団欒のちのち…

 


 タブレットが騒々しい緊急呼び出し音を奏でたのは、真理子が最近重くなった腰を上げて夕飯の支度に取りかかろうとした時だった。


 舌打ちをしながら真理子がタブレットを起動させるとーー



『真理子!』



 牧が映っていた。


 背後で木々が揺れている。どこか屋外から連絡しているようだ。


 どんな時も飄々としていた牧の顔から、余裕の色が消えている。


 ただそれだけで、真理子は確信した。


 緊急事態だ。



「センパイ、何があった!?」

だ…!防衛軍がもういる!』



 画面ががたがたとぶれて、時緒とシーヴァンの決戦の地であった【道の駅いなわしろ】の遠景を俯瞰で映した。


 瓦礫だらけとなったその駐車場で、複数の物体が、ちらほらと動いている。


 人間だ。


 律儀に耐放射線防護服で身を固めた人間達が、クレーンやらトラックやらを使って、残骸を運んでいる。


 破壊されたガルィースの残骸を回収しているのだ。



『くっそー!天下の軍人が泥棒かよォ!!』姿は見えないが、茂人の悪態が聞こえた。



『すまん真理子、動力源レヴだけでもシーヴァン君に返そうと思ったんだが、奴らに先を越された…』



 真理子は思考する。


 脳が熱を帯び、こめかみに微かな鈍痛がはしった。



「センパイ!チバを連れて速攻でそこから離れろ!基地まで撤退してくれ!」

『真理子?』

「戦闘状態のまま破壊されたレヴがあれだけ沢山の地球人の悪気に触れりゃ…!私の計算が正しければ…確率六割強…レヴの汚染、暴走が始まる!」

『時緒は…!?』

「出かけてるよ!クソ!これも防衛軍を甘く見てた私のミスだ!」



 真理子はエプロンを放り投げ、玄関に置かれたくたびれたスポーツシューズへその裸足を突っ込んだ。



「最悪…エクスを大衆の面前に晒すことになるな…!」




 ****




「時緒!天誅!罪状は美少女と同棲羨ましいこのラッキースケベ罪!」

「ちょ!話せば分かる!!」

「問答無用だスケベめ……!」

「正文にだけは言われたくないっ!!」



 伊織と正文、二人の剛拳が波状攻撃となって空を斬り、時緒を襲う。



「何だ!?あの芽依子さんとか言う別嬪さんはぁ!?羨ましい!羨ましいぞこんちくしょおぉ!!」

「だから!新しい友達だってば!!」

「同棲とも言った…!聞き捨てならんぞ…!」

「同棲じゃない!僕ん家に下宿してるだけ!」

「「同じじゃねぇか!!」」



 怒涛の攻撃を躱し、受け防ぎながら時緒は心底げんなりした。



「何に怒ってんのさァ!?」

「俺たちの預かり知らんとこで美少女とイチャコラホイホイしてた事だァ!!」



 地面擦れ擦れから突き上げらる様に繰り出される伊織の蹴り、蹴り、蹴り!


 時緒は背転で避けるも、これで攻撃は終わらないだろう、と感覚を研ぎ澄ませた。



「偶然を装い…お風呂とか…トイレとか…覗いちゃったりするのだろうが…っ!!」



 案の定。


 体勢を立て直した伊織の肩を足場にして今度は正文が跳躍。


 先刻より所持していた細長い包みを構え、そして、振り下ろす。



「ふ……っ!」

「く…っ!?」



 脳天目掛けて振り下ろされた一撃を、時緒は両手で白刃取り。攻撃の慣性を決して殺す事なく、勢いをつけてそのまま正文の身体を振り回す。



「舐めるな!」

「ぐあ…!?」



 そして、狼狽える伊織目掛けて、正文を放り投げた!


 !!!!



