炸裂!エクスレイガキック



「…………ま、まだだ……まだだぁぁ……!」




 窓枠を支えにして、生まれたての子鹿のように震えながら、青木は立ち上がった。


 慢心からの失敗をとくと味わったその濁った瞳は自己中心的な怨念の炎に燃え、粘ついた怒りの眼差しでエクスレイガを睨み上げていた。



「まだだ…!まだだまだだまだだぁぁぁぁっ!私が……この私が田舎者になぞ敗けるかァ!私こそがエリート!賞賛は私の為に!私だけの為にあァァるっ!!」



 力の限り、青木は叫びをあげる。



「おぉ立った…すっげえこの人」

「”悪の華”って奴だな。敵ながら天晴あっぱれ…!」

「性根腐りすぎて逆に味わい深くなってるにゃ!」



 その気迫に、伊織、律、そして佳奈美が思わず感嘆の声をあげてしまう。


 最早、エクスレイガ奪取の執念そのものと化した青木は狂気に奥歯を軋ませ、自身の通信機を握り締めーー



「空挺部隊ぃ!出撃せぇ!!」





 ****



「ん……!?」



 ばたばた、ばたばた、ローターが風を斬る音とともに、三機の輸送ヘリが木々のシルエットを揺らして出現するのを、時緒は視認した。


 三機とも、機体下にカーキ色のドラム缶のような物体を吊り下げている。目測からして、全長はおよそ一五メートルといった所か。



 エクスレイガが身構えると、ヘリが各々ドラム缶を投下する。


 ドラム缶は地面に激突する寸前、下部に開いたスラスターから噴射剤を噴き落下の衝撃を緩和すると、道路に、沢に、近くの荒れ田畑にゆっくりと着地した。



(あれは…?まさか…?)



 時緒は近所の本屋で立ち読みした(その後ちゃんと購入した)ミリタリー雑誌の記事を思い出した。



(防衛軍の…新型機動戦車…!?)



 ドラム缶は前後に割れ、接地した部分を残して平行に右回り九〇度に回転。接地部分は腹帯を起こしてキャタピラに、ドラム缶の蓋は左右に展開して先端にマジックハンドを備えたマニュピレータに変形。


 その形状は有り体に言えば、”ドラム缶が機械のゴリラになった”という所。



「どうだ!開発部に無理言って持ってきた試作可変機動戦車アドベンジャー!しかも三機ィィ!!」



 青木の上擦った咆哮が、集音マイクを通じて時緒の鼓膜を叩く。


 三機のアドベンジャーは拳銃のように前に出張った頭部ユニットの単眼モノアイを妖しく光らせ、エクスレイガを包囲する。



「いけ!エックスレイガを捕獲するのだァ!多少は破壊しても構わん!中のガキを怖がらせてやれ!!」


 !!!!


 耳をつんざく破裂音を伴い、三機のアドベンジャーが有線マジックハンドを、エクスレイガ目掛け同時に射出する。


 計六つのマジックハンドが、アドベンジャー本体と比較するとやや貧相に見えるエクスレイガを強襲。


 直立したまま微動だにしないエクスレイガの左肩を、右腕を、胸部を、胴体を、左腿を、右脚をマジックハンドが次々と掴み、ぎりぎりと無慈悲に締め付けた。



「見たかァ!!」今度の今度こそ勝利を確信をした青木は真理子たちイナワシロ特防隊の面々を指差し嘲った。「そのまま輸送しろォ!!」



 だが……。



「…………」



 はやる呼吸を整えて、時緒は瞳を閉じた。


 コクピットがぎしぎしと鳴る。


 それはエクスレイガの駆体がマジックハンドのパワーに押しつぶされようとしているのではない。


 エクスレイガの鉄壁に、マジックハンドの方に負荷が掛かっているのだ。


 乗り手の精神力次第で絶対破壊、絶対防御を約束するルリアリウムのエネルギー。


 時緒の猛き精神力を纏った今のエクスレイガを破壊せしめる兵器など、今の地球防衛軍には存在しなかった。



『時緒…何遊んでやがんだ?』



 通信機からの真理子の声に、時緒は薄く笑む。



「遊んでんじゃない。タイミングを見計らってるんだ」

『さっさとその拳銃頭ガン・ヘッドどもを潰して戻ってこい。本人は帰っちまったけど…シーヴァン君送別会の二次会をやるぞ!』

「……合点!」



 閉じられていた時緒の瞳が、見開かれ、宿る闘志の炎を煌めかせた。


 静から……動へ!


