第十四章 すき焼きの中の騎士道

恐怖のシーヴァンロス症候群



「ティセリア様、お昼寝の時間です」

「…………うゅ〜〜…………」




 ****




「ティセリア様、ドイツのマルカル首相からソーセージの贈り物です」

「…………うぃ〜〜…………」



 ****




「ティセリア様?ドレスが前後逆ですよ?」

「…………うぶ〜〜…………」




 ****




「ティセリア様?幼騎院から出されていた宿題はなされましたか?」

「…………………ぼへ………………」




 ****





「ふう…」


 ルーリア銀河帝国の侍女、《リースン・リン・リグンド》はすっかり困ってしまっていた。


 困り種はただ一つ。


 リースンが仕えるルーリア銀河帝国第二皇女、ティセリアのことである。



「リースン、お疲れ様」



 航宙城塞【ニアル・ヴィール】内の侍女休憩室にて、この日何度目になるか分からない溜め息を吐いたリースンに、同僚の《コーコ・コ・カトリス》が労いの言葉と共に地球製のティーカップを差し出した。



「ありがとう……」とリースンはカップを受け取る。


 一口啜ると、紅茶の豊かな香りと微かな甘味が、彼女を芯から癒していった。


 地球製の茶も中々悪くない。いや、とても美味しい。リースンはそう思った。



「ティセリア様は大丈夫かしら?」

「う〜ん…ずっとあんな感じよ……」



 リースンとコーコは宙に投影された映像へ目を向けた。


 映像には、大広間の玉座に座るティセリアが映されている。



『…………ぼへぇ〜〜……』



 玉座上のティセリアは足を放り出したまま、口をだらしなく開けていた。


 何ともだらしのない有り様だ。



「ここ最近ずっとあんな調子ね。ティセリア様…朝食も昼食も残すし……。おやつはしこたま食べるけど」



 心配そうに呟くコーコに、リースンは同意の首肯をした。



「やっぱり……シーヴァンさんがいないからかしら……」



 シーヴァンが【エクスレイガ】と呼称される地球製機動兵器に敗北し、地球に捕虜として駐留してから、すなわちティセリアの前から姿を消してから六日が経つ。


 シーヴァンに懐いていたティセリアは日に日に気力を失い、今となってはーー



『…………ぼへぇ〜〜…………』



 この有様である。



「これは””というやつであるな…」

「「うわびっくりしたァ!?」」



 いきなり青年の声が割って入ってきたものだから、驚いたリースンとコーコは揃って素っ頓狂な声をあげた。


 振り返れば、いつのまにかルーリア騎士カウナ・モ・カンクーザがいた。



「おや?驚かせてしまったかな?」



 そう済ました声色で、カウナは自身の赤髪をさらりとかき上げる。



「ふっ!意図せずとも乙女たちを意識させてしまう…!嗚呼…我の美しさは…罪!銀河の美しき星々よ…我の罪を裁いておくれ!」

「…はいはい」



 リースンが顔を顰める。カウナの気障な言動一つ一つが、リースンの悪寒を刺激して止まなかった。



「…あ、あの…カウナさん?何ですか?その…シーヴァンロス症候群て?」



 コーコの疑問に、カウナは待ってましたとばかりに人差し指を立てる。



「地球の女性兵士こねこちゃんたちから聞いたのさ。何でも地球では、大事な人やペットが側にいなくなってしまった時、その際の喪失感、無気力を『◯◯ホニャララロス症候群』と呼ぶのだ」



