ルーリアの恥


 


 シーヴァンは余り空間転移航法が好きではない。


 ルーリア本星と地球との距離のように、三〇〇万光年も距離があるのであれば仕方がない。


 しかし、大地、空、そして宇宙、移りゆく景色が見れないのは非常につまらないものだ。



 つい先程まで猪苗代の美しい自然の中にいたのに、気がつけばーー



「「お帰りなさいリ・オゥートニア!シーヴァン卿!!」」



 シーヴァンは航宙城塞【ニアル・ヴィール】の公共転送ポートに立っていて、侍女や従士たちから、帰還を労う言葉をかけられていた。


 猪苗代で濃密な日々を過ごしたシーヴァンには、如何にも味気ない旅の終わりだった……。



「シーヴァン・ワゥン・ドーグス、帰還致しました」



 和かな拍手に包まれながら、シーヴァンは礼をして、携えていた風呂敷を開ける。


 中から現れた猪苗代由来の土産の数々に、ルーリア人たちは瞳を輝かせ群がり、シーヴァンの周囲はあっという間に人だかりが出来た。



「ドーグス卿!この木彫りの彫刻はなんですか?面白い顔!」

「コケシです」

「この玩具、首がゆらゆら揺れて可愛い〜!」

「アカベコです」

「このお菓子、甘酸っぱくて美味しいですね!」

「それは【サンマンゴク】の【檸檬れも】というお菓子です」



 猪苗代の土産物は、ルーリア人に頗る好評であった。


 猪苗代の物品を褒められると、なんだか嬉しくなる。


 満足げなシーヴァンの背後から、細長い腕が伸びて、菓子を一個手に取った。



「ふむ!美しい我にふさわしい上品な味わいである!気に入った!」



 キザな態度と口調で菓子を頬張るカウナ・モ・カンクーザの姿が、猪苗代の正文を連想させ、シーヴァンは思わず吹き笑ってしまった。


 ニアル・ヴィールを離れていたのは一週間と少しなのだが、カウナとこうして面と向かうのが、酷く懐かしく感じる。



「カウナよ、すまない。長らく城を空けた」

「気にするな。友よ!」



 がっきと、シーヴァンとカウナは腕を組み交わす。


 腕が触れ合うだけで分かる。


 以前とは、猪苗代に降りる前とは違う……更に高まったシーヴァンの力強さに、カウナは心から嬉しくなった。



「早速だがカウナ…ティセリア様の下へ謁見に向かう。お昼寝中ではないか?」

「先刻お目覚めになられた所だ。貴様の帰還を心待ちにしているぞ。急ぎ給え」






 ****





 ニアル・ヴィールには至る所に転送ポータルが設置されている。お陰で全長二キロメートルもある城の端から端まで一瞬で移動出来る。


 地球人の捕虜は『チョー便利!』とか言ってことある毎に利用するが、シーヴァンを始めとしたルーリア人は余り利用しない。敢えて使わない。


 答えは簡単。運動にならないからだ。


 銀河を股にかけるルーリア人は体力が資本である。便利な科学があるとはいえ、それに頼りきる事は怠ける事に繋がる。


 怠惰は精神力を堕落させる。それは即ち、精神力をエネルギーに変換する超エネルギー結晶体【ルリアリウム】を使うルーリア人にとっては死に直結する蛮行なのだ。


 故にルーリア人は余程の事がない限り転送ポータルを使わない。使う時は重要な施設に直接入場するか、尿意便意が危険な時くらいだ。


 今日も今日とて、ルーリアの侍女達は地球製の箒や雑巾でニアル・ヴィールの清掃をあくせく行い、かく言うシーヴァンもティセリアが待つであろう大広間へと、わざわざ徒歩で向かうのだ。


