ようこそ芽依子!我らさわやか三組!!



「んもー!お前ら何騒いでんのよ!?特に時緒ー!廊下まで聞こえてきたぞお前の声ぇ!」



 突然、教室の戸を開けて現れたのは、一年三組担任の小関 圭介教諭だった。


 いつもならば、だらしのない欠伸をしながら来るものなのに、今日の彼は何処か忙しない様子。


 そんな小関教諭の態度に、時緒を含む一年三組生徒全員が脳内にハテナマークを浮かべた。



「よっこいしょ」

「ほいせっ」



 すると、教室に二人の若い女性が、其々机と椅子を抱えて入ってきた。


 一人は栗色の髪を結わえた、白衣姿の女性。


 もう一人はスポーツサングラスを掛けた、ジャージ姿の女性。


 保険医兼読書部顧問の《板倉 臨いたくら のぞむ》教諭と、体育教師兼野球部顧問の《塚本 美麗つかもと みれい》教諭だ。


 板倉教諭と塚本教諭は、教室の一番後ろに机と椅子を置くとーー



「「貴様ら、ちゃんと勉強しろよ!!」」



 と、二人同時に言い切って、颯爽と教室を去っていった。



「「…………」」



 二人の女教師が放つ威圧感に生徒たちがぽかんと圧倒される中ーー



「あ〜…、えと…今日の一時限目のホームルームは…予定を変更しまして…抜き打ちの…」



 小関教諭が締まりの悪い口調で宣い始めた……。



 ”抜き打ち”


 抜き打ちと言えばテストか。またテストをやるつもりなのか。


 生徒の誰もが戦慄し、嫌な顔をした。



「抜き打ちの…をしま〜す…!」



 太い眉を真一文字に繋げた小関教諭の声音が、阿呆面を浮かべた生徒たちが揃う教室内を、駆け抜けていった。







 ****






 転入生。


 転入生とな?


 一年三組の生徒達は思考する。


 四月も半ば、入学式から一週間近く経たこの時期に転入生。


 何か訳有りだな。と感じた生徒達は背を正す。


 前の学校の校風に馴染めなかったのか。それとも下衆な虐めに遭ったか。


 どんな理由で転入して来たかは分からないが、意外と和気藹々としてきたこの一年三組、喜んで受け入れよう。


 今日から君も一年三組われらの仲間だ。嫌な過去など忘れて楽しくやろう。


 生徒の誰もが、そう思っていた。



「それじゃあ……良いよ!入っといで!」

『はい…失礼します』



 小関教諭に応答する声が扉の向こうから聞こえた。


 この俗世とは無縁そうな、淑やかな少女の声。


 生徒たちが、特に男子たちがざわりと粟立つ。



(…あれ?この声…何処かで?)



 時緒が訝しむ中……戸が静かに開かれ、人影が現れる。



「「……!?」」



 男どもが絶句してーー



「ぶうっ!?」



 時緒が盛大に噴いた。


 現実を受け入れきれず、思考が大爆発を起こし、時緒の頭の中は真っ白に灼ける。



 伊織、佳奈美、正文、律もまた、あんぐりと口を開けーー



「……あらら、そう来ましたか…!」



 真琴が決意の表情で、生唾を飲んだ。


 小関教諭はこほん、と咳を一つ。



「今日からこのクラスの新しい仲間となる、斎藤 芽依子さいとう めいこ君だ!みんな、仲良く出来るな?仲良くしろよ!先生は……仲良くしたい!」



 黒板にでかでかと【斎藤 芽依子(さいとう めいこ)】とチョークで書いて、小関教諭は転入生を紹介する。



「あが…あが…!?」



 顎が外れんばかりに口を開けたまま硬直する時緒を面白そうに眺めながら。


 その転入生は。


 は。


 身に纏ったセーラー服のスカートの端を摘んで、傅くように礼をした。



「初めまして皆様。斎藤 芽依子と申します。若輩者ではございますが、何卒…宜しくお願い致します」



 芽依子の聖母めいた微笑みに、男子生徒の何人かが、びくりと背を反らした。皆顔が蕩けている。




 小関教諭は再び咳払い。



「こほん。え〜…芽依子君はお前らよりも一つ歳上だが、既にイギリスの大学を飛び級で卒業している。この学校へは、日本の学校文化を今一度学びたいと特別転入して来た凄い子だ!多分、先生よりも凄い!」

