第三十章 震える磐梯山〜前編〜

ボクハ キミガ キライ


 これは、ラヴィーがシーヴァンの新型騎ガルズヴェードを受領をしに行った時の話であるーー。





『あれから10年か……つくづく惜しい人を亡くしたもンだ……』



 太陽系へと戻る準備を終えたラヴィーが、輸送艇出発までの時間を潰す為にカロト社傘下の工廠を歩いていると、廊下で社員が会話しているのが目に入った。


 バーデス人とアビリス人の社員だった。



『全くだ。カロト社の将来はどうなることか……』

『そりゃあ、ラヴィー坊ちゃんが継ぐんだろうよ?』



 咄嗟にラヴィーは彼等の死角に隠れた。


 何故かは分からないが、隠れた方が良いと、ラヴィー自身の勘がそう告げたからだ。



『ラヴィー坊ちゃんか…。頼りないなぁ……』



 社員の気抜けた言葉が、ラヴィーの心臓を握り締める。


 隠れて正解だったが、耳も塞ぐべきだったと、ラヴィーは後悔した。



『ティセリア騎士団に選ばれはしたけど……所詮仲良しだったドーグス家長男坊のオマケだろうに……』

『会社にも少しは貢献されているらしいが…、それでも箔が無きゃなぁ』

『それに引き換え、兄君は素晴らしい人だった』

『騎士団の制式採用騎ゼラだって、元はと言えば……』



 社員達の会話を置き去りにして、ラヴィーは走った。


 心臓の動悸は運動によるものではない。そんな、気持ちの良いものではなかった。


 ラヴィーは恐ろしかった。


 頑張らなければ。


 武勇を、箔を付けなければ。


 誰からも。両親からも。


 必要とされない気がして、心底恐ろしかった……。



(ラヴィーは、どんな大人になりたい?)

(んーとねぇ?ボクはねぇ?…ボクは……ボクハ……ボクハ……)



 幼い頃、兄と遊んだ思い出が凍りついていく。


 楽しく、儚かった思い出が色褪せていく。



(僕には……夢なんか……夢なんか……!)



 ラヴィーの純真は砕け、幾多もの鋭利な欠片となって、ラヴィーの心の最も弱い部分をずたずたに切り裂いた。




 ****




「あぁ……大分楽になった。気分が悪くなった時は……ジブリ映画を観るに限る。あれは美しいものだ」



 未だ顔色の悪いカウナが謁見の間に姿を現したのは、ラヴィーがニアル・ヴィールを飛び立ったのとほぼ同時であった。



「ラヴィーは?」

「今征った所だ」



 そう答えたシーヴァンの顔を見て、カウナははてと首を傾げる。


 シーヴァンが、その眉間に皺を寄せ、天窓に投影された映像を、地球へと降りていくラヴィーの愛騎ゴーラグルを見詰めていた。


 いや、見詰めていたというより睨んでいたと形容した方が良いだろう。


 まるで、まだ熟していない酢葉実ダッチイ(気付け薬になるほど凄まじく苦い)を噛み潰したような顔だ。



「……貴様どうした?」



 カウナが恐る恐る尋ねてみると、シーヴァンは睨み顔のまま、ゆっくりとカウナの方を向いてーー



「俺は今回……トキオを、トキオだけを応援する……!」



 奥歯をぎしぎし鳴らしながら、そう宣った。



「いきなりどうした?貴様らしくもない」

「ラヴィーが最近変だ」

「ラヴィーが?」

「あぁ……。どうにも刺々しい。おっかない。話しかけ辛い。戦争を楽しむ姿勢が全く見られない……」



 シーヴァンは自らの心的疲労をアピールするような、態とらしい溜め息を一つ。



「ああいう力み過ぎているヤツは、一度すぱっと敗北した方が良い……。故に俺はトキオを応援する。ティセリア様的に言えば……」

「……言えば?」

「"うゅ〜〜ん!がんばえがんばえトキオ〜!"ってヤツだ…!」

「…………」



 いきなりティセリアの真似をするシーヴァンに、カウナは絶句した。意外と似ていたことに驚愕したのだ。流石ティセリアの乳兄妹。


 そんなことをカウナが考えていると、玉座近くに光の粒子が迸り、ルーリア人の形を成していく。



「うゅ〜〜っ!!」



 本物のティセリアであった。背後には侍女のリースンとコーコも控えている。



「うゅっ!うゅっ!」

「ティセリア様、そんなに急がなくても」

「急ぐのヨッ!ラヴィーがエクしゅレイガやっつけてトキオ連れてくるぅ〜〜!!」



 ティセリアは、自身の背丈の倍近い木柵を引きずっている。


 その柵は何か?


 シーヴァンとカウナはティセリアに尋ねようとしたが、やめた。


 ティセリアの手書きだろう、柵の木札に汚いルーリア文字で、これ見よがしに書いてあるからだ。



【トキオのおしおきべや】とーー。



 ティセリアは玉座のすぐ横に木柵を広げ立てると、勝ち気な笑顔で胸を張って見せる。



「トキオが来たらこの中に入れるのヨ〜!トキオの目の前で美味しいもの食べたり〜!朝も夜も踊ってやるぅ〜〜!!」



 ラヴィーが時緒を倒すことを信じてやまないティセリアは、尻尾を振りながら柵の周りをくるくると踊り回った。


 想像力豊かなルーリア人であるシーヴァンとカウナには確りと見えた。


 柵の中で落ち込む時緒の幻影すがたが。


 その様が、あまりに可笑しくて、あまりに不憫で。



((トキオ…!頑張れ…!!))