「はあ……」リースンは歯切れの悪い返事をした。



「シーヴァンさんがいなくて罹った。だからシーヴァンロス症候群ですか…?」

「その通り!ふっ!流石リースン…美しい物分かりの良さであるな!」

「はいはい……!それで?そのシーヴァンロス症候群…とやらはどうすれば良いのですか?」



 再び尋ねるコーコに、カウナはウインクをして見せた。


 コーコが固まる。決して見惚れた訳ではない。



「簡単な話さ!美しきコーコよ!」



 カウナはぱちりと指を鳴らすとその場で一回転し、両手を天井高く掲げる。



「ティセリア様に、更に楽しく美しい刺激を与えれば良い!」

「「美しい刺激?」」

「そう!例えば…我のこの美しい舞を見せるとか!」



 無理矢理気味な脈略を付けて、カウナは回転し出した。


 怪しい動きだ。




「「…………」」



 リースンとコーコは能面めいた表情となる。


 カウナコイツ……ただ踊りたいだけじゃないか……。



「ふははははは!ご覧くださいティセリア様!美しい我の美しい舞を!!この様な感じで舞えばきっとティセリア様も笑顔となってくれようぞ!ふはははは!!」



 回る。回る。


 すっかり自分の世界へと浸かり込んでしまったカウナは自身の感情の赴くままに踊る。


 ”舞い踊る”と言うよりは”回り狂う”と言った方がしっくり来た。



「「…………」」



 付き合っていられるか。


 リースンとコーコは能面顔のまま、それぞれの腕に取り付けられた転送装置にゆっくりと指を添えた。


 ……。


 …………。



「ふはははは!」



 カウナが誰もいない休憩室で独り踊っていた事に気付いたのは、リースンとコーコが別室に転移してからおよそ小一時間が経ってからであった。



「ふはは………………あれ?」






 ****






「ぼへぇ〜〜ぇ……」




 無気力にたるんだティセリアの呻きが、大広間に漂って消えた。


 ティセリアは気が気でなかった。


 シーヴァンはどうしているだろうか?


 元気でいるだろうか?


 地球人に虐められてはいないだろうか?


 そう考えると、身体から力が抜けてしまうのだ。


 食事も、お菓子以外喉を通ってくれないのだ。



「うゅ〜〜ん…シーヴァ〜〜ン…」



 ティセリアはつい考えてしまう。


 今この瞬間、シーヴァンの身に降りかかっているかもしれない悲痛な出来事を……。


 地球人に虐められているシーヴァンを想像してしまうのだ。





(オラァシーヴァン君!トイレ掃除の後は風呂掃除と庭の草むしりだぁ!さっさとしやがれぇ!!)

(は、はい!マリコさん…!)


(シーヴァンさん、お腹が空きました。今すぐおにぎり三十個作ってください。中身の具材も三十種類で。三分以内に)

(は、はい…メイコさん)


(シーヴァンさん!)

(ど、どうした?トキオ?)

(呼んだだけ!!)

(…………)



 そしてシーヴァンは、碌な食事も貰えず、狭く寒いボロ部屋の隅で独り泣くのだ……。



(しくしく……寒い……ひもじい……ティセリア様と遊びたい……!ティセリア様の課題を代わりにやってあげたい……!ティセリア様……!)




「うゅ〜〜ん!シーヴァンかわいそぅ〜〜!!」



 以前に地球人の捕虜から読み聞かせて貰った地球の童話の主役を、脳内でシーヴァンに置き換えたティセリアは感情を暴発させた。



「うゅゆゆゆゆ〜〜っ!!」



 いても立ってもいられず、ティセリアは広間を走り回る。がに股で走り回る。


 そうやって走りながらティセリアは思考した。


 何かシーヴァンを救う手立てはないか。


 捕虜となった騎士を解放期日を待たずに奪還するなどルーリア騎士道に反するが……


 そんなこと、今のティセリアには知ったことではない。


 しかし、残念ながらシーヴァンを奪還する術をティセリアは持っていない。


 自身の騎皇士ロイアードは未だ建造途中なので出陣も出来ない。


 そもそもティセリアの出陣はルーリア皇帝であるティセリアの父親の許可無くしては不可能であり、多忙な父親に申請しても許可が下りるのは数日後だろう。



「うゅ〜〜っ!どーしよどーしよどーしよ〜〜っ!?」



 今直ぐにシーヴァンの力になりたいティセリアは焦々と走り回る。


 やがて……広間を十数往復ほどした頃。



「……うゅっ!」



 ティセリアは広間の中央に置かれた、ある装置を注視した。


 ティセリアが五人は入れる大きさの金色の柱の中央に、ルリアリウムの結晶を嵌め込んだ装置だ。


 ルーリア公用の空間通信装置だった。



「うゅっ!そーーだっ!」



 名案がティセリアの脳内で稲光のように閃いた。


 この通信装置を使って、シーヴァンを励ますのだ!


 ティセリア用の通信装置は皇帝によって【銀河おこさま安心設定】が施されており、他惑星への連絡は出来ない。


 だが、公用のものならば連絡可能だ。



「うー!さすがあたし!ないすあいであー!!」



 早速ティセリアは装置を起動させる。


 勿論、周囲の警戒も怠らない。騎士や侍女たち、特にリースンに見つかったら大目玉だ。


 通信装置のルリアリウムが光を放ち、通信記録簿に登録されている者達のアドレス欄を宙に投影させる。


 シーヴァンのアドレスは直ぐに見つかった。


 ティセリアは思わず満面の笑顔になってしまう。


 これでシーヴァンに連絡を入れる事が出来る。


 シーヴァンを励ます事が出来る。


 きっとシーヴァンも喜んでくれるに違いない!



「うぷぷ〜〜っ!まっててねシーヴァン〜〜!!」




 続く

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