第十六章 さらばシーヴァン!〜後編〜

反撃〜僕たちのターン!〜


『エックスレイガのコクピットハッチ開放に成功しました。ですが…システムが独自の物らしく…起動出来ません』



 立体映像で映る部下の報告に、青木は額に青筋を浮かべた。



「……貴方はそんな事を報告するためだけに、この私に時間を割いたのですか?」

『え?は、はぁ…』

「ノロマめっ!さっさと動かせるよう解析なさい!私の権限を使えば…貴方をアステロイド基地へ永久転属させる事も…貴方の家のドアノブを全てアボガドにする事も可能なのですよっ!!」

『も、もっ…申し訳ございません!今すぐっ!』



 イナワシロ特防隊基地である廃ビルの会議室ーー。


 慌てる兵士の立体ホログラムを、青木は忌々しげに払い消す。



 【時は金なり】



 自分のようなエリートにとっての一分一秒は凡人の一年十年に相当すると信奉する青木は、ふんすと鼻息を荒くした。



「そうピリピリすんなや。禿げるぞ?」

「お黙りなさいっ!」



 パイプ椅子に座って踏ん反り返っている真理子に、青木は逆三角形の目をぎらつかせヒステリックな裏声をぶつけた。



「おーこわ」真理子はけらけら笑う。



 青木は理解出来ない。


 銃を構えた兵士たちに包囲されているというのに、真理子は、イナワシロ特防隊のメンバーたちはしょっぱい澄まし顔のまま怯える様子を見せないからだ。


 理由が分からない故に、青木は不快だった。



「痩せ我慢をっ!」青木はそう解釈する事にした。



「言っとくが、時緒むすこじゃねえとエクスは動かせねえぜ?」

「貴様の息子だと…!?」

「応さ、シーヴァン君…あのルーリア人を連れて逃げた自慢の息子だぜ」



 真理子の言葉に、やっとこ青木の優越感が勃起し、青木は勝利と嘲りが入り混ざった笑いを上げた。



「ならば話は早い!もう直ぐ私の部下が貴様のクソ息子を連れ帰ってくるでしょう!あのエイリアンと共にね!」

「…………」

「いや…もしかしたら…二人揃って死体になっているかもしれませんねぇ?銃穴だらけで!クヒヒヒヒ……ヒッ!?」



 突如、背筋を走る悪寒に青木は戦慄した。


 真理子の背後に仕えていた、芽依子が泥の如く重苦しい怒気を放ち、能面顔で青木を睨んでいたのだ。


 その眼光は冷たく、鋭い。


 親の威光に甘え、これっぽっちも心身を鍛えていない青木だからこそ悪寒を感じるだけで済んだ。


 訓練を積んだ事で相手の気迫をある程度感じる事が出来た、会議室に居た兵士のうち数人は、芽依子の強烈な殺気に充てられて失神昏倒した。



「芽依、どうどう」

「芽依子さん…だいじょぶですよ…。椎名くんがこんな人たちにやられる訳がありません…!」


 真理子と真琴に宥められ、やっと殺気を収めた芽依子は恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、ガッツポーズを取る卦院と共に兵士の手当てに当たる……。



 ふと、防音性皆無の窓ガラスの向こうから、車のエンジン音が聞こえて来た。


 青木が階下を見遣ると、一台の装甲車が廃ビル前の駐車場へと入っていくのが見えた。追跡任務に向かわせた装甲車のうちの一台だ。



「か、帰ってきました!これで私の勝利は確実です!」



 青木は歓喜する。……だが、はてと首を傾げた。



 任務に向かった装甲車は四台の筈。


 何故一台しか戻ってこなかったのか?残る三台はどうしたのか?



「〜んふ〜ふふ〜ふふ〜ふふん〜ん〜ふふふっふっふ〜〜ん」



 暇を持て余した真理子が鼻歌を歌い始める。


 時緒が好きな特撮ヒーロー番組【帰ってきたハイパーマン】の主題歌だ。牧や茂人、薫も吊られて鼻を鳴らす。



「ふんっ!余裕ぶってられるのも今の内!まさしく負け犬の遠吠え!せいぜい無様に歌っていなさい!」



 鼻歌のコーラスを始める真理子たちに、青木は嘲笑し、確信した。


 田舎者とはまさしく救い難いゴミたる存在だと。最後に勝つのは矢張りエリートたる自分。


 そんな慢心の所為で、真理子の鼻歌の所為で、青木は気付かない。



(ぐぁっ!)

(ぎゃっ!?)

(ぐえっ!?)



