シーヴァンの楽しい捕虜生活?

 


「…流石の息子。思念虹しねんこうまで発現しちゃうなんて…正直びっくりしちゃった」



 翡翠色の泉の水辺ーー。


 欅の根にその細い腰を掛けて、サナは独りほくそ笑む。



「マリィもメイも、過保護すぎるのよ… 」



 サナは無邪気な笑顔でくるくると舞い踊りながら、麦藁帽子を空へと放り投げた。


 決して流れない入道雲が浮かぶ、へ向かって。



真理子マリィ!時緒をエクスレイガに乗せて正解だったでしょう!?


 さあ!地球を野蛮呼ばわりする銀河中の哀れなお馬鹿さん達に知らしめましょう!


『真の英傑は地球に有り』って!!


 皆!地球とルーリア双方の戦人キャストたち!貴方達の本当の戦争ショウはこれからよ!! 』





 ****




「う〜ん……芽依子さん……それ本当に着るんですか?…ほとんどヒモですよ……ん?」



 時緒が目を醒ましてみれば、そこは殺風景な小部屋のベッドの上だった。


 イナワシロ特防隊の基地、廃ビルの仮眠室であった。天井のシミが人の顔のようで気味が悪い。


 壁に掛けられた時計は、午後二時十五分を指していた。


 額に違和感があるので触れてみると、冷却シートが貼られているではないか。



( また気絶しちゃった…のかな? )



 既視感に時緒は腕を組み、独り唸る。


 はてさて?


 何故自分は此処で寝ているのか?


 確か戦闘を終え、愛騎を失ったシーヴァンと共に、イナワシロ特防隊の迎えを待ってた筈では?



