口は災いのもと



「イナワシロ特防隊の皆さんお疲れ様です!はじめましての方ははじめまして!久しぶりの方は久しぶり!斎藤 洋さいとう ようと申します!どうぞ、宜しく!!」




 エクスレイガ格納庫にて整列する時緒達イナワシロ特防隊の面々に、白スーツの紳士、洋は爽やかな笑顔を振り撒いた。


 はて、突如現れたこの紳士は何者か?時緒や茂人を筆頭とした整備班員は頭を傾げる。


 そんな時緒達とは対象的に、麻生や牧、卦院と嘉男はうきうきとした笑顔で洋を見ていた。無邪気な笑顔だった。大人にもあんな笑顔が出来るのかと、時緒は少し感心した。



「えー、こいつは私の学生時代からの悪友ダチでぇ……」



 ガキ大将めいたにやけ面で、真理子は洋の肩を叩く。真理子の横では、芽依子が顔を赤くして縮こまっていた。



「イナワシロ特防隊、最大の出資者パトロン。そして……芽依の親父だ」



 時緒と整備員達の気迫が一気に高まった。


 特防隊の出資者にして、しかもアイドル的存在である芽依子の父親……!


 不様は見せられない。嫌われたら一大事だ。時緒は汗臭いパイロットスーツを、整備班の面々は薄汚れくたびれた作業着を可能な限り整えた。



「改めまして、父です……」赤面した芽依子が洋の傍に立ってお辞儀をした。



「皆さん、娘の芽依子がいつも世話になっております。世間知らずな娘ですが、どうかこれからも仲良くしてやってください!」



 芽依子の肩を軽く叩きながら、ヨハンは頭を下げた。


 成る程、ああして並ぶと似ている。目尻がそっくりだ。


 父親似の娘は健やかに育つ。そんなジンクスを思い出した時緒は納得の首肯をした。



「エクスレイガの全パーツ費用は勿論、イナ特の各種備品、電気代、ガス代、弁当代、会議室にいつも置いてある【ままどおる】の代金も全部このヨハ……じゃなくて洋が出資している」

「「なんですと!?」」



 「媚びといて損はねーぜ?」と真理子はいやらしい笑みを浮かべた。


 整備班員達のどよめきが大きくなる。


 自分達の神聖な職場の森羅万象が、目前にいるこの優男の恩恵による物だった。



「エクスレイガのパーツ費用が…!?」

「五日間……毎回バリエーション豊かな弁当が食えるのはこの人の……いやこの御方のお陰!」

「仕事後の【ままどおる】には何度心を救われたことか!」



 時緒と整備班員達は改めて姿勢を正し、後頭部を掻いて照れている洋に頭を下げた。



「「パパさん、ありがとうごっざいまーす!!」」



 タイミングはばっちり。一糸乱れぬ綺麗な礼だった。


 対する洋は満足げに頷きながら、横の真理子を目をやった。



「良い部隊チームが出来てるじゃないか!」



 真理子は親指を立てて、白い歯を見せて頷いた。




 ****




「という訳で!今日は我らが斎藤 洋パトロン様が御見学なさる!良い仕事したら夏のボーナス増額だそうだ!お前ら、キリキリ働けぇ!!」

「「サー!イエッサー!!」」



 ボーナス増額!真理子のその言葉に整備班は発奮した!


 鍛錬を積んだ時緒ですら視認しづらいスピードで解散した整備班は、エクスレイガ本体や武器の整備をてきぱきとこなしていく。数人は格納庫を出て、シースウイングがある第二格納庫へと走っていった。