「「ぐあぁぁっ!?」」



 哀れな音を響かせて衝突、伊織と正文はその場へと崩れ落ちる。


 何と空しい戦いか。何と無駄な体力の使い方か。


 肩で息する時緒は、目を回す伊織と正文を睨み下ろした。


「ラッキースケベとか……お風呂でバッタリとか……そんなアニメやラノベみたいな事…無いから!全く!!」



 そう吐き捨てると、時緒は飲み物を買うために自動販売機小銭を入れる。



「そう言や正文?その細長い包みは何?」

「あぁ…そうだった…」



 正文は背筋をバネに立ち上がると、時緒へ包みを渡した。



「……親父からだ」

が…?」



 時緒は土産に一礼すると、丁寧に包みを解いた。


 檜の良い香りを放つ、それは立派な木刀が現れた。


 柄には『一意専心』と彫ってある。触り心地は非常に柔らかく、吸い付くように時緒の手に馴染んでくれる。



「 師匠…!感謝します…! 」



 堪らず嬉しくなった時緒は、木刀を振るい、玉砂利の上へ剣風を疾らせた。




 ****




「へ〜!芽依子ちゃん十六歳なんだ!私達より一個歳上だ!」

「はい、十二月で十七歳になります」



 佳奈美、律、そして真琴との会話は、芽依子にとってそれは楽しい時間であった。


 猪苗代に来て二ヶ月、同年代の女子と会話する機会は皆無だった。故に今この時間はとても新鮮な出来事だったのだ。



「芽依子さんはどんな音楽が好きなんだ?」



 律が強気を微かに帯びた笑顔で質問した。



「実家ではワーグナーを良く聴いていました」

「最近の音楽では?」

「最近…?えぇ…っと?」



 芽依子が困ったような微笑のまま固まってしまう。佳奈美も律も首を傾げた。



「…………」



 芽依子の態度から何かを感じ取った真琴は、芽依子の腕を優しく抱き締めて言った。



「芽依子さん、【HOUSEガールズ】とか【X-alien】とか好きそう!今度CD貸しますね!」



 一瞬芽依子は驚いた。


 だが、ぎこちないウィンクをして見せる真琴に信頼感と親近感を抱いた芽依子は、「ありがとうございます」と、真琴の手を優しく握り返した。



「みんな、仲良き事は良き事かな」



 缶ジュースやらペットボトルを抱きかかえた時緒達が戻って来た。



 時緒はにこにこ顔だが、背後の伊織と正文は膨れ面で「羨ましい…」「リア充め…」だのとぼやいていた。



「皆、飲み物何が良い?」

「私『メロンのきもち』〜!」

「私は『スパーキングメンタイコ』」



 時緒は佳奈美と律にボトルを渡すと、次に芽依子と真琴を見遣る。



「芽依子さんと神宮寺さんは?」

「ええと…この『ミルクティー天国』をくださいな」

「私は『花鶏のカフェ・オ・レ』を頂戴?」



 時緒から目当ての飲み物を受け取った芽依子と真琴は、互いに微笑み合って飲み物に口をつけた。


 時緒にとって心が暖かくなる光景であった。


 背後ではペットボトルを構えたままの伊織と正文が、相変わらず仏頂面だ。



「次に乾杯するのはグラーフ軍団との決着を付けてからだな!」と時緒がアニメの登場人物の真似をすると、やっと二人とも笑顔になってくれた。


 佳奈美と伊織のはしゃぐ声。


 それにつられて、芽依子と真琴が笑う。


 和気藹々とした雰囲気に、時緒の嬉し顔は止まらない。



 止まらない、筈だった。



「なんじゃ?あれ?」



 神社の参拝に訪れていた老人が鳥居の向こうを指差した。


 時緒はしわがれたその指の先を目でなぞる。



 鳥居の彼方、猪苗代湖を望む街並みの端に。



 光の柱が見えた。



 赤みを帯びた黄昏色の光の柱が天を貫いていた。



 時緒がシャツの下を覗くと、ルリアリウムのペンダントが翡翠色に明滅している。


 あの光の正体がルリアリウムであると時緒は確信した。



(あの方角は道の駅…?まさか…!?)



 時緒は芽依子をちらりと見遣った。


 芽依子もまた、驚愕の表情で柱を眺め、時緒の視線を感じるや、不吉めいた表情で頷く。


「みんな!ひな…、」咄嗟に真琴、次に芽依子の手を握り、伊織達に呼びかけようとした……その時。


 途端に携帯端末が着信を告げる電子音を奏でたので、時緒は慌てて端末を操作する。



『時緒!!』張り詰めた声色の真理子の叫びが時緒の鼓膜を叩いた。



「かあさ…」

『時間が無え!シーヴァン君は近くにいるか!?』

「シーヴァンさん!?いないよ!?」

『…っ!しょうがねえ!よく聞け!お前のGPS発信源に自動でエクスを発進させる!お前はエクスを拾ったら速攻で乗って戦え!』

「戦う!?何と!?ルーリア!?」



 スピーカーの向こうから、ごくりと真理子が唾を呑む音が聞こえた。




『ルリアリウムだがルーリアの騎士じゃねえ…!シーヴァン君の騎体が暴走した…だ!!』




 響き渡る町のサイレンが、時緒達の身体を緊迫の雰囲気で包み込んだ。




 続く

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