光刃、煌めいて
時緒が八歳の頃、小学生の頃の話である。
その日、授業で作文の発表会があった。
作文の題目は『
『サッカー選手になりたい』
『アイドルになりたい』
『漫画家になりたい』
『とにかく億万長者になりたい』
『実家の旅館を継ぐ』
級友たちが、自らの夢を声高らかに語る。
そして、順が巡り巡って、時緒が発表をする番となった。
皆が注目する中、時緒は少し緊張しながら、昨夜一生懸命考えて書いた作文を読み上げようとした。
『僕の…しょうらいの夢は…、』
『はいはーい!』
すると、時緒の隣で座っていた少年が元気良く手を上げた。
『はいはーい!時緒は剣のたつじんになりたいんだと思いまーす!』
浅黒い肌のその少年は、目を丸くしている時緒を見上げて、ニコリと笑った。
『だって
この少年の言葉に、クラスの子供達がざわめき出す。
『そうなの?』
『椎名くん大人しいから、想像出来な〜い』
『俺、大会見に行った。ほんと凄いよ、椎名』
『私も見た事ある。五年生とか六年生とかにも勝ってたぞ?あいつ』
作文用紙を持ったままオロオロする時緒を一人残し、教室は騒然となった。
『こら皆!今は椎名君が発表しているでしょ?静かになさい!木村君も!からかうんじゃあないの!』
担任の先生が子供達を、そして少年を窘めた。
少年は『うっ!ご、ごめんなさい!』と身を縮こませる。その際、笑う時緒に向かってペロリと舌を出した。
『椎名君、ごめんなさいね。さあ、続けて頂戴?』
『は、はい!』
軽く咳一つして、時緒は作文を読み始める。
『僕は…僕は、…
それは……時緒の将来の夢……と言うよりは……。
時緒が日常……ただなんとなく……自分の奥底で思っていた……純粋な願望であった。
****
「時緒くん!操縦桿を握ったら、どう動かしたいか、強くイメージしてください!ルリア…エクスレイガのシステムが貴方の表層心理を読み取って、機体にフィードバックしてくれます!」
「つまり、『考えれば動く』って事ですか!?」
「はい!その通りです!」
「なんたるハイテク!分かりまし…、いや、了解です!」
芽依子の説明に従い、時緒は操縦桿を握り締めた。
コクピットのスクリーンには、陣を形成して攻撃を仕掛けんとするスターフィッシュが映る。
時緒は目を皿の様にして、スターフィッシュ達の動きを見る。
そして、強く念じた。
「………っ!」
一瞬、コクピットに光が疾る。
エクスレイガは低く、深くその身を屈めた。
「征け…!」時緒が呟く。
大地を強く蹴り上げて、エクスレイガは跳躍をした。
美術館の門を飛び越え、道路へと滑り込むや、低い姿勢のまま駆け抜けていく。
その速さは、まさしく韋駄天の如く。
「時緒くん!敵の攻撃が来ます!」
「了解…っ!」
迎えるかのように、スターフィッシュの粒子の矢が降り注いだ。
だが、それらの攻撃がエクスレイガの装甲を抉る事はない。
左へステップ。右へジャンプ。
回避を含んだその縦横無尽な機動をもって、エクスレイガは攻撃の雨の中を、光の軌跡を描いて躱し潜り抜けていく。
「時緒くん、御上手…!」
「動きさえ…読めれば…何とか!」
「避けるのも良いが…うっ!また
振り回されないよう、座席に自身と芽依子の身体をベルトで固定させながら、真理子が叫ぶ。
「そういや…母さんに芽依子さん!
そう言って、時緒はある事を思い出した。
「そもそも…ルーリアの兵器をやっつける武器なんてあるんですか?核ミサイルでさえ無効化するんですよ?」
「あるんだよ…。おえっぷ…。《ルリアリウム・レヴ》なら…
時緒の操縦に酔っぱらった真理子は、青ざめた顔で芽依子に目配せをすると、芽依子は頷いてタブレットを叩く。
時緒の視界の端に立体モニターが浮かび上がった。
モニターにはエクスレイガ全身の簡略図が描かれており、その図の上には【内蔵兵装一覧】と明朝体で記されている。
「【ルリアリウム・ブレード】…。これを使ってください…!」
「ブレード?剣…ですか?おぉっと!?」
地面擦れ擦れに回転しながら突撃してきたスターフィッシュを跳躍で回避しながら、時緒は首を傾げた。
「ごめんなさい…先程の動力の不調で射撃兵装はエネルギーチャージが出来ず…今はこれしか武器が無いんです…」
「時緒くんには、距離を置いて…安全に戦って貰いたいのですが…」そう芽依子が悲しげに言うものだから、時緒は再び突撃してきたスターフィッシュを蹴飛ばしつつ、慌てて首を横に振ってみせた。
「かっこいいじゃないですか!」
「え…?」
「それに僕、鉄砲を撃った事はありませんが、
時緒は力強く頷いて見せる。
血色の良いその横顔を見た芽依子の頬に、ほんのりと紅が差した。
「…はい…、はい!」
確証の無い、それでも温かな安堵感に包まれた芽依子は、タブレットを操作する。
モニターに描かれているエクスレイガの左肩が点滅した。
「モニターの点滅している所をタッチしてください!」
「了解!」
芽依子の言う通りに時緒は画面に触れた。
エクスレイガの左肩部の装甲が展開し、内部から棒状の部品がせり上がる。
「柄を左手のコネクタに挿してください!」
「はいっ!」
芽依子に言われるまま、柄をエクスレイガの左掌へと接続。
コクピットのコンソールに文字が浮かぶ。
【ルリアリウム・ブレード、
「大丈夫です!時緒くん!抜いて!」
「はい!抜刀します!」
柄を握りしめて、引き抜く!
