ニアル・ヴィール騒動


「うぎー!うゅゆゆゆゆゆゆーー!!」



 ニアル・ヴィールの大広間に、ティセリアの憤激の唸りが木霊する。



「てぃ、ティセリア様!お、お、落ち着いて下さいませ!」

「あぁティセリア様!折角皇帝陛下が買ってくれた玩具を〜!」



 コーコとリースンの宥めも聞かず、怒髪天のティセリアは玉座の周りに置かれている玩具達を片っ端から鷲掴みにすると、その激情のままに放り投げた。


 大広間の中央で傅いたままの、シーヴァンへ向けてーー。



「シーヴァンのうそつき!うそつきー!!どうしてやっつけなかったのぅーー!!?ばかー!!」



 ティセリアの投げた玩具は放物線を描き、シーヴァンの頭部へーー



「よっ…」



 当たる前にシーヴァンは片手で華麗にキャッチ。玩具が壊れていないか調べ、律儀に自身の傍らに並べた。



「うゅっ!」ティセリアが玩具を投げる。



「…よっ」シーヴァンがキャッチ。



「うゅっ!」投げる。



「…ほっ」キャッチ。



 投げる。


 キャッチ。


 投げる。


 キャッチ。


 投げる。


 キャッチミス!……と見せかけてシーヴァンは逆手でキャッチ。



「うひゅー…うひゅー…」



 玩具を投げ続けて疲労困ぱい。肩で息をしながらティセリアはシーヴァンを睨みつけたままへなへなと後退し、まるで尻餅をつくような格好で玉座へと腰を下ろした。



「…………」



 一方、流石はティセリア騎士団の筆頭騎士たるシーヴァン。傅く姿勢には乱れ一つない。


 そんな彼の左右にはティセリアが投げつけた玩具達が隊列を組んでいた。全部シーヴァンが並べたのだ。その様はまるで自身達を救ってくれたシーヴァンを崇拝する信徒の様相であった。



「……申し訳ございません、ティセリア様。戦意を喪失した相手を一方的に嬲るは騎士の恥。そして…、」

「うー!うるさいうるさーい!!シーヴァンのくせにー!!ばかー!!」



 最早ティセリアは聞く耳を持ってくれない。



「ばか…?」リースンの眉がぴくりと動いた。



「シーヴァンなんてきらいゅー!あっちいけー!ばかー!ばかー!!」



 ティセリアは疳の虫が治らない。


 こうなってしまったらもう手がつけられないと、シーヴァンは「失礼します…」と退場しようとした。




「…っ!先っ程からばかばかばかと!!ドーグス卿を何だと思っているのですか!?良い加減になさいませぇーー!!!!」

「ぅひぃぃぃーーーー!?」


 青天の霹靂とは正にこの事。


 背後から脊髄を奮わさんばかりに響き渡るリースンの怒号に、ティセリアは飛び跳ね目を白黒させた。


 恐る恐る振り返ればリースンが仁王立ちで見下ろしているではないか。


 尻尾の毛が大きく逆立っている。リースンが怒っている証拠だ。



「ティセリア様っ!シーヴァン卿に何たる失礼な言い方!御行儀が悪う御座いますっ!!」

「り、りりりリースン!?だ、だだだだって〜〜!ししシーヴァンが〜〜!!」

「だっても酢葉実ダッチィもありますか!シーヴァン卿は宇宙道徳を重んじるルーリアの騎士として当然の行いをしたのですよ!?」

「うぅ…うぅぅ〜…」



 もの凄いリースンの剣幕に、ティセリアの顔は歪み皺だらけになってゆく。ティセリアが泣き出す前兆だ。


 いけない。何とかしなければいけない。そう思ったシーヴァンは口を挟もうとした。



「いや、聞いてくれ…リース、」

「シーヴァンさんお静かに!今私はティセリア様とお話しているのです!!」



「…すまん」リースンの剣幕にシーヴァンの耳と尻尾がへたりと垂れた。



 駄目だった。



 まるで故郷の母だ。猛き男の士魂を二、三個ぐしゃりと握り潰さんばかりの怖さだ。



「ティセリア様宜しいですか!?もしシーヴァン卿があのまま巨人を倒していたらどうなりますか!?おそらく銀河中の人々がこう思うでしょう!『ティセリア様の騎士は手負いの相手も倒しちゃう恥知らずだよねー!そんな騎士を擁するティセリア様もとんだチャランポランだよねー!』…と!」

