猪苗代戦線異常アリ!?



「……と言う訳で、今日開戦か。僕達は高みの見物と行こうじゃないか」

『こちらにもラヴィーから連絡がありました』

「……ていうかダイガ、今君何処に居るのよ?」

『……私はイナワシロ湖畔の別荘を借りまして……今其処に。あ、ちなみに妻には内緒でお願いします……』

「全く……君の子煩悩さを僕は見くびってたよ。【聖剣カリバー】の鍵も、もうあの子に渡したそうじゃないか!」

『もともとエクスレイガの追加兵装として妻と開発した武器モノです。問題は無いかと……?』

「う〜〜ん……剣として使うだけならいいか……。皇帝権限こちらで封印させて貰うよ?いきなりエクスレイガをチート化させたらつまらないだろう?」

『お任せします』

「……おっと!誰か来たみたいだ。ダイガ、通信を終えるよ」

『……陛下、長湯にはお気を付けて。昔、マサナオと我慢比べをして酷い目に遭ったので……』


 ………………。


 …………。


 ……。



「おや?おはようございます」


 中ノ沢温泉【平沢庵】、男子露天風呂。


 朗らかな挨拶をして来た宿泊客の老紳士に、洋は湯船に浸かったまま、上品な笑顔と会釈をして見せた。



「おはようございます。すみません、一番風呂頂戴しました」

「お気になさらず、早起き者の特権ではありませんか」



 老紳士もまた湯船に浸かると、洋と並んで湯気の向こう、曇天のせいで深みを帯びた猪苗代の山々を眺める。山鳩の間抜けたさえずりが、心地良い。



「午後から雨が降るそうですね」



 洋が何気なく言うと、老紳士は畳んだ手拭いを頭に乗せながらーー



「では、早めに所用を済ませて、雨音を聴きながら昼風呂といきましょうか」

「風流ですねぇ……」



 ぱしゃりと音を立て、老紳士は湯で顔を洗うと、皺を深くして笑った。



「自然の囁きに耳を委ね、名湯を楽しむ。もし戦争が終わったら、是非とも異星人さん達にも堪能して貰いたいものですなぁ……」

「違いない!」



 洋の応答に気を良くした老紳士は、顎の下まで湯の中に沈みながら、一昔前に流行した歌謡曲を口遊み始めた。



 

 洋は、老紳士に聞こえぬように、小さく、こそりと呟いたのだった。





「……もうとっくに堪能してますよ。からね……」




 ****




 数時間後。イナワシロ特防隊基地、エクスレイガ格納庫。



「……という訳でぇ!この【格闘戦スパルタンユニット】はぁ!やっとこ昨日完成したエクスレイガの近接戦特化ユニットでぇ!」



 エクスレイガを見上げながら、真理子はタブレットを片手に背後の時緒へとべらべら説明を垂れた。


 今現在のエクスレイガのシルエットは、今までとは大分異なっていた。


 注目すべきは、両腕に装着されたスパイク付きの巨大な籠手である。



「この【スパルタン・ナックル】は剣や銃を握ったりするマニピュレータじゃねえ。相手を殴る。握り潰す。文字通りの闘拳ナックルだ。モードチェンジでドリル形態にもなる」



 背後の時緒からの返事は、無い。



「更に、このナックルはブースターで射出が可能だ。ルリアリウム・エネルギーの放出が増加した分、精神力を上手く制御し……、」



 ぱさりと音がした。


 真理子が振り返るとーー。



「…………」



【スパルタン・ユニット取り扱い説明書】と印されたファイルを拾いもせず、時緒は、ただただ天井を眺め、呆けていた。


 文字通りの上の空、である。



「……おい」

「…………」

「……おいこら」

「…………」

「おい!デレスケ!」

「ばっ!?」



 頭で弾けた真理子の声に、時緒は我に返り、周囲を慌てて見渡した。



「此処は……?ああ……基地かぁ……」

「基地かぁ……じゃねぇよ!!」



 突如真理子の羽交い締めを受け、時緒は目を白黒させた。



「おめえ良い根性してんな!」

「が、母さん!苦じい!!」

「説明聞いてたか!?ああ!?」

「き、聞いてた!」

「じゃあ言ってみろよ!!」

「……………………」

「はいっ!聞いてねえ!!」



 時緒の首から肩を締め上げる、真理子の力が強さを増した。


 強靭な母のパワーに、時緒はおよそ五分間、後悔の悶絶をし続けた……。




 ****




「エクスレイガ……発進します」



 眩い翡翠色の光を放ち、エクスレイガは飛翔する。


 発進の衝撃に、基地周囲の木々が揺れ、会議室の窓ガラスががたがたと揺れた。



「衛星軌道上のルーリア城塞から暗号通信。三日前、昨日と同じ波長」



 ノートパソコンの操作しながら、芽依子は真理子を見遣った。



「解読して頂戴」

「解読します……。『拝啓イナワシロ特防隊の皆々様。スキヤッキーが恋しくなる今日この頃、如何お過ごしでしょうか?』」



 会議室に居た薫とキャスリンが笑いを噴き出した。真理子も苦笑する。



「……シーヴァン君も律儀だねぇ」

「続けます。『たった今、我が盟友ラヴィーがイナワシロ目指し出陣致しましたので、どうか宜しくお願いします。トキオ君のご健闘、楽しみに拝見させて頂きます』」

「…………」



 "トキオ君のご健闘、楽しみに拝見させて頂きます"


