第二十一章 Take me higher!!

発進!シースウイング


 

 エクスレイガとゼールヴェイアの戦闘が始まる、三十分ほど前……。


 イナワシロ特防隊基地である廃ビルから百メートルほど山に向かった場所、鬱蒼と茂る雑草地帯の真ん中に、直方体の建造物が在る。


 元々は牧場の畜舎だったが、現在は真理子たちによって、【イナワシロ特防隊第二格納庫】として秘密裏に改装されていた。


 微かに堆肥の匂いが残る伽藍堂とした第二格納庫内には、赤と白に彩られた戦闘機 《シースウイング》 と、青と白エクスレイガカラーをしたX字状の翼 《イカロス・ユニット》 が、発進の時を待っている。


 だが……



高機動イカロス・ユニットの伝達系回路に異常。ユニット単独での出撃不可』

不調箇所ふひょーかひょは!?」



 空いた小腹を鎮めるため、口内を麩菓子でいっぱいにしたまま問う真理子を、牧と茂人が苦虫を噛み潰したような顔で見つめた。



「第8、第10、第27回路にエラーが見つかった」

「これじゃあイカロス・ユニットは自律飛行どころかエクスレイガと合体も出来ないっすよ!」



 真理子は麩菓子を嚥下したのち、イカロス・ユニットの基盤を開き、携えたタブレットとケーブルで繋ぐ。


 そして、ディスプレイ画面と暫く睨み合いをしてーー



「ちぃ…っ!自律飛行プログラムの負荷が別の回路にまで影響を与えてやがる!」

「どうするんです…!?姐さん…!?」



 真理子は沈黙する。


 プログラムを書き直すのは可能だが……終わる頃には……。


 真理子は何とか急ピッチでユニットのプログラム書き換えを進めるが、修復必要箇所の二割も済まないうちに、エクスレイガとゼールヴェイアの戦闘が始まってしまった……。



『洒落になりませんてぇぇっ!?』

『ふはは!楽しいなトキオ!!』

『そりゃ貴方は楽しいでしょうよ!?あーーっ!?』



 戦闘中継をしているタブレットの中から、ゼールヴェイアの攻撃に怯む時緒の間の抜けた叫びが聞こえた。


 映像が切り替わり、猪苗代町内に設置された天気カメラが捉えた映像になる。


 目にも留まらぬスピードで、ゼールヴェイアが猪苗代の空を縦横無尽に舞い踊り、その鞭捌きと、掌から発射される幾条ものホーミング・レーザーとの波状攻撃に、エクスレイガ右へ左へ、上へ下へと翻弄されていた。


 それでも尚、エクスレイガの装甲には黒い線状の煤と細かい傷しか付いていないのは、攻撃するカウナの精神力エネルギーと、防御する時緒の精神力エネルギーが拮抗している証。


 時緒が未だ諦めていない証。


 それでも、いつまで保つか。



「「「う〜〜ん…………!」」」



 牧、茂人、そして真理子は揃って予測する。


 エクスレイガはゼールヴェイアに勝てない。


 今のエクスレイガに足りないのは、更なる機動性。


 エクスレイガの勝利には、イカロス・ユニットが必要不可欠である、と。


 だがしかし。


 肝心のイカロス・ユニットは、出撃不可。


 どうすれば良い。どう打開すれば良い。


 真理子たちによる、大人特有の凝り固まった思考が重苦しい空気と化し、第二格納庫に沈殿していく。


 …………。


 



「【シースウイング】にイカロスを接続してください!」



 そんな鉛めいた雰囲気を、芽依子の声が霧散させた。



「私がシースウイングで…イカロスを時緒くんまで届けます!」



 芽依子は意気揚々と真理子たちに提案するがーー



「だ、だけどよお芽依子タン!」と、茂人が食い下がった。



「エクスレイガとイカロス・ユニットを合体させるにゃあ、エクスレイガのレーザー発振可能圏内までイカロスを手動マニュアルで操作しなきゃいけねんだぜ!?いくら芽依子タンでもシースウイングとイカロスの操縦を両立するなんざ……」



