あなたはだあれ?



「はが……はが……!」

「「あぁぁぁぁ……!」」



 悲壮感が、千原 茂人ちばら しげと(三〇歳独身、彼女イナイ歴三〇年)率いるイナワシロ特防隊エクスレイガ整備班を包み込んだ……。



「いやあ…こりゃ派手に壊したなぁ…」



 牧が独りで苦笑するが、その顔にすら、何時もの余裕はなかった……。


 


「ほんっっとうに!ごめんなさいでしたっ!!」



 時緒の平身低頭を完全に無視して、茂人たちはただ、格納庫の上を見上げる……。



「麗しのエクスレイガ子ちゃんが……つい今朝まで……ツルッツルのピッカピカだったエクスレイガ子ちゃんがぁぁぁぁあ!!!」

「「ガッスガスのボッロボロだぁぁぁぁあ〜〜〜〜〜〜!!!」」



 整備班の慟哭が、格納庫をを震す。



 薄暗い倉庫に鎮座する、左半身の装甲が溶けて姿の、哀しい様相……。


 その様が、見えない鈍器となって茂人達の整備魂ハートを次々殴り砕いた。



「理科室の人体模型みてえだ…」



 整備員の誰かが言った言葉が、昨晩徹夜でエクスレイガの装甲を磨いていた茂人にとどめを刺した。


「ぎゃふんっ!」


 悲鳴を上げて、茂人は前のめりに昏倒したのをきっかけに、一人……また一人と整備班員たちは崩れ落ちていった。



「まあまあ。お前たち、ロボいじるの好きだって言ってたじゃないかぁ。天職天職!すれば直る直る!!頑張ろう!!」



 とんでもない事を口走る牧社長に、もう誰も言い返せなかった。言い返せる精神力を持ち合わせていなかった。


 なのでーー



「「「と〜〜き〜〜お〜〜!!!」」」

「ひぃ〜〜〜〜!?」

「「「ここまでボロボロにする事ぁねえだろ〜〜〜〜!!!」」」

「ごめんなさい〜〜!!シーヴァンさんの意表を突く為に!!攻撃を!!受け止めるしかなかったんですよ!!」


 鬱屈心フラストレーションに身を委ね、整備たちは班長である茂人を放り投げ、当事者であり、特防隊最年少である時緒を追いかけ回すことにした。


 苛立ちは新入りにぶつける。そういった前時代的な古臭い云々に縋るしかないほど、彼らは追い込まれていたのだ。



「本当にごめんなさい!修理、僕もお手伝いしますから!!」

「「当たり前じゃ馬鹿ァ!!!」」

「一発デコピンさせろォ〜〜!!」

「それはお断りします!!」



 ばたばたと騒々しい足音にーー



「若いって良いなぁ…」



 と、牧は独り他人事のように感嘆した。


 時緒達によって舞き上げられた埃が、天窓から差す陽光に反射して輝く様は、衛生環境的には誉められるものではないが、何処か幻想的な美しさであった……。




「ばっっっかもん!!いい歳した男どもが狭い所で走り回るな!!怪我したらどうする!?鬼ごっこなら外でやらんかーー!!外でーー!!」



 数分後、騒がしさに耐えかねた麻生に怒鳴られるまで、時緒は自慢の脚力と溢れ出る若さで、整備班員達の追跡と攻撃を躱し続けた……。





 ****




「トキオ…!あの山の上のかっこいい塔は何なのだ…?以前から気になっていたんだが…」

「送電線の鉄塔ですよシーヴァンさん。あれで電気を、エネルギーを送るんです」

「電気?電気とは冬になると服脱ぐ時パチパチ痛いアレか?地球人はそんな非効率なものをエネルギーにするのか……。む…?トキオ…?あの板には何と書いてあるのか…?」

「板?ああ看板か…。『巨大化するほど元気爆発!アオバクルミドリンク』と書いてあります」

「あの小さな黒い板には?」

「『キリストは復活する。悔い改めよ』と書いてあります」

「キリストってなんだ?あ、あの桃色の看板には?」

「おとなの…、…スミマセン、ボクニモワカリマセン…」



 真理子の運転する愛車ジムニーの中。


