炸裂!雷迅脚
「反省してます……」
レストラン【きむらや】に芽依子が訪れていた、丁度その頃ーー。
「もうトキオに変なこと言いません……」
椎名邸の居間では、洋が不機嫌面の真理子に向かって平身低頭をしていた。
亜麻色をした洋の長い前髪が、畳にだらりと垂れる。
その顔面は絆創膏だらけであった……。
「まぁ……
卓袱台を挟んで、洋と相対する真理子は、湯呑みをぐいと仰いで、渋めの茶を飲み干す。
芽依子に対する何やかんやで、ああも錯乱するとは……。
真理子は、己が息子にほんの少しだけ戦慄した。
「だからっつって……やいボンクラ!今度やったらタダじゃ済まねえコトになるからな?」
真理子は改めて洋を睨みつける。
洋は恐る恐る平身低頭の体位から真理子を見上げてーー
「い……言ったらどうなるの?」
抑えられない好奇心で、恐る恐る訪ねてみた……。
「【真理子・
そんな
尋ねたことを後悔した洋は、再び深々と頭を下げた……。
****
「…………」
「…………」
ボックス席に座り、時緒は芽依子と対面する。
「「………………」」
レストラン【きむらや】に芽依子が訪れてから、およそ三十分が経過しているが、時緒と芽依子は何も言わず、ただ黙りこくっていた。
二人から醸し出される重苦しい気配が、きむらやの店内に充満していく。まるで襲撃予告を受けたマフィアの根城みたいな雰囲気であった。
「……焦れってえなァ。ちょいと助太刀するかァ?」
「まぁ待て、伊織」
「あの二人に任せときなさい……!」
厨房から木村家一同から見守る中。
「……」
二分が経ち。
「…………」
六分が経ち。
「「………………」」
やがて……。
〜〜〜〜〜〜!!
「っ!?」
さっき賄いのカレーを食べた筈の、芽依子の腹が鳴った。
「…………」
目を白黒させて絶句する時緒を他所に、顔を真っ赤にしながら、芽依子は空腹音を奏で続ける。
緊張、陰鬱、その場の雰囲気を一気圧壊に吹き飛ばし、芽依子は厨房の扉の端から呆けた伊織達に向けて、手を挙げて見せた。
「すみません。何か……お腹に溜まる物をくださいまし……コンニャクとか……」
****
「ごめんなさい…!芽依姉さん…っ!!」
ごちり、テーブルに額をぶつけて時緒は頭を下げる。
衝撃に山盛りのクラブサンドが山体崩壊を起こし、サンドの間から口内をいっぱいにした芽依子が顔を現した。
覇気の無い時緒の瞳が芽依子の心を打ち、哀しげな芽依子の瞳が時緒の心を打つ。
芽依子は取り敢えず、口の中の物を嚥下するとーー
「時緒くん……?一体……何があったんですか……?」
芽依子の問いの声に、時緒は改めて決意する。
折角、自分をエクスレイガに乗せてくれた芽依子を悲しませたのだ。
包み隠さず話さなければ、会津男子の名が廃るというもの。
だから時緒は、飾らぬ言葉で総てを告げる。
「芽依姉さんの
「ぶっ!!?」
途端、芽依子が噴いた。
「ついでに神宮寺さんの裸も見ました!
