戦場哀歌(エレジー)
「やばくね?ありゃあ…」
激しくなる雨の中、【れすとらん きむらや】の屋根の上、黄色い傘を差しながらエクスレイガの闘いを観戦していた伊織は、唇を尖らせながら独り言ちた。
「時緒の方は
伊織の視線の先には、雨靄の向こうにそのシルエットを曖昧にする、
その巨躯から放たれる、哀しみと怒りの気迫を……対峙する時緒ほどではないが……なんとなしに感じた伊織はーー
「思い立ったが吉日!一回顔突っ込んだら最後まで!」
猫めいたしなやかな動作で跳躍し、屋根から飛び降りる。
音も無く地面に着地すると、家の車庫から翠がよく使う
「お袋!【雷電号】借りるぜ!?」
「気をつけるのよ!?」家の中から母、翠の返事が帰ってきた。
翠は窓からエクスレイガを眺めながら、器用にスナックエンドウの節を剥いている。
「帰ったらサビ取りスプレー吹いといてよ?」
「分かってる分かってる」
「あと危ない所行かないでよ」
「崖とか?川岸とか?」
「エクスレイガの足下とか」
母よ、どうか堪忍して貰いたい。俺の行きたい所は、まさに
伊織は心の中で翠に詫びると、レインコートを羽織り、周囲にエンジン音を響かせながら、エクスレイガとゴーラグルが闘う区域へ向けて雷電号を走らせた……。
お節介焼きも此処までくると病気だ。伊織は己を嗤った。
****
それは、その
強いて例えるのなら、地震。
大地の躍動。総てを揺るがし崩す超エネルギーが凝縮し、拳と成って空間をわななかせ、物質を砕く。
時緒がそう思うほどに、我武者羅な騎動をするゴーラグルの拳撃は圧倒的で、威圧的で、狂乱的で。
そして、何処か。
哀しげなものだった……。
『つぶれて…っ!潰れてくれよ!トキオォ!!』
「お断りっ……します!!」
悲鳴にも似たラヴィーの叫びと共に、再びゴーラグルの拳が鉄槌となって繰り出される。
凄まじい拳圧に、射線軸上の雨が一瞬で蒸発した。
『君を…!君を倒さなくちゃ…、僕は…僕の居場所は…!』
「貴方の居場所っ!?」
ゴーラグルの、ラヴィーの攻撃を受け流ししながら、時緒は眉を潜める。
それは、微かな不快感だ。
ゴーラグルから沸き立つラヴィーの攻撃意思、その矛先は確かに時緒自身へと向かっているのに、肝心なラヴィーの心情は何処か別の方向に飛び去ってしまっているような感じがして仕方がないのだ。
自分をぞんざいに扱われているような感覚。
そんな心地の悪さを、時緒は我慢出来なかった。
「ラヴィーさん…、貴方は…僕を見てない…!?」
『……っ!?』
一瞬、ゴーラグルの挙動がぴたりと止まった。
反撃の好機ではあるが、時緒は言わなければ気が済まない。
「貴方は一体……誰と戦っているんですっ!?」
『煩いんだよおおおおおっっ!!』
一拍置いて、ラヴィーの怒りが爆ぜた。
何処までも暗く、何処までも哀しい怒りが弾けて、猪苗代中に縋るような怒号が響く。
『シーヴァンみたいなことを言うなっ!!見透かして得意気かっ!?気味が悪いんだよおおおお!!!!』
ゴーラグルの動きが無茶苦茶になる。
『僕は兄の代わりにならなきゃいけない!皆から信頼されなきゃいけない!!』
雨がゴーラグルの四つ目から流れ落ちる。
泣いているようだった。
『僕はそうしなきゃいけないんだっ!それが僕の全てなんだ!!!!それしかないんだよおおおお!!!!』
ゴーラグルが両腕を振り上げた。
轟音と共に、唸る凄まじい百烈拳!
怒涛のパンチが、地震が大津波となってエクスレイガを噛み砕き蹂躙しようとしていた。
「誰がっ……!」
しかし。だがしかし!
