芽依子パパ参上!?
「た、ただいま戻りました!」
「おかえりなさ〜い」
午後六時五十分、椎名邸。
炭火とにんにくの香りを纏わせ、慌てて帰宅した芽依子を、時緒の間抜けな笑顔が出迎えた。
「時緒くん!真理子おばさまは!?」
「
「…………」
「…………」
オヤジギャグをほざく時緒をひと睨みして沈黙させると、芽依子は居間へ繋がる障子戸を開けた。
「……おかえり」
額に冷却シートを貼った不機嫌顔の真理子が、夕食後のデザートであるカップアイスを食べていた。
「おばさま!?そのおデコは!?」
「…………」
芽依子が驚きの表情で問うと、真理子は目をしょぼしょぼさせながら天井の木目を見つめた。
「私悪くねえもん……。アイツが悪いんだもん……」と、ぶつくさ呟きながら……。
「母さん、家に変なでっかい男の人来て、その人に向かって大暴れしたんです!頭に血が昇ってたので冷却シートを貼らせていただきました」
代わりに時緒が、大袈裟な溜め息を吐きながら返答した。
「いやあ大変だった!駄菓子屋のオババが必殺技『極楽梅干大往生』をキメてくれなかったら僕もご近所の皆さんも全滅してましたね!」
「……時緒、余計な事言わなくて良し。さっさと芽依の分のアイス持ってきなさいってんだ」
「合点」
時緒がそそくさと台所へと向かっていったのを見計らい、芽依子は真理子へそっと耳打ちをした。
(おばさま……!先程父からの連絡で……ダイガおじさまが……)
(もう来たよ。ついさっき)
(え!?はやい……!?)
(人が昼寝してたらいきなり現れやがってよ、『時緒に会わせろ』ってよ……。腹立ったから蹴り飛ばしてやったぜ……!)
芽依子は天を仰ぎ、呆れと疲労と、にんにく臭が混ざった溜め息を吐いた。
(おじさまを見る目が変わりそうです……。立派な騎士だと思ってたのに……。いえ、時緒くん想いで好感は持て……ますが……)
(アイツ昔からあんな感じだぜ?硬派に見えるけど、硬派を気取ってるだけの親バカだぜ?いや只のバカだぜ?)
(……数年前、おじさまが仕事中に気絶したのは……?アレはもしかして……?)
(ああ……あれだ……。修学旅行中に時緒が盲腸で入院したこと伝えた時だ……ははっ)
そう笑う真理子の視線の先、テレビの画面には子供に人気のアニメが始まった。
青い猫型ロボットが、頭に取り付けたプロペラで空を気持ち良さそうに空を飛んでいる。
ふと、スプーンをペロリと舐めながら、真理子は芽依子を見つめる。
(そういや、お前の親父は明日こっちに来るんだっけ?)
真理子の問いに、芽依子はたいして興味なさげな顔でこくりと頷いた。
(はい、午前中はテレビの生放送に出演するらしくて……。
(皇帝自ら宣伝かぁ?律儀だねぇ……。基地に直接来いって、明日は飲み会だって伝えといでくれ)
芽依子が頷くと、丁度アイスのカップを持った時緒が玉暖簾をくぐって現れる。
「芽依姉さん、イチゴソーダ味と酒粕味があるんですけど、どっち食べます?へへへ!」
アイスのカップを差し出して、時緒は笑う。
何も考えていないような、実際何も考えていない、気抜けた笑顔。
"人の気も知らないで"
芽依子と真理子は同時に思ったが……。
時緒の笑顔を見ていると、色々と考え詰めていることが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
真理子の心中の刺々しいものが抜け落ちる。
芽依子の母性がくすぐられる。
「えへへ」
芽依子も思わず声に出して笑ってしまった。
(
時緒の笑顔に、怒りが霧散した真理子は独り、寛容の息を吐く。
歳を取って、自分も性格が丸くなったもんだと、真理子は己を嗤った。
「ところで姉さん、どっち食べます?」
「酒粕味をください」
時緒は、芽依子にアイスを渡しながら。
真理子と芽依子の談笑を耳にしながら、ふと思う。
一体、先程の大男は何者だったのか。
「…………」
何故だろうか?
時緒はあの大男と、もう一度会いたい気持ちになってしまった。
****
【
翌日、午後十三時四十五分。イナワシロ特防隊基地。
「来た……!
風を切り裂き、猛スピードで突撃して来たスターフィッシュを、エクスレイガは紙一重で躱す。スターフィッシュの切っ先が、かしゅりとエクスレイガの胸部装甲を掠めた。
「カウナさんのスピードに比べれ……ばっ!」
アスファルトを踏み締めて体勢を整え、エクスレイガは両手に
「毎度毎度串刺しにしてくれて!」
コクピット内の時緒の瞳が闘志の光を放ち、少年の精神力の激流がルリアリウムへ流れ込む。
瞬く間にスターフィッシュの駆体はぐずぐずの粉微塵となり、エクスレイガの周囲にこぼれ落ちて消えた。
仮想空間の猪苗代は静寂に包まれた。
時緒の視界内に、敵はいない。
「……ふぅ」
意識を集中させるためだけに存在する操縦桿を握る力を緩め、時緒は安堵の息を吐いて……
「…………ふっ!」
音も無く背後から忍び寄って来た
エクスレイガを振り返させること無く。
ブレードはオクトパスの
時緒は顔を顰めた。
(未熟……!師匠なら真芯を捉えていた…!もっと疾かった……!)