「あいたた…」



 思い出そうとすると、軽い頭痛がしたので、時緒をそれ以上考えるのを止める。


 すると、錆びついた金属同士が擦り合う音がして、ドアが開いた。



「時緒くん!?」



 現れたのは、清涼飲料水のペットボトルを大事そうに抱えた芽依子だった。



「良かった!気がついたんですね!」



 芽依子は上体を起こしている時緒を確認すると、安堵の微笑を浮かべ、ペットボトルに熱を奪われた冷たい手を時緒の額へと添えた。


 絹のような芽依子の手肌の感触がとても心地良かった。



「芽依子さん?僕はまた気絶?」

「う……」



 急に芽依子表情が曇りだしたので、時緒は首を傾げる。



「…芽依子さん?」

「ご、ごめんなさい!私の所為なんです!!」

「はい…?」

「…わ、私が…その…こ、ここ、興奮して…とと…時緒くんの頭を…その…私の…胸で…来ていた耐弾装甲で…ごちん…と」


 顔を真っ赤にして芽依子は俯いた。言葉の後半はごにょごにょと口どもり、時緒には聞き取るのが困難だった。



「…芽依子さんに迷惑をかけた訳ではないんですね?」



「は、はい!迷惑なんて全然っ!!」芽依子が勢い良く首を縦に振る。赤ベコめいていて非常に可愛らしい。



「じゃあ…じゃあ良かった…あはは」

「…はい?」

「芽依子さんに迷惑を掛けるのが…何ででしょうね?一番堪えるんですよ。あはは…」



 時緒が呑気にはにかむものだがら、芽依子も思わず笑いを零してしまう。


 何だか可笑しな雰囲気だ。


 西向きの窓から昼下がりの陽光が仮眠室を照らして、時緒と芽依子だけの空間をクリーム色に染めていく。


 時緒は芽依子から貰った生ぬるい清涼飲料水を二、三度ぐびりと飲んで喉を潤して…。



「あ」



 時緒ははっとして顔をあげた。




「そういえば…、シーヴァンさんは…!?」




 ****




「時緒くん!余り御無理をなさいませんよう…」

「大丈夫です!寝起き早さには心得があります!」



 背後の芽依子に案じられながら、時緒は足早に階段を上り、会議室のドアを開ける。



「失礼します!時緒、入室します!」



 会議室内では、真理子、麻生、キャスリン、嘉男が立ったまま、ホワイトボードの前に投影されたエクスレイガの映像を観ていた。



「よ!時緒!」

「おぉ!起きたか」

「トキオ!おめざメー!」

「時緒君!あぁ良かった!」

「もがー!」



 麻生タは皆、芽依子と同じように安堵の表情で時緒を出迎えた。


 時緒はたちまち照れてしまう。


 そんな息子のもとへ、真理子がずずいと近寄った。


 口もとからビーフジャーキーの端がはみ出ていた。



「…ケジメはつけれたみてえだな。すっきりした顔してる」

「……お陰様で!」

「もがー!」



 くつくつと笑って真理子は息子時緒の頭をやや乱暴に撫でた。


 あたたかい母の手。記憶の有る限り、これまで何度も心救われた愛する者のぬくもりであった。



「あ、そうだ!」当初の目的を思い出した時緒は真理子に問うてみる。



「母さん!シーヴァンさんは…!?」

「 俺ならだぞ?トキオ ?」

「 もがんがー! 」



 麻生と嘉男が立ち退くと、パイプ椅子に腰を下ろしたシーヴァンの姿が確認出来た。


 騎士装束の首元を緩め、若干ラフな格好になったシーヴァンは紙パックのコーヒー牛乳を幸せそうな顔で飲んでいる。



「お前さんも若干疲労が溜まってるな」

「もごー!」


 シーヴァンの影に隠れるように、卦院が座っていた。


 卦院は血圧計を携えて、目盛を睨みながら、カルテらしき書類にペンを走らせていた。



「どっちみち宇宙のお城には帰る気ないんだろう?だったら今日はゆっくり休め。ルーリアのナイト君」

「ありがとうございます、ケイン先生…。この【ラクオー・カフェオレ】と言う飲み物、大変美味しゅうございます」

「そいつは何よりだ。疲労には甘い物が一番だからな。足りなかったら言え。嘉男に買いに行かせるから」

「もげー!」



 自身の腕から血圧計の検査ベルトを要領良く外す卦院に、シーヴァンは深々と頭を垂れた。



「さて…」


 シーヴァンはコーヒー牛乳のパックをテーブルに静かに置くとすっくと立ち上がり、会議室に集まった面々を見渡す。


 時緒とも目が合う。


 シーヴァンが微かに笑った。



「イナワシロ特防隊の皆々様。この度は私、シーヴァン・ワゥン・ドーグスの身元を引き受けていただき、誠にありがとうございます。ルーリアを代表して、ここに感謝の意を述べさせていただきます…」

