第二十九章 燃えよ恋!時緒覚醒!?
伊織、男の友情奮闘記!
何て酷い奴だ。
何て卑しい奴だ。
時緒は、今日ほど己を憎んだ日は無かった。
時緒は、今日ほど己を恥じた日は無かった。
己の不調を他人のせいにした。
芽依子に、酷い言葉をぶつけてしまった。
このまま消えてしまいたい。
時緒は何度も何度も願った。
だが、今も
エクスレイガのコクピットの中で。
灯の消えた殻の中で身を縮こませて。
涙の枯れた瞳で闇を見つめながら、時緒は己を呪い続けていた。
****
エクスレイガ、ゴーラグルとの戦闘終了からおよそ二時間後。
イナワシロ特防隊、エクスレイガ格納庫。
「駄目っス。開けてくれませんスわ」
そう真理子に言って、茂人はエクスレイガ背部のコクピットハッチをこつんと叩いた。
ゴーラグルの攻撃により、エクスレイガの装甲はあちらこちらが歪んでいた。虎の子だったスパルタン・ユニットは完全大破、
「時緒君!出ておいでぇ!」
「誰もお前を責めたりしねぇから!」
「「お前が出てこないと整備出来ないよ〜〜!!」」
コクピットハッチに繋がるキャットウォークの上には真理子と茂人の他にも、薫や卦院、整備班員達が、コクピット内の時緒に向けて声をかけるが、ハッチが開く様子は全く無い……。
真理子は顰め面のまま、雨音響く天井を見上げる……。
時緒に何が起こったのか、起こっていたのか、てんで分からなかったからだ。
真理子は舌打ちをした。それは、息子の不調に気付かなかった己に向かって、である。
「時緒くんっ!」
そんな真理子の横を、すり抜けていった人影が一つ。
芽依子であった。
「時緒くん!?何があったんですか!?」
悲痛な面持ちで、芽依子はハッチを拳で叩く。
しかし、やはり、ハッチは開かない。
「時緒くん!あ、開けて!お姉ちゃん呼びが嫌だったら直しますから!だから……」
「おっとお嬢、それ以上言っちゃ駄目だぜ」
予想外な人物の声に、芽依子は、そして、真理子を含むキャットウォークに居た者全てが、キャットウォーク入口の階段へと振り向いた。
「それ以上自分に非があるようなこと言っちゃ、頑固な時緒のこった、自分追い詰めて更に出てこなくなりますぜ」
「……
驚き半分、不信半分といった芽依子の視線を受けながら、伊織はゆっくりとした歩調で階段を登っていく。
伊織は苦笑を浮かべながら周囲の面々に会釈すると、真理子を見つめた。
「おばさん、この局面、ちょっち俺に任せて欲しいんすわ」
「えっ!?」
不信の色を一層深めた表情、抗議の顔付きで、芽依子は伊織を見た。
私だ。時緒を解放するのは、私でありたい。
芽依子はそう思った。
それは、芽依子自身も驚くほどの、時緒に対する独占欲であった。
「私がやります………!私は時緒くんの…、だから……そばにいてあげないと!」
「その思いやりが、今の時緒には
「……!?」
芽依子の顔面から血の気が失せる。
伊織は、その日焼けた顔から笑みを消した。
「……悪いお嬢。お嬢と同じように……いや、お嬢ほどじゃねえかもしれねぇが、俺にとっても時緒は大切な友達なんだわ」
「…………」
「だから、俺に任せてくれ。頼むから……」
「…………」
暫く、涙ぐんだ目で芽依子は伊織を睨んだのち……。
「……芽依」
真理子が、芽依子の肩を優しく叩いて、伊織に任せるよう窘めた。
やがて、冷静になった芽依子は気付く。
伊織もまた、時緒の幼馴染なのだ。
己が故郷に、"遠い所"に帰還した間、この伊織という少年は、ずっと一緒に、時緒と過ごして来たのだ。
羨ましいと思うほどに。時緒のこれまでの時間を過ごして来たのだ。
よく、よく考えて芽依子は決意する。
心の中で悔恨の地団駄を踏みながら。
「……はい」
そう頷くことが、今の芽依子に出来る精一杯の動作であった。
****
「ふう……アメノタヂカラオになった気分だぜ」
そして、伊織は独り自嘲の笑みを浮かべる。
芽依子や真理子達は基地の会議室へと退がらせた。ハッチから出た途端、大勢の人に見つめられたら、時緒は更にどうにかなってしまうと思ったからだ。
キャットウォーク上にいるのは、伊織と、もう一人。
「……何で俺が
己を指差して佇む整備班長、千原 茂人である。
「俺一人でもアレだし。それにチバさん、迫力が無いっすもん。時緒出しても驚かんでしょ」
「すっげぇショック……」
「本来なら牧さんか嘉男さんあたりにお願いしたかったんすが……今日いねえし」
「……しかも代打かよ……」
己の存在意義は何か?塩っぱい顔をしながら、茂人は伊織へと問う。
