第二十章 丹野神社、美に染めて
椎名邸〜カウナと律と正文、時々時緒〜
時緒が嗜んで来た特撮ヒーロードラマやSFロボットアニメでは、侵略者の刺客は得てしてドラマティックに現れるものである。
断崖絶壁の上で待ち構えていたり。
奇妙なUFOや戦闘メカに乗って高笑いしながら現れたり。
そう考えると、シーヴァンの初襲来の仕方は、客観的に鑑みれば非常に格好良く、理に叶ったものであったと時緒は改めて感心した(後年、このことを時緒が宴会等でシーヴァンに話すと、シーヴァンはいつも嬉しそうな顔で、得意げに胸を張った)。
あくまでも独断と偏見ではあるが、そういった展開を、時緒は概念として脳内で位置付けていたのでーー。
ルーリア第二の刺客であるカウナの現れ方には、時緒は至極拍子抜けしてしまった訳でーー。
まさか、椎名邸に直々、呼び鈴をちゃんと押して、深々と頭を下げて現れようなどととは終ぞ想像していなかった訳ーーなのであった。
****
「どうぞ…。粗茶ですが…」
椎名邸の居間。
来客用の座布団に正座するカウナの前に、時緒は静かに湯呑みを差し出す。
「かたじけない…!その声…君がトキオだな?」
「は、はい!エクスレイガのパイロット、椎名 時緒です!」
カウナはアルカイックな笑みを更に晴れやかにして、時緒に頭を垂れた。
「シーヴァンがいつも君の話をしていた!」
「シーヴァンさんが?」
「ああ!凄い奴だと言っていた。我も君との勝負を楽しみにしている…!」
「は、はい!」
帰還しても尚、シーヴァンは自分のことを話してくれていた。
堪らず嬉しくなった時緒は、上機嫌にくるくる舞い踊りながら台所へと姿を消す。
芽依子と真琴が、やや不満げ表情で自分を見ていることなど知る由もなかった。
「「…………」」
真理子、伊織、正文、そして真琴が呆然とカウナを見遣った。
因みに、芽依子はまるで自身の気配を消すように、居間の隅で正座し、口元を真一文字に結んでいた。
佳奈美に至っては未だ宿題という名の牢獄の中におり、異星人の突撃御宅訪問どころではない。
真理子たちの不思議そうな視線など意にも介さず、カウナは悠々と茶を口にする。
「ふぅ……」
湯呑みを手にし、口元まで運ぶカウナの仕草、その一つ一つが洗練されていて……。
正文は、何処か悔しそうな表情でいた。
「美味い…!なんと美しく芳醇な苦味を醸す茶でありましょうか…!」
「そ、そりゃ…どうも…ありがとう」
感嘆の声を気取ったポーズと共に発するカウナに、真理子はやや困ったような笑みを浮かべた。
「ごほん。改めて…対ルーリア戦闘組織、イナワシロ特防隊代表、そしてエクスレイガ開発責任者の椎名 真理子だ。カウナ君…だったっけ?」
真理子が尋ねると、カウナは閃光の如き速さで真理子の手を握る。
「はっ!ルーリア騎士、カウナ・モ・カンクーザであります…!この銀河で誰よりも…美しさを求める男…!以後…お見知り置きを…!見目麗しい
カウナが笑うと、白い歯が輝いて、伊織や正文の目を眩ませた。
((あ、苦手な
と、真理子と真琴は同時に思った。
カウナは掌をひらひら躍らせながら、上機嫌に舌を回す。
「ここイナワシロへは昨夜到着致しました」
「あ、昨日の飛翔体は君だったんか」
「左様でございます。出陣前の化粧と支度に幾分手間取りまして…到着したのが夜になってしまい…休息、見学、偵察を兼ねて、今の今までこのイナワシロに滞在させて頂いた次第にございます」
茶を飲み干すと、カウナは目を細め、縁側から見える猪苗代の空を見上げた。
「一晩滞在して、我は思い知りました。このイナワシロは美しい…。我が故郷ルーリアに勝るとも劣らぬ美しさ…。人々も心豊かで…成る程…我が友シーヴァンが惚れる訳だと痛感した次第でございます…。……そして!」