 突如としてエクスレイガは、その拘束された駆体に力を入れる。


 左手で右腕にしがみ付いていたマジックハンドのワイヤーを引きちぎり、自由になった両手で胸と胴体のマジックハンドを掴み、可動部とは反対方向に折り曲げて破壊。


 アドベンジャーたちが動揺の挙動を見せた。アドベンジャーは有人機である。



「は…っ!」



 エクスレイガが左肩のマジックハンドを掴み、その全力駆動で思い切りぐいと引いた。


 アドベンジャーの一機がエクスレイガに引き寄せられる。


 アドベンジャーは必死にキャタピラをフル回転させてエクスレイガの呪縛から逃れようとするが、焼け石に水。


 たちまちアドベンジャーの、四〇トンにも及ぶその巨体は軽々と釣り上げられ、


 !!!!


 待ち構えていたエクスレイガの、ルリアリウムエネルギーを帯びた正拳突きを見事に受け食らった。


 胴体に大穴を開けられ、アドベンジャーは無残に爆散する。


 炎の中から飛び出して来た泣き顔のパイロット二名を包んだ光球を、継続している戦闘に巻き込まれないよう優しくつまはじくと、エクスレイガは新たな獲物を睨みつける。


 残り二機のアドベンジャーは慌てた様子で後退しながら、両肩から電磁砲レールガンを伸ばし、砲撃を開始。


 電磁力によって加速された特殊合金製の弾丸が、エクスレイガを狙う!


 だがエクスレイガは、平然と弾丸の雨霰を裏拳で蝿を払うが如く弾く、弾く、弾く!


 レールガンの弾速なぞ、猪苗代の自然で遊びながら培われた時緒の動体視力の前では、周囲を飛び交う蝿と同様!


 アドベンジャーの攻撃の悉くが、エクスレイガには全く無駄、無駄、無駄なのである。



「邪魔と…言いました!貴方たちはっ…!!」



 このような輩にシーヴァンの楽しみが邪魔されたと思い返すと、時緒は無性に腹が立った。



「今度はこちらの番です!!」



 次の瞬間、エクスレイガの姿が残像を残して消えた。


 実際に消滅したのではない。アドベンジャーのセンサーでは追随しきれないほどのスピードで、エクスレイガが疾駆したのだ。


 そのことにアドベンジャーのパイロットたちはやっと気づくが……。


 時は既に遅かった……。



 !!!!



 二機目のアドベンジャーは攻撃体勢に入る暇無く、振り下ろされたエクスレイガの手刀によって頭部ユニットから真っ二つに斬り割かれ、全機能を停止した。


 間髪入れず、エクスレイガは全身をしならせて、がらくたと化したアドベンジャーを踏み台に高く跳躍!


 瞬く間に僚機を二機とも破壊された最後のアドベンジャーは恐慌状態。レールガンを、機関砲を、猪苗代の春空高く舞うエクスレイガへと撃つ、撃つ、乱射する。



「少し気恥ずかしいけど…!叫ばさせていただきます!!」



 それらの弾丸を受け流し、エクスレイガはアドベンジャー目掛け、急速急降下!



(トキオ…!その心のままに戦え…!)



 シーヴァンの言葉を、時緒は心の中で蘇らせる。


 重力をも味方につけたエクスレイガは、光の軌跡を空に描き、その駆体そのものを白銀に輝く弾丸へと変えた!



