天下分け目の磐梯山





「貴様……、その【文子LOVEハチマキ】…マクベスの者だな?」

「ふ、文子様に栄光あれ…!ぎゃぁあっ!?」



 夏の日差しが刺すように照り付ける猪苗代町内。


 マクベスの構成員を竹刀一振りの下に屠ると、正直まさなおは大きく深呼吸をした。


 磐梯山から吹き降ろす涼しい山風が肺に満ちて、火照った正直の身体を冷ましていく。


 下っ端如きを倒した程度で悦んではいけない。



「未だこの剣腕…文子魔女に届かない……!」



 悔しげに独り呟き、己を律しながら正直は呼吸を整えた。


 町で遊ぶのもここまで。あとはバスに乗り、実家である【老舗旅館 平沢庵】が在る中ノ沢温泉街に帰らねばならない。



(いつも宿の仕事を手伝ってくれるのだから…)

(夏休みくらい遊びなさい)



 これは正直の両親の言葉だが、正直はもう十六歳だ。遊んでばかりでははいられない。旅館の仕事を手伝わねば。


 ゆくゆくは自分が営むことになるのだからーー。


 そう考えながら、正直は大きな入道雲を背負った深緑の磐梯山を見上げた。


 その時ーー。



「む……!?」



 その光景に、正直まさなおは眼を擦り、首を傾げる。


 一瞬、磐梯山麓に稲妻めいた光が奔ったように見えたからだ。



「…………」



 光を目撃したのは正直だけではない。


 自室での受験勉強に一区切り打ち、冷えた瓶コーラを飲んでいた牧も。


 実家の病院の駐車場をぶつぶつ文句を垂れながら掃除をしていた卦院も。


 猪苗代町の交番にて、少し早めの昼食として喜多方ラーメンを堪能していた麻生 彰も。



 そして。



 憧れの歌手、矢沢 永吉のコンサートへ行く資金を稼ぐ為、土産物屋のアルバイトをしていた文子も。


 皆一様に山麓の光を目にしていた。


 彼等の第六感がほぼ同時に警鐘を発する。


 無論、何が起きているか分からない。


 ただ何となく、彼等はそう思ってしまった。



 "絶対、真理子が関わっているぞ"と……。





 ****




「うわぁーーっ!?怪獣だーーっ!?!?」



 真理子の視界の端で、偶々バドゥルバスに出くわしたアベックが裏返った悲鳴をあげ、搭乗していたスポーツカーをUターンさせて退散していった。



「やいっ!やいやいやい!降りて来やがれってんだァ!!」



 真理子は稲光と共に出現したバドゥルバスを指差し、怖じ気など更々無い挑発的な言葉を投げかける。


 しかし、ダイガは真理子に応えはしない。



『姫様、これは最終通告です。我等と共にお戻りを』



 この台詞一辺倒である。



「ち……!」



 頑なに真理子の存在をスルーして、サナリアの連れ戻しを遂行しようとする。そんなダイガの態度に、真理子は怒りつつも、何処か男らしい潔さを感じてしまった。


 だからと言って、サナリアを明け渡す気なんかさらさら無い。彼女の行く途を、決して妨げはしない。



「へっ…!」



 真理子は不敵に笑った


 喧嘩相手は巨大ロボ。


 上出来だ。


 巨大ロボと戦った不良など、後にも先にもこの自分一人だろう。


 そう思うと、心が躍る!


 異星人と友となり、ロボと戦う。我が青春は何と幸福なのか!