「……で?どおすんのよ伊織ちゃんよ?俺素っ裸で踊るか?」
「いやいや!」伊織は笑って見せた。薄暗い格納庫内に、伊織の白い歯がきらりと光る。
「チバさんは時緒が出てきた時、『心配したぞバカタレ〜』とでも言ってやって下さい」
「それだけで良いの?」
「良いの良いの!つーかそのフレーズ大事なんで!」
「……それならやっぱり芽依子タンの方が良くね?」
「……だからお嬢が出るのは悪手ですって。それじゃ……」
伊織の手合図に茂人は頷き、キャットウォークの隅へと退がる。
そして、伊織はコクピットハッチのすぐ傍に腰を下ろすと、携帯端末の通話機能を起動させた。
送信先は勿論、時緒である。
「…………」
呼び出し音が、伊織の鼓膜をくすぐる。
しかし、肝心の時緒は通話には出てこない。
「…………」
十秒経ったか。
「…………」
二十秒経ったか。
出てくれないか。伊織が心の隅でそう思った。
その時ーー。
『…………』
不意に呼び出し音が止まり、無機質な電子音の代わりに聞こえてくるのはーー。
すすり泣くような呼吸音。
「時緒……?」
『…………』
返事は返って来ない。だが、時緒は通話に出てくれた。
嬉しくなった伊織は茂人にピースサインを送る。
茂人もまた、安堵の笑みを浮かべて、両手で大きな輪を作った。
「時緒、無理に喋んなくても良い。お嬢やおばさんも心配してたが……退がらせた。聞くだけ聞いてくれ……」
『…………』
受話器の向こうから、時緒の溜め息が聞こえてくる。
伊織は、逸る気持ちを懸命に抑えて、ゆっくりとした口調で、ハッチの中の時緒へと話し掛ける。
「何か……大変だったな…?」
『…………』
「実はよ?気付いてたんだよ俺。最近、お前……何か調子悪そうだなって……」
『…………』
伊織は笑って、エクスレイガの、汚れた装甲を叩いた。三三七拍子のリズム。
生臭い泥が手に付いたが、そんな物、今の伊織にはどうでも良かった。
「時緒よ?ちょっと俺よ?小学生の時を思い出したんだわ」
『…………』
「昔の俺さァ、凄えデブだったじゃん?それで、一年の頃クラスの奴らにからかわれてさァ。やれブタだの、やれ肉団子だの、やれアブドラ・ブッチャーだの。あぁクソ……思い出しただけで腹立ってきた……」
『…………』
「でもよ、お前は違ったよなァ」
伊織は、満面の笑顔を浮かべ、天を仰いだ。
「お前、メチャ怒ってからかってた奴ら追い払って、一緒に遊んでくれたよな?初めてお前と遊んだ時覚えてるか?仮面サムライダーごっこ」
『…………!』
「俺いつもザコ敵役やらされてたけど…、お前は俺にサムライダー役やらせてくれたな!嬉しかったぜ!」
『……っ』
「それから毎日お前と遊んで!佳奈美と会って!律と会って!二年の時に正文が転校して来て!お前達に付き合って夕方まで遊んでたら、いつの間にか痩せてたわ!」
深呼吸を一つして、伊織はハッチを、その中にいるであろう時緒を見遣った。
「……なぁ時緒よ?」
『…………』
「そろそろよ?いい加減俺に
『……?』
受話器の向こうから、驚いたような息遣いが聞こえて来た。
「いつもお前に恩返ししてえと思ってんのによぉ……お前、他の奴ら助けてばかりでよ…隙も見せやしねえ!」
『…………』
「かと思ったら、とうとう巨大ロボに乗って宇宙人と戦い出しやがった!恩返しどころの話じゃなくなっちまったと思ったね!」
冗談のつもりで、時緒に発破をかけるつもりで、伊織はエクスレイガを軽く蹴る。
茂人が凄まじい形相で睨んできたが、伊織は見て見ぬふりをした。
「時緒……」
『…………』
「出てこいよ時緒。そうだ…!今日家に泊まりに来いよ。どうせ明日は休みだし、コーラでも飲みながら色々話そうぜ!」
『……!』
「言いたいこと、言えなかったこと、俺にぶちまけてみろ!かかって来いよバカ時緒!お嬢たちには内緒にしてやっからよ!」
『……!』
「バカ……おいバカ!昔、お前がしてくれたようによぉ!俺の事もお前の支えにさせてくれよぉ……良い加減よぉ!」
ごつん。エクスレイガの中で、微かに音がした。
「……!」
伊織が。
茂人が。
緊張の面持ちで見守る中ーー。
ゆっくり、ゆっくりと……。
頑なだったエクスレイガのコクピットハッチが……開く。
「………………ごめん」
ハッチの隙間から、時緒が、泣き腫れた酷い顔を覗かせた……。
続く
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