「エクスレイガ……キィィィィック!!!!」




 時緒は叫ぶ。


 エクスレイガ渾身の蹴りが放つ衝撃ーー。


 翡翠色の光ルリアリウム・エネルギーの弾丸ーー。


 時緒の怒りを食らった最後のアドベンジャーは一瞬で粉砕され、鉄の流砂となって消えた……。






 ****






「……ば……馬鹿な……!こんな筈…こんな筈が…」



 文字通り万策尽きた青木は、ルリアリウムの炎が揺らめく中、駆体の装甲各所から蒸気を噴いて姿を現わすエクスレイガを、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。



「地球既存の兵器じゃあルリアリウム搭載機エクスレイガは破れねえ。今まで何見てたんだよ?」



 真理子の呆れ口調の言葉も、青木にはもう届かない。


 再び廃ビルに近づくエクスレイガのシルエットが、青木には地獄から罪人を迎えに来た二本角の鬼に見えた。



『ことを急ぎ過ぎたな。青木 祐之進』



 突如、冷たく鋭い声が響いて、青木は身を震わす。


 振り返れば、真理子がテーブルに置いた携帯端末が、一人の女の立体ホログラフを映し出していた。


 妙齢の女だ。


 セミロングの黒髪に所々白髪のラインが走り、眉間や目元の皺は深い。


 だが、その眼力は、右眼を眼帯で隠し独眼となったその眼力は、獲物を見つけた猛禽めいて鋭く、常人には理解しがたい圧力を帯びてぎらついている。少なくとも老女の放つ眼光ではない。



「お前は…尾野中おのなか 千尋ちひろ…内閣総理大臣…!?」



 青木の震える声が面白かったのか、尾野中という総理おんなは唇の端を上げた。独眼は全然笑っていない。



『青木長官…貴様が今潰そうとしている【イナワシロ特防隊】は、現時点をもって【内閣直属ルーリア外交兼交戦法規機関】となった』



「な…ん…だ…と…!?」青木は尾野中総理が言っている旨が理解出来ない。思考が麻痺して、尾野中総理の言葉が頭に入ってこない。



『ルーリアは戦争を外交術、文化交流の一つとして尊んでいる節がある。なので、ルーリアに対抗し得る兵器を完成させた椎名 真理子博士を抜擢し、実験的な特殊チームを結成した訳だ。流石は椎名博士』



「…けっ」態とらしい尾野中総理の口調に、真理子が心底嫌な顔をした。


「な、内閣だと!?ば、馬鹿な!?ふ、ふふふ、ふざけるなぁっ!!」

『ふざけてなどいない。少々頓珍漢だがな…』

「彼奴らは敵を!異星人を匿っていたのだぞ!?」

『聞いている。ルーリア皇族の側近らしいな?良かったな?彼の命に何かあって問題となっていたら……貴様の首一つじゃあ済まなくなっていた可能性があった……』

「ば、売国奴が!何が法規機関だ!?前例がない!!」

『宇宙人が侵略してきた前例があると?』

「ぐ…っ!」



 悔しさに歯を食いしばったまま沈黙する青木に、尾野中総理はとどめとばかりに言い放った。



『ああそうだ。青木長官?貴官の今回の行動、極東支部上層部に問い質してみた所、”青木の独断行動である。我々は知らぬ存ぜぬ”…という返答が帰ってきたが?』



 青木の血色悪い顔が、怒りに赤黒く染まる。


 賞賛は我が物とならず、組織からは態とらしい沈黙を決め込まれる。これではまるで道化ではないか!


 がたり、と、音がした。


 青木が振り返ると、エクスレイガから降りた時緒が窓ガラスに張り付いて、青木を睨んでいた……。



『どうする?貴官がこのまま回れ右して帰るのであれば、今回の件は不問にしても良いが?なぁ?天才椎名博士?』

「…っち。しゃあねえなぁ」



 態とらしい済まし顔で、真理子は尾野中に同意した。




「あ…あ…あ…あ…」

『…………』

「あの……老害どもがぁぁぁあ!!!!」



 ヒステリックな絶叫を迸らせると、青木は滑稽なフォルムで全力疾走し、会議室のドアを乱暴に蹴り開けた。



「これでェ!済んだと思うなよォォ!!これは私の負けではない!!戦略的撤退だ!!そこの所忘れるなよ!!クソ田舎者どもォ!!」



 今にも泣きそうな目で真理子たちを睨みそう言い捨てると、青木は逃走した。


 部下たちを残してーー。







 ****




「時緒!後で塩撒いとけ!塩!」



 半壊した倉庫に戻っていくエクスレイガにそう叫びながら、真理子は撤退していく防衛軍の輸送ヘリを物憂げに眺めていた。



『これで、さすがの防衛軍も暫くは表立った行動は出来まい』



 端末上で踏ん反り返る尾野中総理のホログラムに真理子は礼をする。


 至極面白くなさそうな顔つきで。



『礼には及ばん。言ったろう?貴様らにはルーリア外交の橋頭堡として…まぁ…日本政府われわれは貴様らをたっぷり利用させて貰うだけだ。貴様らは金さえ渡しとけば地球防衛軍よりは従順だからな』



