第十一章 怪奇!骸の叫び

Geist



 黄昏色の光が縦横無尽に舞う。


 異星兵器の残骸が、ふよふよと怪奇な音と共に宙に浮かび上がる。


 まさしく、非日常な風景アンバランス・ゾーン



「 退避!退避ぃぃぃ!機材は棄てて良い!走れっ!走れぇぇぇっ!! 」



 樋田は逃げ回る部下たちへと、力の限り叫んだ。



「 ひぃぃぃっ!?めっちゃ怖いぃぃ! 」

「 お、お助けぇ!!お母ぢゃ〜〜ん!! 」



 ずんぐりとした耐放射線防護服を着た兵士たちがあたふた走る様の、何と滑稽な姿か。


 それは同じ防護服を着ている樋田自身にも言えたことだが。



「 な、何が起こっているッッ!? 」

「 知るかぁぁッ!!」

「 残骸を…か、回収しようとしたらいきなり光りだしたんですよぉ!!」



 部下の叫びに、樋田は背後を振り返った。



かっ!?」



 見上げる高さ、目測にして約二◯メートル。


 見た目は拳大の大きさをした宝石だ。


 それが、まるで心臓の鼓動のように明滅し、濁った黄昏色の光を放つ。


 すると、周囲の残骸が宝石に吸い寄せられるように次々と浮かび上がり、ヒトの形を作っていった。



「 ぎゃぁぁあ!?怖いぃぃぃ!!」

「 樋田特務曹長どの!アレはなんでありますか!?」

「俺が知るか!?異星人に聞け!!」

「残念ながら自分に異星人の知り合いはおりませんっ!地球人の友人ですら少ないんですからぁ!!」



 その姿はまるで歪なだ。



「クソッタレがぁぁ!!」



 樋田が拳銃を引き抜き、骸骨へと三発発砲した。


 しかし、銃弾は骸骨の表面に到達する前に黄昏色の光によって絡め取られ、やがて、砂鉄の粉と分解され、風に吹かれて消えた。


 骸骨の四つ眼が、ぽっかりと空いた四つの穴ゆっくりと下を向いた。



『…エクス…レイガ…タオス…エクスレイガ…タオス』



 骸骨から聞こえる、まるで地の底から蠢き出ずるような音声に、兵士達は恐怖した。



「キエァアア!?シャベッタァァア!?」

「がしゃどくろや!水木しげるのがしゃどくろやぁぁあ!!」

「ひぇぇぇぇ!!も、漏らしちまったぁぁぁ!!」



 恐怖に怯える兵士たちを見下ろし、かつてガルィースだった骸骨は低く咆哮する。



『エクスレイガ…ヤッテランネェ…ユウキュウトリテェ…ナニガボウエイグンダ…コンナノドボクサギョウインジャネエカ…カエリタ〜イ…デートシタ〜イ…エクスレイガ…タオス…タオスタオスタオス…ティセリアサマノオンタメニ』



