愛を取り戻せ!〜You are shock!〜
「追試の結果は……追って沙汰するっ!!」
「「へへーーーーっ……!」」
問題用紙の束を小脇に抱えて、小関教諭は教室から大股で出て行った。
補習授業一日目……終了!
赤点取得者の生徒達の口から、疲れ切った溜め息が間欠泉の如く噴出される。自業自得である。
「にゃ〜……疲れた。
被害者面をして、佳奈美は唇を尖らせ憤慨する。文字を見過ぎてちかちかする目を癒そうと、窓の外に広がる正午の会津若松を眺めた。
澄み渡る青い空。陽光に輝く鶴ヶ城の赤瓦。
まさに行楽日和だ。
時緒達はまだ遊んでいるだろう。
羨ましい。妬ましい。
一秒たりとも学校にいたくないと、佳奈美は急いで鞄に筆記用具を押し込める。
佳奈美の鞄の中はファストフード店の紙袋やらコンビニのレシートやらお菓子の袋やらでごちゃごちゃに乱雑しており、筆記用具は持ち主の思い通りに入ってはくれない。
「なんでこんな事に……」
「ゴールデン・ウイークなのに……!」
「期末で汚名返上しなきゃ……」
「返上じゃなくて挽回でしょ。そんなだから赤点取るのよ……」
「…………」
「…………」
「……いや返上で合ってるよ!」
背に陰鬱な影を落とす
「ぎにゃっ!?」
「きゃあっ!?」
そして、視界の左端、廊下を歩いていた人影と激突した。
「ぎょにゃーーっ!?」と悲鳴をあげ、佳奈美の小柄な身体は廊下をごろごろ転がった。
「にゃへえっ!!」
佳奈美は廊下端に設置された消火器にぶつかって停止した。
いつもならば、猪苗代の大自然で培ったしなやかな跳躍で避けられたのだが、早く帰りたくて焦っていた今の佳奈美には、そんな余裕など無かった。
「……っ!ちょっと痛いじゃないの!廊下を走るなんて非常識ですわ!」
佳奈美とぶつかった人物が、非難の声を佳奈美へとぶつける。
麗しき少女だった。
ロングウェーブの長髪を廊下に垂らし、律と芽依子の中間に位置するような抜群のプロポーション。
群青色のネクタイは、彼女が先輩……二年生である事を意味している。
「ご、ごめんしゃい!」
「全く!なっていませんわ!貴女!学年と名前を言いなさい!」
佳奈美が非礼を詫びると、少女は散らばったプリントを拾いながら佳奈美を睨み付けた。
怖い。逆らうと為にならない。
猪苗代で培った動物的危機察知能力で瞬時にそう感じ取った佳奈美は即答する。
「一年三組、田淵 佳奈美でっす!目玉焼きにはマヨネーズ派です!」
「一年の田淵 佳奈美さんね……。その阿呆面、ちゃんと覚えたわ!」
ふん、と鼻を鳴らして少女は険しい目つきのまま立ち上がる。
「何処まで非常識な子なのかしら!廊下は歩くのが常識、目玉焼きにはポン酢が常識でしてよ……!」
そう言い捨てて、少女は苛立たしげに去っていった。
去り際、佳奈美を流し目でもうひと睨み。
「おぉーー……」
少女に気圧された佳奈美は、数秒ほど少女の後ろ姿をぽかんと眺めた。
そして、たまたま側で一部始終を傍観していたユニホーム姿の野球部員に尋ねてみた。
「すいません、あの先輩どちら様ですか?」
見ず知らずの佳奈美にいきなり話しかけられた野球部員は少し面食らった顔をしたが、険しい顔で少女の後ろ姿を見遣りながら、佳奈美へ説明してくれた。
「知らないのかい?あの人は〈
「生徒会か〜!てっきり私と同じ赤点かと…!」
だらしのない笑顔を浮かべる佳奈美に、野球部員は慌てて「しっ!」と、自らの口の前に人差し指を立てた。
「余計なことを言うな!蛯名副会長は別名〈鬼の副長〉、〈怒る生徒手帳〉と呼ばれている!規律を破った者、意にそぐわない者は徹底的に成敗されるぞ!」
「お〜…かっこいい〜!」
拍手をする佳奈美に、野球部員は心底呆れ、眉間の皺を深くして言った。
「君……とんでもない人に目を付けられたよ……!」
****
鬱蒼とした林道を、嘉男の運転する車がゆるゆると走る。
やがて、車を朽ちかけた一軒の廃ペンションの前に停めると、嘉男は恐る恐る外へと出た。
真理子のパソコンから盗み出した、エクスレイガのデータが入ったUSB電子媒体を握り締めて……!