「「おぉ…!」」



 生徒たちの驚嘆の溜め息に、芽依子はほんのりと頬を染めながら苦笑した。



「二ヶ月ほど前に太陽系……じゃなくて日本に来たばかりなので……至らない点もあるかと思います。一生懸命勉強させていただきますので、どうか……宜しくお願いします」



 芽依子が畏まって頭を下げると……。



「「やったぁぁぁぁ!!こちらこそ宜しくーー!!」」



 数秒置いて、教室は大喝采に包まれた。



「イェア!このクラス凄えぞ!!」

「何気に三組、美人率たかくね!?カワイイヤッター!!」

「斎藤さ〜ん!!」

「ちょっと!男子マジうるさいんですけど!?斎藤さんドン引いてるじゃん!」

「先生ー!男子がキモいでーす!!」



 騒乱溢れる教室の中。


 芽依子は、ゆっくりと時緒を見て、頷いて見せた。



「あ、あ〜……」



 呆気にとられた時緒の表情があまりにおかしくて、芽依子は心の底から笑ってしまった。


 そんな時緒と芽依子の様子が目に付かないほど、小関教諭は生徒に無関心ではない。



「ん?なんだ時緒?芽依子君と知り合いか?」

「はっ!?」



 自身へ向けられたクラスメイトの視線に時緒は我に返る。同時に「はいはーい!」と佳奈美が挙手をした。



「芽依子ちゃんはね〜!時緒ん家に一緒に住んでるんだよ〜!!」

「バカお前!」

「佳奈ちゃん!しっ!」



 伊織と真琴が佳奈美を黙らそうとしたが……。


 時、既に遅し。






「「ああん…!?」」



 満面笑顔な佳奈美のカミングアウトに、時緒の周囲の気配が凍り付いた。


 生徒、特に男子生徒の殺気を帯びた視線が、見えない針の雨となって降り注ぎ、時緒は戦々恐々とした。



「そ、それって…居候?いや同棲かい…!?」

「え!?椎名君と!?」

「ひ、一つ屋根の下!?ドラマみたい!」

「一緒に料理したりとか…お散歩したりとか!きゃあ!!」

「いやいや……もっと刺激的な……!」

「椎名君も所詮はオスって事ね……」



 事情を知らない女子生徒は女子生徒で、好奇に満ちた耳年増の眼差しで、時緒を遠巻きに見遣る。



「同棲…!あんな可愛い子と…同棲…!!」

「お風呂とか…トイレとか…ばったり…!」

「ぎぎぎ…!椎名…羨ま…羨ま…!羨まけしからん奴うぅぅ!!」

「ととと…時緒殿ォ!なんとふしだらな!これはクラス会議案件ですゾ!!」



 教室は、今の時緒にとって、針のムシロと化していた。



「……もうヤダ……」



 窓から見える鶴ヶ城を眺めながら、時緒はうんざりとした声を上げ、途方に暮れる。




 時緒の頭の中で、『平穏』の二文字が音を立てて崩れ落ちた……。




 ****





 笑いに包まれる教室。


 その中に、時緒も存在していた。


 からかい、からかわれーー。


 時緒は、周囲に笑いを振りまいていた。



 芽依子は嬉しかった。



 時緒には友だちが沢山いる。みんなが時緒を好きでいてくれている。


 本当に、嬉しかったのだ。







 ****






 同時刻。




「これが…これがルーリアの対抗兵器だと言うのか…!?」

「なんと言うか…その…趣味的な外見ですな?」



 薄暗い、だが豪緒なデザインの会議室の中ーー。


 宙に投影された映像、白と青に彩られた巨人エクスレイガの戦う様に、円卓に腰掛けた十数人の男たちが困惑の声をあげる。


 男達は皆濃紺色の軍服姿で、胸元の勲章が映像の灯を反射して仰々しく輝く。



「なんでも…現地の者達が【エックスレイガ】と呼称していたと…?」



「ふんっ!何がエックスレイガか!」でっぷりとした腹の中年男性が、張り裂けそうな軍服をびちびち鳴らしながら、苛立たしげに拳を卓上に打ち付けた。



「糞っ!何処の組織か知らんが、これでは我々地球防衛軍の面目が丸潰れではないかっ!」

「さ、左様…。ルーリアと戦うのは地球防衛軍われわれでなければならない…!」



 会議室を重苦しい雰囲気が支配する。


 その時ーー。



「…各々方、心配はご無用。わたくしにお任せ下さい」



 一人の男が起立した。


 ひょろひょろとした痩せ身。眼鏡の奥の細長い目が嫌らしく歪んで嗤う。


 蛇を連想させる、そんな男に会議室にいた誰もが集中した。



「青木君?」

「何用か青木!?ぽっと出の青二才に何が出来る!?」

「出来るんですよ…!私にはね…!」



 痩せ身の男は腕を態とらしく広げ、舞台役者を気取ったような彼のその仕草を、周囲の者たちはやや白けた視線で見遣る。



「あの猪苗代ドいなかには些か見識があります。何、一個中隊ほど貸して頂ければ、あの趣味的なロボットの出所を見つけて御覧に入れましょう」



 肥満体の男がふんと鼻を鳴らした。



「大きく出たな青木!ならば貴様は出来ると言うのか!?あのエックスレイガとやらを奪う事が!?」

「奪うとは人聞きの悪い!対ルーリア兵器あるべき力地球防衛軍あるべき場所へ移行するだけですよ…!」



 そう言って痩せ身の男は。


 地球防衛軍極東支部長官、《青木 祐之進あおき ゆうのしん》は。


 くつくつと不気味な笑みを顔面に浮かび上がらせた。




「お任せ下さい!このエリートの中のエリートたる…この私…に!」






 続く

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