エクスレイガは、時緒は逃げも跳びもしない!
ここで逃げたら。
一体何処の誰が!
ラヴィーのこの気持ちを受け止めるのか!
「僕のことを見てない貴方に!誰が!負けるものかーー!!!!」
感情が昂ぶった時緒の叫びに、ルリアリウムが呼応する。
不退転の精神を石が吸い取り、星すら砕かんばかりのエネルギーへと換えて、エクスレイガの躯体を、拳を、眩ゆい翡翠の光の粒子で包み込んだ。
『トキオオオオ!!!!砕けろおおおおっっ!!!!』
「僕はっここにいるぞっ!ラヴィー・ヒィ・カロトオオオ!!!!」
エクスレイガは疾る。
逃げるのではなく、ゴーラグルへと突貫する。
暴れ狂う拳撃の渦の中へ!慟哭のラヴィーの中へ!
「母さん直伝!【
エクスレイガの
時緒は満身の力を込め、光輝く拳を、その連撃を!ゴーラグルの巨体……先程の攻撃の際に出来た亀裂目掛け、一気に撃ち込む!
!!!!!!!!
一撃!二撃!三撃!四撃!
!!!!!!!!
五撃!六撃!七撃!八撃!九撃!
!!!!!!!!
十撃!さらにそれ以上!
エクスレイガとゴーラグル!
時緒とラヴィー!
翡翠色と黄緑色の光を放つ拳と拳!その連撃がぶつかり合い、眩く輝く衝撃が猪苗代の地を、雨天を、見入っていた人々の心を駆け抜け、慄わす!
気迫と気迫のぶつかり合い。その様に野次馬達はカメラで撮影をすることも忘れ、ただ固唾を呑みながら、巨人達の決着を見守った。
そして……!
ドラマめいた余白を与えずに、決着の瞬間は唐突に訪れた。
「隙…有りっ!」
エクスレイガの剛腕が、ゴーラグルの両腕を弾いた。
『あぁっ!?』
姿勢を崩され、ゴーラグルは無防備となる……。
伽藍堂となったその腹部目掛け、エクスレイガは更に肉薄し……
「ナックル!ドリルモード!!」
【スパルタン・ユニット/ドリルモードへ移行】
スパルタン・ユニットの屈強な
「ラヴィーさんっ!!」
『あ…あぁっ……』
時緒は深呼吸を一つして……。
「"僕にはそれしかない"なんて……哀しいことを言うんじゃないよおおおおっっ!!!!」
金切り声をあげて高速回転するエクスレイガのドリルがーー
『ぼ、僕は…っ!僕はああああああああああ!!!!』
****
伊織は、跪くゴーラグルの腹からドリルを弾き抜くエクスレイガの姿を見た。
エクスレイガは、勝利を誇ることは無く、騎体各所から冷却の為の蒸気を排しながら、ただ……ゴーラグルを見下ろしている……。
時緒が勝った。
だが……。
「……無茶しやがって」
ガードレールの傍に雷電号を停めながら、伊織は安堵と呆れの溜め息を吐いた。
今回もエクスレイガはぼろぼろだ。
引き抜いたドリルはくの字にひしゃげ、ばらばらとパーツを道路に落としている。
エクスレイガ本体の装甲もハンマーで叩いたような跡が至る所に残り、まるで玉突き事故に遭った車めいた風体だった。
対するゴーラグルは、穿たれた腹部から粒子光を垂れ流したまま、微動だにしない。
さて、勢いに任せて来たが、どうしたものか。
伊織が、何をすべきか考えていた、その時だった。
………………!
どこどこと、獣の群れが走るような、濁流のような、重苦しい音が何処からか聞こえて来た。
伊織は雨の中そっと耳をすます。
猪苗代湖方面ではない。その逆、磐梯山方面から聞こえる。
「……何だ?この音……?」
嫌な予感。原因不明の悪寒が背中を伝い、伊織は眉を潜めた。
「もしかして……!?」
続く
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