猪苗代湖畔、磐越西線の翁島駅から車でおよそ五分。薄暗い雑木林に囲まれたこの廃ペンションは別名『幽霊ペンション』と呼ばれている。
猪苗代のみならず全国的に有名な心霊スポットであり、『窓から女が見ている』『地下室に老人の霊が出る』『雑木林に入っただけで取り憑かれる』と、恐ろしい噂の絶えない場所であった。
お陰で連休であるにも関わらず周囲に人影は見当たらない。
恐ろしさと悪寒に耐え忍びながら、嘉男はその場で待つ。先程から感じる視線は、きっと誘拐犯がこちらを伺っている物だ。幽霊じゃない。そう信じて。
五分程経って、背後から重苦しいエンジン音が聞こえて来た。
嘉男が振り返る。黒塗りのハイエースがついさっき嘉男が来た道からやって来て、まるで退路を防ぐように停車した。
「ふっふっふ。ちゃんと一人で来たようですね。感心感心」
車体の後部ドアが開いて現れた男の姿を見て、嘉男の恐怖は霧散、代わりに煮え繰り返るような怒りが嘉男を支配した。
痩せた身体。蛇のような目。時緒と対照的に不健康そうな青白い肌。
嘉男はその男を知っていた。
「青木…祐之進…!」
「おやおや嘉男君?一応僕は貴方の先輩ですよ?ちゃんと先輩と呼びなさい」
くつくつと青木はいやらしく嗤う。
嘉男は掴み殴りたい感情を懸命に堪えて青木を、続いてハイエースの中から現れた青木の部下らしき黒服の男達を見遣って思考する。
薫はまだバンの中か。
そして、嘉男は青木に、青木が姿を見せた時から思っていた疑問を口にした。
「あんた達……なんでボロボロなんだ……!?」
雑木林の薄暗さのせいであまり目立たないが、今の青木は、あちらこちらに土がこびり付き、皺だらけのスーツを纏っていた。
青木だけではない。黒服達のスーツにも至る所に足跡が付いており、サングラスにはひびが入っている。
彼等の顔には、引っ掻き傷がいくつもあった。
「何故ですって!?白々しいっ!!」
突如青木は有るか無いのか分からない程細長い眉を吊り上げて嘉男を睨み、ヒステリックに声を荒らげた。
「貴方は!自分の嫁の躾けかたも分からないのですかっ!!」
青木が指を鳴らすと、黒服の一人が後部トランクのドアを開けて、
「もげーーーーっ!!」
猿轡を噛まされ、雁字搦めにされた薫を取り出した。
「薫ちゃん!!」
拘束されているにも関わらず、薫は髪を振り乱し顔を怒りの紅に染めてもがいている。
元気そうだった。嘉男は少し安心した。
「この女は!食事を与えようとしただけなのに!縄緩めた途端蹴ってくるわ噛んでくるわ引っ掻いてくるわ!たった一晩で部下が二人やられましたよ!」
成る程、嘉男がバンの中を覗くと、顔面痣だらけの男達が震えて泣いていた。
「まるで猪!この田舎娘めっ!」
「もごっ!?」
青木が薫の額をぴしゃりと叩いた。
薫は田舎娘ではない。生まれも育ちもれっきとした
「さあ早く!貴方の妻と交換です!エックスレイガのデータをお渡しなさい!」
「こんな事をして……ただで済むと思うなよ……!」
嘉男は精一杯の脅しをかけたが、青木は腹立たしい大袈裟なジェスチャーで笑い飛ばす。
「警察にでも通報しますか?幾らでもどうぞ?私の権力をもってすれば簡単に揉み消せますので……」
「くっ!」
薫を取り戻すことが先決だ。
