超低次元バトル!時緒VSティセリア



『うゅーっ!おまえはだれだぅーっ!?』



 時緒の目の前に投影された少女が叫んだ。


 狐めいた耳、細長い瞳孔、少女の出で立ちはまさしくルーリア人のそれであった。



「むむ…っ!」



 ルーリア人のはいえ見ず知らずの人物に、しかも子供に”おまえ”呼ばわりされて平然としていられるほど、時緒は大人ではない。



「僕は椎名 時緒だ!そういう君は誰さ!?」

『うゅ!ティセリアだ〜!!』



 。勝ち気な態度でそう少女は名乗った。


 時緒は己の記憶を辿ってみる。



(こちらの御方が私の主君…ルーリア銀河帝国第二皇女、・コゥン・ルーリア皇女殿下に御座います)



 以前のシーヴァンの言葉と、その際に映された映像を思い出した時緒は「あ」と目を見開いた。


 そうだ。この少女は、ルーリアの皇女。お姫様。



『うゅ?おまえの声…どっかできいたことがあるぞ〜…?』



 しばらく、ティセリアは時緒の顔を凝視した。


 やがて、小動物のようなくりくりとしたティセリアの目がどんどん険しくなっていきーー。



『うゅー!ー!!』



 ティセリアは犬歯を露わにして、怒髪天の形相となった。



『おまえがエクしゅレイガにのってたヤツだなー!?』

「そ、そうだけど……?」

『うぎー!シーヴァンをかえしぇー!シーヴァンをいじめるなー!!』



 時緒は狼狽えた。


 シーヴァンを虐める?誰が?彼のような素晴らしい戦士を誰が虐めるというのか?



「し、シーヴァンさんを虐める訳ないだろう!?」

『うそだぅー!シーヴァンをだせー!シーヴァンはつよいんだぞ〜!おまえみたいなへなちょこにまけるもんか〜!きっとおまえがずるっこしたんだ〜!ばか〜!』

「ば、ばか〜!?」



 ”ばか”と言われて、時緒は無性に腹が立った。


 未だ時緒の奥底に眠っていた幼稚な対抗心が鎌首をもたげ熱を放ち出した。



「馬鹿ってなんだよ!馬鹿って!!」

『うぎ〜!ばかはばか〜!!』

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!!」

『なにを〜!?ばかってゆったほうがばかってゆったほうがばか〜!!』

「馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿!!」

『ばかってゆったほうがばかってゆったほうがびゃっ…』

「や〜〜い!噛んだ〜〜!!」

『か、かんでないも〜〜ん!!』

「噛んだ噛んだ〜〜!!」

『うぎー!うるさいうるさい〜!!』


 怒りが頂点に達したティセリアの顔が真っ赤になって膨らんだ。



『おまえなんか!おまえなんか〜!皇帝パパにいいつけてやるぅ〜〜!!』

「やれるもんならやってみろ〜〜!!」

『ゔゅ〜〜!!トキオむかつく〜〜!!』



 きーきー唸るティセリアにむかって、時緒は舌を出して”あかんべー”をする。


 子供ティセリアに対してむきになるその姿。


 それが、地球の運命を担う対ルーリア戦闘ロボ【エクスレイガ】のパイロットの実態であった。


 時緒は、馬鹿であった。


 相手が例え子供でも、異星の姫君でも真っ向からぶつかる。


 勉強が出来て、行動力のある、生真面目な馬鹿であった。





 ****




「さあさあ!第二回戦だ〜!!」


 酒が進んでへべれけになった真理子は、鍋の中へと新たな肉や野菜をこれでもかと入れる。


 芽依子とシーヴァンの瞳が、再びすき焼きを堪能出来る期待と希望に輝いた。


 ふいに、芽依子は居間の戸に目をやった。



「時緒くん…遅いですね…?」

「は…、よほど切羽詰まっていたのでしょうか…?」


 首を傾げる芽依子に、シーヴァンも同意の肯首をしてみせる。


 その時だったーー。



「 …!……!……! 」



 戸の向こう、奥の廊下から、床板の上を走る音と共に、時緒が誰かと喋る声が聞こえて来る。



「 …!……!〜〜!! 」

『 〜〜!〜〜!! 』



 一体何ごと?芽依子とシーヴァンは眉をひそめて戸を見つめた。


 がらりと勢い良く戸が開かれーー



「シーヴァンさん!シーヴァンさんからも言ってください!」

『ゔゅ〜!!シーヴァ〜〜ン!!』



 怒り顔の時緒と、ティセリアの立体映像が飛び込んで来た!