途端に、カウナは頬を赤らめ、
「この我もまた…!このイナワシロで…運命の乙女と出会いました…!」
熱を帯びた眼差しで、カウナは居間のある一角を凝視する。
カウナのその視線の先にはーー。
「………………チッ!」
不機嫌な舌打ちをする律がいた。
「美しい其方…!其方の名前を…教えてはくれまいか…?」
「……あぁ?」
焦がれ、そして切ない口調で尋ねてくるカウナに対し、律は威嚇する肉食動物めいた眼光で睨み返す。
しかし、対するカウナは怯むどころか、真心を満載した視線で、律を見つめ続ける。
「チッ!」
寒気を覚えた律は再び舌打ち一つ。
「…私の名は”赤ベコ大好き 天ぷら饅頭娘”だ…!」
律は呼吸をするように嘘を吐いた。
「…アカベコダイスキ…テンプラマンジュウムスメ?」
そんな名前なのか?カウナは首を傾げる。
律はにたりと嗤った。
「嘘に決まっているだろう馬鹿め!誰がぽっと出の新キャラに名乗るか図が高い!こちとらレギュラーだぞ!それに私はお前みたいなキザが大嫌いなんだ!分かったか!?」
「そ…そうであるか……」
律から冷たく突き放され、カウナはしょんぼりと首を垂れた。
先程まで饒舌だった、清廉な笑顔を浮かべた
「…………」
それは、男には負けぬという闘争心と、実家のをSNS映えするパワースポットとして有名にしたいという上昇志向で堅く守られていた筈の律の母性本能を、大いに、大いにくすぐった。
「すまぬ…。地球の女性は皆我の美しさに惹かれるものだと思っていた…。我は浅はかだったのか…」
「さらっと腹立つこと言ったなテメェ」
「すまない……」
寒々しい気を背負って、カウナは更に落ち込んだ。
真琴、伊織、そして台所から戻った時緒が、そんなカウナに同情の顔を向ける。
…………。
…………。
段々と罪悪感に苛まれた律は数秒ほど渋面で押し黙って……。
「はぁぁぁ…!…律だよ……!」
「……なぬ?」カウナが顔を上げた。
「律だ…!丹野 律!私の名前だ…!」
名前を教えてくれた!
カウナの表情は一転、薔薇めいた笑顔が咲き誇った。
「リ…ツ!リツ!おおリツ!なんて美しい名なのだ!リツリツリツリツ!!」
「やかましい!連呼するな!!」
律は羞恥に激怒したが、カウナは夢見心地で律の名をその唇で奏で続ける。
「リツ…我の心を奪った美しく恐ろしい其方。其方の美しく鋭い無愛想な眼光の前には辺境銀河に棲む
「貴様は私を好いてるのか!?それとも
カウナを一発殴らなければ気が済まなくなった律は、カウナに掴み掛かろうとした。
対するカウナは律が抱擁を求めて来たのだと思い込み、両手を広げて律を待ち構える。
「……っ!?」
「む……?」
律とカウナの間に長身のシルエットが割って入る。
正文だったーー。
「…………」
正文はその冷ややかな鉄面皮のままにカウナを睨みつける。
「…君は?」カウナが、やや挑発的な薄笑い顔で正文を見た。
「…覚えておけ牛耳ナイト。俺様の名を。猪苗代一、いや…天下一の美男子、それがこの平沢 正文様だ…!」
そう宣言すると、正文は右手をカウナへと差し出す。
「…この
「……っ!?」
カウナの目尻がぴくりと動いた。
”女にした”
この言葉の意味が分からないほど、カウナは野暮でなければ、子供でもない。
「先程から思っていた…。カウナとやら、貴様…この俺様と
「はて?翻訳機の故障か?君の言葉が理解できない…」
正文とカウナは笑った。
しかしその眼光はハイネの如く鋭く交錯してる。
「おぉ……!」
時緒には見えた気がした。
二人の放つ気迫が稲妻となってぶつかり合う様を、見た気がした,
