第二章 星の騎士達

若者たちは、かく語りき

 


「退屈だな……」




 地球異星の朝日を眺めながら、青年は白い息を吐いて一人呟く。


 《シーヴァン・ワゥン・ドーグス》


 それが、青年の名前ーー。


 彼は地球人ではない。


 ルーリア人。ルーリア銀河帝国より地球侵攻を任された騎士の一人である。



『ドーグス卿、お疲れ様です』



 ふと、シーヴァンの腕に付けられていた通信機に嵌められた宝玉が煌いて、彼の目の前にルーリア人の少女の姿が投影される。



「卿呼びはやめろリースン。耳の先が虫に刺されたみたいに痒くなってくる」



 シーヴァンが真面目な顔付きで、頭髪と同じ焦茶色の毛に覆われた耳をぴくぴくと可愛らしく動かしているのを見て、その少女リースン・リン・リグンドは可笑しそうに笑った。



『はいはい。ではシーヴァンさん、状況は如何でしょうか?』

「たった今、地球人が《ビクトリア》と呼ぶ都市の制圧を完了した。あとは監戦艦隊に連絡して、占領区統制官を派遣してもらう」



 そうシーヴァンは報告をすると、周囲を見渡した。


 煉瓦造の住宅街、そのあちこちに地球防衛軍の戦闘機や戦車の残骸が転がっている。


 そして、その近辺を歩兵や操縦士達が、翠色の光の泡に包まれ、複雑な表情でフワフワと浮いていた。



機甲士ナイアルドとはいえ単騎でですか!?凄いですね〜!流石シーヴァンさん!』

「凄いものか……」



 手を叩いて賞賛するリースンに、シーヴァンはうんざりしたように鼻を鳴らした。



「退屈な戦いだった。地球人は好戦的と聞いていたのに、彼等の扱う兵器の脆弱さはなんだ。つまらん。実家の畑にいる羽虫の駆除の方が余程手応えがある。」

『地球の兵器は質量や化学反応を利用した原始的なものばかりですからね…。私達ルーリアが使うルリアリウム搭載兵器の前には手も足も出せなくなっちゃいますよ』



 シーヴァンは肩を落とし、白く曇った溜め息を吐いた。



「…おまけに、地球の戦士達は剣を手に、俺と一対一の勝負をしようとする者など一人もいなかった。いつも集団で攻撃をしてくる。この星には矢張り騎士道精神は無いのか…?本当に……」