 そして、骸骨は地面から二メートル程浮かび上がると、ゆらゆらとその巨体を揺らし、猪苗代駅方面へと北上していく。


 途中、樋田たちが乗って来たトラックや重機を吸い上げ、分解、自身の身体の一部へ変化させて……。



「あ、あぁぁあ…!!」



 他の兵士たちが唖然とする中……。


 樋田は膝をついて、ひび割れたアスファルトを殴った。何度も殴り続けた。


 香港のテロで死んだ恋人の笑顔が何度も脳裏に蘇る。


 死を望んでいた筈なのに。恋人の所へ逝く事を望んでいた筈なのに。


 子供の頃、大人ぶって『馬鹿馬鹿しい』と嘲った怪獣映画に取り込まれた気分だ。


 得体の知れない物に戦々恐々としていた自分が恥ずかしかった。






「馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって!クソッタレの異星人め……!!」






 ****






「何が起こっている…!?」



 走る。


 走る。


 猪苗代の町中をシーヴァンは全速力で走る。


 神社に早く辿り着き、時緒の友だちと会いたかったが、今はそれどころではなかった。


 シーヴァンの視線のその彼方。猪苗代駅舎の向こうの防風林から、ガルィースの残骸が再集合した骸骨が、ぬっとその不気味なシルエットを出現させる。



「何アレ?オバケ!?」

「あれ、ルーリアなの?」

「で、でも避難警報…出てないじゃん?」



 買い物袋を下げた主婦や、携帯端末を耳に付けたまま硬直しているサラリーマンが、呆然としな表情で、闊歩する骸骨を眺めている。


 そんな人々にシーヴァンは叫んだ。



「皆さん!危険です!近くの避難所へ!お早く!!」

「あ、ああ!」



 緊張を帯びたシーヴァンに、我に返った町民たちは小刻みに頷くと、其々が他を庇うように避難所へ足を急がせた。


 シーヴァンは人気の無い裏路地に身を隠すと、腕の通信機を起動させた。



『シーヴァンか?』立体映像として映し出されたのはカウナだった。



 家柄故に、騎甲士ナイアルドに詳しいラヴィーを希望していたシーヴァンは少々面食らってしまうが、しのごの言ってられない。



『おお…我が親友シーヴァン!暫く見ない間に、美しさに磨きをかけたようだな!』



 地球人に擬態したシーヴァンを、カウナは面白可笑しく笑う。



「カウナ、時間が惜しい。近くにラヴィーはいるか?」

『ラヴィーは貴様の新型騎甲士ナイアルドを受領する為にルーリア本星へ戻った』



 タイミングの悪さにシーヴァンは小さく舌打ち。



『シーヴァン?何があった?』

「完結に言う。破壊されたガルィースの残骸が再結集して暴れている」



 骸骨の姿を見たカウナは『…美しくないな』と顔をしかめると、口元に指を添えて思考し始めた。



『以前にラヴィーの親父殿から聞いた事がある。あの不細工は、恐らくはルリアリウムの汚染、そして暴走が原因で出来たものだ』



 笑みを消したカウナの真面目な顔を見るのはシーヴァンにとって久しぶりのことだった。



「ルリアリウムの暴走…だと?」

『然り。貴様のような頑強な精神力に浸かったルリアリウムが他人の雑念に汚染されると、暴走を起こす事が稀にあると聞いた』

「…ならば、アレは…アレを動かしているのは…?」

『ルリアリウムに刻まれた、シーヴァン…貴様の残留思念だ。多分、不用意に接近した地球人、しかも複数の雑念に汚染されたのだろう…。今しがた、ニアル・ヴィールこちらの管制局もルリアリウムの異常波動を感知した』


 カウナがそう説明している間も、骸骨はへし折った電柱と民家の物干し竿をその身に取り込み、その図体を巨大にしながら町を横断していく。


 かつての愛騎の変わり果てた姿に、シーヴァンは胸が痛んだ。



「カウナ…解決策は無いのか!?」

『もう一度破壊するしかあるまい…』

「…そうか」



 ごうごうと、何かが風を斬る音が聞こえる。


 その時、避難しようしていた一人の男児が空を指差した。



「何あれ〜?かっこいい〜〜!!」



 歓喜に満ちたその叫びに吊られて、他の人々もまた空を見上げる。



「何?あれ?」

「ひ、ヒトだ!でっかいヒトだ!」

「あれもルーリア?」

「違う!あれは…だ…!!」



 春の陽射しを後輪の如く背負って。


 白と青に彩られた巨人が浮かんでいた。


 巨人エクスレイガが、其処そら存在た。



「…ならば問題ない」

『ふむ?』



 シーヴァンもまた、空を見上げ、大きく頷いた。



トキオヤツなら…勝ってくれる…!」




 ****




 推進機能を停止したエクスレイガが、まばゆい光を纏って着地する。


 一拍置いて、その衝撃に土煙が高く舞い上がった。



『エクス…レイ…ガガガガガガ…』



 ぎしぎしと全身を震わせて、骸骨はエクスレイガと対峙する。


 骸骨の、穴が開いただけの虚ろな眼と、エクスレイガの鋭い眼光が交錯した。



『エクスレイガ…タオス…タオスタオスタオスタオスタオタオタオタオタオタオタオタオタオタオタオタオガガガガガガ』



 骸骨はその身を大きく震わせ、今までの鈍重で不気味な動きが嘘であるかのように、残骸で構成された駆体を素早くしならせ、跳躍!


 対するエクスレイガは避けも怯みもせず、手刀を構える!




『芽依子さん!神宮寺さん!伊織!正文!佳奈美!律!……征くよ!みんな!!』


『『『『応ッ!!』』』』


『『はいっ!!』』





 エクスレイガの内部から、の、気合い溢れる声が、響いた。






 続く

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