「改めて…カウナ・モ・カンクーザ。宜しく…マサフミ。成る程…君…いや、貴様の美しさなら銀河でも通用しよう…。
「言ってくれる…!」
カウナの右手が正文の右手と重なる。
「…どうやら…我が倒すべき相手は…トキオとエクスレイガだけではないようだ…」
カウナの笑顔からは、余裕の色がすっかりと消え失せていた。
****
その後、カウナは芽依子、真琴、伊織、そして満身創痍の様相で宿題を終えた佳奈美と簡単な自己紹介をすると、エクスレイガとの戦闘日時を真理子、時緒と話し合った。
「これ以上の長居は美しくありません。我はそろそろ御暇させて頂きます」
そう言ってカウナは、真理子に深々と礼をし、座布団から腰を上げる。
「泊まっていけば良いのに!」
門戸を開けて出て行こうとするカウナに、時緒は不満な顔をしてそう提案したが、カウナは苦笑して時緒の案をやんわりと断った。
「トキオの気持ちは非常に嬉しいが、我は結構口が軽いのだ。和んでうっかり我の戦術を漏らしてしまったら、戦いがつまらぬ物になってしまうだろう?」
カウナの物言いに、時緒は同意をせざるを得ない。
「優しいな、貴様は…。シーヴァンが惚れる訳だ」
カウナは笑顔で時緒に会釈をし、次いで、時緒の背後で腕を組み踏ん反り返る正文と暫し睨み合う。
そしてーー
「我が愛しのリツよ!此度の戦い…確と観ていてくれ…!」
カウナはキザったらしいウインクを、居間の襖から半分顔を出した律へと放り投げた
対する律の返事は……
「ああ!観てやるさ!お前が椎名にコテンのパーにされる所をな!」
「…恥ずかしがり屋さんめッ!そこが更に愛おしいッ!」
しかし、カウナは満足げに微笑み、颯爽と猪苗代の町中へと走り去っていった。
律の神経を逆撫でする投げキッスを、去り際に放ってーー。
****
「おいお前ら、夕飯食っていけよ。今日はハンバーグ作ってやっから。家に連絡しとけよ?」
真理子の提案に、伊織と佳奈美は歓喜した。
真琴も申し訳なさげに賛成し、時緒と夕食を共に出来ることに、芽依子と話がまた出来る事に頬を染めた。
「やい正文」
鳩時計が五時半を指す椎名邸の居間にて。
律は正文へと声を掛けた。ぶっきらぼうな口調で。
「…なんだよ」
対する正文も面倒臭げに返事をする、テレビのお笑い番組から目を逸らす事なく。
「何故、私とカウナの間に割って入った?私がイケメンに惚れられたのが面白くなかったか?」
律は嗤いながら言った。
正文は何も答えず、仏頂面のままテレビを観ている。
律は正文を小馬鹿にしようと思っていた。
カウナの登場は律自身の許容量を超過したものであり、カウナに手玉に取られた感じがした。
カウナとのやりとりで生じた苛立ちは、正文を小馬鹿にすることで解消するしかない。そう思ったのだ。
だが。
「…お前がどっか行くと思った」
不意に、律の虚を突くように。
「お前が猪苗代から去ると思った。もうお前と馬鹿が出来なくなると思った」
正文は、律の瞳を真っ直ぐに見て、そう言った。
「馬鹿にするなら好きにしろ。お前がそうしたいなら俺様も本望だ」
そう言い捨て、正文は再びテレビに目をやる。
「…………」
律は、何も言い返せなくなってしまった。
憎まれ口が返ってくるものだと思っていた律にとって、正文の返答は……。
余りに想定外で。
余りに奇天烈で。
余りに残酷で。
余りに、愛おしく聞こえて仕方がなかった。
『山田くぅぅん!楽ちゃんの座布団全部持ってけぇぇぇぇ!!』
『ハイ喜んでぇぇぇぇ!!』
『山田てめぇぇぇぇ!!』
テレビの中から聞こえる落語家たちの叫びが、律の火照りを帯びた胸にじくじくと響いた。
続く
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