黄金色の青春




 カウナ・モ・カンクーザは、夢を見ていた。


 今は遠い過去の記憶。


 幼い頃の、記憶ーー。




「カウナちゃん、これが惑星ビラルクよ」

「きれいですね!おばあさま!」

「でしょう?私が初めて騎士として、ゲール前皇帝と一緒に参戦した星なのよ。…昨日のことのように思い出すわねぇ。ゲール様ったら…開戦間際なのに騎甲士ナイアルドの中で居眠りしてしまって!五回蹴り飛ばしてやっと起きたのよ!」

「こちらの写真は何処の星ですか?」

「これは惑星ウォールゥスの森林ね。貴方のおじいさまと新婚旅行に行った時の写真よ。こっちは惑星リゼルタの琥珀渓谷。こっちはアビリスの海中都市の夜景。こっちは…えーと?何処だったかしら?」



 カウナは祖母が大好きだった。


 祖母がしてくれる様々な惑星の、美しい風景や物品、人々の話が大好きだった。



「凄い!凄いですおばあさま!おばあさまは銀河中の綺麗を御覧になられているのですね!」



 すると、カウナの祖母は少し寂しそうに笑ってーー



「私が見ることが出来たのはほんの一部…。見て回る前に…こんなに年を取っちゃった…」



 そう言って、祖母はベッドの上で小さくなる。


 その姿は、カウナの幼い心に一縷の使命感を構築するに十分過ぎるものだった。



「だったら!ボクちゃんが見せてあげましょう!」

「カウナちゃんが…?」



 ふんすと、カウナは鼻息を荒くする。



「そうです!ボクちゃんが騎士になって、いろんな星と戦います!そして、星の人たちと仲良くなって、その星の…色んな綺麗な物をおばあさまと見せてあげます!」



 舌足らずな口調で説くカウナに、最初はびっくりしていたカウナの祖母だが、説明の途中からは嬉しそうな笑顔になり、カウナの頭を……自身に似た赤毛を撫でた。



「楽しみにしてるわねカウナちゃん…。そうだ…!」



 すると、カウナの祖母は、ゆっくりと身を起こし、ベッド脇の引き出しを開ける。



「それじゃあこれを…カウナちゃんに、あげる」



 カウナの祖母が手にした物。それは、紅玉色の光を放つ、ルリアリウム鉱石がついた腕輪だった。



「それは…!」カウナは息を呑んだ。



 その腕輪は祖母が騎士時代に身につけていた代物。


 祖母にとってはその腕輪が大切な物であることは、以前、悪戯にその腕輪で遊ぼうとして姉から泣くまで叱られたことがあるカウナには、痛い程理解していた。



「それはおばあさまの大切なものです…!ボクちゃん貰えません…!」



 カウナは慌てて首を横に振る。


 しかし、カウナの祖母はカウナの腕を優しく手に取ると、その腕にルリアリウムの腕輪を嵌めた。



「これは…この腕輪は…このルリアリウムは貴方が持っていなさい」

「で…でも…!」

「これを持って、貴方は銀河を征きなさい。

 そして…銀河の星々を見ていきなさい、カウナちゃん…いいえ…未来の”カウナ卿”。私の為ではなく…カウナちゃん自身の為に…。カウナちゃんが綺麗で…美しく在る為に」

「ボクちゃんが…美しく…?」

「そう。色んな星に行って、私よりももっと…も〜っと沢山の美しい光景を、美しい人々を見てきて、カウナちゃんももっと美しくなるの」

「…………」

「いつか…何処かの星で…素敵な人に出会ったら…その時はおばあちゃんに教えてね?おばあちゃん…カウナちゃんから星々の話が聞けるの…楽しみに待っていますよ!」





 ****




「む……」



 外気を取り入れるために少し開けた装甲隔壁の、その隙間から溢れる朝日の眩しさに、カウナの意識は微睡みの中から覚醒する。



 これまた……随分懐かしい夢を見た。カウナはおもむろに自らの頬を摩った。


 かさかさと、涙の通り跡の感触がした。



「……ふむ」



 カウナは欠伸一つすると、操縦席の隔壁を全開放させる。


 其処は、猪苗代湖畔、北西の森の中。


 朽ち掛けた廃ペンションに寄り添うように、カウナ専用騎甲士ナイアルド 《ゼールヴェイア》 は鎮座していた。


 朝日を浴びて、ゼールヴェイアはその身を黄金に輝かせる。その肩部上に気取り立ちし、カウナはイナワシロのーー異星の夜明けを見上げた。