 後部座席に座ったシーヴァンは、車窓を後ろへと流れていく外の情景を興味津々に眺めては、隣に座る時緒へと問い掛ける。


 シーヴァンの尻尾が激しく揺れて、パタパタとシートを叩く。


 そこまで楽しそうにされると、運転席の真理子や助手席の芽依子まで、嬉しくなってしまう。



「シーヴァン君、面白いか?」

「はい…!見るもの総てが新鮮です…!」

「じゃあ…ちょっと寄り道して…四人でドライブと洒落込むか!」

「どらいぶ?マリコさん?どらいぶとは何ですか?」

「クルマかっ飛ばして綺麗なトコ見て回ろうって意味!ソフトクリームも奢ってやる!美味いぞ〜!」

「なんと……!!」



 シーヴァンの尻尾の振りが更に激しくなる。


 気を良くした真理子はアクセルを強く踏み、愛車を加速させた。



「おばさま、安全運転でお願いします」

「応よ芽依!法定時速ギッリギリで飛ばすぜ!!」



 広葉樹のトンネルの中を、嬉々とした時緒達四人を乗せたジムニーはその車体を木漏れ日に染めながら、風の如く颯爽と駆り抜けていった。





 ****




 ただ…。


 ただ、時緒が心配だっただけだった。


 時緒が、得体の知れない何処かへと行ってしまうような気がしただけだったのだ。



( 椎名くん…居るかな…? )



 だから、少女は行動した。


 黄昏に染まる町を椎名邸目指し歩き出した。



 真琴は、自らの意思で行動したのだ。






 ****





「いやぁ!久しぶり牧場も楽しいもんだなぁ!」

「芽依子さん、ソフトクリーム何個食べました?」

「二十個から先は数えてません…!」

「あれがソフトクリーム…!あのような甘美で冷たい菓子がこの銀河に存在していたとは…!これは是非にでもティセリア様にお伝えせねば…!」



 時緒達が椎名邸に到着したのは午後五時ちょうど。


 太陽は山の尾根にその半身を隠し始め、椎名邸を淡い橙色に照らしていた。


 我が家に帰ってきた安堵感に、戦いに辛勝した心地良い疲労が、思い出したように時緒の身体を覆っていく。



「これがトキオの家か…?見たことのない外見だ…。惹かれるな…」



 そんな時緒の横で、シーヴァンはその真っ直ぐな眼差しで椎名邸を見上げていた。


 江戸時代を思わせる格式有る外見に、異星人であるシーヴァンはしみじみと感嘆の溜息を吐く。



「はい。百年以上前の……御先祖様の侍屋敷を改良したものらしいです」

「サムライ?サムライとは何だ?」



「う〜ん…」暫く考えたのち、時緒はシーヴァンの顔を見て答える。



「シーヴァンさんみたいな人たちです」

「俺だと?」

「理念の為に命を賭けて戦う人たちです」

「ほう?興味があるな…。何処に行けばサムライに会えるのか?」



 時緒は苦笑して、首を横に振った。



「…もういません。遥か昔にいなくなってしまいました…。今は僕みたいな真似しんぼがいるだけです」

「……そうか……。残念だな…」



 芽依子が点けた玄関の灯が、時緒とシーヴァンを照らす。やや曇る二人の若者の横顔を淡く照らす。



「お二人とも、戦闘でお疲れでしょう?今お風呂を沸かしますから」



 柔和な笑みを逆光で隠した芽依子が手招きをしてくる。


 芽依子の声が、今更ながら心地良くて、時緒は身を委ねるように首を傾けながら、今一度シーヴァンを見遣る。



「改めて、シーヴァンさん…。今日はありがとうございました。ようこそ地球へ。猪苗代へ。我が家へ」



「あぁ…」緊張に少し強張った笑顔で頷くと、右手を胸の前に掲げ、敬礼をした。



「ありがとう、トキオ…。暫く世話になる…。宜しく頼む…」



 礼をしながら、シーヴァンは思う。


 サムライ。命を懸けて戦う地球人の事。


 ならばーー。



( サムライとは……やはりお前そのものじゃないか。トキオ…… ?)




