きもちのゆくさき
「時緒!覚悟しろぃ!!」
「あんな!あんな巨乳な美少女との同棲生活!事細かく俺らに教えやがりなさいよお願いします!!」
「時緒殿とは仲良くやっていけると信じてたのに!裏切りですゾ!!」
一時限目のホームルームが終わるや否や、男子級友たちが目を血走らせ殴り掛かって来るので……時緒は疲労困憊の溜息を吐いた。
伊織や正文の時と同様、芽依子と一緒に暮らしていると言うだけでこの有様。
学校では平穏に過ごしたかったのに。
次の授業の予習をしたかったのに。
嗚呼……それなのに、それなのに。
時緒は咄嗟に教室の隅に有る掃除用具入れから、入学式のオリエンテーションで使用したハリセンをずんばらりと取り出すと、それを刀のように構え、悪鬼羅刹と化した級友たちと対峙する。
降りかかる火の粉は払わなければならない。
「芽依子さんとそんなスケベなイベントは無いって何回言えば分かるんだ!…小学生時代『仏のトキちゃん』と言われた優しい僕も…もう限界だ!!」
八相の構えで、時緒は敵を睨みつけーー
「何処からでも……掛かって来いやぁぁぁぁ!!」
「「椎名 時緒!天誅!!」」
「笑止!」
四方八方敵だらけ。ハリウッド映画のアクションシーンに匹敵する跳躍力で襲い来る男子有象無象ーー怒気を帯びて乱撃されるその手刀、拳骨、定規、丸めたノートその他諸々!
猪苗代の豊かな自然と、母真理子によって遊び育まれた時緒の身体能力の前では、それらの攻撃を躱す事など造作も無いことだった。
「「なっ!?」」
風に舞う木の葉めいた動作で攻撃を回避し、時緒は周囲に旋風を巻き起こす程の速度で、その構えたハリセンを振るう。
「
びゅうびゅうと風を斬る、時緒渾身、超高速の一閃!
「「ぎゃーーーーっ!?」」
ぱあん、ぱぱあんと、ハリセンが乾いた音を爆ぜさせる度に、打ち据えられた少年たちが教室の宙を舞った。
「……うぉっほ、すげえなこりゃ!」
「凄いだろう?単行本だと乳首の描写が解禁されてドッキドキなのだ…!来月発売の第八巻フィギュア付き限定版も
時緒の激闘の傍らでは伊織と正文が、時緒に放られて落着するクラスメイトたちを器用に躱しながら、少年コミックを読み耽っていた。
****
(まったく……時緒くんてば…せっかくの剣腕をあんな遊びに…)
ハリセンを得物に大立ち回りを演じる時緒を見て、芽依子は不満げに唇を尖らせる。
時緒の武術はルーリアの戦いに於いて活かされるもの。ついそう考えてしまう芽依子にとって、目の前で繰り広げられている乱痴気騒ぎはとても感心できるものではない。
時緒が活き活きとしているのは嬉しいが、それとこれとは話は別だ。
「賑やかでしょう?」
優しげな声に芽依子は意識を向けた。
苦笑した真琴が立っていた。彼女の背後には呆れ顔の律と、だらしない笑顔の佳奈美が手を振っている。
「びっくりしました。まさか芽依子さんが私たちのクラスに転入してくるなんて」
そう言って微笑む真琴に、芽依子は眉をハの字にして、ありのままを告白してみた。
「真琴さん達が時緒くんと仲良くしてるのを見て…なんだか羨ましくなっちゃいまして…。真理子おばさまとお父様に無理言って、この学校に通わせて貰う事にしたんです」
頭を下げて見せた芽依子に、真琴は笑顔で二度三度頷いた。律と佳奈美も同様に。
「嬉しいですよ。芽依子さんと学校でも一緒にいられること」
「ああ…!改めて宜しく…!」
差し出された律の血色の良い手を、芽依子は優しく握った。
「芽依子ちゃーん!私も嬉しいよーーっ!!学校でも遊ぼーね!!」
佳奈美が芽依子へと抱きついて、芽依子の豊満が乳房が、佳奈美の頭を一回バウンドさせ、その深い谷間へと埋めていった。
「芽依子さん、芽依子さん…?」
胸の谷間でもがもが言う佳奈美の頭の感触にくすぐったそうにしている芽依子に、真琴はそっ囁いた。
「…芽依子さんも…私と一緒に…
「…え…?」
「…
共にエクスレイガへと同乗した日の夜を思い出した芽依子は、途端に頬を朱に染めた。
真琴は、時緒に恋をしている。
真琴自身から告げられたその言葉を思い出し、芽依子の心の奥の炎を揺らめかせた。
だが、その炎の真芯が何たるかを瞬時に理解するほど、今現在の芽依子は乙女ティックではなかった。
故に芽依子は、その心中の滾りに今しばらく甘い苦悩を強いられることになる。
「…………」
情念を振り払うように芽依子はすっくと席を立ち、他の女子生徒が見惚れる程の凛とした姿勢で教室を横断する。
「まだまだぁ!!どんどん来〜〜い!!」
その進行上には、未だハリセンを振り続ける時緒がいた。
すう、と芽依子は深く呼吸をしてーー
「時緒くん!うるさいですよ!教室では静かに!!」
子供を嗜める母親のような口調で叱咤しながら、芽依子は時緒の脇腹に掌底を叩き付けた。
!!!!
