても…トキオは本当に強くなった!お陰でお偉いさん達も随分この戦争に対する印象が良くなってきた」

「…………」

「"地球にも真の騎士は在り"ってね」



 センチメンタルな気分を紛らわせようと、洋は態と声を張った。



「これも、時緒あのこを鍛えたマサナオきみの賜物かな?」

「違うさ」



 洋の背後から聞こえる正直の否定の返事、その声音はやや寒くて、寂しげなものであった。



「時緒が自分で身に付けた時緒自身の剣さ。僕は鋼に吹き付けられた火の一端に過ぎないよ」



 『闇斬りの正直まさなお』が、よくも謙虚なことを言う。


 もう昔のように、己とその力を誇示し続けるには気恥ずかしい歳になってしまったか。


 自分達の存在が、何やら滑稽なものに感じて、洋は自身を嗤いながらコーヒーを飲み干す。



「…よしっ!ご馳走様!」



 そして、ぱちり、と自分の太腿を叩いて洋は立ち上がった。



「若者達が身体張ったんだ。僕もちゃんと応えてあげなきゃね」



 瞳に活気の炎を灯す洋に、正直は満面の笑顔で頷いて見せた。



「頑張れ、

「君もね、



 そして、二人は固い握手を交わす。




「……男の友情……か。憧れるな」



 そんな父と客の様を、正文は中庭から眺めていた。


 四肢を縛られ、欅の大樹に、逆さま吊りにされた状態で……。



「ふっ、俺様…頭に血ィ昇ってキタ…」



 ゆらゆら揺れる正文の腹には、半紙が貼られていた。



【このエロ息子はまた女湯覗きをしたスットコドッコイです。助けないでください。エサを与えないでください。スケベが感染うつります。触るなキケン!】


【女将、仲居一同より】





 ****




『そうか…。そんな事が…』



 イナワシロ特防隊基地、会議室。



「そ、ごめんよシーヴァン」

『いや、俺の方こそ済まない。お前の雰囲気の違いに気付いてはいたが…、対処出来なかった俺の落ち度だ』



 立体映像の中で頭を下げるシーヴァンを見て、毛布に包まれてソファーに横たわっていたラヴィーは、心底申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