「もぎー!」



 溌剌丁寧なシーヴァンの物言いに、「若いのにしっかりしているなぁ」と麻生が感心した。




「いいよ!息子が、時緒が世話になった礼だ!」

「マリコさんがトキオ…失礼、トキオ君の母君でありましたか」

「さっき皆自己紹介したけど…改めて、椎名 真理子だ!よろしくな!シーヴァン君!」

「もんげー!」



 真理子に今一度深々と礼をすると、シーヴァンは騎士装束の袖口を捲りあげ、金色に輝く腕輪を見せた。



「トキオ君も起きたことですし、改めて…私の敗北と、暫く地球に滞在する旨を我が姫に連絡したく思います…」

「おう!私達からも挨拶しときてえし…よろしく頼むわ!」

「ごもー!」

「はっ!…では…」



 真理子の許可を得たシーヴァンは、その指先で腕輪の表面を撫でた。


 途端、腕輪がちかちかと瞬いた。



「空間通信…接続。言語変換ニッポン語。ニアル・ヴィール…皇族謁見の間へ」



 抑揚のない声色でシーヴァンが呪文のように呟く。


 すると、腕輪がサーチライトめいた輝きを発し、会議室の宙空にモニターを投影した。


 モニターは暫く沈黙した後ーー




『ゔゅ〜〜〜〜〜ん!!じ〜ゔぁ〜〜〜んん!!!』




 涙まみれ鼻水まみれ、ぐちゃぐちゃな幼い少女の顔面が、画面いっぱいに映し出された。


 歳の頃は十歳かそれ以下だろうか。


 銀色の長い髪からは狐のような耳が生え、琥珀色の瞳の瞳孔は細長い。


 正しくルーリア人の出で立ちだった。


 彼女の纏ったドレスの煌びやかさが、その少女が高貴な身分であることを物語っている



「あの子ったら……」



 背後で芽依子が恥ずかしそうに顔を覆ったのを時緒は知らない。



「こちらの御方が私の主君…ルーリア銀河帝国第二皇女、ティセリア・コゥン・ルーリア皇女殿下に御座います」

「もが…」



 シーヴァンはそう時緒たちに説明すると、画面の中のティセリアに傅いて見せる。



『シ、シーヴァン!?どうしてれんらくしてこなかったのぅ!?巨人をやっつけたんでしょ〜!?はやくかえってきてよぅ〜!!』


 ティセリアは手足をばたつかせながら不満を露わにするが、シーヴァンの周りにいる時緒達に目をやると、『うゅ?』と鼻水を啜りながら首を傾げた。



『シーヴァン?そのちきゅーじんたちは〜?シーヴァン〜?』

「…その前にティセリア様…お伝えしたい事がございます…」

『うゅゆ?』



 自身の気持ちを整えるように、ティセリアを落ち着かせるように、シーヴァンは深呼吸一つすると、その面を上げた。



「ティセリア様…申し訳御座いません。私、シーヴァン・ワゥン・ドーグス…。地球の巨人…いいえ、【エクスレイガ】に…敗北しました…」

「もがんげ…」

『…………うゅ………?』



 動から静へ。ティセリアの動きがぴたりと止まる。


 アーモンド型の可愛らしい眼が点になった。


 そして…。


 一瞬間を置いて…。



『うびゅーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?』




 ティセリア驚愕の叫びが会議室を震わせた。




 ****




『え、ええと…、目え回してノびちゃったティセリア様に変わりまして…ティセリア騎士団、ラヴィー・ヒィ・カロトが御取り次ぎいたします。シーヴァン、お疲れ様。それと地球人の皆さん、お騒がせして大変失礼しました』