 一方、一人残された時緒は、やることが見つからず、呆と宙を眺めた。


 格納庫を舞うホコリが陽光を反射して、キラキラと綺麗だった。若干不衛生だが……。



「はい、時緒くん。シュミレーションお疲れ様でした」

「お?おお!ありがたい!」



 駆け寄って来た芽依子が差し出したドリンクボトルの眩しい白が、時緒を現実へと引き戻す。


 ボトルに刺さったストローを啜ると、冷たい芽依子特製の青汁が、模擬戦闘で火照った時緒の身体を心地よく冷やしてくれる。



「時緒くん、美味しいです?」

「う〜〜ん不味い!もう一杯!」

「はいはい」



 溌剌とした時緒のコメントに気を良くした芽依子は、水筒からどろどろした青汁を時緒のボトルに注ぐ。


 そんな時緒達の視界端では、格納庫の入り口近くで洋が麻生と握手を交わしていた。



「アソウ先生、お久しぶりです!」

「おお……おお!こんなに立派になりやがって……!」

「はは……。まだまだ先生の足元にも及びません」


 洋の手を両手で硬く握る麻生の、その目尻には、薄らと涙が滲んでいた。



「洋!ゆっくりしていってくれよ!」

「全く!あのヘタレが偉くなったもんだぜ!」

「洋さん!ヘイチュウありますよ!洋さんが昔よく食べてたヘイチュウのイチゴ味!」



 牧、卦院、嘉男が順番に洋の背を小突くと、洋は社交性や建前の一切を排除した大声で笑った。


 心の底から楽しんでいる笑い声に、聞いていた時緒も、段々と楽しくなってくる。



「優しいお父さんじゃないですか」



 時緒がそう言うと、芽依子は顔を赤くして口を尖らせた。



「子供がそのまま大きくなったような人ですよ。忙しないったらありゃしない!」

「そうですか?器の大きな人だと思うなぁ!」

「まさか!」



 すると、洋は時緒の方を向いて、ぺこりと頭を下げた。時緒も咄嗟に頭を下げて応える。どうやら芽依子との会話が聞こえていたらしい。時緒は小っ恥ずかしくなった。



「ご両人!何をお話ししていたんだい?僕も混ぜておくれ!」



 麻生達と別れた洋は声を弾ませて、時緒と芽依子の元へと寄って来た。


 軽快なスキップ。身なりは立派な大人なのに、挙動が無邪気だ。



「もう!お父様!もう少し大人しくして下さい!」



 娘である芽依子の苦言にも、洋は何処吹く風。気の抜けた笑顔で、ひゅうと下手な口笛を吹く。



「メイ!これが大人しくしていられるかい!僕はイナワシロに来たくて仕方がなかったんだ!その為に面倒な仕事総て片付けて来たんだよ!」

「そのやる気を普段の生活にも活かして貰いたい物ですね!」



 じとりと睨んでくる芽依子の視線を躱し、洋はずっと蚊帳の外でぽかんとしていた時緒の肩を元気に叩いた。



「う〜〜ん…!やっぱり大きくなったもんだ!もう立派な男の子じゃあないか!」



 時緒の頭から爪先までまじまじと眺め、感嘆の声をあげる洋に、時緒は恥ずかしくて、ただ苦笑するしかない。



「は、はあ……ありがとうございます……」

「以前会った時はもう小さかったのに!君は忘れてしまったかもしれないけど、僕は小さい君と温泉にも入ったこともあるし、オムツの交換やボール遊びもしたことあるんだよ!」

「さ、左様で……」

「いやぁ〜〜!ホントに大きくなった!」

「はぁ……」


 顎に手を当て、洋はぐるぐる旋回しながら時緒を眺める。


 時緒は困惑した。まるで珍獣か美術品になった感覚で、あまり気持ち良くはない。



「……ところで?」



 急に洋は表情を強張らせて、時緒の耳に顔を近づけ、ひそひそと囁いた。背後で芽依子が怪訝な顔をしている。



「娘とは……メイとはどのくらい進んだ?」

「……はい?」



 時緒は首を傾げた。芽依子とどのくらい進んだか?この御仁は何を言っているのか?



「あの?芽依姉さ…芽依子さんのお父さん?」

「堅苦しいのは抜き。"洋"で結構」

「では洋さん?何を仰られて?」



「はぁ!」洋は自らの額をぴしゃりと叩いて大袈裟なリアクションを取ると、時緒の肩を強引に引き寄せる。



「ナニって!君は娘と一つ屋根の下で暮らしているんだろう!?」



 すっかり洋に気圧された時緒は無言で頷く。



「若い男と女がすることといったら……!」

「いったら?」



 洋は深呼吸を一つしてーー



「……チュウとか、一緒にお風呂とか」



「ぼっ!?」時緒の羞恥心が爆発した。



 この御仁は何を言っているのか!


 芽依子と接吻。


 芽依子と混浴。


 想像力イマジネーション豊かな時緒はたちまち顔を真っ赤に染める。



「ばっばばば!馬鹿を言っちゃあいけませんよ!芽依姉さんはぼぼぼ!僕にとっちゃあ姉で師匠で!そそそそそれにまだ嫁入りで!そんな破廉恥な!!」



 羞恥のせいで喉が渇いた時緒は、ボトルに残った青汁を一気に飲み込んだ。



「いやいや……!そんなことは無いよ……!」



 神妙な面持ちの洋は、大きく首を横に振って、時緒の言葉を完全に否定する。



「僕はね?時緒君?君を買っているのさ……!」

「洋さん?」

「エクスレイガの戦い……本当に見事だった!」

「洋さん?」

「こんな勇猛な若者になら、娘を任せて良い!」

「洋さん!?」

「ぶっちゃけ孫の顔も見たい!!」

「洋さーん!!」



 興奮した洋に、時緒の声は、もう届かない。


 目をぎらぎらと血走らせた洋は、時緒へと更に更に詰め寄った。



「ち、近いっ……!」



 洋の荒い鼻息が顔面に掛かり、時緒は顔を引攣らせる。



「娘はね……!メイはね……!幼い頃君と別れてから……ずっとずっと君のことがぐっ……!?」



 不意に、洋の言葉が途中で詰まる。


 不思議に思った時緒が洋の背後を除いて見ると……。



「……お父様……少々……おいたが過ぎるかと……」



 低く重い、沼の底めいた声を吐きながら、芽依子が洋の首根を掴んでいた。


 芽依子の冷たい微笑に、時緒の股間が瞬時に縮こまった。



「……時緒くん、お着替えをして帰る準備をして下さい……。私はちょっとお父様とお話がありますから……」

「……はい」



 そして、芽依子は洋を、自分の父親を引きずって、格納庫裏の雑木林の中へと消えていった……。



「…………」



 時緒はまたも独りとなった。



「…………」



 時緒は悶々としていた。


 芽依子との逢瀬を妄想してから、時緒の奥底で沸き立ち始めた、もやつき……。


 燻るような、発散したくても出来ない、言葉に表せない感情をどうして良いか分からず……。



「どうしようか?エクスレイガ……」



 時緒は愛騎エクスレイガを見上げる。


 いつもは鋭い印象のエクスレイガの相貌カメラアイが、今は何故か、優しげに時緒自身を見下ろしているように見えた。



 "ゆっくり考えなさい"



 そう言っているように見えた。







「メイ!?悪かった!口が滑った!頼むから僕の首はそっちの方向には曲がらなぐああああああ!!!!」





 磐梯山から吹き下ろす風が木々を揺らす。


 そのざわめきに混じって、洋の悲鳴が聞こえてきた……。





 続く

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