 廃ビルの外や、ビル内の至る所に配備させた兵士たちの短い悲鳴に……。



『長官殿!失礼いたします!』



 やがて、会議室のドアを開けて四人の兵士たちが勢い良く入室して来た。全員耐弾装甲のフルフェイスヘルメットを着用していた。


「貴方たち、他の者はどうしましたか?椎名 真理子の息子は?あのエイリアンは!?」



『はっ!』一番長身の兵士が敬礼をする。



『真に遺憾ながら一足遅く、ミスター・シー…じゃなくて異星人は無事かえ…じゃなくて取り逃しました…!』


「役立たずどもめ!!」青木が舌打ちする。



「ならば椎名 真理子の息子は!?あのガキがエックスレイガ起動の鍵なん…、」



 青木が唾をとばしながら、そう言いかけた時ーー。


 青木の通信機が耳障りな電子音を奏でる。


 倉庫にいる部下からだった。


 青木は再び舌打ち。



「このクソ凡人が!こっちはいそがし、」

『ちょ長官殿ォ!いきなり…いきなり謎の少年が!天井から襲ってぇ!?』

「何ですとっ!?」



 通信機の向こうから聞こえてくる兵士の叫びに青木は困惑、逆三角形の目を見開く。



 隣の倉庫から、発砲音が連続して聞こえて来た。



『構わん!命令だ!撃て!撃て!射殺せよ!』『駄目だ!あのガキ、光る刀で銃弾全部弾いてる!』『ぎゃあぁぁぁ!!』『うわぁ!?斬られた小隊長が全裸に!!』『いや〜〜ん!!』『いやだぁ!!全裸はいやだぁ!!ぎゃあぁ!!』



 阿鼻叫喚の悲鳴ののち、ぶつり、と音がして通信が途絶えた。


 真理子達も、鼻歌を歌う事をやめた。


 …………。



 嫌な静寂が青木を包み込む。


 現状が理解出来るほど、青木の頭脳は柔軟ではない。



『ふっ…!』



 小さく笑った長身の兵士を、青木は睨む。



「き…貴様ら!?なにをしている!?さっさと救援に向かうのです!!…いや!わた、私の護衛を!!」

『どちらもお断りいたします。お間抜け長官』

「何っ!? 」



 兵士が勿体ぶった動作で、フルフェイスヘルメットを脱いだ……。



「だ、誰だ貴様!?作戦目標とIDを言え!!」



 ヘルメットに隠されていた、端正な素顔が、ニヤリと笑う。



「『友情』。平沢 正文…ッ!」



 ヘルメットを青木の足下へ投げ捨てると、装甲服姿の正文は天高く人差し指を立てて見せる。


 他の三人の兵士もヘルメットを脱ぎ捨てた。



「…残念だな!長官さんよォ!」

「貴様の部下たちは…」

「みーんな五色沼でお昼寝中だヨ!」



 伊織、律、佳奈美だった。



「みんな!」真琴の笑顔が咲く。



 いかにも示し合わせたようなシチュエーション。真琴は以前時緒から借りた特撮ドラマを思い出した。


「な、なぁぁあ…!?」



 四面楚歌、味方一人いなくなってしまった青木の顔面が、一気に青ざめる。


 何故に?何故こうも勝機が覆される?自身の、エリートの計画は完璧だったはず!凡人ども如きに覆される訳がない!青木は混乱した。



「正文さん!時緒くんは…!?」



 心配そうな芽依子の問いに、正文はキザなウインクを一つしてーー



「出ろおっ!ァァ!!」



 パチン!高く掲げた指を打ち鳴らした。



 ゴオッ!!!!!!



 突如、倉庫の壁を巨大な拳が貫き、その衝撃が振動となって会議室全体を揺らす。



 崩れる壁の構築材をがらがら浴びて、拳の主、エクスレイガが日の下へと顕現した!



 蒼く出張った肩アーマー、羽根飾りのような頭部左右一対のブレードアンテナが陽光を反射し、翡翠色の両眼カメラアイが鋭く輝く。



「ひっ!ひえぇぇぇぇええっ!?」



 驚愕が許容値を超え、とうとう青木は腰を抜かしてしまった。



「あ〜ぁ…時緒あのバカ…今度は壁壊しやがった…」



 真理子がジト目で溜め息を吐きながら、後方の茂人たち整備班を眺めた。「修理よろしく」


 あの壁も俺たちが直すのか?業者を雇わないのか!?と、茂人たちも青木と同様に顔面蒼白になって棒立った。


 エクスレイガは廃ビルの前を悠々と歩き、その双眸で、窓際で腰を抜かしたままの青木を睨み下ろした。




 ****




『時緒くん!時緒くん!』

「芽依子さん…お待たせしました!」



 エクスレイガのコクピット内、私服のまま搭乗した時緒は、目の前に浮かんだ立体モニター内の芽依子に向かって手を振って見せる。



「心配させました?」

『はい…!でも…真琴さんは時緒くんがちゃんと帰ってくると信じてました。…私はまだまだ駄目ですね…』

「神宮寺さんは神宮寺さん。芽依子さんは芽依子さんじゃないですか。ありがとうございます、僕は構ってちゃんなので嬉しいですよ」



 頬どころか、耳や首まで真赤にして照れる芽依子に時緒は首を垂れるとーー



「地球防衛軍……幻滅だ!」



 シーヴァンとの別れの宴を邪魔された怒りを懸命に押し殺して、コクピットスクリーンに映る青木を睨んだ。


 操縦桿に嵌められたルリアリウムが、時緒の感情を吸い取って更に眩く輝く。



「地球防衛軍…!これは最終通告です!今すぐ皆を解放して…猪苗代ここから出て行ってください!」



 時緒の怒気が込められた拳が。


 エクスレイガの黒銀色をした鋼の拳が。



「ひ、ひーーーぃっ!!」



 ガラス窓越しに、冷や汗まみれの青木へと突き付けられた。




 続く

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