平沢庵!ここは地獄の三丁目!?




「んふ〜〜〜〜ん…んふふ〜〜ふふ〜〜…」

「カウナモ…その気色悪い鼻歌やめろ」

「知らんのかリツ?銀河の歌姫 《ブチュゴ・パ・ブチュブッチュ》 の新曲だぞ?」

「知らん!二ヶ月前まで異星人きさまらがいることすら知らなかったんだぞ!」

「てか何スか…?その何かしら潰してるような名前の歌姫ひと……」



 波紋を立てる水田を後方へと流しながら、地味なグレーカラーのワゴン車が夕風を切っていく。


 車内には時緒や芽依子達猪苗代仲良し倶楽部七人と、今や捕虜となったルーリアの騎士、カウナ・モ・カンクーザ。


そして……。



「はぁ、最近連絡してねぇからなぁ……絶対カラんでくるぞアイツ……あぁめんどくせ……あぁめんどくせ…」



 早めのサーチライトを点けて、運転席で真理子は重い溜め息を吐いた。


 イナワシロ特防隊基地を出立した時から、真理子は眉毛を毛虫のように蠢かせてぶちぶちと何かしらを呟いている。その訳を時緒は知らない。


 それどころではない。



「みんなで平沢庵正文ん家に泊まるなんて…ワクワクするなぁ!」

「うん!お家に電話したら、おじいちゃんがOKだって!」



 笑顔の時緒に、携帯端末の通話機能を停止した真琴が嬉しそうに頷いた。



「あ、母さん?そこのT字路で少し停めて?」

「酸川橋の所か?何だ?ガソリンスタンドの跡地しかねえじゃねえか」

「その跡地使って面白いもの売ってるお店があるんだよ。百日限定なんだ。ちょっと見て良い?」

「しゃあねぇな〜」



「芽依子さん、お風呂一緒に入りましょうね」

「ええ!お背中流しっこしましょう!」



 芽依子と真琴が共に入浴することを約束する。


 お風呂。


 芽依子と真琴の、お風呂。


 途端に正文の眼が鋭く光ったのを、芽依子たちは知らない。



「にゃはは!お泊まりだお泊まりー!!」



 ほくそ笑む正文の横で、すっかり補習授業を忘れた佳奈美がはしゃいでいた。


 佳奈美の馬鹿笑いが時緒の鼓膜を攻撃する。耳が痛い。



「大丈夫なんかよ?カウナモさんはともかく、俺達まで押し掛けてよ?」


 ふと、伊織が申し訳ないような顔で正文を見た。


 世間はゴールデン・ウイークだ。


 観光が貴重な収入源の一つである猪苗代、そこに在する旅館、平沢庵ならば今こそが繁盛期にして多忙期だ。



「問題ないな…!」



 すると、正文はアニメキャラクターの声真似をしながら、真顔で伊織に向かって親指を立てた。



「親父も快諾しているし、俺様の家は旅館だぞ?クレーマーと地上げ屋以外なら大歓迎だ。あ、布団敷きは自分セルフでやれよ?」



 すると、ごく自然な動きで、正文はカウナと肩を組んだ。


 カウナは一瞬驚いた。



「ふ…!カウナよ…我が中ノ沢温泉の力…我が平沢庵のもてなし力…甘く見るなよ」



 そう言って、正文は不敵に笑う。



「はっ…面白い!やはり…我の戦争は未だ終わってないらしい!」


 

