一触即発の誠意
ダイガ・ガゥ・リーオがサナリア騎士団に着任したのは、サナリアが十二歳、ダイガが十三歳の頃である。
十三歳?二十三歳の間違いだろう。初めてダイガと対面した時、サナリアは真面目に思った。
それ程ダイガは体格が大きく、眼力が強く、騎士道に忠実なルーリア人であった。
「サナリア殿下、そろそろ王宮にお戻り下さい」
「もう少し良いじゃないのダイガ。もう少しお外で遊びたいのだわ」
「なりません。お身体に障ります」
「最近、調子が良いのよ?」
「なりません」
サナリアは、ダイガが決して嫌いではなかった。
いや、事あるごとに注意してくる、融通の利かないダイガが嫌いになった時もある。
しかしーー
「殿下、白湯をお持ちしました」
「ありがとう。ダイガももう休んで?」
「ありがとうございます。サナリア様がお眠りになられたら、自分も休ませていただきますよ」
いつ如何なる時も、自身を見守ってくれるダイガをサナリアは頼もしく思った。
王宮の侍女達からーー
「目つきが怖い」
「デカくて怖い」
「なんとなく怖い」
「まばたきしてなさそうで怖い」
「目からビーム出そうで怖い」
とダイガへの小言が飛び交っても、それでも自身を見守ってくれるダイガを、サナリアは心強く、自身の騎士であることを誇りに思った。
恋愛感情を抱くことは、無かったがーー。
****
「殿下、皆が心配しております。ニアル・エクスへお戻り下さい」
『イ…イヤ…ッ!』
差し出されたダイガの大きな手を、サナリアは叩き払った。
いつも自分を護ってきた手を払い除ける。サナリアの胸がズキリと痛んだ。心の社交的な部分が自身を恩知らずと糾弾した。
それでも。
それでも。
サナリアは帰る訳にはいかなかった。
許婚とのことを進めたくない。
それもあるが。
今は……。
『マリコ…ッ!』
折角出来た地球の友達と、真理子と、こんな形で別れたくはなかった。
真理子は自分と友達になってくれた。一緒に寝てくれた。美味しい朝食を作ってくれた。
そんな真理子と別れたくない。
こんな、急過ぎる展開で。
「殿下……サナリア様……」
一瞬、ほんの一瞬、ダイガは驚いた顔をして、再び手をサナリアへと向けた。
こんなに頑ななサナリアを見たのは久しぶりだ。
自らの強い意志で行動する、その姿は騎士としてサナリアを見守ってきたダイガにとっては非常に喜ばしい事だ。
しかし。
だがしかし。
地球で行動するというのならば話は別だ。
ダイガは敢えて心を鬼にする。
一刻も早くルーリアに戻らねばならない。
何故ならば、地球は……。
「……おい」
サナリアへと差し出されたダイガの頑強な手を、地球人のシルエットが阻んだ。
忠義心に満ちていたダイガの瞳が、途端に威嚇の色に染まる。
「おいデカブツ。無視してんじゃねえよ」
「……
「…何だァ、てめぇ?」
「ダイガ・ガゥ・リーオ。サナリア様の騎士である」
"邪魔"と言われた途端、真理子の眉間に青筋が立つ。
くつくつと、真理子の喉が鳴った。沸き起こる怒りを抑える為、敢えて笑う真理子の癖だ。
真理子の性格と技能を身に染みて知る猪苗代の不良ならば、失禁必至の表情だ。
しかしダイガは動じない、至極迷惑そうな、子供の悪戯に遭った大人の様な目で、仁王立ちの真理子を睨め下げる。
「…関係無くなんか…ねえ!」
「……何だと?」
「関係大有りだぜ!!」
真理子は懸命な表情でサナリアを抱き締めた。
真理子の温もりが、困惑のサナリアを優しく包み込む。
「サナリアは私の大事な
『マリコ…!』
「私はな!ダチはぜってえに裏切らねえ!ダチが困ってて知らんぷりするなんざ…、会津の女の名が廃るってモンなんだよ!!」
真理子は精一杯に叫ぶ。
サナリアと一緒の風呂、寝床、食卓。
両親を喪った真理子にとって、サナリアとの一晩はとても心地の良いものだった。
異星人?
皇族?