 この語句に、真理子は眉をしかめ、溜め息を吐いた。


 最近、時緒の様子がおかしい。


 そう感じていたのだ。



「時緒くん……大丈夫かしら?」



 それは、芽依子も同様であった。


 最近の時緒は笑顔を見せてくれない。


 会話をしても、芽依子の顔を見てくれない。


 それは芽依子にとって、酷くもどかしい物だった。



「失礼しまっせ〜」



 突然、会議室のドアが開いたので、真理子達は少しびっくりして振り返る。


 現れたのは伊織だった。



「伊織?どうした?」



 真理子の呆れた問いに、伊織は苦笑にウィンクを重ねて答えた。



「ああ……いや。親父が裏磐梯こちらがわに用があったんで、途中に下ろして貰ったんすわ」

「おいおい……一応此処は防衛組織の基地だぜ?」

「え?でも大迫さんが入って良いって……」



 「あのおっさん……」真理子はがくりと身を傾ける。



 入ってしまったら仕方がない。追い出すのも気が引ける。


 一応、今は戦闘中である。何かトラブルがあっては叶わない。


 見学は良いが、大人しくしているように。


 真理子は伊織にそう注意しようとしたが……。



「いや、最近時緒が変なんで……気掛かりだったんスよ」



 伊織は恥ずかしそうに後頭部を掻きながら言うので、真理子は注意することをやめ、見学のためのパイプ椅子を持って来ると、がちゃがちゃ音を立てながら伊織の前で設置した。



「ちょっと待ってろ。コーラで良いか?」

「ああっ!お気遣いなく!!」



 ほんとうに、時緒は良い友達を持った。


 真理子はそう思わずにはいられなかった。




 ****






 エクスレイガが、衝撃と共に猪苗代の町へと着地する。


 曇天はいつからか泣き出していて、猪苗代の大地を、エクスレイガの装甲を雨水で濡らし始めていた。



「……!」



 時緒は顔をしかめる。


 ーーエクスレイガの動きが、鈍いように感じたのだ。


 追加兵装のせいか、一挙一動が重苦しい。



「集中、集中……!」



 時緒は思い切り首を振り、エクスレイガを動かす事に、戦闘に全神経を集中させようとする。


 だが、頭の中がもやもやして仕方がない。


 胸がざわついて仕方がない。


 気を抜くといつぞやの夢を思い出してしまう。脳内で裸の芽依子が微笑みかけてくる。


 時緒は己の心境をどう割り切って良いか分からず、エクスレイガのコクピット内で独り困惑した。


 その時ーー。



『お待たせ』



 コクピット内に、少年の声が響く。


 後頭部を爪弾かれたような感覚に時緒は慌てて上空を見上げる。


 雨雲の中から、巨大なヒトの影が降りて来ていた。


 いや、ヒトの形にしては酷く歪だ。


 起き上がり小法師に、巨大な腕を取り付けた。そんな形をしていた。


 時緒は息を呑む。


 あれが、新たなルーリア騎士の駆る騎甲士ナイアルド


 何という豪胆な威容か。


 あの剛腕は、きっとエクスレイガの追加兵装ナックルと同じ性能を保有しているだろう。あの巨拳で殴られたら、果たして今の自分の不安定な精神力で太刀打ち出来るのか。


 時緒のざわめきが高鳴る。


 困惑、緊張、恐怖がじくじくと時緒を支配していった。


 ずず……ん。地面を重く震わせて、騎甲士ナイアルドが猪苗代へと着地する。


 雨に濡れる深緑色の装甲にルリアリウムの光を纏い、兎耳めいた頭部を携えたその騎甲士ナイアルドは、黄色く瞬く四つ眼でエクスレイガを睨む。



『改めて、僕はラヴィー・ヒィ・カロト。これは僕の愛騎【ゴーラグル】……!』



 ゴーラグルの巨拳がゆっくりと持ち上がり、エクスレイガへ向かって突きつけられる。


 凄まじいラヴィーの気迫に、時緒のルリアリウムが淡く光って感応した。




『こうして相見える刻を楽しみにしていたよ。エクスレイガ……そして、トキオ……!』

「ラヴィーさん……!」

『シーヴァンとカウナを退けた君とその騎体……この僕が打ち砕く!そして……!』




 ーー僕の力を認めさせる!ーー



 大地を踏みしめるゴーラグルの、操縦席の中。


 ラヴィーは不退転の覚悟をエネルギーへ変換える。


 ゴーラグルの巨腕が、雨そぼ降る猪苗代の宙を凪いで、震わせた。




 続く

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