カウナもまた嬉しそうに、甘いマスクにキザな笑顔を浮かべた。




 ****






 正文の実家【老舗旅館 平沢庵】がある【中ノ沢温泉街】は、磐梯山麓のイナワシロ特防隊基地から東の方角へ、車でおよそ三十分を所要する場に存在する。


 豊かな山々に囲まれた静かな温泉街。


 ……の筈であった。



「……あらま。何ごとですか……?」



 つい先程、温泉街の和菓子屋で購入したてんぷら饅頭をかじり、上品な甘さと揚げたて所以のさくりとした食感を堪能しながら。


 芽依子はその光景に素っ頓狂な声をあげた。



「「…………」」



 時緒や真琴たちもまた、ぽっかりと口を開けて阿呆面を晒す。


 素朴ながら、頑強さを感じさせる風格の高麗門の前にーー



「ぅ……あが……」

「おご……ぉ……」

「が…あぁ〜……」



 十人、いや、それ以上。


 攻撃的で、屈強な外見の男たちがあちらこちらで倒れ伏していたのだ。


 誰も彼も、満身創痍の様相であった。


 死屍累々とはこのことを言うのか?時緒は不謹慎ながら、四文字熟語の勉強が出来て嬉しく思ってしまった。



「あの…?大丈夫ですか…?」

「ぅ…うぅ……」



 見ているだけではどうにもならないと思った時緒は、丁度手前で卍形で突っ伏していた男を抱き起こし、尋ねてみる。


 頭髪の両脇には真っ直ぐな剃り込み。七十年代の任侠映画からそのまま飛び出して来たような風体の男だった。



「ぅ…こんな…こんな筈じゃ…」

「何があったんです?」

「酷い…。俺は…俺たちは…ただ脅して…この土地を…タダ同然で手に入れたかった…だけなのに…!」



 男は痣だらけの顔面を涙に濡らし、そして、意識を失った。


 男の口からは生ゴミめいた口臭が漂う。時緒は顔をしかめた。


 その時ーー。



「うぅ…ぅ…あぁ……」

「ひゃあっ!?」




 門の中から顔を腫らしたパンチパーマの男がのそりと現れ、真琴が悲鳴をあげた。



「た…助けて…、助け…てぇ…」

「え?え?え?」


 まるでロメロ映画の『動く死体』めいた挙動で、男は戦々恐々の真琴へ救済を手を伸ばす


 ゆっくり、だが、必死に。


 だが、男の願いが叶うことは、なかった。



「お客様?仲居わたしたちのサービスはまだ終わってませんよ?」



 門の影から伸びた手が、男の頭をがしりと掴み、そのまま持ち上げた。



「ひ、ひーーーーっ!?」



 悲鳴をあげる男、その爪先がゆっくりと宙に浮いていく。


 門から手の主が現れる。


 女だった。


 橙色の着物を着た、うら若い長身の女だった。正文よりも長身の女だ。



「さーーて?どうしてやりましょうかお客様?胴体を引き千切りましょうか?股から二つに裂きましょうか?」



 長い金髪をなびかせ、その女は無邪気な笑顔で持ち上げた男にウインクをして見せた。



……何を遊んでいる?」



 すると、女の背後から、もう一人の女がつむじ風を纏って現れる。


 こちらの女も橙色の着物を着ていたが、背丈は身長一六〇センチメートルの佳奈美と同程度。くすんだセミロングの銀髪をかき上げ、澄んだ水色の瞳で長身金髪の女を睨み上げた。


その両手には、武骨なデザインの、ダガーナイフが握られていた。



「こちらは粗方終わったぞ」

「待ってよ。もう少し愉しませてよ。久しぶりの人間相手なんだから」

「早く始末しろ。もうすぐ若旦那がお友達を連れて……」



 そこまで言い掛けたところで、銀髪の女は時緒たちの姿に、やっと気付き、「あ」と一言呟いた



「……ハルナさん、ナルミさん、お疲れ様です。俺様ただいま帰宅」



 正文は澄ました表情で、二人の女に手を振って見せた。



「「若旦那!?」」



 正文を視認した女たちは驚いた表情で、正文のもとへと駆け寄る。金髪長身の女は男を鷲掴んだまま。



「約束どおり友達を連れてきました」

「「よ、宜しくお願いしまーす!!」」



 礼をする時緒たちを見て、二人の女は咄嗟に身なりを正す。


 金髪長身の女に至っては、男を慌てて山の方角へと放り投げた。



「ぎゃーーーーっ!?」



 情けない悲鳴をあげて、男は山林の中へと消えていった……。



「これはこれは!若旦那のお友たち!」

「お見苦しい所を失礼しました!お越し頂けるのを私たち一同、心からお待ちしておりました!」



 二人の女は、改めて時緒たちに深々と礼をした。



「私、当館にて仲居頭をしております、 《ハルナ・アッカライネン》 と申します……!」



 銀髪の女ーーハルナが顔を上げ……。



「同じく!仲居の 《ナルミ・G・バニングマン》 !大統領だってぶっ飛ばして見せるわ!……でも飛行機だけは勘弁ね……!」



 金髪長身の女ーーナルミが時緒たちへウインクを飛ばした。



「「宜しくお願いしまーす!!」」



 再び時緒たちは、ハルナとナルミに礼をした。


 果たしてさっきの男たちは何者なのか?何故に男たちは倒れていたのか?


 色々尋ねたかったが、今は聞かないことにした。面倒臭くなりそうだからだ……。



「此処がマサフミの家であるか!なんと美しい!!」



 時緒の視界の端で、地球人に擬態したカウナは一人、瞳を輝かせている。



 今は、このカウナを休めることが最優先だと、時緒は思った。



「「さあこちらへ!」」



 ハルナとナルミは洗練された動作で高麗門へ掌の先を添え、営業スマイルで時緒たちを門内へと誘う。



「「ようこそ皆々様!創業200年!かの土方 歳三や斎藤 一も戦いの傷を癒したと云われる由緒正しき老舗旅館、【平沢庵】へ!!」」




 続く

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