 ****





「…勝ったは良かったものの…、時緒のヤツ…よくシーヴァン君に勝てたな?」



 椎名邸の台所ーー。


 しゅうしゅうと音をたてる圧力鍋を睨みながら呟く真理子に、芽依子はレタスをちぎる手を決して止めずにーー



は相手の力を活かす騎士として…若い騎士の間では人気でしたから…」



 と小声で応えた。



「時緒の力を活かす為に…ワザと敗けたと…?」

「…かく言う私もかつてはそのクチでした。だからこそ私も兄も父も、彼を妹の騎士に推薦したんです」

「成る程なぁ。あぁ〜、エクスを観測してたドローンは攻撃の余波で全機蒸発しちまうし…モニターしていたタブレットはエクスの出力上昇を確認した途端に情報過負荷でオシャカになっちまうし…。全然わっかんねぇよ…」



 真理子は溜息を吐きながら、圧力鍋の蒸気を抜き、慣れた手つきで蓋を開けた。


 鍋の中では飴色に煮詰められた豚の角煮と味付卵が湯気をたてている。



 『 シーヴァンさん…頭、痒い所あります? 』

 『 ううむ…もうちょい右…ああそこそこ…! 』

 



 風呂場から聞こえる時緒とシーヴァンの声に耳を傾けながら真理子と芽依子は安堵ね笑みを同調させた。


 その時だった。




「あら?」



 玄関の呼び鈴が鳴った。



「はふっ!芽依、悪い…代わりに出てくれるか?」

「はい、おばさま」

「頼むわ…。新聞の勧誘だったら”我が家は先祖の遺言で福島民友しか取らない”って言っといてくれ…ぁちいっ!!」



 味付卵を味見している真理子へ頷いて見せると、レタスをちぎり終えた芽依子は手を洗い、スリッパを鳴らして玄関へと向かった。





 ****






「……ぇ……?」





 真琴の喉から出たのは、”御免下さい”でも”夜分失礼します”でもなく、まるで季節外れの蚊の飛翔音めいた、小さく細い呻きだった。



「あの…どちら様でしょうか?」



 真琴が椎名邸の呼び鈴を押して、約十数秒……。


 戸を開けて現れたのは、時緒ではなく、その母親の真理子でもなく。


 一人の見知らぬ少女であったからだ。


 亜麻色の長い髪。


 琥珀色の瞳。


 女の自分から見ても綺麗と思えるその少女に、真琴は眼鏡の奥の瞳を見開いた。



「ぁ…ぁの…しぃ…なくん…」



 それが、今の真琴の、精一杯繰り出せた言葉だった。


 ”椎名くんが心配で来ました”と、本当は言いたかった。


 だが、煮こごりの如く固まった真琴の思考がそれを許さなかったのだ。



 この少女は誰なのか?



「はい……もしかして!時緒くんのお友達ですか?」



 両手をぱちりと合わせて少女が笑った。


 何と可愛らしい笑顔だろう。


 自分と違って、なんと可憐なのだろう。


 真琴じぶんと違って……!



「ぁ…ぁ…」



 驚愕とは似ているようでちょっと違う、粘ついた感情がだくだくと湧き出してきた。


 止まらない。


 止めようがない。


 感情が溢れて止まらない。



「あ、あの!私、此処でお世話になっています…斎藤 芽い…、」

「す、すみませんっ!お、お邪魔しましたっっ!!」

「 えっ? 」



 正体不明の感情に耐え切れず、真琴は一礼すると回れ右をして走った。


 全力で、走った。


 夕陽はとっくに沈み、暗闇に沈みそうな世界を街灯が申し訳なさげに繋ぎ止めている。


 そんなぼんやりとした猪苗代の町中を、真琴は全力で走った。


 もう良い!


 時緒と謎のロボットとの関連性などどうでも良い!


 思いが弾け出そうで、真琴は胸を必死に抑えて真琴は走る。疾駆する。




「ぅ…ぅ…〜〜〜〜〜!?」




 椎名邸に住む謎の少女に会って溢れた感情。


 その感情の名が『嫉妬』であると真琴が自認したのは、自宅のベッドに飛び込んで暫く経ってからのこと。




「誰……?あのひと……!?」




 ……その夜、真琴は一睡も出来なかった。





 続く

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