猪苗代、高速戦闘領域


『思っていたよりも早く来てくれたな!嬉しいぞ!流石はトキオ!シーヴァンに認められた男である!ふははっ!』



 エクスレイガのコクピット内、突如立体映像として投影されたカウナの笑顔に、軍礼服めいたパイロットスーツ姿の時緒は、ゆっくり頷いて応えた。



「お待たせいたしました!」

『うむ!』



 何故カウナがエクスレイガの通信システムに介入出来たのか。


 難しくなりそうなので、時緒は敢えて考えないようにした。



「"時間が来たら騎甲士ナイアルドを出して待っているから来てくれ"……そういう約束でしたね?」

『左様!覚えていてくれて嬉しいぞ!トキオ!』

「約束したの昨日じゃないですか」

『そうであった!ふはははは!!』



 牛めいた耳の体毛を櫛で丹念に手入れながら、カウナは再び快活に笑う。


 嬉しそうな声色ながら、その煌めいた瞳の奥には、明確かつ勇猛な闘志が宿っていた。


 時緒は真正面のスクリーンを見遣る。


 時緒の、エクスレイガの眼前に、カウナの騎甲士ナイアルドが浮かび立っている。


 真紅に彩られたその体躯は華奢ながら、ナイフの様な鋭い光沢を放ち、頭部の大きな一対の角と両肩に備えられた翼のような、振袖のような装飾が、騎体に漂う気品と攻撃的印象を一際強烈なものにした。


 油断大敵。


 時緒は唾を呑みながら、眼下を見下ろす。



 いつもならば午後の陽を浴びて白く輝いていたであろう丹野神社の境内は、一面バラの花で真赤に染まっていた。


 変貌した境内の端で、伊織がエクスレイガこちらに向かって手を振っている。


 伊織の向かって左には胡座をかいた正文、そして仏頂面の律も見えた。


 直感で時緒は理解する。境内をバラで埋めたのは、おそらくカウナの仕業だろう。


 赤いバラ。花言葉は『熱烈な愛』。



「そんなに律が好きなんですか?」時緒は思った事をそのままカウナに質問してみた。



『好きだとも!愛している!』即座にカウナからの返答が返って来た。



「どんな所がですか?」

『目つきが悪い所だっ!!』

「目つき……」

『あの目で蔑まされた瞬間、我の身体を熱い稲妻が駆け抜けた!未だ感じたことのない感覚だった!!』

「カウナさん…ちょ…」



 ふんす、カウナは鼻の穴を大きくさせる。


 その興奮を帯びた熱弁に、時緒は"何故律を好きになったか?"を問うたことを、少しだけ後悔した。



『そして我は直感した!我はリツに逢う為に地球へ…イナワシロへ来たのだと!!』

「地球と戦争をしに来たんですよね!?」

『これはまさしく運命!美しき運命!!地球的に言えば…ゾッコンLOVE…!胸キュン!!』

「うわダッセエ!!」

『トキオ…聞いてくれ!我は…我はな……この戦争が終わったら…リツにけっ、』

「あーあーあー!?やめ!やめ!やめ!戦いましょ!早く戦いましょ!ね!?」

『むぅ…。そうだった…。その為に来たのだった…』



 未だ語り足りない、カウナは一瞬、ほんの一瞬だけそんな表情をするとーー



『こほん…。では、戦争しあうとするか…トキオ?』



 カウナはその顔面から笑顔を消し、戦士となった。


 時緒の目の前にいるのは、己の一切合切を賭けた、せんしだ。



「はい……!」



 深呼吸一つして、時緒は意識を整える。


 頭の中から、雑念を取り払う。


 一意専心。


 前面集中。



『カウナ・モ・カンクーザ。騎甲士ナイアルドゼールヴェイア。地球をルーリアの属星とする為、地球から殺戮を無くす為、そして…リツへの愛の為…美しく戦うことを誓おう!』