 真琴から貰ったケーキの箱を大事に携えて。



「…おかえり、シーヴァン」



 大広間へ入室する為の転送ポータル前に人影があった。


 ラヴィー・ヒィ・カロトである。


 何やら意気消沈した表情で、ラヴィーはポータルを装飾する柱に寄りかかっていた。



「ラヴィー、お前にも手間を掛けたな」

「全然。イナワシロの人達は優しかったかい?」

「無論だ。お前も行ってみると良い。面白いぞ」

「はは、そうさせて貰おうかな?」



 力強く頷くシーヴァンにラヴィーは苦笑するとーー


「あ、シーヴァン?」

「む?」

「今、大広間には入らない方が良いよ?」



 転送ポータルを操作して大広間に入室しようとしたシーヴァンを、ラヴィーはやんわりと制止した。


 何故と、シーヴァンは首を傾げる



「それは…まぁ…その、嫌なヤツが来てる」

「嫌なヤツ…?よく分からんが、ティセリア様にはちゃんと謁見せねばなるまい?」



 シーヴァンはポータルの操作を続ける。


 シーヴァンは少し焦っていた。


 早くティセリアに会って、このケーキを捧げたい。


 ティセリアの似顔絵が描かれた真琴手製のケーキ。きっとティセリアは喜んでくれるだろう!


 ケーキの似顔絵のようにティセリアが笑う姿を想像すると、シーヴァンの心は高揚して止まらない。



「失礼致します…!」



 そして、シーヴァンは大広間へと入室する。



「うゅゆっ!?…うゅ〜〜……」



 やはり、大広間の玉座にはティセリアが座っていた。



「ティセリア様、不肖このシーヴァン、帰還致しました……!……?」



 そう首を垂れながら、シーヴァンは違和感に首を傾げた。


 ……おかしい。


 いつものティセリアなら喜んで抱きついて来る筈。しかし当のティセリアは玉座に座したまま、不安そうにもじもじとしている。



「…………」

「…………」



 ティセリアの世話係であるリースン・リン・リグンドも、コーコ・コ・カトリスもまた、沈んだ表情でシーヴァンを見つめていた。


 何故?何故皆そんな顔をする?


 シーヴァンの疑問に答える者はーー





「貴様が帰って来るのを待っていた。ドーグス」




 シーヴァンの視界の端から、桃色の宝玉、ルリアリウム駆動の歩行補助機に乗った小女が現れた。


 長く波打った桃色の髪。腰から下には左右一対の脚はなく、髪と同色の鱗に覆われた一本の尾鰭が有る。


 ルーリアの被属惑星【アビリス】に棲むアビリス人の特徴的外見だ。


 その少女の名を、シーヴァンは知っていた。



「《シェーレ・ラ・ヴィース》卿…!」



 自身の名を呼ぶシーヴァンを、シェーレは鋭い……威圧的な目で見つめた……。





 ****




 シェーレ・ラ・ヴィース。


 ティセリアの姉、メイアリア傘下の騎士団【メイアリア騎士団】が擁する女騎士。


 メイアリアの懐刀が、何故ニアル・ヴィールに?


 頭の中でそう疑問するシーヴァンへ、シェーレはゆるゆると歩行機を操作して近付いてきた。



「何故…メイアリア騎士団の貴女がニアル・ヴィールここに?」

「ティセリア様のご様子が心配で来たのだが…成る程…来て正解だった。地球製の兵器に敗れたらしいと聞いたものだから…」



 首を垂れたまま返事をするシーヴァンを見下ろしながらシェーレは自らの長い髪を梳く。


 海に覆われた惑星アビリス特有の磯の香りが、シーヴァンの鼻腔をくすぐった。



「ドーグス……よく帰って来たな?」

「は…!地球の…現地の優しき方々に良くしていただき、地球の文化を学び…こうして帰還した次第です…!」



 シェーレの労いと思しき言葉に、シーヴァンは微笑んで猪苗代の思い出を、時緒や芽依子や真琴、イナワシロ特防隊の面々の事を語ろうとした。


 だが。



「……ドーグス、貴様は何か勘違いをしているみたいだな?」



 シーヴァンはシェーレと目が合う。


 まるで、汚物を見るような冷徹な目で自身を見下げ果てている、シェーレの赤い瞳孔とーー。



「私はこう言ったんだ。……と…!」



 シェーレが放つ見えない圧力に、シーヴァンはただ押し黙った。



(嫌なヤツが来てる)