 地球に住まう生命を、今では異星の民であるルーリア人すら分け隔てなく照らす始まりの陽光。


 全細胞が活性化するような爽快感にカウナは瞳を細めた。



「美しい……!」



 カウナは感嘆に独り呟く。だがその顔に、いつもの微笑みはない。


 ただ在るのは、決意に満ちた、戦いを控えた男の引き締まった表情のみ。



「おばあさま…御覧になられていますか…?」



 カウナは、左腕に嵌められた腕輪を掲げ、腕輪に取り付けられたルリアリウム石を太陽にかざした。


 ルリアリウムが優しく鮮やかな赤玉色に輝き、内部の幾何学模様をカウナの網膜へ投影させる。



「おばあさま…この地球は…、宇宙の無知どもが野蛮だの病原菌だのほざく地球は…美しいものに満ちておりました。我もまた…この身を捧げても惜しくない女性と出会いました…!」



 カウナは脳内に愛しき女性を想う。


 リツを想う。


 睨んでくる鋭い眼。


 舌打ちする唇。


(呪うぞ貴様)と無慈悲な声色。


 その総てがいじらしく、カウナを魅了して止まない。



「リツ…!美しき…愛しい其方よ…!」



 カウナの昂ぶる精神力に呼応して、ルリアリウムの輝きが強くなる。


 その煌めきはカウナには、祖母が見守っているような、見て笑ってくれているような気がした。


 カウナの祖母はもういない。


 カウナが訓騎院に入ったその年に、遠い……遠い場所へと旅立ってしまった。


 しかし、今のカウナは祖母を、優しく、自分の世界を広げてくれた祖母を身近に感じて仕方がなかった。


 だから、カウナは宣う。



「おばあさま…そしてリツよ…!観ていてくれ…!我の戦いを…!我が美しき戦争を!そしてリツ…!我が勝利した暁には…どうか…どうか我と!」





 ****




 本日は第一土曜日な為、学校の授業は三時限、午前中で終了である。


 そして……明日の日曜日から、合計十連休にも及ぶゴールデンウィークに突入するのだ。



「授業終わったァァァァ!ヒャッハァァァァ!!」

「ゴールデンウィークだぁぁぁ!!フヒャァァァァ!!」

「☆¥%ひひぇ=€%*♪ふふぉ!!!!」



 午前中で帰れるというだけでも爽快だというのに、それに加えて大型連休が始まるという期待感!


 会津聖鐘高校一年三組の生徒たちは昂ぶる気持ちを抑えられず、奇声をあげ狂喜乱舞した。



「遊ぶぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「旅行行くぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「アイドルのイベント行きますゾォォォ!!!!」

「待ってろじじい!!田植え手伝うからなぁぁぁぁ!!!!」



 その様は、今時の高校生にしては珍しく高い……高すぎる傾向にある教え子たちの行動力に慣れてきた小関 圭介教諭をしてーー



(せ……世紀末だ……!核戦争後の地球だ……!)



 と、戦慄させる始末だった。



「お前ら……大丈夫だとは思うけど…あんまり羽目外し過ぎるなよ?」



 一応、小関教諭は釘を刺しておく。



「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」」



 恥じらいの思春期を経験した者たちが発したものとは思えない元気なエネルギーに満ちた生徒達の返事が集束して衝撃波となり、小関教諭をいとも簡単に吹き飛ばした。






「…………」





 そんな、混沌の極みな教室の中で。


 ぴりりとした緊張感を静かに放つ者たちが数名。


 時緒に芽依子、そして、猪苗代仲良し倶楽部の面々である。



「いよいよ今日です。あと約二時間でカウナさんとの約束、対決の時間です」

「…………」

「時緒くん…御加減は?」



 張り詰めた声色の芽依子に、時緒は大きく頷き、そして笑った。



「万全ですよ姉さん…!授業中にイメージトレーニングしてたので…!」

「授業中は授業に集中してください…!」



 そして、時緒と芽依子は自信満々の笑顔で頷き合った。



(椎名くんリラックスしてる…。これなら全力で戦えるね…)