 シーヴァンの報告はいつの間にやら愚痴になり、リースンの笑顔が段々と引き攣ってきた……。



「……」



 その時、何者かが、シーヴァンの装束の裾を引っ張った。



「…ん?」



 シーヴァンの裾を引っ張っていたのは子供。地球人の男児であった。


 シーヴァンは慌てて首の翻訳機のスイッチを入れた。



「…あの…うちゅうじんさん。」

「なんだい?」



 頬を紅潮させて、おずおずと男児が尋ねてきたので、シーヴァンは膝をついて笑って見せた。


 男児の背後を見遣れば、家々の陰からは住民達が顔を覗かせ、不安そうにシーヴァンを眺めていた。



「すまないが、君は?」

「ぼく…レオ…」

「レオか…良い名前だ。私の名はシーヴァンだ」

「しーゔぁん?」



 シーヴァンはレオを、住民達を怖がらせてはいけないと思い、優しい口調で応える。



「せんそー…おわった?」

「ああ。別の国ではまたやらなくちゃいけないけど…この国の戦争は終わりだよ。うるさくしてごめんな?怖かったか?」

「ううん。パパとママといっしょに…しぇるたーにいたから」

「……そうか」


 シーヴァンが外気に冷えたレオの頭を優しく撫でると、彼は身体の緊張を解き、はにかみながら首を横に振った。



「…ぼくたち、どうなるの?」

「どうもならないよ。君の街はルーリアが…宇宙人が暫く支配する事になるけど、君達の生活は変わらない。お父さんやお母さんと一緒に、普通の生活をしていて良いからな?」



 レオは笑った。昇りつつある太陽の様な、暖かな笑顔だった。



「そうだ…君にこれをあげよう。貰ってくれるかな?」



 そう言ってシーヴァンは懐から小さな木片を取り出し、レオの掌の上に置いた。


 外見は鉱石そのものだが、レオが触れたとたん、仄かに山吹色に輝き出す。



「ルリアリウムの原石だ。レオ、君の精神力をエネルギーに変換している。光るのはエネルギーが生成されている証拠だ」

「せーしんりょく?」

「心の力だ。身も心も強い…いや、健やかな者にルリアリウムは輝き、力を与える」

「う〜ん…よく分かんない。でもきれい…。ほんとにくれるの?」

「あぁ。いずれ…君たち地球人にもルリアリウムが必要になるだろうから、持っていてくれ」

「わぁ、ありがとう。しーゔぁん」



 レオは嬉しそうに石を握り締め、くるりくるりとシーヴァンの周りを舞う。



「石が更に光るように頑張ってみてくれ。ただし、少しでも頭が痛くなったり気分が悪くなったら石を手放すんだ。」

「え…?どうして?」

「ルリアリウムに…石に精神力が、君のエネルギーが吸われ過ぎている証拠だ。危険だ」

「こわーい…」

「身体を休め、治ったらまた持って良い。それを繰り返して、自分の身体とルリアリウムを馴染ませろ。分かったか?」

「うん!」



 シーヴァンは右手を胸の前にかざし、レオに向かって深々と頭を下げた。



「俺に話しかけてくれた地球人は、レオ…君が初めてだ。ありがとうレオ。貴方の清き心に永遠の栄光をルォ・アルオルト・ロル・ルーリア



 敬意を表する者に贈る、ルーリア銀河帝国の挨拶だった。




 ****





『あの可愛らしい地球人の男の子、ティセリア様に似ていませんでしたか?』

「そうか?ティセリア様はもっとやんちゃだ」



 シーヴァンの腕元で、リースンの立体映像は嬉しそうに首を左右に振っている。



「…地球人は総て野蛮だという全銀河共通の考えは…どうやら改める必要がある…かもしれない…な」



 円形の操縦席の中でそう呟きながら、シーヴァンは座席に備え付けられた宝玉に手を添えた。


 微かな浮遊感がシーヴァンを包む。


 操縦席の壁に映るのは、陽光注ぐ青空と、下界に、段々と小さくなっていく、かつて自身が戦場とした街。


 レオが手を振っているのが見えた。


 彼に寄り添うように、成人の男女もいる。おそらくはレオの両親だろう。


 思わず故郷の両親や弟、妹たちを思い出し、シーヴァンは口元を緩めた。



「リースン、俺は今から【ニアル・ヴィール】へ帰投するが…、お前、ただ報告を聞く為だけに俺に通信を入れたのか?」

『あ、そうでした!すっかり忘れていました!』

「お前な…」



 呆れたシーヴァンの鋭い眼光を半笑いで受け流し、リースンはコホンと咳払いを一つ。



『シーヴァンさん、ティセリア様から直々の勅命です。大事な話があるとか。カウナさんとラヴィーくんも帰って来るそうです』

「何…?」

『大分慌てている御様子で、シーヴァンさん達の意見を聞きたいみたいでなんですよ。』

「了解した…。急ぎ、帰投する」



 シーヴァンは宝玉に力を込める。


 その身を鮮やかな紫色に染めた機械の巨人。


 ルーリア銀河帝国の有人機動兵器騎甲士ナイアルド


 搭乗者であるシーヴァンの思考が反映されたその駆体は、歪な程に大きく屈強そうな腕を広げ、白い草原のような雲海を、高く、高く飛翔していった。








 ****





「敵機反応、全て…消失しました……」



 芽依子の澄んだ声が、時緒の蕩けていた意識を冷ましていく。


 時緒は、熱を帯びた己が手が、操縦桿を握っているのを見た。


 そして、自身が巨大ロボット、エクスレイガを操っていた事を、まるで今の今まで他人事であったかの様に、改めて再認識した。



 エクスレイガは光刃を携え、爪先立ちの格好で夜空の闇の中に浮かんでいる。


 スターフィッシュは、総て、いない。


 見下ろせば、磐梯山麓の山林に、切り刻まれたスターフィッシュの残骸が、翠色の炎を上げて燃えているのが見えた。


 その炎は木々に燃え移る事はなく、ただ兵器だったモノを焦がし、崩し、燐光となって夜の中へと溶けていった。



「…綺麗、だ…」



 脳内高揚物質の過剰分泌にぼんやりとしながら、時緒は呟いた。


 破壊された兵器が燃える様を綺麗と呼ぶのは酷く不謹慎に思ったが、その幻想的な風景を見た時緒は、そう口にせずにはいられなかった。



「時緒くん、時緒くん!?」

「へっ!?あ、はい!?」



 座席横から、芽依子が時緒の肩を抱いた。


 潤んだ瞳を震わせて自身を見るものだから、時緒は、慌ててその淀んだ意識を覚醒させた。



「時緒くん…、大丈夫ですか!?」

「は…はい!大丈夫です…!」



 時緒は笑って頷いて見せたが、芽依子は、



「…また、時緒くんに…助けられました…」



 と、悔しそうに目を伏せて、声を絞り出すように言うものだから、恥ずかしくなった時緒は、大袈裟に手と首を振って見せた。



「あ!い、いや!お役に立てたなら何よりです!…あいた!!」



 振った掌がガツリと音を立てて、操縦桿に当たり、鈍痛が時緒を苛めた。



「いっ!?」



 その時である。


 操縦桿に嵌められた翡翠色の宝玉が淡く輝き、そののち、立体モニターが浮かび上がった。



「「…………」」



 そのメッセージを読んだ時緒と芽依子は、「「あ…」」と一言発して……そのまま硬直してしまった。



「何今の…?何の光だぁ…?」



 座席の後ろでうずくまっていた真理子が、気怠そうに身を起こす。


 パンパンに膨らんだエチケット袋を大事そうに抱えながら、時緒と芽依子の間から顔を覗かせるや……。



「…………」



 目を点にして、真理子もまた時緒たちと同様に硬直する。


 ディスプレイパネルには、こう記されていた。



『ルリアリウム・レヴ生体登録完了


 本機は【椎名 時緒】を専属パイロットとして登録しました。


 詳しい事項は【椎名 真理子 著 阿保でも分かるエクスレイガ操作マニュアル 656頁〜671頁を御覧下さい』




 時緒は震える指でディスプレイを指差し、唇の端をひくつかせながら振り返る。



「どうしよう?コレ……?」

「「…………」」



 芽依子も、真理子も、顔面蒼白で凍り付いていた。




 しばらく時間が経ったのち……。



 エクスレイガのコクピットに、真理子の叫びが響き渡った。



「な、なんてこったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!!」




 続く

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