第二十八章 ラヴィーの重圧

困惑




  『ラヴィー、お前はどんな大人になりたい?……』




 ****





「では、今度こそ僕の出陣…で、良いですか?」

「うゅっ!」



 航宙城塞【ニアル・ヴィール】謁見の間。


 ラヴィーの強い視線に、ティセリアは大きく頷いた。



「ラヴィー!エクしゅレイガをやっつけて!トキオのおバカを今度こそ今度こそ連れて来てぅ〜!」



 地球製のスナック菓子をもそもそ頬張りながら、ティセリア声高に叫ぶ。


 掃除したばかりの絨毯に菓子の食べかすが飛び散り、ティセリアの背後に仕えていたリースンとコーコは塩っぱい顔をした。



「はい……!拝命、ありがとうございます!」



 改めてラヴィーは、深く深くティセリアに傅いて見せる。


 カウナに先を越されたが……。


 今度こそ、今度こそ自分の番。


 息巻くラヴィーの傍に、筆頭騎士である同胞、シーヴァンが立った。



「皇帝陛下と総騎士団長からも連絡があった。『戦闘行為は全部任せる』とさ」

「じゃあ……お言葉に甘えて、好きにらせて貰うよ……」



 ラヴィーの応えに、シーヴァンはその切れ長の目を細めた。



「ラヴィー、カウナにも言ったが、トキオは俺の弟みたいなものだ。負かすのは良いが、…あまり虐めてくれるなよ?」



 時緒に対するシーヴァンの言い様に、ラヴィーは苦笑せざるを得ない。


 呆れた、何という過保護ぶりだろう……。そんなことだから前回ティセリアの顰蹙を買ってしまうのだ。


 だが、そんな茶目っ気のある所がシーヴァンの良い所である。


 ラヴィー自身も過去に何度かシーヴァンの世話になったことがある。



「まぁ……エクスレイガの首級と一緒にトキオあの子連れて来るつもりだから、楽しみにしていると良いよ」

「うゅ〜〜ん!ラヴィーがんばえ〜〜!!トキオのアホを連れて来るぅ〜〜!!」



 口の周りにスナックの欠片をくっつけたティセリアの声援を背に受けながら、ラヴィーはシーヴァンに闘志に満ちた笑顔を投げ付けると、転送装置によって、光の粒子となり消えた。


 自らの騎甲士ナイアルド【ゴーラグル】の最終調整をする為、格納宮へと転送されたのだ。



「ティセリア様!お菓子はもう少し綺麗にお召し上がり下さい!」

「うゅ〜……リースンも食べるぅ〜?」

「え?……あら?……あら美味しい!」

「でしょでしょ〜!コーコも食べよぅ〜?」

「わ、私はダイエット中で…、あぁでも美味しそう……。……やっぱり食べます!」



 さくさくさくさく、ティセリア達が織り成す軽快な咀嚼音の合奏を聴きながら、シーヴァンは謁見の間の窓いっぱいに映る、蒼く輝く地球を見つめる。


 そして、一人想う。



(ラヴィーはあらゆる攻撃を防御する、ティセリア騎士団最堅の騎士だ。俺やカウナの時のような正攻法では敗けるぞ……?)



 地球の青を纏って、シーヴァンの瞳が期待に爛々と輝いた。



(さぁ……今回も楽しく拝見させて貰うぞ。トキオ……!)




 ****



 猪苗代町。椎名邸。午後八時。



「う〜〜〜〜〜〜ん」



 サガサターンのコントローラーを握りながら、時緒は眉をひそめて小さな呻きをあげた。


 悶々する。胸がざわめいて、何一つ集中出来ない。



(チュウとか、一緒にお風呂とか?)

(こんな勇猛な若者になら、娘を任せて良い!)



 芽依子の父、洋の言葉を思い出す度に……。



「…………っ!」



 芽依子の艶姿が時緒の脳内を甘く妖しく駆け抜けていく。



「あがぁぁぁぁ…!」



 たちまち恥ずかしくなった時緒はコントローラーを放り、破廉恥に紅くなる己が頬をぺちぺち叩いた。



『十年早いんだよぉーーっ!!』

「あっ!?」



 テレビ画面の中で、時緒が操作していた忍者が、道着の青年の猛攻に打ちのめされ、石畳に突っ伏していた。



「あぁ……」



 すっかり遊ぶ気が失せた時緒は、気怠げな動作ゲーム機の電源ボタンをオフにした。



『やあ!俺はエクスレイガだよー!!』



 切り替わった民放のチャンネルでは、最近グラビアアイドルと婚約した二枚目俳優が、青と白に塗ったダンボール箱を着て、ラップの芯を振り回していた。時緒の十八番おはこルリアリウム・ブレードのつもりなのだろう。


 共演者や観客達が大笑いしている。


 時緒は何やら馬鹿にされている気がした。面白くない……。非常に面白くない……!