「心配は御無用!」芽依子は笑って親指を立てた。。


 芽依子の背後から人影が一つ現れ、茂人の言葉を詰まらせる。


 真琴だった。


 細縁眼鏡の奥のつぶらな瞳を震わせながら、真琴は緊張に若干汗ばんだ手を挙げた。



「そ、そそ、その…い…いかろしゅ…の操作…わ、私、私が…や、やりますっ…!」



 緊張の余り呂律が回らない、そんな真琴の言葉に、真理子たちは口を開けて呆然となる。


 真琴の手を握り、芽依子は今一度、真理子たちに向かって頷いて見せる。



「大丈夫です…!私と真琴さんなら…!やれます!だからおばさまがた!」



 まるで時緒のような笑顔で、芽依子はきっぱり断言した。


 どうしたものか……。真理子が額に人差し指を当て、思考に唸っていると……。



「案外……いけるかもな…!」



 牧がパチリと指を鳴らした。



「ハァ!?センパ…もがっ!?」

「社長ォ!?何ほざいてもごっ!?」



 牧は、抗議しかけた真理子と茂人の口に、ポケットから取り出した間食用の駄菓子【うんめぇ棒 福島県限定イカにんじん味】を突っ込んで黙らせるとーー



「こんなこともあろうかと作っておいた…イカロス・ユニットの遠隔操作デバイスだ…!」



 ポケットから今度は、黒く平たい楕円形の機械を取り出し、真琴へと手渡した。



「はい?」



 真琴の目が点になる。


 "操作デバイス"と聞こえは堅苦しいが、実際に真琴の掌の上で光沢を放つそれは、何の変哲もない、ただの中古ゲームのコントローラーだったからだ。



「色々作って試してみたが…やはりサガサターンのコントローラーが大きさ軽さ共に一番しっくりする…!サガサターンはあと20年は戦えるな…!」



 牧は、常人にはよく分からない拘りを胸を張って述べると、真琴に問いた。



「真琴君、レースゲームをしたことは?」



 真琴は気圧された表情のまま、二度頷いた。



「お兄ちゃ…兄と何度か…」

「結構!大いに結構!」



 真琴の返答に、牧は大満足。笑顔を更に明るいものへと変える。



「動かし方は簡単。左スティックで直進、左右旋回。右スティックの前後で上昇と下降だ。ただし電波関係で操作可能範囲はおよそ1キロだ。真琴君…頼めるかい?」

「は…はい…!」



 牧の説明を脳裏で反芻しながら、真琴は小刻みに頷いた。


 絶対に成功させる。絶対にイカロスユニットをエクスレイガ時緒へと届ける。


 真琴は自身へと言い聞かせた。


 エクスレイガを追えば良い。


 エクスレイガを追いかけて、イカロスユニットを合体させれば良い。


 何だ。簡単なことじゃないか。


 いつも。


 ずっと。


 時緒を、時緒の姿を目で追っていたのだからーー簡単じゃないか!



 もしかしたら、牧は時緒に対する想いを見抜いて、イカロスユニット誘導の任を任せてくれたのかもしれない……と真琴は考察する。


 そう思うと、嬉しいやら、恥ずかしいやら。


 真琴はコントローラーを火照った手で強く握り締めた。




 ****





『シースウイング、全システムオールグリーン!』

『イカロス・ユニットの接続を確認!』

『カタパルト展開!メイコ!発進BGM掛けル?』

「遠慮しま……いえ、ワンダバお願いします!」



 シースウイングのコクピット内。


 桜色の軍礼服めいたパイロットスーツに身を包んだ芽依子は、ゆるりと振り返った。



「パイロットスーツの着心地は如何ですか?」

「見れば分かるでしょう?」



 芽依子の問いに、後部座席の真琴は精一杯の虚勢で笑って見せた。


 真琴もまたパイロットスーツを纏っていたが、身体のあらゆる部分がだるだるに緩んでいた。


 特に、胸の部分が。


 パイロットスーツは時緒用と、新調した芽依子用しかない。


 真琴が現に着用しているのは芽依子用スーツの予備品であり、芽依子の豊満な体格に合わせて作られたスーツが真琴に合わないのは至極真っ当な事実であった。


 特に、胸の部分が。



『『ごめんねぇーー!!』』



 真琴の目の前に立体ウインドウが浮かび、その中でスーツの製作者及びデザイナーの嘉男、薫夫妻が頭を下げていた。


 急ごしらえとはいえ、当人に合ってない服を着せることは、明治から続く呉服屋である嘉男と薫には耐え難いことであった。



『あと三十分あったら切り詰められるのに!』

『悔しいよー!同人作家兼コスプレ製作者の私には悔し過ぎるわよー!』



 延々手を擦り合わせる嘉男と薫から映像が切り替わり、会議室の真理子のものになる。


 真理子の背後では田淵 佳奈美が未だ白目でゆらゆら揺れていたが、真琴と芽依子は敢えて視界に入れないようにした。



「まこっちゃん!無理すんなよ!酔い止め飲んだか?気分悪くなったら直ぐに帰ってくるんだぞ!」

「はい!大丈夫です!」



 真琴が笑って頷くと、真理子はーー



「…うちの馬鹿息子をよろしく頼む!二人とも!」



 苦笑しながら親指を立てて、映像は空間に溶けて消えた。


 真琴はゆっくりとした深呼吸を一つ……。



「では…真琴さん?参ります……!」

「はい……!いつでもどうぞ!」



 真琴の視線の先で、芽依子は左の髪をかき上げ、左耳につけられたイヤリングから、桃色の宝石を取り外す。


 そして、その宝石を操縦桿のくぼみへとはめ込んだ。


 一瞬、宝石と同じ桃色に光る幾何学模様がコクピット内を駆け巡り、甲高い起動音が芽依子と真琴の身体を揺らす。



「ぁ……っ!」



 真琴は驚いた。


 宝石の美しさではない。


 宝石を嵌めた途端起動した戦闘機でもない。


 芽依子が髪をかきあげた時、見えた左耳、芽依子の左耳が、大きく爛れて欠けていた。


 先天的なものではない。怪我だ。事故にでも遭ったのか……?



「……真琴さん?」

「あっ…!?ごめんなさい!緊張してました!」

「大丈夫ですよ真琴さん…!私と貴女なら…!」

「はい……!」

「さあ…征きましょう!時緒くんが待ってます…!」

「はい…っ!」



 傷痕のことを訪ねたい気持ちを必死に押しこらえて、真琴はシートに身を沈める。



『進路クリアー!シースウイング、発進どうゾ!』

「では…斎藤 芽依子…!」

「じ、神宮寺 真琴っ!」

「「シースウイング……発進します!!」」



 振動が一層強くなり、尻がむず痒くなるような浮遊感が真琴を包む。


 シースウイングが、V-TOL機能で浮いていた。



 真琴は少し驚いた……が、怖くはない。


 芽依子が一緒なのだから。


 時緒の所へ行くのだから。


 怖い筈がないーー。むしろ、ワクワクする!



 紅鮮やかな翼が天に舞う。


 鋭い機首に陽光を纏わせて。


 ルリアリウム所以の粒子光のアーチを宙に描いて。



 二人の女の子を乗せた戦闘機シースウイングが今、猪苗代の蒼穹に羽ばたいた。




 続く

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