「ぶーーーーっ!?」



 シーヴァンは酷く驚き、烏龍茶を思い切り噴いた。


「げほっ!?」



 何故か芽依子も、ティセリアを見て咳き込む。



「シーヴァンさん!この子しっつこいんですよ!僕がシーヴァンさんの事虐めているって!!」

『ゔー!こいつむかつく!シーヴァン!こいつのことゲンコして!ゲンコ〜!!』

「なにを〜!!」

『にゃにを〜!!』



 時緒とティセリアは睨み合い、お互いに犬歯を見せて威嚇した、



「 ………… 」



 その様を、シーヴァンは困り顔で暫く眺めた後、こほんと咳払いを一つ。



「ティセリア様…」

「うゅっ!?」



 そして、姿勢を正すと、映像の中のティセリアに向けて、深く傅いて見せた。



「私は大丈夫です。トキオを始め、イナワシロの方々には非常に良くしていただいております」

『うゅっ?ほ、ほんと?』



 きょとんとするティセリアにむかってシーヴァンは笑顔で頷く。騎士装束ではなく、真理子が購入した安物のジャージ姿だが、主君に跪くその勇姿はとても凛々しい。



「ティセリア様、こんな無精者を気遣っていただき、このシーヴァン…感謝の言葉も御座いません…」



 するとティセリアは、不満げに唇を尖らせて俯いた。



『う〜…シーヴァン…いつかえってくるの?はやくかえってきてよぅ〜…』



 銀色の耳を垂らしてしおらしくなったティセリアに、シーヴァンは優しく、しかし力強く語り掛ける。



「私は必ず近いうちにニアル・ヴィールへ帰城致します。その時には今度こそ遊んでください」

『うゅっ!ほんとう〜?まってるぅ〜!!』

「はっ…!」



 余程嬉しかったのか、ティセリアは映像の向こうでくねくねと小躍りをし始めた。


 そんな彼女を見ながら、時緒はにやりと嗤う。



「そら見たことかティセリアちゃんとやら!シーヴァンさんは元気なんだぞ!!」


 笑顔から一転、ティセリアは時緒をくわっと睨んだ。



『うぎ〜!トキオうるしゃい!パパにほんとにいいつけるぞ〜〜!?』



 そう叫んだ後、ティセリアは『…うゅ?』と腕を組み、何やら考え始める。



『うゅ…、よくかんがえたらパパたぶんおこらない。あんまこわくない。アシュレアおにいちゃまもおこらない。笑うだけ。う〜ん…』



 そのままティセリアは一分ほど虚空を見つめて……。



『あ!』閃いたティセリアは意地悪げな笑みを時緒へと投げつけた。



『うぷぷ〜!おねえちゃまだ〜!メイアリアおねえちゃまにいいつけてやる〜!!』



「ぶふぅっ!?」再び芽依子が噴き出した。何故かは時緒には分からない。


 芽依子の横では、真理子が必死に笑いを堪えていた。


 両手をわきわき怪しく動かしながら、ティセリアは嗤う。



『メイアリアおねえちゃまはつよいぞ〜!こわいぞ〜!すぐおこる!ぷんぷんおこるぅ!ちょ〜こわいぞ〜!!トキオぜったいないちゃうもんね〜!!』

「そっ…!それは貴女が変なイタズラしたり食べ物の好き嫌いをするからでしょう!?」



 突然芽依子が叫んだ。


 予想外の人物の反応にーー



「え?」

「む?」

『うゅ?』



 時緒もシーヴァンも、ティセリアも目を真ん丸にして芽依子を凝視した。


「……はっ…!」


 我に帰った芽依子は、数秒あたふたと右往左往し、顔を真っ赤にして時緒の背後に隠れる。


 真理子が大笑いしてばんばんと卓袱台を叩いた。



『う?そこのちきゅーじんのおねーちゃん…どっかで…』



 そうティセリアが言いかけーー



『ティセリア様!?公用通信機で何をされているのですか!?』



 映像の向こうからティセリアとは別の女性の声が聞こえてきた。



『うひぃー!?リースンだぁー!?』



 ティセリアは目を白黒させながら、手元を慌ただしく動かしている。通信機を停止させて、証拠隠滅を図るつもりだ。



『じゃあねシーヴァン!はやくかえってきてね!それとトキオ〜!おぼえてろぅ〜!!じぇったいやっつけてやるぅ〜!!』



 言いたいことを言い切って、ティセリアの映像は消えた。


 先ほどまでの喧騒が嘘であるかのように、椎名邸の居間は誰一人無言となり、ただ、すき焼きの煮える音がぐつぐつと聞こえるのみだった。