「そんなんじゃないやいっ!!」



 俳優の甘いマスクにあかんべーをして、テレビの電源を半ば乱暴に押し切った。


 自分でも皆目見当がつかない苛立ちが、更なる苛立ちを呼んで、時緒の内に荒波を立てた。



「ふう……」



 その時、居間の戸ががらりと開いた。


 浴衣姿の芽依子だった。


 芽依子はタオルで髪の水気を拭きながら、



「時緒くん、お風呂空きましたよ」

「ぎょっ!?」



 肌を撫でる芽依子の優しい声に小っ恥ずかしくなった時緒は、胡座をかいたまま一メートル程飛び跳ね、畳の上をくるくる回り、座布団の上に正座する形で停止した。



「おばさまとお父様は平沢庵で飲むと、……どうかしました?」

「イエ……ベツニ?ダイジョウブデスワ」



 時緒の変な返事に、芽依子は小首を傾げる。


 穏やかではない心内を見透かされそうで、時緒は引き攣った返事しか出来かった。



「大丈夫な顔ではないですよ?お顔が真っ赤じゃないですか!どれ……お姉ちゃんに見せてください!」



 時緒の異常を察した芽依子は時緒へと歩み寄り、時緒の額に手を当てた。



「ぃ……っ!」



 時緒の身体が粟立つ。


 芽依子の手の柔らかく、何と心地良い事か。


 健康的な肌はしっとりと湿り気を帯びて色っぽく、浴衣の胸元からは汗ばんだ谷間に時緒の眼球は釘付けになってしまう。



「ぅ……ぁ……!」

「うん……?熱は無さそうですね。鍛錬のし過ぎかしら?明日は少し優しいメニューを……」



 芽依子の総てが。


 今の時緒には刺激が強過ぎる存在ものであった。



「どうしました?時緒くん?」

「へあっ!?」



 芽依子に尋ねられて初めて、時緒は自分が芽依子をじっと見つめていたことに気がつく。



「私の顔に何か付いてますか?」

「い、いえっ!何も!」



 時緒は慌てて立ち上がった。


 意図せず鼻息が荒くなってしまう。己を制御出来ない。



「何も付いてません!何も!いつもの…いつものです!」



 時緒はそう口走ってしまった己を呪った。


 しかし時、既に遅し。



「…………」



 芽依子は点になった眼で時緒を見上げたまま硬直していた。風呂で火照っていた肌が更に赤くなっていく。



「お、お風呂入って来ます!」



 逃げるは恥だが、耐えられない。


 時緒は居間を飛び出した。まるで、先程までゲームで操作していた忍者のように、宙で二回転し、足音一つ立てずに風呂場へと駆けた。



「…………」



 居間に、唖然とした芽依子を独り残して……。



「時緒……くん?」





 ****




『おおラヴィー!久しいな!』



 ニアル・ヴィール内の自室にて。


 立体映像として映る小太り気味の中年ルーリア男性に、ラヴィーは静かに頭を下げた。



「お久しぶりです……父さん」



 中年男の名は、〈クルト・ヒィ・カロト〉。


 ルーリア銀河帝国随一の騎甲士ナイアルド製造会社【カロト社】の社長。ラヴィーの実父である。



『先日本星こちらに帰って来たって?ソビル専務から連絡があったぞ?』

「はい……」

『水臭いじゃないか。家に帰って来ても良かったのに。母さんも心配していたぞ?』

「いえ……。友人の新型騎を受領しに戻っただけなので……」



 息子の何処か余所余所しい態度に、クルトは哀しげに眉をひそめた。


 しかし、ラヴィーの態度を咎める度胸は、今のクルトには無い。


 咎める理由も、咎める資格も無い。クルト自身はそう思っていた。



『ち、地球はどうだ?面白いことはあったか?』

「明後日、エクスレイガと戦うために、出陣いたします」

『エクスレイガ!それは良い!エクスレイガは本星でも話題になっているぞ!きっとお前の将来の夢の可能性を拡大する…、』

「将来の……夢の……可能性?」



 ラヴィーは、少女にも見える瞳を、冷たく細めた。



「僕の未来はただ一つ。カロト社を継ぐことです」

『ラヴィー……!そんなに急くことは……、家に縛られることは無い!お前の道は……、』

「出陣の用意が未だありますので……失礼します」

『ちょ、ラヴィ……、』



 父の映像を半ば一方的に打ち消して、ラヴィーは柱にもたれながら息を吐く。


 ふと、思い出す。


 幼い頃、よく自分の頭を撫でてくれた人を。


 今もう、どこにもいない人を……。




 (ラヴィー、お前はどんな大人になりたい?)



 耳朶の内に蘇る言葉に、ラヴィーは独り呟いた。



「僕は、貴方の代わりに家を継ぐんだ……。……」






 続く

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