 意を決して、バドゥルバスによじ登ってやろうと思った真理子。



『マリコッ……!』



 そんな真理子の半袖シャツの袖を、サナリアの白い手が掴んだ。



「サナリア…?」



 真理子が振り返ると、サナリアが顔をくしゃくしゃにして笑っていた。



『マリコ、アリガトウ…!私ヲ…守ッテクレテ…。私ノ…想イ…受ケ止メテクレテ…!』

「よせよ!私とお前はもう親友ダチだ!水臭えことは無しだぜ!!」



 親指を立てる真理子に、サナリアは大きく頷いてーー



『ダカラ…私モ応エマス!マリコ!貴女ノ勇気ニ!』



 サナリアは胸を飾る翡翠色の宝石に手を添える。すると宝石は内部に幾何学模様を描きながら、眩く輝き始めた。



『オイデ!私ノ騎皇士ロイアード…エクスツァンド!』



 光が真理子とサナリア包み込みーー。



 気付けばーー。



「ほあっ!?」



 真理子はサナリアと共に、白と青の巨人の中に。


 騎皇士ロイアード 《エクスツァンド》 の操縦席なかに居た。



『戦ッテ…!マリコ…!私ト一緒ニ!』

「お……応っ!!」



 サナリアの願いを拒む気など、真理子は微塵も持っていなかった。




 ****






「ひぃぃぃぃぃぃぃ〜〜!!!!」



 うんざりする程甲高く汚いヨハンの悲鳴がダイガの鼓膜を痛めつけた。



「ダイガ何で〜!?何でサナリアが攻撃してくるの〜〜!?」



 バドゥルバスを激しく揺らす振動。


 それは、対峙した主君、サナリアが搭乗している騎体、エクスツァンドの豪快な鉄拳の乱舞に因るものであった。


 ダイガは口を真一文字に結び、バドゥルバスに意思を伝える、操縦桿代わりの宝玉を握り締めた。


 樹海の上を泳ぐように、滑るように低く飛びながらエクスツァンドは騎体をしならせて跳躍、回転、斬り払うような華麗な蹴りをバドゥルバスへと放つ。



「……っ!」



 ダイガはその培われた戦闘経験から、攻撃の軌道を予測する。


 ダイガの意思が反映されたバドゥルバスはその武骨な左腕を掲げ、エクスツァンドの蹴りを防御した。



「……っ!?」



 攻撃そのものは防いで見せたが、衝撃と共に押し寄せる気圧すような気迫がダイガを襲う。


 展開はダイガの予想を外れた。


 だが、ダイガの希望を大きく叶えるものとなった。


 バドゥルバスを呼び出せば、地球人は逃げ、サナリアは降参するとダイガは思っていた。


 しかし、サナリアはエクスツァンドを召喚し、地球人と共に搭乗、バドゥルバスへ攻撃を開始したのだ。


 サナリアが自分で戦いの途を選んだ。


 それはダイガにとって、意外で、しかし、とても喜ばしい事であった。



『見たか〜!ゴダイゴ〜!』



 突如、ダイガの目の前に立体映像が浮かび上がる。


 真理子とサナリアだった。


 サナリアと共に宝玉を握り締めた真理子が愉快げに笑っていた。


 ダイガは溜め息を一つ。



「…自分の名はダイガだ。ゴダイゴとは何だ?地球人は他人の名も覚えられないのか?失礼な奴め」



 ダイガの皮肉に、真理子は舌を出して挑発の表情を浮かべる。



『…ダイガ…私ハ…マダ帰ル訳ニハ参リマセン』



 代わりに応えたのは、真摯な表情のサナリアだった。


 彼女は本気である。サナリアとの付き合いの長いダイガは確信した。



「サ、サナリア〜〜!僕だよ!君の未来の夫、ヨハンだよ〜!!」



 情けない半泣き顔でヨハンはサナリアへ手を振る、がーー



『私ハ…確カニ逃ゲマシタ。我儘ヲシマシタ。御免ナサイ…ダイガ…貴方ニハ迷惑ヲカケテ…』



 当のサナリアはヨハンの存在を完全に無視し、ダイガへ悲痛な、だが、真っ直ぐな眼差しを向けた。



「…………」



 許婚の冷淡な態度に、ヨハンはおちょぼ口で硬直する。



「姫……」

『ダイガ……』



 忠義、友情、愛。様々な感情が混ざり合ったダイガとサナリアの視線が、交錯する。



『デモ、今ハ違ウノ!友達ガ出来マシタ!私ニアッタカイ御飯ヲ作ッテクレマシタ!私ハコノ地球ヲ知リタイ!モットマリコヲ知リタイ!ダカラ…、』

「もう結構で御座います。姫様…!」



 ダイガの瞳が覚悟にぎらつく。



『うっ!?』ダイガの気迫を感知した真理子が渋い面を作った。



 途端、バドゥルバスがエクスツァンドの脚をがっきと掴み、ごうごうと風を斬りながら強く強く振り回すーー



「ならば、自分を倒し、御自らの途を掴んで見せて下さい…!」



 エクスツァンドを、勢い良く放り投げた。



『『…………!!』』



 エクスツァンドの美しい騎体が天高く放られた。


 バドゥルバスに与えられた慣性に逆らえず、エクスツァンドは暫く宙をくるくると無様に舞っていたが……



『てめえ!やってくれたな!』



 エクスツァンドは背中から翡翠色の光の羽を展開させ、空中で体勢を整える。そして、山麓の森へと静かに着地した。


 入道雲の影が、エクスツァンドとバドゥルバスのシルエットを呑み込んでいく……。


「地球人、マリコと言ったな……?」

『嬉しいねぇ…!覚えてくれたかデレスケ野郎!』

「大仰な口を叩いたんだ…。最後まで姫様を護って見せろ…!」

『てめえに言われるまでもねえんだよ!デカブツ!』



 途端、バドゥルバスの両腕から手裏剣状の光刃が展開し、手の付け根を起点に高速で回転する。


 エクスツァンドもまた、狐の尻尾のような背面のスタビライザーから剣の柄を取り出し、身の丈程もある光の刃を出現、その切っ先をバドゥルバスへと向けた!



『かかって来な!ダイガさんよぉ!此処が…天下分け目の磐梯山だぜ!』



 やがて雲が晴れ、再び夏の日差しが樹海に佇む二体の巨人を強く照らしーー


 

「押し通るぜコンニャローーッ!!」

『望む所だ……っ!』



 エクスツァンドとバドゥルバスの、其々の煌めく光刃が交錯、稲妻が奔った……!





 続く

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