「もげー♡」



 画面には、シーヴァンと同じ騎士装束を纏ったルーリア人の青年が映っていた。


 若干波打った髪質、その頭部から兎のような長い耳をぴんと立てた、時緒と同じくらい中性的な顔立ちをした青年だった。



「ラヴィー、すまない…。俺は捕虜として暫くイナワシロに滞在する」

『分かった、こっちは任せて。ガルィースの砲撃の余波で、監視していたキュービルが全機消し飛んだ時から、こうなるんじゃないかとカウナが予想していたからね』

「そのカウナは?」

『城の空中庭園で、捕虜の女性兵士さんたちとデート中。彼から伝言。『美味い土産を期待する』って』

了解したレーゲン

「もがもがー♡」



 シーヴァンはラヴィーとの会話を終えると、「御待たせ致しました」と真理子たちに頷いて見せる。


 真理子は麻生と目配せ、頷き合うと、一歩前に出て、画面の中のラヴィーに一礼をした。



「対ルーリア防衛民間組織【イナワシロ特防隊】の椎名 真理子だ。シーヴァン君の身の安全は私たちが保証する!」



 真理子の淀み無い言葉に、ラヴィーは柔らかく笑った。



『貴女方に疑念など微塵も感じておりません。我が騎士団の筆頭殿を、どうかよろしくお願いします』

「ああ!シーヴァン君は全力で、猪苗代の美味い物を振舞わせて貰う!」

「もけー♡」



 真理子の言葉に、ラヴィーは可笑しそうに口元を曲げ、美味い食事を妄想したシーヴァンの喉がごくりと鳴った。



『あぁ、あと…あの巨人…エクスレイガ…でしたっけ?その操縦士殿は…居られますか?』

「あぁ…、それは…」



 三秒、四秒程か。


 真理子は何かを考察しているかのように天井を眺めて…。


「ん…」時緒に、前に出るよう手招きをした。


 時緒は一歩踏み出し、ラヴィーとその視線を同調させる。


 時緒の緊張の視線が、ラヴィーの好奇心と戸惑いが混ざる視線が、同調する。



『…君がエクスレイガの操縦士…いや…騎士かい?』

「はい!椎名 時緒です!」

『…成る程ね。君がトキオか…。改めて、ラヴィーだよ。そう…君がね…』

「あの…?」

『……いずれ戦場で合間見えると思うけど…その時はよろしくね?』

「は、はいっ!!」

「んもがー!」



 腰から角度九〇度に曲げて頭を下げる時緒にラヴィーは苦笑すると、眼だけをシーヴァンへと移動させる。



『それじゃあ…僕は失礼させて貰うよ、シーヴァン』

「ああ…、すまん。手間をかけさせたな…」

『…謝るならティセリア様に言うことだね。君が帰って来るのを…、君と一緒に遊べるのを心待ちにしてたんだから…努努忘れないで』

「……ああ…分かった……」



 シーヴァンの拳がきりりと強張るのを、時緒は見逃さなかった。



『では、イナワシロ特防隊の皆様。僕はこれにて失礼します。シーヴァンをどうか…。貴方がたの清き心に永遠の栄光をルォ・アルオルト・ロル・ルーリア

「もごんごー♡」



 ……。


 ラヴィーを投影した映像が消え、会議室に束の間の静寂が訪れる。


 緊張から解放された時緒は一息吐くと、芽依子へと顔をむける。


 会議室を包む昼下がりの陽光のような暖かい眼差しで、芽依子は頷いた。



「…芽依子さん」

「分かっていますよ…。次の戦いに向けての鍛錬…、喜んでお付き合いします」

「ありがとうございます!」

「もごー!もごごごー!!」





 ****




「…ところで母さん、会議室に入ってからずっっっっと気になってたんだけど…」

「あ?」



 時緒は怪訝な表情で、真理子に思っていた事を口にしてみる。



「何故……の?」



 時緒は会議室の端を見遣る。


 四肢を縛られ、口に猿ぐつわを嵌められた薫が、転がっていた……。


 今まで口にしなかったのは、シーヴァンの方が心配だったからだ。



 真理子は心底嫌そうな顔をしてーー


「だってソイツ気持ち悪りいんだもん…。シーヴァン君が来た途端によぉ……


『きゃああああ!!イケメンよおぉお!!ケモミミのイケメンよぉぉぉ!!写真撮らせてぇぇぇ!!BL同人誌の資料にするからぁぁあ!!あと尻尾可愛い!!触らせてぇぇぇ!!』


 …ってな感じでクソうるせえから、嘉男の許可得てふん縛って転がしといた」

「…あぁ…」



 時緒は凄まじい脱力感に襲われた。


 その背後にシーヴァンは、すすすと歩み寄る。


 普段は立っている耳をへたりと倒してーー



「カオルさんに少し気圧されてしまった……」

「…シーヴァンさん、薫さんに何言われたんですか?」

「脱げって言われた…。上半身だけ脱げって言われた…。怖かったから腹筋だけ見せて勘弁して貰った…」

「うわぁぁ……」



 下手物を見るような眼差しで、時緒は薫を見遣る。



「もがっ!?もがががががー!!」



 ひそひそと身を寄せ合って喋る時緒とシーヴァンの姿に、薫は瞳と眼鏡を妖しく光らせ、燃える執念で顎を動かし、自らの口を塞いでいた猿ぐつわを器用に外した。



「ぷはーー!!」



 そして、口だけ自由になった薫は、自らの欲望を声高に叫んだ。




「パイロットスーツ姿の時緒君と騎士姿のシーヴァン君激萌えぇぇぇぇ!ナイスカップリングいただきましたぁぁぁあ!!次のイナコミは時緒×シーヴァン本で壁サー返り咲きよぉぉぉぉお!!」



 真理子が、薫を生ゴミを見るような目で見下ろしながら、ぼそり呟いた……。



「……ひとさまの息子ネタにしてんじゃねーよ……」





 続く

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