 淀みの無い声で、カウナは宣誓した。


 思わずときめいてしまった時緒は、カウナに倣って声高に宣う。



「椎名 時緒!【エクスレイガ】!ルーリア騎士たちの誇り高き志に応える為、僕を支えてくれる猪苗代の人たちに応える為!誠心誠意戦うことを誓います!!」



 そして……。


 エクスレイガが掌から抜き放った光刀ブレードが。


 ゼールヴェイアが脇腹から抜き放った細光剣レイピアが。


 翡翠と赤玉、それぞれの色の光を放ちながら、ゆっくりと交錯した。



『「いざ!尋常に勝負っ!!」』



 猪苗代町に、避難サイレンが響く。


 それが、時緒とカウナの、開戦の合図となった。




 ****





 猪苗代の町が喧騒に包まれる。



「あっ!エクスレイガだ!」

「ルーリアのロボもいるぞ!」

「シェルター入る?」

「まさか!猪苗代の一大イベントだぞ!母さん!コーラ持ってきて!あとポテチ!」

「カメラ回せ回せ!」

「スターフィッシュじゃない!ルーリアのヒト型メカだ!ラッキー!!」



 避難シェルターへ向かう者は今は疎ら。殆どの住民、観光客は民家や広場に集まり、エクスレイガとゼールヴェイアを嬉々とした眼差しで見上げていた。


 エクスレイガとルーリアとの戦争は、最早、祭り騒ぎやヒーローショーと何ら変わりはなくなっていた。



「…っち!呑気なものだ…」



 そんな町を境内から見下ろしながら、律は不機嫌に舌打ちを一つ。



「…何でこんな女を好きになったんだか」



 ぼそりと嗤って呟く正文のことも、律は睨んだ。


 他人事めいた物言いが苛立たしい。



 "じゃあなんでお前は私を好きになったんだ?"



 正文に問いたい気持ちを抑えて、律は正文から視線を外し、上空のロボット二体を見上げる。


 時緒には勝って貰わなければならない。


 そう思うと……何故だろうか?胸いっぱいにカウナの笑顔が浮かんで、律は何やら後ろめたい気分になった。


 何故ーー?


 そんな自分に、苛立ちは一層酷くなる。



「頑張れ時緒ー!カウナさんも頑張れー!」

「煩いぞ木村ぁ!!」

「ぎゃあっ!?」



 取り敢えず律は、観戦気分の伊織の尻を蹴って、律は憂さ晴らしをすることにした。


 カウナを思い出す自分の頬が紅潮していることも。


 そんな自分の横顔を、境内に胡座をかいたまま正文が見つめていたことも。


 律は、気付かなかった。




 ****





「カウナ卿、エクスレイガとの交戦を開始致しました!」

「銀河各惑星に映像繋ぎます!」



 航宙城塞ニアル・ヴィール管制局。


 対峙するゼールヴェイアとエクスレイガの映像を観上げ、ルーリア第二皇女ティセリアは踊ってカウナを応援する。



「うゅ〜〜ん!カウナがんばえ〜!エクシュレイガをやっつけろ〜!!うっうっう〜!うっうっうゅ〜!!」



 応援に熱が入り、ティセリアは玉座の上で高速回転をしだす。


 その傍らで、ティセリア騎士団筆頭騎士、シーヴァンは静かに、ただ静かに映像を観ていた。


 カウナ、そして時緒。


 二人とも、シーヴァンにとってはかけがえのない親友である。


 幼騎院時代から続くカウナとの思い出を馳せながら。


 猪苗代で過ごした時緒との濃密な日々を馳せながら。



「二人とも…悔いなく戦え…!」



 シーヴァンは映像を観遣るその瞳に友愛と激励を宿し、鋭く燃やした。




 ****




「先手!いただきます!!」

『良いとも!』



 快諾してくれたカウナへの礼の代わりに、時緒はエクスレイガを跳躍させる。


 エクスレイガはブレードを構えたままその巨体を空中で翻し、腰を低くしてゼールヴェイア目掛け加速。


 その刃を、真紅の装甲目掛け突き立てる!



「疾っ!!」



 一刀入魂。油断も、空気抵抗も、淀み一つ無い時緒の一太刀。


 しかし、その一振りがゼールヴェイアを斬り伏せることは、無かった。



「なっ!?」



 エクスレイガの放った高速の光刃を、ゼールヴェイアは颯爽と躱しす。


 ただ躱しただけではない。


 まるで舞うような、優雅な駆動で。


 時緒を刹那魅入らせるほど華麗な動作で躱して見せたのだ。



『ははっ…!』



 スピーカーから漏れてきたカウナの笑いが、時緒の耳朶を撫でた。


 慌てて時緒は振り返る。


 エクスレイガの背後を取ったというのに、カウナは、ゼールヴェイアはレイピアを気取った姿勢で構えたまま滞空していた。



『美しい……美しい太刀筋だ!もっと見せてくれ!』

「く…!?」



 一度深呼吸して己を落ち着けながら、時緒は、エクスレイガはブレードを続けて打ち込む。


 二撃、三撃、四撃、五撃。



『ふははっ!美しい!こうでなくてはな!トキオ!』



 しかし、ゼールヴェイアは連撃のことごとくを躱す。


 躱す。踊るように躱す。



「そんな!?」驚愕に時緒の顔面が強張った。



 ゼールヴェイアは、まるで踊り終えたバレエダンサーのように、しなやかに体勢を整えると、



『では…我も征こうぞ…!』

「は……!?」



 一瞬、時緒は己が眼を疑った。



 ゼールヴェイアが三つに分身し、そして消えたーーように視えたーー!