 ゆきえによってラヴィーが救出されてからおよそ一時間後。


 イナワシロ特防隊に保護されたラヴィーは、ニアル・ヴィールへの敗北報告がてら、自分の身の内をシーヴァンや時緒達へと包み隠さず話して見せた。


 尊敬していた兄のこと、そして、兄の死。


 自身の能力の凡庸さに打ちひしがれていたこと。


 兄の代わりに実家を継ぐことへの重圧。


 ラヴィーは総て話した。


 話さなければ、陰険な態度を取ったシーヴァンや時緒へのけじめがつかない。


 結果。



「「苦労したんだなぁ〜〜〜〜……!」」



 会議室はイナ特隊員の、暑苦しい涙に包まれた。



「ラヴィーさん!貴方は凄いです!凄い人ですぅ…!」

「ラヴィーさん、あんた漢だねぇ…!」

「辛さに耐えて…よく頑張った…!感動したっ!!」

「ラヴィー君…よく休め!よく休んでお兄さんの分まで生きるんだ!」



 男泣きする時緒に伊織、麻生、牧が続く。



「っく!やべえ…!こういう話…弱いんだよ私は…!」

「こういう…お涙頂戴のストーリー…BLの勉強させていただきます…!」

「薫ちゃん、何でもかんでも同人誌につなげるのやめて…!」



 真理子、薫、嘉男も同様だ。


 会議室内の空気を支配する啜り声に、芽依子、卦院、キャスリン、そしてラヴィー本人は揃って顔を引きつらせた。




 そんな通夜みたいな空気の中で、はしゃぎ回る小さな人影が二つ。



「凄いや!ここがエクスレイガの秘密基地!」

「……!……!」

「"見た目はボロい。しかしそのボロさが秘密基地感を醸し出している!"だって?流石ゆきえちゃん!分かってるぅ〜〜!」



 修二とゆきえであった。


 時緒達を回収した際、一緒に付いて来たので、真理子や麻生達も、無下に扱うことは出来なかった。



「ユキエちゃん…だっけ?」

「……!」



 ラヴィーがゆきえへ弱々しく笑いかけると、ゆきえは親指を立てて頷いた。



「君の不思議な力のおかげで助かったよ。ありがとう…」



 未だラヴィーの体力は回復しきっていない。


 弱々しく出されたラヴィーの手を、ゆきえは力強く握り、強気な鬼灯色の瞳を素早く二度瞬きさせた。



「…………!」

「"気にするな!それよりも療養に専念すべし!"だってさ!ラヴィー兄ちゃん!」



 修二が代弁する。嬉しくなったラヴィーは修二の頭をくしゃくしゃ撫でた。



「そう言う訳で…僕も捕虜生活に入らせて貰うよ」

『了解だ。ゆっくりしてくれ』

「あの…ティセリア様にも…宜しく…と」

『あ……ああ』



 ラヴィーは映像の奥を、シーヴァンは振り返って、何とも言えない苦い表情でその場を見遣る。



『……ぅゅーーん……』



 玉座のすぐ側にある柵の中で、ティセリアが体育座りをしながら、虚ろな瞳で虚空を見上げていた……。



『……ぅゅ〜〜ん……』



 ラヴィー敗北。


 その報せは、勝利を、時緒を捕虜にして小馬鹿に出来ることを確信していたティセリアを大いに落胆させ、幼いその心は現実を直視すること拒絶した……。



『こほん。ま、まぁ…ティセリア様は…まぁ何とかするにして…、トキオ…』

「は、はいっ!」



 自分に対して凛とした笑みを浮かべるシーヴァンに、時緒は慌てて背を正す。



『今回の戦いも非常に見事だった。確実にお前は強くなっている。その著しい成長、俺は嬉しく思う』



 尊敬するシーヴァンに、またも褒められた。


 有頂天になった時緒は、昂まる気分を懸命に抑えて、シーヴァンへと頭を下げた。



「あ、ありがとうございま、」

『……と!言いたい所だが!』



 突然、シーヴァンは目を吊り上げて時緒を睨む。



『前回の無様アレは何だ…!?』

「げっ!あ、あれは!?」



 狼狽える時緒から、シーヴァンは真理子へと視線を移した。



『マリコさん、メイコさん、すみません。トキオと二人きりにさせくれますか』

「OK!」

「どうぞご自由に」



 真理子と芽依子の先導されて、イナ特隊員達はそそくさと会議室を出て行く。


 無論ラヴィーも、牧に背負われて退室。


 シーヴァンは時緒しか居なくなったことを確認すると、この一週間、言いたくて言いたくて堪らなかった、時緒に対する不平不満を吐き出し始める。



『前回のお前はもう…!酷い戦い方を…!おれは恥ずかしくて恥ずかしくて頭から火が出そうでした…!』

「す、すみません……」

『前々から思っていたが、時緒…!だいたいお前は気分にムラがある!騎士たる者…自分を律しその上云々…』

「…………」

『……という訳でお前には云々……』

「…………」



 シーヴァンの説教は留まることを知らず……。



『よって、惑星エディリで俺は貴重な体験をし、これを己が精神に活かしてなんたらかんたら……』

「…………」

『然るのちに、トキオにもぜひかんたらうんたら……』



 辟易した時緒は思わず欠伸を一つ……。


 それをシーヴァンは見逃さなかった。



『……おいトキオ』

「は、はいっ!」

『俺の話聞いてたか?』

「き、聞いてました!」

『じゃあ今しがた俺は何て言った?』

「…………………………………………えへ」

『……







 ****




 その後。会議室にてーー。



「ねえ?トキオ?」

「はい?」



 シーヴァンからの説教を終え、疲弊しきった時緒に、ラヴィーはふと尋ねてみた。



「トキオ、君は何故、あんな短期間で強くなったんだい?」



 暫く、時緒はラヴィーを無言で見つめたのち……



「そ、それはですねぇ……色々吹っ切れたというか……」



 顔を赤らめながら、付近に芽依子がいないことを確認しながらーー



「……大切な人と、もっと仲良く……なれたからだと思います」



 時緒は、照れ笑いを浮かべながら答えたのだった。





 ****




 時緒とラヴィーの戦いから、二日後。



『こちら成田空港ロビー!成田空港ロビー!あ!今!今出て来ました!』



 日本、否、世界の報道は、興奮と緊張の坩堝にあった。



『皇帝です!今!ルーリア銀河帝国皇帝がこの成田空港に降り立ちました!あっ!?こちらに手を振ってます!笑っています!甘いマスクです!!』



 銀河の帝王、ルーリア銀河帝国皇帝、ヨハン・コゥン・ルーリア三世が、初めて地球人の前に姿を現したのだった。




 続く

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