「うゅ…チャランポラン…うゅゆ…」

「シーヴァン卿はティセリア様の御名を守るためにもあの場を退いたのです!きっと!そんなシーヴァン卿に向かって……ばか……?ばかとは何ですかばかとは!挙げ句の果てに皇帝陛下が折角買ってくださった玩具を投げつけるなんて…、恥を御知りなさいませ!!ティセリア様!!」



 リースンがそう言い終えたところで…。



 ティセリアの感情は、臨界を迎えた…。



「うっ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!そそっ!そこまでゆわなくていいじゃあぁぁん!!うえぇぇぇぇぇん!!」



 超新星爆発めいたティセリアの慟哭。その瞳からは大粒の涙が滝の様に流れる。


 地団駄を踏みながら号泣するティセリアの姿。その衝撃には例え付き合いの長いシーヴァンでも、只立ち尽くすしか他なかった。


 無論、コーコもである。



「うわーーん!!リースンこわいよー!リースンもきらいーー!!うわーーん!!」

「ええ!ええ!嫌われて結構!私リースン・リン・リグンド!ティセリア様が立派な皇女様になるためでしたら何ぼ嫌われようとも屁とも思っておりません!さぁ!シーヴァン卿に御謝り下さいませ!」

「やだぁぁぁぁ!!」

「ティセリア様っ!いくら泣こうと許しませんよっ!?」

「うわーーーっ!!ぎゃ〜〜〜〜〜〜っ!!じどーぎゃくたいー!!銀河連邦児童相談所じどーそーだんじょにつーほーしてやるー!!」

「ええ!ええ!お好きにどうぞ!!私には覚悟があります!これは暴力ではありません!もし暴力だと言う人がいるのなら出る所に出ても構いません!!」

「あたしはわるくないゅ〜〜っ!!ぎゃ〜〜〜〜んっっ!!!!」



 ティセリアの泣き声が、まるで辺境惑星に棲息する光巨龍ドゥラーガの咆哮の様だ。


 その内、本物よろしく口腔内から荷電粒子ビームでも吐き出すのではないかと、すっかり蚊帳の外にされてしまったシーヴァンは妄想してしまう。



「…………」



 ふとシーヴァンは、同じく傍観者にされてしまったコーコと目が合った。



(コーコ…正直俺は困っている。俺はどうしたら良い?)


 そう思いながらシーヴァンはコーコに視線を贈った。


 コーコは一瞬困った顔をしながらも、シーヴァンを見詰め返した。



(一度…退室された方が宜しいのでは…?)



 コーコの視線がそう言っている様に見えた。

 本当にコーコ自身がそう思っているか分からないので、シーヴァンは試しに一歩後退してみる。


 コーコがこくこくと頷いた。どうやら正解らしい。


 取り敢えず一礼して、シーヴァンは大広間を退室することにした……。


 