嘉男は記憶媒体を青木へ向かって投げつけた。
「ふんっ!確認させていただきますよ!」
青木は腐葉土に落ちた媒体を拾い、部下の黒服が用意したノートパソコンへと挿し込んだ。
「プロフェッサー
パソコンのデスプレイに白衣を着た男が浮かび上がる。えらくのっぺりとした、京茄子みたいな顔をした男だった。
『確認したのであーる!まさしくエックスレイガのデータ!成る程……成る程!エネルギー伝達はこうすれば良いのか!』
興奮げに白衣の男は激しく首を動かす。青木が勝ち誇った笑顔を浮かべた。
『これでボクが!このボクが設計した【
「うーん、プロフェッサー?……やはりあのヒト型兵器を?うーん……趣味ではありませんが……」
『何を言うか!ヒト型にはヒト型!それこそがメルヘン!それこそがロマン!憎き椎名 真理子をぎゃふんと言わせるにはその手しか無いのであるぞ!?』
「そ、その通りっ!お互いあの椎名を憎む者同士!技術面は全て貴方に任せましょう!」
『丁度質の良いテストパイロットも見つけたのであーる!吉報を待つが良いのであるぞ!』
そう豪快に言って、白衣男の映像は消えた。
「確かにエックスレイガのデータ……頂戴しました」
青木は「おい!」と、薫を捕まえていた黒服を顎でしゃくった。
黒服は無言で薫を連れ、嘉男へと引き渡す。
「怪我はありません。御無礼を」
嘉男へ、そっと耳打ちをしながら……薫の拘束を解く。
「薫ちゃん!薫ちゃん!!」
嘉男は慌てて薫を抱き締めた。
薫は初め、自由になった事を自覚出来ずぽかんとしていたが、やがてーー
「よっ……よじおざん!!!!」
薫は小刻みに震えながら、顔面を涙と鼻水まみれにして嘉男と抱き合った。
「薫ちゃん!ごめんよ!怖かったろ!」
「めっぢゃごわがっだぁぁぁぁぁぁ!!」
「よしよし……!何か欲しい物はあるかい……?」
「イケメンがいっぱい出てくる深夜アニメ観たいぃぃぁあ!!あと伊織君ちのフライドチキン食べだい!!」
いつも通りの薫だ。嘉男は安堵した。
もう用無しと断定したのだろう。嘉男と薫が気付いた時には、青木はとっくにハイエースに乗り込み、嘉男達を置き去りに走っていった。
「嘉男さん…」涙目の薫が嘉男を見上げる。
「嘉男さん……エクスレイガのデータ……本当にあのスカポンタンにあげちゃったの……?」
嘉男は無言で頷いた。
エクスレイガのデータを渡すことでしか、イナワシロ特防隊を裏切ることでしか、薫を救う手立てが見つからなかったのだ。
「…………」
薫は黙って、嘉男の胸に己が頭を置いた。
嘉男を責めることなど出来ない。
嘉男は自分を救う為に行動したのだから。
薫は決意する。
自分は嘉男の為に在ろうと。例え世間が嘉男を糾弾しても、自分だけは嘉男の味方であり続けようとーー
「よっ!お疲れ!!」
「二人とも!おひさ!!」
「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」」
突如、直ぐ傍らの茂みの中から、笑顔の真理子と文子が飛び出して来たものだから、嘉男と薫は仰天、夫婦揃ってひっくり返った。
続く
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