 シーヴァンは芝犬めいた耳を垂らして。


 カウナは牛めいた細長い尻尾を垂らして。


 ティセリアに勘付かれないように、心の中で強く、強く願った……。




 ****




「こちら時緒。猪苗代町バトルフィールドへ到着。周辺警戒に当たります」



 国道一一五号線、ホームセンター前の駐車場へと、剛腕スパルタンユニットを取り付けたエクスレイガは着地する。


 天候はまたも芳しくない。猪苗代湖方面は薄く霞みながらも晴れてはいるが、安達太良山の方面から重苦しい曇り雲がゆるりと流れ込んで来ていた。



『オーケイ家出息子。迷惑かけた分きりきりやれよぉーう』

「……暫く言われるな、コレ……」



 立体ウインドーの中で、母真理子が嗤っている。その背後では牧と卦院、そして茂人が苦笑いを浮かべていた。



『こちら第二格納庫、シースウィング内、芽依子です』



 真理子達の映像を上書きするように、パイロットスーツ姿をした芽依子の映像が映し出された。


 芽依子の微笑に時緒は一瞬どぎまぎした。が、以前のような騒々しいものではない。


 熱いような、くすぐったいような、それでいて、何処か心地良いような。形容し難いが、そんな所だった。



砲撃戦バスターユニットの接続完了。時緒くん、何かあったら言ってください。配達デリバリーしてあげますからね……!』



 芽依子の皮肉を孕んだ笑顔が、時緒の目の前に迫る。


 真理子や牧の大爆笑が鼓膜を叩き、時緒は至極げんなりした。



「わ〜〜いお姉ちゃんありがとう〜〜。……はぁ」



 芽依子姉さんには、もう二度と頭が上がらないだろうな……。


 時緒はそう覚悟をし、ついでに自らの気を引き締める。


 臍下丹田を意識する。気力をゆっくりと、エクスレイガの躯体全域に流し込むイメージ。


 自身の心が、まるで無風の水面のように、穏やかに、静かになっていくのを感じた。


 気を静め終えると、時緒はゆっくり猪苗代の街並みを見渡した。


 矢張りシェルターに避難していない人々が、広場やラーメン屋の駐車場にたむろして、エクスレイガの姿を写真に収めている様が見受けられる。


 彼等の声援にも、喜んで応えさせて貰おう。


 もう一つの決意を追加しながら、時緒は磐梯山の方向に目を遣った。



「あれ……芽依姉さん?」

『はいはい?』



 時緒は、エクスレイガのカメラを拡大させる。


 国道一一五号線から、四五九号線へと、磐梯山麓の木々を潜っていく黄色いバスを目撃した。


 更にカメラを拡大すると、バスの車体には【あづまようちえん】と印されているのが確認出来た。



「幼稚園のバスを確認しました。あれって避難……じゃないですよね?」

『バスですか?ちょっと待ってください。園名は?』

「【あづまようちえん】です」

『少々お待ちを。今幼稚園のホームページにアクセスします』



 画面の向こうから、ぱちぱちと、芽依子がキーボードを弾く音が聞こえてくる。


 待つ事、およそ三十秒……。



『分かりました。あづま幼稚園の年中組、遠足で裏磐梯のビジターセンターまで行かれるようです』



 芽依子の報告に、時緒の胸が微かに騒つく。


 先々日の雨で、山肌はかなり泥濘んでいる。今日再び雨が降ったら、山間を雨水が川の如くながれ、バスは動けなくなるかもしれない。


 どうにかした方が良いか。時緒は思考を巡らせた。


 その時ーー。



「ん……!?」



 頭のてっぺんから突き刺すような気迫を感じた。


 感応したルリアリウムの明滅は、まるで危険信号のよう。


 時緒は咄嗟にエクスレイガを後方へと跳躍させる。



 刹那、上空から光弾が降り注ぎ、先程までエクスレイガが立っていた場所へと着弾。


 鋭い炸裂音と共に眩い黄緑色の火柱が舞い上がり、その燐光の輝きは時緒の緊張感を一気に最高潮へと引っ張った。



『ふぅん?良い勘してるじゃん。今日は調子良いみたいだね』



 コクピット内に響き渡る少年の声。


 光弾の威力に息を呑みながらも、時緒は空を見上げた。


 鈍色の雲を背に、ずんぐりとしたヒトのシルエットが浮かんでいる。


 ラヴィーの【ゴーラグル】だ。



「ラ、ラヴィーさん!?」

『いきなりで御免よ。でもね……』



 ゴーラグルは、微かな地響きと共に猪苗代へ着地すると、その歪で巨大な両腕をエクスレイガへと向けた。



「ラヴィーさん!前回はすみま、」

『ごめん。前言ったよね?僕、君のコトあまり好きじゃないんだ。あまり会話したくない。それに……』



 ゴーラグルの操縦席内で、ラヴィーは戦闘体勢を取る



『早く…箔を…!兄さんの…代わりに…僕が…僕が…会社を…!』



 その瞳には、勇猛ではない、もっと別の、負の情念を孕んだ気迫が宿っていた。



『誰にも……失望なんてさせるもんか!』

「ラヴィーさん…!?」



 逸るラヴィーの眼差しは、エクスレイガを、時緒を睨んでいるようで、ちっとも時緒そのものを見ていない。そのことに、ラヴィー自身は気付いていない。




 躍起になって、ラヴィーに自分の視野が狭まっている事すら気付かせないもの。



 この戦いの先。……もっと……もっと……ラヴィーが手に入れたいもの。



 それは……。



『僕の覇道ゆめの一部になれ!エクスレイガ!!』





 続く

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