「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜んっ!!びぇ〜〜〜〜っ!!」



 不満大爆発。ティセリアの絶叫が、シーヴァンの後ろ髪を引っ張った。





 ****




「……呑気なものだな」



 騎士娯楽室に入ったシーヴァンの第一声がこれである。


 カウナとラヴィー。二人の騎士のリラックスしている様にシーヴァンは軽く苛立ちを覚えてしまう。


 カウナはその長身をラグチェアに委ねながら、アルカイックな笑顔を浮かべ地球製の書物を読んでいた。


 書物の題名は【モモタロウ】。


 少数精鋭での大軍殲滅をシュミレーションした地球人の戦術指南書だ。


 ラヴィーは窓辺に立ち、蒼く輝く地球を背景に、地球の楽器ヴァイオリンを気持ち良さそうに弾いていた。


 曲名は【G線上のアリア】。その美麗な旋律がシーヴァンに眠気を吹きかける。



「ティセリア様に絞られた様だな?シーヴァン?」



 肩に垂らした三つ編み髪を揺らしながらカウナが悪戯っぽく笑う。ルーリア人の少女達はおろか、捕虜となった地球防衛軍の女性兵士をもときめかせた笑顔だ。



「映像で見たけどあの巨人、思った程強くなかったね!なんか興醒めだなぁ!」



 ラヴィーも演奏を止め、シーヴァンに苦笑いを向けた。波打つ前髪から覗く深緑色の瞳に、シーヴァンのやや疲弊した顔が映る。


 シーヴァンは地球のルーリア占領地区で購入したソファーにどっかと腰をかけ、天井を眺めて溜め息を吐いた。



「いや…たしかに技量は拙いものだったが…、何だろうな?剣の受け心地は良かった…と思う…多分、良い奴…だと思う」

「ほぉ?」



 冷静かつ実直なシーヴァンにしては曖昧でふわふわとした発言に、カウナは面白そうに首を傾げる。



「巨人に光るものがあるってこと?ほら!」



 ラヴィーは冷蔵庫から緑色の液体が入った瓶を取り出し、それをシーヴァンに渡しながら訪ねた。


 シーヴァンは「…すまない。いただく」と瓶を受け取り、蓋を開け、中の液体を喉へと流し込んだ。


 植物惑星【セルンダ】原産の完熟酢葉実ダッチィを潰し濾した飲み物だ。


 ほのかな甘味の後にやってくる突き抜けるような強い酸味にシーヴァンは身を震わせる。


 ……美味い!



「…トキオ」



 瓶の中身を飲み干したシーヴァンがぼそりと呟いた。



「ん?何?シーヴァン?」上手く聞き取れなかったラヴィーが長く伸びた耳をぴくぴくと動かす。



「トキオだ。あの巨人を駆っていた地球人…。声から推測するに男…歳は俺達とそれ程変わらない…と思う」

「へぇ〜…僕達と同年代かぁ…会ってみたいかも!」



「トキオか…ふむ…中々に美しい名であるな!」カウナが気取ったポーズを取る。



「ところで、次回もシーヴァンが出撃するの?」



 ポーズを取り続けるカウナを押し退けて、ラヴィーが口を尖らせながら訪ねた。



「すまないなラヴィー、そのトキオと再戦を誓った。こればかりは俺自身でけじめをつけなければならない…」

「ちぇー!いいよ分かったよ!またティセリア様を怒らせないようしっかり戦う事だね!| 殿!!」



 不満そうに頬を膨らませながら、ラヴィーは再びヴァイオリンを弾き始める。




(…トキオ…、無事か?ちゃんと休めているのか…?)




 空になった瓶を手の平で弄びながら、シーヴァンは地球を眺める。


 自分達が生まれ育ったルーリア本星に勝るとも劣らない美しい惑星。


 自分達が侵攻する惑星。



(…そう、だ…)



 眠気にうつらうつらと頭を揺らしながら、シーヴァンは思考する。



(もし…巨人を倒し…トキオを…捕虜にする事…が出来たら…娯楽室ここで一晩中語り合いたいものだ…。地球の歴史…、ルーリアの歴史…、文化…、遊び…、食べ物…。きっと…楽しい…ぞ…)



 その内に、シーヴァンの意識は柔らかな微睡みの中へと蕩けていく。


 生身で空を飛ぶような、心地よいシーヴァンの眠り……。



 しかし数刻後、リースンにこってり絞られ……顔面を涙と鼻水でどろどろにしたティセリアが入室してきた事で、シーヴァンの微睡みは綺麗さっぱり吹き飛ばされてしまうのだった……。







「うゅっ!ぐしゅっ!シッシッ…シッシ〜ヴァ〜〜ン!ごっごごごっ…ごめんな…おえっ!ごめんなしゃい〜…!ばかってゆってごめんなしゃい〜!おもちゃ〜なげて〜…ごごごごめんなしゃい〜〜!!うっうゅゆ〜〜ん…!!」






 続く

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