秘密基地へ行こう!



 夜空を、一つの光の筋がゆるりと飛んでゆく。


 地上にいる人々から見れば流星とも見えるその光は、翡翠色の粒子光を鳥の羽の如くはためかせ、山間を東へと飛翔する、エクスレイガそのものであった。


「………」


 操縦桿を握り、エクスレイガを飛ばす時緒。


 操縦席のスクリーンに映し出される満天の星空の、何と美しい事か。


 だが。


「駄目だぁ……。パイロット登録、初期化出来ねえ……」

「おばさま…、こっちも駄目です……コントロール部に浸入出来ません…。レヴのこんな働き、初めてです…」

「まったく、こんな硬えシステム構築したヤツ誰だよ!?」

「………」

「……悪い……、私だ…」

「……」

「……」


 操縦席の後ろ、芽依子と母、真理子が醸し出す御通夜めいた重苦しい空気に、時緒は気が気でなかった。


 彼女達がこんなにも悩んでいる理由を、時緒は理解している。


 どうやらエクスレイガにはパイロットを生体認証で登録する機能があるらしい。


 登録されていない者がエクスレイガに搭乗しても起動しない。


 その生体認証機能に、偶然操縦した時緒が登録されてしまい、しかも、登録を解除出来なくて芽依子と真理子は悩んでいるのだ。


 時緒が遭遇するまで、エクスレイガは芽依子が操縦していた(らしい)から、本来は芽依子が登録されるべきだったのだろう。と、時緒は考察してみる。



「…どうしよう芽依…?」

「…どうしましょう?おばさま…」


 疲れ切った顔でつぶやき合う芽依子と真理子。


 コクピット内の空調は正常であるはずなのに、時緒には空気が淀んでいるかの様に感じる。



(さっき、僕が触れなければ、二人がこんなに困る必要が無かったんじゃあないか?)


 そう考えると、時緒は何やら申し訳の無い気持ちになってしまう。


(何か、力になれないかな?)


 そう思考し始めた時緒。


 しばらくして、稲光の様な閃きが時緒の脳内を駆け巡った。


 正しくグッドアイディアーー。


 時緒は早速、考えていた事を真理子に話してみる。


「母さんさ、もし、良かったら、の話なんだけど」

「あん?」


 息子の言葉に、真理子が間の抜けた返事をしながら顔を上げた。



「もし良かったら、僕がこのまま乗り続けようか?この…エクスレイガに?」

「……」

「……」


 座席の後ろの、芽依子と真理子の気配が変わった。


 操縦している為、背後を振り向けない時緒は、困った様な笑みを顔に貼り付けて喋る。


「エクスレイガ、もう僕しか動かせなくなっちゃって困ってるんだろう?だったら、これからも僕が乗って、ルーリアと戦おうかって思ったんだよ」


 はぁ…、と、真理子のうんざりしたような溜息が聞こえた。


「何言ってんだよお前なあ…、子供の喧嘩じゃねえんだよ。これは地球の…、」

「勿論分かってるさ。遊び半分で言っているんじゃない。こうなったのも僕に責任がある訳だし、僕なりに責任を取ろうと思っただけさ」


 戦う。再びそう認識するや、操縦桿を握る自身の手が微かに震えているのを、時緒は目を細めて見詰めた。


「戦うのは怖いよ。例え傷付かないのがわかってても、…でもさ…」


 時緒は一瞬間を置いて、


「なんでこう思うかは分からないけどさ、困ってる母さんや、芽依子さんに…知らん顔は出来ないって。いっそ僕が乗って戦った方が、」


 芽依子の手からタブレットが滑り落ちて、ガチャリと音をたてた。


 だが、芽依子はタブレットを拾う事はせず、己が身体を強く抱き締めている。

 まるで悪夢を思い出した子供のように。


「駄目ですよ… !そんなの…」


 芽依子の震える声が、エクスレイガの駆動音と合わさって、時緒の鼓膜を撫でた。


「時緒くんを…エクスレイガのパイロットになんて…させません…。そんな…危険な事…あぶない事…させません…!先程のは緊急事態だったから…、これからは…もうあんな事態は起こしません…!」

