踊る磐梯神社



「 本当に破壊されたのか?ルーリアの兵器が? 」

監視衛星ホークアイが捉えたらしい。上の連中が騒いでいた。…なんでも…倒したのはだとか… 」

「 何だそりゃ… 」




 傍目から見れば、高速道路を走るそのトラックを注視する者はいないだろう。



【コケコッコ運輸】とコンテナに印された、何の変哲もない大型トラックだが……。


【コケコッコ運輸】なる会社など、世界の何処にも存在しない。


 只通り過ぎた、もしくは並走したトラックの所有会社を気にするほど、人は好奇心旺盛ではなかった。


 だから誰も知らない。


 そのトラックのコンテナ内に、耐放射線防護服を纏った十数人にも及ぶ地球防衛軍人たちが乗っているなどと、誰も知らない。



「こちら『ゴミ係』。予定時刻通り猪苗代インターに到着。目的地に到着次第、周辺区域を封鎖、異星兵器の残骸回収ゴミひろいに取り掛かる…」

『こちら作戦室。了解した。



 トラックの助手席に男が一人。通信機の電源を切るとダッシュボードへと足を投げ出す。


 ぼさぼさ頭でだらしのない風体だが、その一挙一動に研ぎ澄まされた、短刀の如き雰囲気を放つ、野獣めいた男だった。


 名は、”樋田 凱といだ がい”という。


 地球防衛軍極東支部特殊工設隊所属。階級は特務曹長だ。



「樋田、拳銃弄りソレは止めろ。ツキが落ちるぞ」



 ハンドルを握る同僚の苦言に、私物の拳銃を指先で鳴らしていた樋田は、ふんと鼻を鳴らした。



「 …問題無えよ。ツキならもうとっくに落ちてる…。五年前に香港で全部落っことして来た 」

「五年前?…香港?…まさか… 」

「 ……… 」

「曹長…貴様はまさか…あの九龍事件の…現場に…? 」

「 …前見て運転しろよ。馬鹿 」



 哀れみの目を向ける同僚を嗤ってやりながら、樋田は再び拳銃を弄び始めた。


 フロントガラスには何処までも広がる青空が映る。


 青。樋田の嫌いな色。


 五年前、樋田の仲間を殺した毒ガスの色。



( …人を殺さない…殺せない…異星人の兵器か…。忌々しいな…クソッタレ )



 かちり、と樋田の手の中で拳銃が鳴り、同僚が眉をひそめたが、樋田は知った事かと口笛を吹く。


 樋田の好きな曲。アメリカの盲目のシンガーがこの世に産み落としてくれた曲。


 樋田のかつての仲間達が、愛した女が好きだった曲。


 しかし彼らは、彼女はもういない。


 死んだ。


 毒ガスで、生きながら腐って死んだのだ。



( 異星人どもめ…どんどん俺を死から遠ざけていきやがる…。本当…この世は地獄だぜ…マックス、ジェイ…… )





 ****




「まだかなまだかなー!時緒と新しいお友達ー!」



 磐梯山の麓、スキー場やリゾートホテルを僅かに見上げるような場所に、【磐梯神社】は在った。


 その石段に腰を下ろし、佳奈美は時緒がやって来るのを今か今かと待ち詫びていた。


 手持ち無沙汰に佳奈美が脚をぶらつかせる度、流行り模様のミニスカートが翻り、血色の良い美脚が露わになるが、佳奈美は気にもせず空を眺め、鼻歌を歌う。



「ねぇ伊織〜!時緒の友達ってどんな人かなぁ?」

「さぁなぁ…?」

「きっとビンス・マクマホンみたいな人だよ!」

「…会って早々『貴様はクビだ』みたいな事言う奴だ俺…」



 伊織が眉をひそめながら、佳奈美の戯言に適当に頷いて返答する。



「 正文ぃ…!詫びろ!今日こそ詫びろ!神仏の前で詫びろぉ…! 」

「 は…!何度でも言ってやる…!この馬子にも衣装すっとこどっこい巫女…!…俺様に跪くが良いわ…! 」

「 抜かせ!皮被りのくせに! 」

「 そ、それは言うな…! 」



 伊織の背後では、集合した途端に取っ組み合いの喧嘩を始めた律と正文の姿があった。


 綺麗な紅白の巫女装束の袖で正文の頬を高速で連打する律。


【老舗旅館 平沢庵】と印された包装紙で包まれた長物で律の背中やら尻やらを突く正文。



 親友二人の醜態に、伊織は気怠い溜め息を吐いた。見苦しい、全くもって見苦しい。


 行事ごとかと勘違いした参拝客が遠巻きに集まり出したので、伊織は眉間に青筋を浮かべて憤怒の叫びを上げた。



「良い加減にしろよお前ら!会う度会う度くっっだらねぇ取っ組み合いしやがって!磁石か!?磁石人間か!?いや二人だから磁石人間ズか!?」

「「………」」



 律と正文は、互いの頬をつねったまま硬直した。


 珍しい、説教が効いたか。伊織は一瞬感心した。一瞬だけ。


 やがて、二人の視線の行き先が自身の背後であることに気づいた伊織は、背を仰け反らせる形で振り向いてみた。



「お〜!まこっちゃん!」



 佳奈美の歓声が聞こえる。


「みんな、早いね…」



 其処に、石段を登り終えたせいか、頬を朱色に染めて息を急いでいる真琴が笑って立っていた。


 普段の様に伊織は手を振ろうとして、ふと、首を傾げる。



「まこっちゃん…何かした?」

「え?なんにもないよ?」



 そう笑いながら、紺色のデニムスカートをひるがえした真琴のその姿は……。


 目の前にいる真琴のそんな雰囲気に違和感を感じたのだ。


 何故だろうか?妙に綺麗に感じる。


 いや、普段の真琴が綺麗じゃない訳ではない。



( まこっちゃんはいつもは”かわいい''って感じなのに、今日は何だか”大人っぽい”な… )