 時緒と芽依子のそんな掛け合いを眺めながら、神宮寺 真琴はほっと胸を撫で下ろした。


 時緒の相手が自分ではないことが堪らなく残念だが、致し方ない。


 流石芽依子。流石我が恋のライバル。


 真琴はそう思うことにした。



「やべ……」



 時緒の傍らで、伊織が青い顔をして俯いた。



「伊織?どうした?」



 時緒が尋ねてみると、伊織は苦笑してーー



「緊張してきた」

「なんでよ?」

「ルーリアとエクスレイガの決闘だぜ?」

「戦うのは僕なんですけど?」

「俺ぁ感受性が豊かなんだよ!」

「佳奈美を見習いなさいって」



 時緒が指差す方向を、伊織は怪訝な表情で眼で辿る。



「うひゃひゃひゃひゃ!うひゃひゃひゃひゃ!!連休だ〜!うぉううぉううぉう〜〜!!!!」



 教卓をお立ち台にして、佳奈美が踊っていた。


 視界に入れるだけで呪われる。そう思えてならないような奇妙奇天烈な振り付けで踊っていた。



「…………」



 伊織の顔面から、感情の一切合切が消え失せた。


 恥ずかしい。


 あんな佳奈美ヤツと小学生時代から友人関係にあるのが至極恥ずかしい。


 伊織は心からそう思った……。



「佳奈美…あいつ…小学生の時よりも…馬鹿になってねぇ?」



 そう呟く伊織の左肩を時緒が、右肩を芽依子が、背中を真琴が、優しく……憐れむように叩いた。



「うぉうぉうぉう〜〜!うぉうぉうぉう〜〜!連休だ!!イェイッ!!」



 はしゃぐ佳奈美へ、「あ、そうだ」と小関教諭は思い出すように言った。



「佳奈美よ……」

「イェイイェイイェイ〜〜!!はひ?」








 小関教諭は、すぅ……と深呼吸を一つしてーー



「お前だけ、こないだのテスト赤点だったから連休中補習な?親御さんには連絡しておいたから。じゃ!」






「……………………え?」



 教卓の上で、佳奈美は不気味なポーズのまま冷たく硬直した……。


 補習……?



「「………………」」



 教室の誰もが、佳奈美へ憐れみ……そら見たことかという気持ちに……暗く俯いた。




 ****





 煩わしいような。


 照れ臭いような。


 邪魔なような。


 有り難いような。


 複雑な気持ち。


 それが、丹野 律の今現在の心境である。

 理由は律自身にも分かっている。


 カウナ・モ・カンクーザ。


 キザな態度と台詞で、自分に対する愛を告白して見せた、けったいなルーリア人。



「……ち!」



 脳内でカウナのスマイルを思い起こしただけで苛立たしくなってくる。


 だが。


 何故だろうか。



「…………」



 カウナの仕草一つ一つは、とても腹立たしいものだが。


 しかしながら、そのキザな行動に、恥も外聞も気にかけない、カウナの誠意を感じてしまう。


 女の勘だ。


 嫌いな、生理的嫌悪感を催すものでは、ない。決して。



(……変な奴。可笑しい奴……)



 律は、ついそういう風にカウナを思ってしまうのだ。



 そしてーー



「…………」



 正文は、そんな律を見ていた。


 不機嫌そうに顔をしかめたかと思ったら、次には困ったように頬を赤らめて口を尖らせる。


 そんな律を、正文は只々、見つめていた。


 声をかけようか。いつものように喧嘩を吹きかけようか。


 正文はそう思ったが、やめた。


 とても野暮な気がした。



 するとーー



「……うん?」



 律はおもむろに制服のポケットから携帯端末を取り出した。


 真紅よりも暗い、まさしく血の色をした律の携帯端末。律の好きな色。


 正文は知っている。忘れることは、無い。



「もしもし?あぁ…父様か?…なんだ?よく聞こえない。落ち着いて話してくれ」



 どうやら話し相手は、丹野神社の神主を務める律の父親らしい。


 端末に耳を傾け、律は何度かうんうんと頷いていたが。



「……は!?」



 律の表情が引き攣った。


 いつも冷徹な律にしては珍しい阿呆面を見ることが出来て、正文は不謹慎ながらも嬉しいとつい思ってしまう。




「……は!?じ、神社が……エラいことに!?」





 続く

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