何も無かった柄の先に、瑠璃色に眩く輝く光のエネルギーが伸びていく。
刀だ。
まるで掌から生えたかのように、柄は光の直刀となって、エクスレイガの手に収まっていた。
「凄い…!」
まるでアニメの中から出てきたようなその武器に、時緒の瞳が輝いた。
時緒の意志が反映されたエクスレイガは、その
再度スターフィッシュが突撃して来る。一機。そして後方に三機、突撃する個体をサポートするかのように粒子砲を乱射している。
「ふう…っ」
時緒は小さく呼吸一つ。
じとりと、操縦桿を握る手が汗ばんだ。
剣を構えるエクスレイガ。
八相の構え。
「……参ります!」
敵目掛けて、エクスレイガは疾走した。
粒子砲がエクスレイガの頬を掠める。
「いいっ!?」座席の背後から真理子の呻きが聞こえたが、時緒は気にせず只々前を見た。
敵の動きを見極める為に。
自身の活路を見出す為に!
「疾っ!!」
そして、戦闘スターフィッシュ目掛けて……光刃を振り下ろす!
袈裟斬りーー!
ミサイル、熱戦砲、地球防衛軍のあらゆる兵器を無効化したスターフィッシュが……。
まるでバターの様に、易々と両断された……!
真二つに切り裂かれたスターフィッシュは切り口から翠の火花を迸らせ、一拍置いて……爆砕した。
「やった!本当にやっつけた!」
「時緒くん!次が来ます!」
「え?あ、はい…っ!」
興奮する時緒を、芽依子の声が現実へと引き戻す。
今まで追撃されていたエクスレイガが、スターフィッシュ達へと突撃する番だ。
背後から襲い来た個体を振り向きざまに凪ぎ払う。
そのまま垂直に跳び、頭上から撃って来た個体に肉薄、中央部を串刺し地面へ蹴り落とす!
「す、凄い…!時緒くん…どうして…、」
「心得があると言いました!」
そう呟く芽依子に、時緒は笑って応えてみせる。
「大丈夫ですよ!頼りないかもしれませんが…僕に任せて!」
「…ぁ……」
スターフィッシュが爆ぜる光に照らされた、芽依子の顔が震えた。
琥珀色の瞳が大きく見開かれる。
「ときお……くん…!」
****
芽依子の脳裏、そこに映るのは、一人の幼い男の子だった……。
朗らかな笑顔で、小さなその子は芽依子自身と手を繋ぐ。
(めいおねーちゃーん!ぼくもつれてってー!いっしょにあそぼうよ!)
子犬のぬいぐるみを大事そうに抱え、男の子がニコニコとついてくる。
その子が…。
次の瞬間…。
(おね…ちゃん…、あついよ!…あついよぉ…!)
悲痛な泣き顔で、炎に包まれていた……。
無情な熱波が小さな身体を飲み込んだ。
助けたい。
だが、助けられない。
恐怖で、左耳に疾る酷い痛みで、身体が動かない……!
痛い。
熱い。
怖い。
悲しい。
誰か…あの子を……助けて……!
芽依子自身の、声にならない叫びが、眼前に広がる紅蓮の中へと消えていった。
****
「ぅ……!」
左耳に鈍痛を感じ、芽依子は我に返る。
「も、もう限界…!」
横を見ると、真理子が苦悶の表情でスーツからエチケット袋を取り出し、それを口許に充てるとそのままうずくまってしまった。
(これは…自業自得?)
芽依子は、一心不乱に戦う時緒を……その後ろ姿を見つめる。
(あの子に『あんな事』させておいて、それでも…会いたいと願った…私の…?)
芽依子の頬を、再び涙が伝った……。
背後の少女の涙など露知らず、時緒はエクスレイガを駆り、その光刃をもって敵を斬滅した。
上下左右、あらゆる方向から迫る敵を斬る。
斬る。
斬る。
斬り伏せる!
刃が迷いのない光の軌跡を描くたびに、異星の兵器は斬り裂かれ、無惨な残屑となって墜ちていく……。
スターフィッシュの爆閃、そして自らの光刃に照らされて。
エクスレイガの、その雄々しい機体が、猪苗代の夜空に輝いた。
****
「うゅ〜〜〜〜〜!?!?」
眼前の空間に投影された映像を見て、その幼い少女は驚嘆の声をあげた。
映像、それは、『自らが率いる部隊の無人攻撃機を、
「うぎ〜〜〜!?ななな、なんなのコイツ〜〜〜!?」
少女の名は、《ティセリア・コウン・ルーリア》。
ルーリア銀河帝国の、第二皇女である。
「こんなヤツがちきゅーにいるなんて、
頭部の耳と尻尾に生えた、ふさふさの銀毛を逆立てて、齢九つのティセリアは頬を膨らませジタバタともがいた。
続く
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