時緒は己への不満をぶちぶち呟きながら、ブレードを引き抜く。
エクスレイガの背後で、息の根を止められたオクトパスが崩れて消えた。
『見事だ…!』
すると突然スクリーンが暗転し、一人の青年の映像を、時緒の目前に立体的に投影される。
シーヴァンだった。
『この映像を観ているということは、一定の敵を倒したという事だ。よく頑張ったな、トキオ……!』
「シーヴァンさん!」
映像のシーヴァンが微笑む。
尊敬するシーヴァンに褒められて、時緒は嬉しくて胸が熱くなった。
仮想現実とはいえ頑張った甲斐があるというものだ。
『ハイ……!そういう訳で……!』
いきなり、シーヴァンはおどけた表情でぱちりと手を叩く。
『第2ラウンド、参りまーす……!』
「へ?」
スクリーンがぱっ明るくなり、猪苗代の町並みが映し出される。
「な……!?」
いや、それが猪苗代町だと認識するのに、時緒は少しばかり時間が掛かってしまった。
猪苗代の空を、陸を。
全てをスターフィッシュとオクトパスの大群が埋め尽くしていたからだ。
目測だが、その数はざっと千を超えている。
「うああ気持ち悪い!!」
うぞうぞと蠢く異星兵器の群れを目にした時緒は顔を青くする。時緒は小学四年生の時に異常発生したテントウムシを見て以来、集合体恐怖症だ。
すると、スクリーンの端から、シーヴァンの生首がニュッと現れる。
「ああ!シーヴァンさんも気持ち悪うっ!?」
『驚いたか?トキオ?』
シーヴァンの生首は得意げに鼻を鳴らす。
『お前と以前やったゲームを基に俺が作成したシュミレーションだ。名付けて【エクスレイガ無双】……!』
「エクスレイガむそう!?」
『無数に湧いて来る無人機を片っ端から叩き潰せ。四方八方、油断するな』
「四方八方!?」
改めて時緒がスクリーンの周囲を見ると、兵器群は前方だけでなく、エクスレイガの周囲をぐるりと囲んでいる。
「て、敵が多過ぎる!敵が多過ぎて磐梯山が山に見えない!!」
『あ、そうそう。無人機の一騎一騎には俺の戦闘データが反映してある。中々手強いとは思うが、まぁ頑張れ……!レッツエンジョイ……!』
ウインクを一つ決めて、シーヴァンの生首は消滅した。
時緒は戦慄する。
この、異星兵器群の一騎一騎が、シーヴァンと同等の戦闘力を有している。
時緒の脳内は、恐怖で真白になった。
【
コクピットのディスプレイが無情に開戦を告げる……。
「えっ!?ぶ、ブレード……!いやバルカンで迎撃!?えと!?えと!?」
時緒は焦燥しながら対抗策を打ち出しそうとしたが……判断が遅れた!
!!!!!!!!
刹那、エクスレイガの駆体は、漆黒の雲と化したスターフィッシュの群れに呑まれーー。
「ぎゃあああああああああああああああ!?!?」
ものの二秒足らずで、エクスレイガの勇姿は完全に破壊された。
時緒のやる気諸共、エクスレイガはぼろぼろの、ぼろ雑巾と化した……。
****
「ありゃあ無理ゲーですよ……!何が無双ですか……!シーヴァンさんのお馬鹿め……!」
シュミレーションを終えた時緒は、疲れ切った表情でエクスレイガのコクピットから這い出ると、キャットウォークの上に寝転んだ。
首筋に当たる鉄の冷たい感触が心地良い。
「ららら愛してる〜〜」
階下では、茂人がエクスレイガの右脚をデッキブラシで磨きながら軽快な歌を口ずさんでいる。
(シゲさん、意外と上手いなぁ)
天窓から漏れる午後の陽だまりの暖かさに時緒は呆とした。
邪魔じゃなかったらこのキャットウォーク上で昼寝でもしようか。時緒はそう考え、即座に実行する。
「おや、お昼寝かな?パイロット君?」
ふと、聞き慣れない声がした。
時緒は眠気に閉じかけていた瞼を開ける。
声のする方向に頭を向けると、一人の男がキャットウォークの端に立って、時緒を見て笑っていた。
時緒は慌てて立ち上がる。
男は白いスーツを華麗に着込んだ紳士風の外見だった。亜麻色の長い髪をフォックステールに結わえ、琥珀色の瞳を細め柔和な笑顔を浮かべている。
「ええと……?貴方は?」
首を傾げる時緒を、紳士は面白そうに、己が顎に手を添えて眺めた。
「う〜ん……。取り敢えず君たちの出資者……。そして、君のファン……かな?」
紳士は右手を時緒へと差し出す。
「改めて……、僕の名は〈
「え、えっと……こんにちは」
おずおずと、時緒も左手を差し出す。その手を、洋はがしりと握った。
「はいこんにちは!宜しくね!」
洋の温もりを感じながら時緒は思う。
何故だろう?この紳士、初めて会った筈なのに、初めてな気がしない。
それにこの人の目元、誰かに似ているような……?
訝しむ時緒に、洋は心底嬉しそうなウインクをして見せてーー
「
時緒の眠気は一瞬で吹き飛んだ。
続く
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