 香水の香りもしない。化粧をしているようには見えない。


 だが、今日の真琴は、とても麗しく見えて仕方がなかった。


 やがて…。



「あぁ良かった!みんな来てるね!」



 見知った人影が、石段の向こうから朗らかな笑顔を出した。


 時緒だった。



「やっほー!とき…、」

「おせーぞ!とき…、」



 言いかけて、佳奈美と伊織は、ぴたりと振った手を止める。


 時緒の隣に、もう一人のシルエット。


 その美貌に伊織と佳奈美ははっと息を呑む。正文と律も。気が研ぎ澄まされていくのが伊織にも分かった。


 太ももまで届きそうな亜麻色の髪。白絹の様な肌。琥珀色の瞳。


 そんな少女の姿に伊織達の意識は釘付けになる。


「あ」



 小さく、真琴が感嘆、もしくは諦めにも似た声を上げたのを、伊織は聞き逃さなかった。


 そして合点がいったのだ。今日の真琴の、雰囲気の違いに。


 いつ、何処で、真琴があの少女を見知ったのかは知らないが…。



(成る程…恋愛感情から来る競争心そういうことね…)




 ****




「皆様、初めまして…。斎藤 芽依子さいとう めいこと申します…。時緒くんから聞いて…皆様に会える今日を楽しみにして来ました」



 その少女の、芽依子の淑やかな自己紹介の仕方に、伊織たちは面食らってしまった。


 斎藤 芽依子。


 その立ち振る舞いの、何と美しい事か。



「芽依子さんは、母さんの助手をしていてね、今は僕ん家に住み込みで色々手伝っているんだよ」

「 は…!? 」



 時緒の取って付けたような説明に、先ず律が顔面を引きつらせた。


 住み込み。住み込みと言ったか。あの時緒バカは。


 つまりは……同棲!?



( 同棲…!馬鹿な…!?昔のトレンディードラマじゃああるまいし…!? )



 律がふと伊織と目を合わせた。彼も同様に顔面が強張っている。どうやら同じ思いを抱いたらしい。



「わぁ〜!芽依子ちゃん!私佳奈美!田淵 佳奈美!よろしくね〜!」



 伊織と律の心情と出鼻をフルスイングで彼方へ挫き飛ばして、佳奈美は満面の笑顔で芽依子の手を握った。


 伊織は俯く。


 流石佳奈美、何も考えてない。

 



「は、初めまして!俺、木村 伊織!よ、宜しく!」

「…時緒の友人、この磐梯神社の…丹野 律た。宜しく…!」


 

 取り敢えず、伊織たちも自己紹介をする。


 色々質問したい気持ちを、ぐっと堪えて……。



「こほん…。俺様…失敬、自分が平沢 正文です。貴女のようなすげえおっぱ…じゃなくて、美しい方と知り合えて光栄です…宜しく…!」



 正文も気取った口調で自己紹介。その気障ったらしい仕草に、律が「けっ!」と鼻で嗤う。



「 め…芽依子さんって…言うんですね…? 」



 だが、そんな緩やかとした”交流関係の糸テンション”を、一人の少女の声がぴんと張り詰めさせる。少なくとも伊織はそう思った。



「私…神宮寺…神宮寺 真琴って言います…」



 そう言って、真琴は芽依子に頭を下げた。



「 芽依子さん、先日は失礼しました…。私…びっくりしちゃって… 」



 儚げに苦笑する真琴の手を、芽依子は優しく握ってーー


「やっぱり…あの時の女の子だったんですね!良かった…会えて良かったです!」


 麗しく、優しい笑顔を咲かせた。





( …なんて綺麗な笑顔をするんだろう。なんて優しい手をしているんだろう… )



 芽依子に笑顔を向けられて、芽依子に手を握られて、真琴は思った。


 時緒の近くにいる少女。嫉妬を感じないと言えば嘘になってしまうだろう。


 しかし。だがしかし。



( 私は…絶対に…背中は向けたくないよ…。…こんなに素敵な人なんだもの… )



 だからこそ。



「改めて、宜しくお願いします!芽依子さん…!」

「はい!はい!真琴さん!」


 真琴も笑って、嬉しそうな芽依子の手を優しく握り返した。







「あれ?芽依子さんと神宮寺さん?面識が……」



 そう首を傾げた時緒の問いは、何者かがパーカーのフードを掴む感触で遮られる。


 はて?


 時緒は振り返ってみる。



「時緒……」

「時の字……」



 禍々しい気迫を漂わせた伊織と正文が、震える拳でフードを掴んでいた。



「「ちょっとツラ貸してくんねぇ……?」」




 時緒の背筋が、慄えた。




 ****







「おかしいな……マリコさんの地図ではこの近くの筈だが……」

「う?お兄ちゃん?どうしたの?」

「あぁ坊や、すまないが…磐梯神社は何処かな?」

「え!?磐梯神社!?磐梯神社は山の方だよ!?正反対だよ!?この地図さかさまに見てるよ!!」

「な…!?な…!?」




 時緒も芽依子も、真理子ですらも知らない。




 シーヴァンが迷子になっているなど。



 だれも、知らない。




 続く

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