 飛行機だろうか?家の外からはジェット音も聞こえてくる。


 ふと視線を感じ、時緒はうんともすんとも言わなくなった通信機から目を離した。



「…………」



 シーヴァンが鋭い眼差しで、じいと時緒を睨んでいた。


 時緒は自身が恥ずかしくなった。


 ティセリアはシーヴァンが仕える姫である。そんなティセリアと自身は幼稚な口喧嘩を繰り広げたのだ。臣下であるシーヴァンも、良い感情を抱かないだろう。


 そう思った時緒は、即座にシーヴァンへ頭を下げた。



「ご、ごめんなさい」



「む?何が?」シーヴァンが意外そうに首を傾げる。



「怒りましたよね?その…シーヴァンさんが仕えるお姫様と喧嘩しちゃって…」

「む?あ、いや…怒ってないぞ?そんなつもりでお前を見ていた訳ではないのだ」



 再び頭を下げようとする時緒を、シーヴァンは少し慌てた様子で御した。



「ティセリア様はああ見えて恥ずかしがり屋で人見知りな御性分でな?」



 ルーリア流の冗談なのか?最初時緒は思った。


 あのティセリアが、開口一番”だれだおまえ”と宣ってみせたティセリアが、恥ずかしがり屋で人見知りとな。



「本当ですか?それ?」

「ああ。だから、ティセリア様があんなに初対面トキオと打ち解けるとは思わなかった」

「はあ…」



 「やはり…トキオ…お前は面白いな」シーヴァンは染み染みと呟きながら、シラタキを頬張った。


 背後で芽依子が頷いているのを、時緒は知らない。



「打ち解けるって…思い切り嫌われてますよ?僕……」

「いや、トキオ…ティセリア様はお前に懐く。ティセリア様と付き合いの長い俺が言っている」



 シーヴァンはそうきっぱりと断言をした。




 ****





(ふむ、やはりトキオ…おまえをニアル・ヴィールへ連れて行った方が良かったかもしれん…)



「あーっ!?芽依子さん!?その肉は僕が目をつけていたのに!?」

「時緒くん…。すき焼きは戦いです…!エクスレイガは時緒くんに譲りましたが…この肉だけは…!」



 時緒と芽依子の、程よく煮立った会津牛霜降りロース肉を掛けた熾烈な戦いを見守りながら、シーヴァンは思う。



(トキオ…おまえを倒す理由がもう一つ出来た。お前を倒し、捕虜としてニアル・ヴィールへ連れて行く。そしてお前は…ティセリア様の良き喧嘩友達となり、あのお方に地球の…イナワシロの素晴らしさをお教えするのだ…!)


「「あぁーーーーっ!?」」


 時緒と芽依子が狙っていた牛ロース肉をひょいと掬い、口の中に放り込みながらシーヴァンは妄想を拡げていく……。




 シーヴァンの頭の中で、時緒はルーリアの航宙城塞【ニアル・ヴィール】の空中庭園にいた。



(ほれほれ!捕まえてみろ!ティセリアちゃん!)

(うゅーっ!まてまてトキオー!!)



 元気に庭園を駆ける時緒を、ティセリアは汗だくで追いかける。


 やがて時緒に追い付いたティセリアは、時緒の背中をするするとよじ登り、肩車の形態を取る。



(うゅゆ〜んっ!えくしゅれいがはっしん〜!!)

(まっ!!)



 ティセリアを肩に乗せ、時緒はファイティングポーズを取ったまま走る。ティセリアは楽しそうだ。


 そして、そんな二人を見守るシーヴァン自身に、カウナ、ラヴィー、リースンにコーコ。


 そんな微笑ましい妄想をせずにはいられないほど、今のシーヴァンは心豊かだった。







 ****




『こちらCチーム。定刻どおり猪苗代上空へ到着…』

『了解。Aチーム、Bチームは該当施設と思しきの捜査、発見に成功。明後日みょうごにち一五〇〇に展開、作戦実行開始。作戦内容【エックスレイガの奪取、及びエックスレイガ所有組織の社会的抹消】』

『噂には敗走したルーリア人が潜伏しているというが…?』

『確認している。発見した際は捕獲…抵抗した場合は射殺せよとのこと…』

『りょ…了解』

『本作戦指揮の青木長官からの伝言である。【私のエリート道の為失敗は許されず。失敗した場合は私のSNSツブヤイターでこき下ろしたうえ減俸】とのこと』

『……それも…了解…はぁ…』





 続く

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