「「「ぶっ!!?」」」
厨房の中でも、伊織、賀太郎、翠が同時に噴いた。
何故に
普通はオブラートに包んで言うだろう。
馬鹿か。馬鹿なのか。あの小僧はどれだけ馬鹿野郎なのか。
「そんな破廉恥な自分が許せなくて!でも!もっと見ていたい自分もいて……!訳が分からなくなって……!そんなごちゃごちゃした気持ちを……!芽依姉さんにぶつけた…んです」
時緒は再びテーブルに頭をぶつけ、心情を垂れ流しながら芽依子に謝罪する。
(神様、お願いです。今すぐあの
木村家一同は天に祈った。
「…………ぷっ」
しかし、木村家の思惑とは裏腹に、肝心の芽依子はクラブサンドの山に隠れながら、くすくす笑い始めた。
顔は真っ赤のままだが、その表情に嫌悪の色は、無い。
「め、芽依…姉さん?」
時緒は首を傾げる。
芽依子に幻滅されたと思っていたが、そんな素振りをしているようには見えなかった。
「じゃ、じゃあ今までの時緒くんの不調は……私達の裸の夢……!?ぷふっ……!」
当の芽依子は、一頻り笑った後、コップの水をぐいと一気飲みしてーー
「……私は安心しました。嫌われちゃった訳ではないのね……!」
安堵と、微かな恥ずかしさが混じった表情で、微笑んだ。
「と、とんでもない!でも…僕は」
「確かに私や真琴さんの裸……というのは正直穏やかではないです。それに、時緒くんに嫌なこと言われたのも事実、お姉ちゃんの心はちょっと傷付きました。昨夜なんか、ショックでご飯六杯しかおかわり出来ませんでした」
「たった六杯!?」
時緒は愕然とした。
いつもの夕食ならば 、十杯はおかわりをする筈。
それ程、芽依子を傷付けたのか……。
「こほん。あのですね?時緒くん?」
芽依子は咳払いを一つして、時緒に向けた笑顔を悪戯小僧めいたものにした。
「昔、よく兄も見たそうです。裸の女性の夢」
「芽依姉さんの……お兄さん?」
「その度に父は言ってました。"お前の心が大人になっていく証拠だ"って」
「洋さんが……?もがっ!?」
ぽかんと開いた時緒の口にクラブサンドを突っ込むと、芽依子は再び笑い出す。
「昨日のお返しです。まだまだ言いたいことはいっぱいありますが……それで許してあげます。お姉ちゃんは心が広いですから!」
そう言って、芽依子は豊満な胸を張って見せた。
時緒は照れた。
伊織も照れた。
賀太郎は鼻を伸ばしたが、すぐさま翠に耳を引っ張られ、店の奥へと連れて行かれた。
「そうですか。裸ですか。私の。私の裸。うふ。うふふふふふふふふふ」
「……何笑ってるんです?」
「いえいえ。ところで時緒くん、大人になったお祝いにおばさまにお赤飯作って貰います?」
「……それだけは勘弁してください」
「そうですか?なら……改めて仲直りを……」
時緒が手を伸ばし、芽依子もまた手を伸ばす。
仲直りの握手をする為に。
二人の掌が重なり合おうとした、その時。
「あ〜ぁッ!腹減ったァッ!!」
扉を乱暴に蹴り開けて、数人の男が店内へと入り混んで来た。
態とらしい金髪。耳と鼻には大きなピアス。刺青をした者もいる。
「ノブさん!謹慎解けたんスね!おめでとうございます!!」
"ノブさん"と呼ばれた金髪男は、にやりと得意げに笑って煙草を咥えた。
「おうよ!景気付けにここで飯食ってよぉ!俺らぶち込んだあのガキ共にリベンジよ!」
「流石ノブさん!!」
取り巻きに持て囃された"ノブさん"は愉快に笑い、煙草に火を点けようとしたがーー
「あーすいません。ウチ全席禁煙です」
眉を吊り上げた伊織に制止された。
「…………あァ?」
"ノブさん"は威嚇の眼差しで伊織を睨み下ろす。
当の伊織も微動だにせず、"ノブさん"を睨み上げた。
「それに今準備中なんで、あと一時間くらいしたらもう一回来てください」
伊織は営業スマイルを浮かべて見せる。
そんな伊織の顔が気に入らない"ノブさん"は、咥えた煙草を伊織の額へと吹きつけた。
「うるせぇよ屑ガキが!俺は飯を食うんだよ!準備なんて知らねえんだよ!さっさと飯持って来い!あと酒だ!!」
"ノブさん"の取り巻き達も騒ぎ出し、伊織を嘲り笑った。
「さっさとやれよクソ店員!俺たちは客だぞ〜!神様だぞ〜〜!」