「め、芽依子さん…?でも…、」

「駄目ったら…、駄目…!」

「……」



 芽依子が放つ冷たい威圧感に、時緒は、それ以上何も、言い返せなかった。




 ****




「時緒、此処でいい。停まってくれ。」

「え?此処?」


 真理子に言われるまま、時緒はエクスレイガを空中で停止させる。


 眼下には宵闇に沈んだ森が広がり、その中に埋もれる様に、街頭に照らされた建物がうっすらと白く見て取れた。


 高さは四階建、広さテニスコート一面大の倉庫と、倉庫より一回り小さいビルが並んで建っていた。


 時緒はこの場所を知っている。


 その建物は、かつてある製菓会社の事務所兼倉庫であった。


 だが数年前、製造していた菓子の材料に、無人探査ロケットの墜落爆発事故が起きた南太平洋セルジオ島由来の砂糖を使用していた事が発覚したのだ。


 ロケットの爆発が作物に与える影響が不明な為、安全性が確証出来ず輸入禁止となっていたが、闇ルートより極安価で購入していたらしい。


 菓子の材料費を出来るだけ安くしたいが為の愚行であった。


 幸いにも消費者の健康被害は確認出来なかったたが、経営陣は軒並み逮捕され、会社は倒産。件の建物は空き物件となり、人通りの少ない立地条件からか、付近の若者達の絶好の肝試しスポットとなっていた。


「時緒、そのまま、ゆっくりと降下しろ。倉庫が見えるだろ?」

「良いの?防衛軍基地じゃなくて?」

「良い良い。それに、エクスは地球防衛軍の所属機じゃねえよ。”私達”が擁するマシンだ。」


 ルーリアの機動兵器を斬り刻む程の戦闘力を持ち得ながら、地球防衛軍に属していない。


 時緒は首を傾げながら、母に促されるまま、エクスレイガを降下させる。


 尻が浮く様なくすぐったい感覚を時緒達に与えながら、エクスレイガは倉庫向けて降りていく。


「あ…」と、時緒は小さく声をあげた。


 空き物件であるはずの倉庫の天井が、独りでに左右に展開していく。


 暗くて良く分からないが倉庫内には複数の人間が誘導灯を振っていた。


『此処に降りろ』そう合図しているのだろう。


「あいつらの指示するまま降りてくれ。そうだ、上手い上手い」


 真理子はそう言いながら、時緒の頭をぽんぽん叩く。


 倉庫の壁に接触する事なく、内部へと進入するエクスレイガ。


 やがて、微かな振動がコクピットを震わす。


 着地に成功したエクスレイガはゆっくりと立膝を付くと、機体各所から蒸気を吹き上げ、その駆動を停止した。


「母さん、此処は…?」


「…此処が私達の、”秘密基地”さ。」


 自信の満ち満ちた顔で真理子は胸を張ると、いそいそと身体を固定していたベルトを外した。芽依子もまた、沈んだ表情で真理子に続く。


「外の皆と話をつけてくる。時緒はコクピットにいろ。後で呼ぶから」

「わかった」


 時緒がそう頷くや、真理子達はコクピットハッチを解放し、外へと出ていった。


 少し埃臭い空気がコクピット内に流れこんでくる。


 ふと、時緒は芽依子と目が合った。


「……」


 だが、芽依子は何も言わず、悲哀の色を帯びた瞳を伏せ、時緒に一礼すると機外へと出ていった。


(…怒らせる事言っちゃった…か…?)


 時緒は腕を組み、考える。


 先程の、時緒自身がエクスレイガのパイロットとなるという事を進言したのは、やはり浅はかだったのだろうか?と。


 そもそも、芽依子は何故エクスレイガのパイロットとなったのだろうか?


 ルーリアと戦う事に、如何なる動機があったのだろうか?


「〜〜〜」

「〜〜〜」


 外から、何やら会話をする声が聞こえる。


 考えるうちに悶々鬱々とした気分になってきた時緒は、自身の頬を叩いて気を引き締めると操縦席を立ち、開け放たれたコクピットハッチへと歩き出したーー。




 続く

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