 必死に時緒はゼールヴェイアの姿を探す。


 次の瞬間。


 !!!!



「あぁっ!?」



 鋭い衝撃が身を揺らし、時緒は反射的に叫んだ。


 気付けば、ゼールヴェイアがレイピアをエクスレイガの左肩に突き立てていた。


 いつの間に接近されていた?


 つい思った疑問を瞬時に振り払って、エクスレイガは、時緒は懸命にゼールヴェイアへと斬りかかった。



 猪苗代の空を、二つの超高速の巨体が舞い飛びぶつかり合う。



『ふふ…ふはははははははっ!!』



 



 エクスレイガの斬撃を躱し、受け流し、その返礼にレイピアの凄まじい疾さの連撃を打ち込みながら、カウナは笑う。


 時緒を嘲っているのではない。


 予想以上の時緒の、エクスレイガの強さに笑っているのだ。


 その証に、舞うように斬撃を躱すカウナの顔には余裕の色は既になく、額には玉のような汗が浮かんでいた。



『シーヴァンめ!このような逸材を!』



 カウナは、脳内でピースサインを出しているシーヴァンに悪態を吐きながらーー



『トキオよ!』

「は、はい!?」

『我はシーヴァンほど腕が立つ訳ではない!だから!最初から全力でやらせて貰う!それが我が美!!』



 突如、蒼穹目掛けゼールヴェイアが上昇する。


 エクスレイガはバルカンを掃射しながら追撃するが、超高速で飛翔するゼールヴェイアに擦りもしない。



『見よエクスレイガ!美の奔流をッ!!』



 回転と舞を混ぜ加えた、縦横無尽かつ予測不能の動きでエクスレイガを翻弄しつつ、ゼールヴェイアは天高く腕を掲げた。


 その掌に、赤玉色のルリアリウム光が収束していき……ゼールヴェイアが掌を払うと、光はぱっと華のように散った。



「っ!?」時緒は慌ててエクスレイガを旋回させる。



 散ったルリアリウム光、その一つ一つが突然一条のレーザーとなり、彼岸花の花弁のようなな軌跡を描き、エクスレイガを追撃しだしたのだ。


 まるで光が意思を持っているかのようだ!



「ホ、ホーミングレーザー!?」



 飛翔するエクスレイガを、幾条ものレーザーが追いーー



『ふはは!ルリアリウムエネルギーは我が精神!意識を集中させれば光の軌道を操ることなど…容易いっ!!』



 レーザーと共に、レイピアの光刃を鞭の如くしならせたゼールヴェイアも続く。凄まじいスピード!



『鍛錬して習っておくと良い!出来ると結構面白いぞ!そらそらそらそら!!』



 ゼールヴェイアの鞭の乱舞が。


 ルリアリウム光レーザーの乱舞が。


 エクスレイガをほぼ同時に、全方位から襲う!



「うあぁぁぁぁぁ!?!?」



 光の泡沫が、空一面に次々と狂い咲いた!


 息継ぐ暇のない、超高速の乱撃ラッシュ



 カウナが得意とする【高速騎動戦術】の前に、エクスレイガは蹂躙され……装甲を削がれていった……!







 ****





「……てな訳で説明した通りだ!芽依!そして…まこっちゃん!完成したを時緒へ届けてくれ!!」

『『はい!』』



 汗と埃で顔面を黒く汚した真理子に、タブレットが投影する映像の中、芽依子と真琴は確と頷いた。



「姐さん! 《シースウイング》 いつでも発進完了! 《イカロスユニット》 も接続しやしたァ!!」



 整備班長、千原 茂人の甲高い報告に、真理子は満足して頷く。


 今、真理子の目の前で、赤と白に彩られた一機の戦闘機が、低い起動音を奏でていた。


 羽ばたく瞬間を今か今かと待ちわびているかのように。


 その戦闘機の後部には、青と白ーーすなわちエクスレイガカラーのX字型ウイングが、態とらしく接続されていた。



「では…斎藤 芽依子……!」

「じ、神宮寺 真琴……!」



 戦闘機のコクピットの中、芽依子と真琴は頷き合ってーー




「「シースウイング……発進します!!」」





 続く

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