 野心溢れる支配者の顔付きで尾野中は笑うと、エクスレイガから姿を現した時緒と、キャットウォークから時緒にスポーツドリンクを渡す芽依子を見遣った。


 鷹めいた尾野中の瞳が、ふと、柔和になった。



『あれが……お前たちの"継承者"か……』

「ああ……」

『まるで昔のお前たちだ……』



 暫しの間、真理子は黙り込む。


 真理子と尾野中の間に、感傷的な空気が薄らと流れるが……。



「みんな〜!パパが【焼き肉 田淵おうち】貸し切りにするってさ〜!お代もサービスするよ〜!!二次会は私んちでやろ〜よ!!」

「「やった〜〜!!焼き肉だァ〜〜!!」」



 佳奈美の声と、それに続く歓声が全てをぶち壊しにする。


 尾野中は堪らず苦笑した。



『だそうだ。仕事が残っている。失礼する…』



「待て」通信を切ろうとする尾野中総理を真理子は引き止める。



「あんた…一国の総理とはいえ…よく国会まで動かせたな?」



『ああ』尾野中は思い出したかのように応える。



渡辺 晴明わたなべ せいめい…。奴の協力だ』



 その名、真理子は聞き覚えがあった。


 今回の防衛軍襲撃を、リークしてきた男の名だ。



「渡辺 晴明…。何モンだ?」

『宮内庁皇室警護班の若き隊長。《帝》も奴を重宝しているらしい…』

「らしいって…アンタにしちゃ珍しい…フワフワした言い方だな?」

『息子の咲夜さくやに身辺を探らせているが…まともな記録が出てこない…』



 「なんだそりゃ」と真理子は顔を顰めた。



 渡辺 晴明ーー。


 敵ではなさそうだがーー。


 何故か?形容し難い妙な感覚が真理子を掴んで離さなかった。






 ****





「皆さん!ご注目ください!!」



 キャットウォークの上で時緒が叫ぶ。


 イナワシロ特防隊の面々や、友人たち、傍らの芽依子と真琴の視線が自身に向けられている事を確認するとーー。



「シーヴァンさんからのメッセージです!」



 意気揚々と、シーヴァンから貰った紙を皆に見えるよう腕高く広げた。



「「やった〜〜〜〜!!」」



 歓声が上がる。


 芽依子と真琴が手を合わせ、喜びを分かち合う。


 正文と麻生は腕を組み、満足そうに頷く。


 伊織と茂人が感動に目を潤ませる。



 時緒が掲げた紙……時緒がシーヴァンから去り際に貰った紙には、シーヴァンが真琴から貰ったチョコペンで、こう書き残してしていた。





 み ん な あ り が と う





 ぐにゃぐにゃとした平仮名で記された、一生懸命地球の言葉を覚えたシーヴァンからの、感謝のメッセージだった。




 ****



 数時間後。


 二次会を終え、芽依子や真理子と共に帰宅した時緒は、自室の襖を開ける。


 誰もいない。


 誰も……。


 当たり前のことだが……。



(む!トキオ…!帰ってきたか!)


(ガッコーは楽しかったか?)


(夕飯前の手合わせだ…!かかって来い!)


(今日は鍛錬よく頑張ったな…!)


(トキオ、今日も一緒にフロに入るぞ…!)


(ち、地球のゲームは難しいな…!このっ…このっ!)



 シーヴァンと過ごしたひと時が楽しくて、懐かしくて……シーヴァンが帰ってしまったことが……少し寂しくて……。



「時緒くん……」



 芽依子に優しく背中をさすられながら……。


 時緒は少し……ほんの少し……泣いた。




 続く

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