「神が命じます!店員くん、オマエ死刑!!ぎゃははははははは!!」
「逆らうの〜?食べログに悪評書いてこの店潰しちゃうよ〜ん?」
伊織は笑顔を貼り付けたまま、微動だにしない……。
それを無抵抗と見たか、"ノブさん"達による伊織への罵倒は止まらない。
屑。カス。死ね。暴言の数々を伊織は営業スマイルで受け流す。
"ノブさん"達に小突かれ、蹴られながら、伊織はボックス席の時緒と芽依子を見遣った。
「伊織っ!」
「伊織さん……?」
二人とも憤怒の表情で立ち上がろうとしている。
そんな二人を、伊織は営業スマイルのまま、右掌を振って制した。
「時緒とお嬢は話を続けてろ。そっちが優先だから」
笑顔の伊織の言葉に、時緒は動きを止めた。
芽依子は伊織の意に反し、駆け寄ろうとするが、時緒に肩を叩かれて無理矢理制止させられる。
「大丈夫です、姉さん」
「でも…!?」
不安げな芽依子に、時緒は大きく頷いて見せる。
「お忘れですか?伊織も僕の幼馴染です。正文や律、佳奈美と子供の頃から猪苗代で遊んで来たんです」
「それは……」
何とかしてやりたい、そんな顔をする芽依子に、時緒はにやりと笑って見せた。
「伊織は……
罵倒に飽きて来た"ノブさん"は、クロムハーツの指輪だらけの拳を振り上げた。
力の限り、伊織を殴る為だ。
「痛い目見ねえと分からねえようだな!ゴミが!!」
今時三流役者も言わないような"ノブさん"の罵倒に伊織は笑ってーー
「……お客様」
振り下ろされる筈だった"ノブさん"の腕根を、万力めいた力で掴んだ。
咄嗟に伊織は厨房を見遣る。
【暴行の様子は監視カメラで録画済み!】
【通報完了!伊織!よく我慢した!やっちまえ!!】
翠と、顔面引っ掻き傷だらけの賀太郎が、それぞれのタブレットのメモ機能でメッセージを掲示した。
"ノブさん"の手を払いのけ、伊織はゆるりと"ノブさん"を見上げた。
「あ?なんだ店員その顔はァ!?」
伊織の顔からは営業スマイルは消え失せ。
代わりに浮かぶのは。
獲物を見つけた捕食者の、歓喜の笑み。
「テメェは黙って俺達の言った通りに……、」
"ノブさん"の言葉が……。
最後まで紡がれることは、無かった。
「黙るのは……アンタらだ……っ!!」
彼らの視認出来ない速度で、伊織は跳躍、空中で四度錐揉み回転!
「お客様、お引き取り下さい」
「「は…………?」」
回転の遠心力により慣性が付与された脚を、伊織は遠慮無く"ノブさん"の胴体へと……。
打ち込んだ!
伊織による、超高速の蹴りが、周囲の空気を破裂させた!
その速度と威力は凄まじく、刹那の間に直撃を受けた"ノブさん"は、何が起きたか認識出来ないまま吹き飛び、下卑た笑顔のままの取り巻き達を巻き込んで、店外へと吹き飛ばされた。
悲鳴を上げる瞬間すら、"ノブさん"達には与えられなかったのだ。
「……時緒達との遊びと趣味のサッカーで鍛えた俺とっておきのスペシャルメニュー、【我流・
道路を跳ねて……猪苗代駅前の駐車場に"ノブさん"達は落着。白眼を剥いて、情けなく失禁、失神して……終わった。
「時緒の【磐越道十文字斬】や、正文の【千蓮菩薩】ほど威力は無えけど……技の出し易さが売りです!時緒や正文みてえに得物も要らないんで……お粗末!」
伊織は、アスファルトに突っ伏しもう何も言わなくなった"ノブさん"達に深々と礼をすると、くるりと回れ右。
感嘆の表情を浮かべる時緒と芽依子に向かってウインクをして見せた。
「流石だな……伊織!」
「伊織さん、時緒くんのことと言い……何とお礼を言えば……!」
時緒と芽依子は、二人揃って伊織に頭を下げる。
二人のその手はしっかりと握り合っている。
その様を目にした伊織は、心底嬉しく思った。
「他人の何ちゃらを邪魔する奴ァ……俺に蹴られて三途の河だぜ……!!」
そう言って、伊織は
芽依子が恥ずかしそうにはにかみ、時緒も照れて後頭部を掻いた。
「…………」
時緒は嬉しかった。
芽依子と仲直り出来たこと。伊織に助けられたこと。
本当に、本当に、嬉しかった。
続く
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