ずぐん、と嫌な音と共に、芽依子の掌が時緒の腹にめり込む。
「ぐへええっ!?」
リング状の衝撃波と共に高く舞い上がり、時緒は天井へと叩き付けられた。
自身の気持ちに説明がつかず、芽依子は瞳を潤ませる。
何故かは分からない。ただ、無性に時緒の事が叱りたくなったのだ。
ただの八つ当たりだったのだ。
「「…………」」
一騎当千の時緒を掌底一発で吹き飛ばした芽依子、その勇姿。
そんな光景に、女子生徒たちも、すっかり毒気を抜かれた男子生徒たちも絶句する。
”凄え
そんな思いが、一年三組の教室を静かに支配していった。
****
「きっと…
しみじみと呟く律に、佳奈美は「にゃへ?」と首を傾げた。
今、こうして会話をしている律と佳奈美の周囲に、真琴の姿はない。
真琴は、天井にへばり付いたまま目を回している時緒の真下でおろおろしている。
「多分、芽依子さんは自分自身の感情に気づいていないのさ。椎名を叱る時のあの口調…きっと芽依子さんにとって、椎名は弟か何かみたいな存在なんだろう…」
「むー?好きなら好きなんでしょう?正直になっちゃえば良いのにー…」
「そういう訳にもいかんのだろう?何か別の感情…いや…使命か?それが芽依子さんの乙女心を邪魔しているんだろうな…」
律は腕を組んで思考、口をむにゅむにゅ歪ませる。
「ほら?エクスレイガだったか?アレ…時緒が乗る前は芽依子さんが乗ってたらしいじゃないか。それに関係してると思う」
「りっちゃん、するどいね〜!」
「巫女だからな…!」
「処女じゃないのにね〜…」
「ぶっ飛ばそうか…?」
恥ずかしそうに俯いて着席している芽依子を遠目に見遣って、律は自らの艶やかなポニーテールを撫で、佳奈美は不満そうに頬を膨らませた。
「りっちゃんさ?」佳奈美が振り返った。その瞳は、まるで獲物を見つけた猫のように爛々と輝いている。
「私たちはどっちを応援したら良いのかね?」
「あ?」
「まこっちゃんも時緒の事好きなんでしょ〜?」
律は目を見開いた。
意外だった。佳奈美が真琴の想いに気付いていたとは。
ただの阿呆娘ではなかったと、律は心底佳奈美に感心した。
「りっちゃん〜?今しつれーな事考えてたでしょ〜?」
ジト目で睨んでくる佳奈美に、律は肩をすくませて見せた
「…私達は…真琴でも…芽依子さんでもない…。椎名を応援してやれば良い」
「時緒?ナンデ時緒ナンデ?」
頭の中をハテナマークでいっぱいにする佳奈美に、律は説い続ける。
「果たして椎名はどっちを好きになるのか?どっちを選ぶのか?選ばなかった方にはどう接するつもりなのか?真琴も芽依子さんも友達だ…。何かを決するのは…椎名の方だろう?」
「む〜ん…?分かるような?分からないような?」
「それに…二人の真意の知った時の椎名が慌てふためく様…!私はそれを見るのが楽しみでならない…!」
途端、佳奈美が呆れ顔になる。
「…りっちゃん…悪どいね?」
「巫女だからな…!」
律はにやりと笑った。
天使のような悪魔の笑顔だった。
続く
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