関係無い。
「サナリアは私が護る!騎士だか雉だか知らねえが……やいゴダイゴ!」
「ダイガだ」
「どっちでも良い!私と勝負しろ!どうしてもサナリアを連れていくなら私の屍を越えてからに……しやがれってんだ!!」
そこまで叫んで、真理子は若干後悔する。
今までの口上は、かつて麻生から勧められて観た歌舞伎を参考にしたものだからだ。
邪険にしつつも、結局麻生を父親代わりとして、そして麻生に感化されていると改めて感じ、真理子はほんのり頬を染めた。
『マリコ!カッコイイ!』
背後からぱちぱち聞こえるサナリアの拍手が、マリコの羞恥心を緩やかに加速させる。
「……ダチ?アイヅ?シカバネ?……全く……地球の言葉は無駄に難しくて敵わん」
息巻く真理子を、ダイガはふん、と鼻で笑って見せた。
馬鹿馬鹿しい。
何故にルーリアの騎士である自分が、丸腰の女と戦わねばならないのか。
馬鹿馬鹿しい。
しかし。
「…………」
威嚇の気迫を放ちながらも、ダイガはまじまじと真理子を見る。
サナリアを友と呼び、護ると言った。曇り無き眼で言ってのけた。
「…………」
ダイガは不思議に思った。
真理子を見ていると、何故か心が爽快な気持ちで満たされる。
この気持ちの所以を、ダイガは説明することが出来なかった。
「…………」
呼吸を整える。精神統一。
サナリアに新たな友人が出来たのは、正直喜ばしいことだが、矢張りサナリアは連れ戻さなくてはならない。
それこそが我が使命。騎士とは宇宙道徳を重んじ、使命に忠実でなくてはならない。
だから、ダイガは決心する。
サナリアを連れ戻すには、少々強引だが、最も最良な手段を。
「どうしたデカブツ?かかって来いよ!騎士だから剣でも使うのか?」
ガードレール横の茂みから手頃な長さの木枝を木刀のように構え、真理子は挑発の笑みを浮かべる。
そんなマリコに、ダイガは挑発の返しとばかりに大袈裟な溜め息を吐いた。
そしてーー。
さりげない動作で、こう呟いた。
「……来い。我が愛騎… 《バドゥルバス》 …!」
「……へ?」
真理子の威嚇顔が阿呆面へと変わる。
雷鳴にも似た轟音と共に、黄昏色の巨人がダイガの背後、雑木林の中に出現したのだ。
「……うそん」
真理子は硬直した。
****
「ひぃーーーーっ!?」
バドゥルバスの操縦席内で、ヨハンは驚愕の悲鳴をあげた。
(サナリア様を連れ戻して来ます)
そう言ってダイガが操縦席から降り、姿を消したのはおよそ一時間前。
独り残され、ヨハンは不安だった。
ダイガにはいて欲しい。だが自分も降りてサナリアを探すなど、地球の地を踏むなど真っ平御免だった。どんな病原菌があるか分かった物ではない。
バドゥルバスの中なら安心。自身にそう百回程言い聞かせて安堵したヨハンは、寂しさから来る睡魔に身を任せようとした。
そんな時、急にバドゥルバスが起動、短距離ながら空間転移までしたのだ。
急な空間転移ほどヨハンの心臓に悪い物は無い。
「ヨハン様」
不意に操縦席の一面が展開し、仏頂面のダイガが搭乗して来た。
開け放たれた所から、濃密な草の香りが舞い込んで来る。
ヨハンは目を白黒させた。
「ひぃ!?ダイガ!早く閉めて閉めて閉めて!地球の空気が!地球の汚い空気が入ってくるじゃないか〜〜!!」
「…………」
半泣きのヨハンに無言で頭を垂れながら、ダイガは操縦席を閉じる。
「サナリアはどうしたの!?連れ戻して来るって言ったじゃないか!?」
「予定外のことが起こりました。サナリア様は地球人と接触しておりました」
「ひぃーーっ!!サナリアが地球人と!?たた…大変だぁ!しょ、消毒しなくちゃあ!地球のばい菌が移っちゃうよぉ!!」
ばしばしと後頭部を叩くヨハンに、ダイガは心中で不満の舌打ちをする。
「…ですので…サナリア様には申し訳ないのですが…このバドゥルバスで直接…サナリア様を捕獲します」
「うだうだ言ってないでさっさとやってよ!早く早く早く〜〜っ!!」
ヒステリックに泣き叫びながら、ヨハンは一層強くダイガの後頭部を叩く。
結婚したくない。
改めてサナリアの気持ちが、ダイガは痛い程痛感した。
そして思う。
あのマリコとか言う地球人の方がまだ好感が持てる、と。
サナリアの捕獲にバドゥルバスを用いる。
それはダイガの本心ではない。
サナリアを護ると叫んだ真理子に巨大なバドゥルバスで威圧させ、彼女のサナリアに対する決意を見たかった。見てみたくなった。
それは、時たまに現れる、ダイガなりの悪戯心であった。
****
「クソッタレこの野郎ーー!!」
『マリコ〜!ダイガハ本気ミタイ!!』
真理子とサナリアは戦慄した。
目の前には、黄昏色の装甲を輝かせ、純白の鬣をたなびかせ、四つ目をぎらつかせて猪苗代に立つ機械の巨人。
バドゥルバスが放つその巨大な威圧感に圧されそうになりながらも、真理子はサナリアを抱き止め、精一杯の威勢を張って仁王立つ。
あのルーリア人。
いけ好かない。非常にいけ好かない。
「ゴダイゴてめぇぇぇぇ!降りて来やがれコノーーッ!!」
真理子は巨人に向かって中指を立てて見せる。
騎士と言うから剣を使った決闘をすると思っていたのに、あのような巨大ロボを持ち出すとは。
ズルイ。不公平だ。それが異星人のやることか!
真理子は勢いよく唾を飛ばしながら、バドゥルバスを見上げ叫ぶ。
「この世から女が私一人で!男がてめぇ一人になっても!絶対私は!てめぇの子どもだけは産んでやらねえからなああああああっっ!!」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます