宇宙帝王の憂鬱




 地球を有する太陽系から幾千もの星系を超え、その距離実に遥か三〇〇万光年。


 地球から見ればオリオン座に位置する【M78星雲】に【ルーリア銀河帝国本星】はに存在していた。


 赤道面直径約一五〇〇万㎞。総人口(ルーリア人、非ルーリア人含め)約一二〇億人。


 二つの衛星【フォルナ】【サルム】を従え、燦然と輝くその姿は……。



まさに、『宇宙に煌めくエメラルド』。





 ****





「何故!?議会で可決してもいないのに地球への侵攻を開始されたのですか!?ルーリア皇帝陛下には納得のいく御説明をして頂きたい!!」

「然り!地球人は野蛮かつ危険な生命体である!地球を侵略、被属させ…、尚且つ我等【銀河連邦】に加盟させようなどと!失礼ながら…正気の沙汰とは思えない!」

「幾ら『ルリアリウムの伝導者』であるルーリアあなたがたの行いでも、我々は肯首しかねます!」

「ヒロシマ、ナガサキの映像をお忘れか!?あのようなおぞましい兵器を作る種族を銀河へ進出させる事は!即ち銀河の破滅に繋がるものでありますぞ!!」



 帝国本星赤道直下、帝都【セレファイス】郊外。


 数十万人を収容可能な帝国議事堂内に、怒号と怒号が折り重なって木霊する。



「まさに病原菌を持ち込むようなもの!野蛮種のさばる太陽系なぞ即刻半永久的に封鎖措置をすべきだと何度も申し上げた筈!何故分からないか!?」


 ルーリア被属惑星【ショグスー】代表が単眼に怒気を宿し、十数本ある触手の内一本を卓上へと叩き付ける。


 彼の体表から分泌される茶色い粘液が飛び散り、それがクチバシに付いた隣席の惑星【バーデス】代表が複雑な表情を浮かべた。



「ショグスー代表、貴方の考えはご尤も。しかし、今だがらこそ、今こそ地球の被属が必要だと私は考えています。地球人の銀河連邦加盟は我々にとって、きっと有益なものになりますでしょう」



 周囲の怒りをその一身に受けながらも、アルカイックスマイルを崩さず、まるで喧騒をなだめるような物言いをするルーリア人の男が一人。


 流麗な男であった。


 灰色の長髪と耳を照明に輝かせ、男が纏うその壮麗な礼装は、彼が高貴な身分であることがうかがえる。



「確かに地球人の同種族間における無意味な殺戮は看過出来るものではありません…。その為、この数百年間、我々は地球への干渉を絶ってきました。しかしこのままでは…地球人はお互いに殺し合い、やがて滅びるでしょう。それを放って置く事など、果たして我々が尊ぶ宇宙道徳が許せるものでしょうか?」



 《ヨハン・コゥン・ルーリア三世》。それがこの男の名前である。



 ルーリア銀河帝国の現皇帝。


 銀河に数多存在する高文明惑星を統括する、宇宙の帝王である。



「な、何故に皇帝陛下は地球人に肩入れをするか!?その根拠は!?」ショグスー代表は尚も食い下がる。



「彼ら地球人は想像力が豊かであるからです。ルリアリウムも無しにここまで繁栄してきた彼らがルリアリウムを得たその時、どのような相乗効果を発揮するか、私は胸が弾まざるを得ません…!」



 まるで舞台俳優のような気取った口調で、ヨハンは両手を広げ声高に叫ぶ。



「さあ…銀河の徒よ!私の愛しき友人たちよ!過去の蛮行なぞどの星にも…無論、我がルーリアにも御座いました。勇猛なる戦いの果てに、いま正に地球人はルリアリウムを手に羽ばたこうとしています!そんな彼等を!我々のこの腕の中に!暖かく!強く!迎え入れようではありませんか!」




 議事堂内に、微かな拍手が、寂しく響く……。


 ヨハンの意見に賛同の意を示している者はほんの僅か。


 全長五〇㎝程の、直立したげっ歯類の如き姿。惑星【プー・ニャン】代表。


 脚の代わりに尾鰭を生やした水棲種族。水の惑星【アビリス】代表。


 姿形は地球人やルーリア人と同じ。発熱器官を有する二本の角を頭部に生やした、極寒惑星【キーヅ】代表。


 地球の昆虫ゴキブリをそのまま人間大に巨大化させたような姿の、【Mハンター第7星雲】代表。


 等々、ごく少数であった……。


 他の惑星代表たちは皆困惑の顔を浮かべ、まるで石像のように微動だにしない。



 銀河の支配者と言えば聞こえは良いが、実体は歴代皇帝の威光の上に腰掛けた、只の相談助言者である。



 そんな己の肩書きに、ヨハンが独り苦笑いをした時。



 一際大きな拍手が、議事堂の空気を凛と張り詰めさせた。



「「……?」」



 皆、何事かと周囲を見渡し、拍手の鳴り先を探す。


 そして、揃って息を呑んだ。


 議事堂の出入り口に一人の偉丈夫が立ち、その大きな手で、拍手を打ち続けているではないか。


 男は、ヨハンと同じルーリア人であった。


 筋骨隆々の肉体を、黒と金の騎士装束で覆い、波打つ金髪の間から覗く鋭い眼光でヨハンを見つめたまま、口を真一文字に結んで、拍手を送る。



「《ダイガ・ガゥ・リーオ》…!」



 誰かが畏怖を含んだ声で、男の名を呟いたのを切っ掛けに、議事堂中がざわめき出す。



「ダイガ・ガゥ・リーオ…!ルーリア総騎士団長にして、皇帝親衛隊アルダレイアーズ筆頭ッ…!」

「ルリアリウム制御が難しい五体合体騎甲士ナイアルド【ガウラ・オーガ】をまるで自身の手足のように駆る豪傑ッ!」

「銀河中の女性が選ぶ、『抱かれたい異星人』『上司にしたい異星人』十年連続ナンバーワンッ!」

「「ルーリア…いや、ッッ!!」」



 ざわめきが熱を帯びていく。


 険呑とした空気を、見事に議題内容ごと有耶無耶にしてみせた忠臣に、二十年来の親友に、ヨハンは態とらしく肩を竦ませた。




(よくもやってくれる。大衆の注目を集めるなど好きではないだろうに…)




 ****





「『地球への侵攻作戦は現状維持を認可。但し、地球に於ける戦況資料を作成の上、惑星ヴェーダの銀河連邦本部へ転送されたし』…ね…」



 セレファイスの超高層建造物群と、帝国民の憩いの場である空中庭園の間を、皇宮へ向けて進む飛行艇の中。


 ソファーに腰掛けたヨハンは卓上に置いた書類に目を通しながら、包装をがさがさと開ける。


 議事堂近くの店で購入したそれは、こんがりと焼いた魚竜肉を甘辛いソースに浸し、しゃきしゃきとした【ペチクの葉】と共に穀粒を練り焼いた【キータン(地球のナンに酷似)】で挟んだものだ。


【クタヴァーニ】と呼ばれるルーリアのローカルフードである。


 食欲に身を委ね、大きく開けた口でかぶりつけば、ほろほろとほぐれる魚竜肉の旨味と濃厚なソースが口腔内で絡み、溶け合う。


 地球を被属させる為に奔走し、精神的に疲弊していたヨハンに、えも言われね幸福感を与える。


 極め付けに新鮮な酢葉実ダッチィの絞り汁を炭酸水で割ったジュースを飲み干す。


 身体に染み入る酸味が肉汁と交わって…美味い!



「……及び腰も此処まで来ると笑えますな」



 ヨハンの背後で控えていたダイガが重々しい無感情な声で”笑える”と言うものだから、ヨハンは思わずジュースを吹き出しそうになってしまった。



「彼等を責めてはいけないよ?」

「…責めているのではありません…。呆れているのです」

「彼等が言っている事もまた事実なのさ」



 ヨハンが向かいのソファーを指差すと、ダイガは「失敬」と一礼し、音一つ立てず腰を下ろした。



「全感情の昂りで争うのはルーリアも同じ。しかし、激情し殺めてしまうなど全銀河探せど…」



 ”地球人くらいなものさ”


 そう言いかけて、ヨハンは口を噤んだ。


 ダイガの表情が険しくなっているからだ。


 眉間には血管が浮き上がり、固く握られた拳が震えている。腕輪に嵌められたルリアリウムが、ダイガの感情に呼応し黄金に輝く。



「悪かった……軽率だった……」



 ヨハンは自戒に溜め息を吐き、ジュースを注いだ杯をダイガへと渡した。



「陛下……お心遣い…誠に有り難く存じます」

「誰だってを悪く言われればそうなるよ。僕だってサナやアシュレア達を言われればそうなるさ…」



 ダイガはしばらく物憂げに杯を眺めたのち、ジュースを一気に飲み干した。


 景気の良い飲みっぷりにヨハンは微笑むと、船窓の外を眺める。


 護衛の一般騎士が搭乗した、カロト社製制式量産型騎甲士ナイアルド【ゼラ】が五騎、深緑色の装甲を陽光に輝かせ、編隊を組んで飛行している。



「そういや、右端を飛んでるセジュー、子どもが産まれたそうじゃないか」

「は、昨日の朝に……男の子だそうで…。勝手ながら、早速陛下の御名で祝いの品を贈らせて貰いました…」

「悪いね…。忙しさを理由にしたくないけど…助かったよ」



 ダイガは静かに一礼して、ヨハンと並んで外を見遣った。



「ダイガ…も…早く一緒に暮らせると良いね」

「……私にとってはその為の地球侵攻であります」



 ダイガの彫刻像めいた顔が微かに綻んだ。


 ヨハンにはその様が実に微笑ましく、そして、とても切ないものに見えて仕方がなかった。



「…陛下の祈願。サナリア様の祈願。アシュレア殿下、メイアリア殿下の祈願。そして…私と妻と…息子の祈願です…」



 皇帝である以前に、子の親であるヨハンには、とても切ないものに見えて仕方がなかった。


 ダイガの言葉に、同意の頷きをヨハンがしようとしたその時ーー



『皇帝陛下、誠に申し訳ありません』


 客室内に、鈴の音と共に、騎士装束姿の女性が立体映像として浮かび上がった。


 女性は半人半馬の外見。ルーリア被属惑星【ケンターリ】人特有の体躯であった。



「いやいや。何かあったのかい?《レリベル・リオ・ケント》?」



 柔和な笑顔を見せるヨハンにレリベルと呼ばれた女騎士は『はっ!』と一礼する。



『地球侵攻部隊から映像が届いております。差し出し人は、ティセリア殿下直属の騎士、シーヴァン・ワゥン・ドーグス卿』

「こちらまで送信して貰えるかい?」

『は、はっ!』



 レリベルは一瞬つまづいたような返事をした。


 レリベルが熱を帯びた瞳でダイガを見つめていた事に、ヨハンもダイガ本人ですらも気づかなかった。


 しばらくして、長方形の映像が浮かび上がる。



「…ふっ!」



 映像の中に映るのは、白と青に染まった機械の巨人。それが戦う様。剣を華麗に振るう様。


 それを見たヨハンはしたりと笑った。



「さあダイガ…!始まるよ!僕たちの待ち望んだ戦争だ…!」



 得意げに胸を張って、ダイガへと振り返った。



「……………」



 しかしダイガは、ヨハンに視線を合わせず、ただ呆然と映像を観ているばかり……。


 心無しか、顔が青ざめているようにも見える。


 ダイガの反応に首を傾げたヨハンは、もう一度映像を観てーー


「は、はっ!?」



 口をぽっかり開けて、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。





 少年だ。



 映像には、巨人の肩に一人、地球人の少年が立っている所が映されている。



『僕と… と…勝負願います!』



 狼狽えるヨハンを吹き飛ばすように、映像の中の少年が声高らかに叫ぶ。


 若さがみなぎる、叫び。


この少年は……!



「ト…ト…」

「…っ!?」



 震えるダイガの声が背後から聞こえたので、ヨハンは恐る恐る振り返った。



 ダイガの顔は、顔面蒼白に変貌していた。


 歯がかちかち鳴り、唇がむにゅむにゅ動いている。目はあちこち泳ぎ出し、折角の渋い鉄面皮が台無しであった。



「ダ、ダダ、ダイガ?だいじょう…、」

「ト…トト…トキ…トト…」



 ダイガは自身を気遣うヨハン皇帝に意も介さず、よろよろとまるで夢遊病者のような足取りで映像の中の少年へと近づいてーー






「トキオオオオッッ!?!?」



 ダイガは振り絞るように叫ぶと、そのまま「うぅ〜〜ん……」と前のめりに昏倒。


 銀河最強の騎士が、飛行艇の床上で泡を噴き、白目を剥いた。



「うわぁぁぁあ!?ダイガ!?ダイガ!?」



 ヨハンは慌ててダイガを抱き起こそうとするが、ここ最近、次女のティセリア以上の重い物を持ったことのないヨハンの腕力では、ダイガの巨軀はぴくりともしない。



「う、運転手さんお願いします!ちょっと急いでいただけませんか!?あ!大丈夫!僕皇帝なんで!!ダイガ!?あ〜駄目だ…!白目剥いちゃってる…!だ、だれか〜!だれか〜!冷たいヤツ!…あ、いや飲み物じゃなくて冷やすヤツ!冷やすヤツお願いしま〜〜す!!」



 皇帝ヨハンは焦った。


 銀河の帝王ヨハンは慌てた。


 客室内を右往左往しながら、ヨハンは心情をそのままに迸らせた




「何でエクスレイガにトキオが乗ってるんだよーーーー!!?説明してくれ!!ーーー!!?」





 続く

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