 今になって先程のラヴィーの台詞が理解出来た。


 消沈しているティセリアやリースンたちの態度にも粗方予想がつく。


 シェーレに何か言われたか。



「敗けただけでは足らず、地球人の世話になった?ドーグス……前々から気に食わなかったが…貴様がそれ程恥知らずとは思わなんだ」



 シーヴァンの周りをくるくる漂いながら、嘲笑を浮かべたシェーレの静かな罵詈は続く。


 シーヴァンは耐えた。時緒は、猪苗代の人々は優しき人々だった。彼らの世話になった自分を恥だとは終ぞ思わなかった。



「ふん?ドーグス?その箱は何だ?」



 シェーレはシーヴァンが携えた箱を怪訝そうな目で覗き込む。



「…マコトという地球人が真心を込めて、ティセリア様の為に作ってくれたケーキというお菓子です…地球人でも滅多に食出来ない高級な…、」


 !!!!



 突如、シェーレの尾鰭が、ケーキの入った箱を跳ね飛ばした。



「……ぁ…!?」シーヴァンは小さな悲鳴をあげる。


 ケーキが……!



「地球人が作った物だと!?汚らしい!!」憎悪を滾らせたシェーレの叫びが大広間に木霊すした。



「そんな汚らわしい物をティセリアのお口に…皇族に食べさせようなどとは!!」



 ケーキは大広間の宙を弧を描いて舞い、ぐしゃり、と、嫌な音を立てて床に落ちた。




 床に落着したケーキは、見るも無残に崩れきっていた。


 シーヴァンが描いたティセリアの似顔絵も崩れ、笑顔のつもりで描いたティセリアが、まるで苦痛に呻いているように見えた。



「な、なんて事を!?」ラヴィーが悲痛な表情でシェーレを睨む。



「おのれ…!美しくない…美しくないぞシェーレ・ラ・ヴィース!表に出ろ!いざ尋常に勝負…!!」



 いつもの気障な態度を捨て、カウナは怒りシェーレに掴み掛ろうとするが、ラヴィーが慌てて引っ張って制止する。



「ドーグス…貴様はルーリア騎士の恥だ!恥を知れ!!」



 カウナやラヴィーにも侮辱の笑みを投げつけながらそう言ってのけるシェーレを、シーヴァンは悲痛な眼差しで見つめた。



「いいえ…!恥とは思いません…!地球人は薄汚くはない!少なくともイナワシロの人々は…トキオたちは…素晴らしい…!」



 ただシーヴァンは悲しかった。


 折角ケーキを作ってくれた真琴に申し訳がなかった。ケーキを食べさせる事が出来なかったティセリアに申し訳がなかった。


 何故シェーレはこんなにも地球人を卑下するのか、それもまたシーヴァンは悲しく哀れに感じた。



「地球人に毒されたか!?」シーヴァンの眼差しに苛立ちを覚えたシェーレは、シーヴァンの頬目掛け平手を構える。



 シーヴァンは微動だにしない。


 ここで防御行動をしたのなら、時緒たち地球人を、猪苗代の思い出を否定してしまうような気がしたのだ。



「や、やめて〜!やめてよぅ〜〜!シーヴァンをはたかないで〜〜!!」



 ティセリアの叫びも聞かず、シェーレは平手をシーヴァン目掛け振り下ろしーー




「恥を知るのは貴様の方だ、シェーレ……!」





 刹那、重く渋味のある男の声が広間に響き渡り、シェーレの攻撃行動の一切合切を止めた。





 続く

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